第十二話 二つ名を持つモノたち
8月23日誤字脱字等修正しました。
「人外とは失礼な物言いね。撤回しなさい」
俺が突然の言い草に何も言えず呆然としていると、隣に居たエーヴィが眉を寄せ非難の言葉を投げかける。
「おおっと、気に障ったかな、エヴィアリエーゼ殿。貴女を侮辱するつもりではなかった」
金の長髪をたなびかせながら、琥珀色のマントに身を包んだ男が大げさに振舞う。きっと本人は優雅に行動しているつもりなんだろうけど、白シャツの上に纏った赤いスカーフがやたらとひらひらして滑稽にしか見えない。
一応、下は袴のようなダボダボっとした深緑のズボンを履いており、動きやすそうな装いから魔法よりも剣が得意そうであったが、エーヴィが言っていた大層な二つ名を冠している男とは思えなかった。どちらかと言えば、依頼を受ける側ではなくする側の貴族のような風貌だ。
「フン、謝ることはないぞフォルトゥナート。こんな女子にしか見えん優男に負ける“神速”など、もはや腑抜けも同然だ。恥を晒してのうのうとこの場にやって来ること自体、俺には我慢ならんのだからな」
金髪の向かいに座っていた厳つい男が吐き捨てる。
身体全体をフルプレートで固めた姿は、昨日エーヴィが話していた“鉄壁”という二つ名を持つ男に違いない。後ろには全身すら隠れるほどの大きな盾が置いてあり、そこにフルフェイスの兜を引っ掛かけている。今は黒髪を出しているが、全てを装着した姿を想像するとなかなかに壮観だ。体躯もイェルドより大きそうだしこの男が先頭切って突撃してくるのは相手にとって脅威だろう。
ただ咎められたエーヴィは臆する事なくキッと睨み返していた。傍目にもいがみ合って見えるあたり、この二人の仲はそんなに良くないらしい。
「二人とも落ち着いて。せっかく役者が揃ったんだ。有意義な話をしようじゃないか」
不穏な空気が流れる中、茶色の短い髪の男が笑顔を振りまきながら間を取り持つ。
ちょうどエーヴィと同じくらいの身長なのだが、薄手のシャツの内側から筋肉が盛り上がっており、相当鍛えているのがわかる。
そして何より目を引くのがすぐ横に置かれた二本の長剣であった。
柄の部分が異様に長く、エッジの部分も片側しかない。反対側はやや分厚くなっているが打ち付けるには多少使いにくそうだ。
「ふふ。僕の剣が気になるかい?」
俺の視線に気付いたのか、茶髪の男が身を乗り出してくる。
「この剣は二本揃って初めて真価を発揮するのさ。エッジに向けて薄くなっているだろう? これが速さと鋭さを増してくれるんだ。逆からの攻撃も峰の部分で払いのけられるから攻防一体と言うのも気に入っている理由さっ!」
突如恍惚とした表情で剣を撫でながら熱く語り出す男に俺は口をパクパクさせて頷くしかなかった。
有意義な話をしようと振っといて、これか? まあ、糾弾されるよりは全然マシだけど。
だがそう思ったのは俺くらいで他の面々は当然の如くお冠だった。
「ジャン、お前なっ! 脱線しているのはどっちだ!」
「あっ……。ははっ、ごめんごめん。つい剣のことになると夢中になっちゃって」
「笑って誤魔化すな!」
「そろそろいいかぁ? お前ら。話し戻すぞ」
イェルドの声にようやく皆、口を閉じて向き直る。
「カトルにナーサの嬢ちゃんも良く来てくれた。ただ、ソファはこいつらが占拠してるんで立ったままで我慢してくれ。どうせすぐ終わる」
「チョイ待ち、ギルマスさんよ。すぐ話が終わるたあ、どういう理屈だ?! 俺は何も納得してねえ――」
「ああっ! もうヴァリドは少し黙ってろ。それを今から話すんだ」
フルプレートの男が不満そうに座りなおすとイェルドは坊主頭をさすりながら溜息をつく。
……ここにいる連中がギルドの幹部だとすればなかなかに濃いメンツだ。イェルドもこのメンバーを統括するのは大変そうである。
「まあせっかくだし、本題に入る前に軽くこいつらを紹介してやろう。今後どこかで会うかもしれんしな」
そう言ってまずイェルドは茶髪の男を指差した。
「そこの爽やかを装ってる茶髪はジャンだ。ジャンルイージ=ランベルティ。一応、カルミネで由緒正しい貴族のはずなんだが、何を間違ったかここで幹部をやってる」
「イェルド、君ねえ、もう少し言い方ってものがあるんじゃないか」
「“双剣”なんて大層な肩書き背負ってるだけあって剣の腕もなかなかなんだが……どっちかってぇとマニアだな。女の尻を追うより剣が好きな頭のおかしい奴だ」
「おう、それはまさにその通りだな」
イェルドの説明に“鉄壁”が合いの手を入れる。
「君たちにはわからないのさ。可憐な女性を愛でるのもそれは素晴らしい事だが、この剣を見るがいい! ――ああっ、なんて滑らかで美しいラインをしているんだ! どうだい、この世のものとは思えないだろう!?」
「……放っておいて次行くぞ。向かいでソファを占領してる巨体がヴァリドだ」
「ヴァリドじゃねえ、ヴァルドだ。オズヴァルド=ラッツァリーニ」
そう言ってヴァリドは唐突に俺との握手を求めてくる。
さっきまで剣呑な雰囲気だったのにどんな心境の変化だと訝しみながら手を差し出すと、案の定とんでもない力で握り締められてしまった。俺は咄嗟に力を込めそうになるが、何とか落ち着き程ほどの所で抑えておく。
「ほう、優男かと思いきや結構握力有るな、坊主。まあカルミネに居れば会う機会も多いだろ」
「そん時は宜しく」
「ちなみにヴァリドは鉄壁から取ったんだが予想以上に広まってな。俺が来て数日でオズヴァルドなんて長ったらしい名前を呼ぶ奴は居なくなった」
「ちっ、呼びやすいなら何だっていいが、紹介の時くらい正しい名前を教えろ」
ヴァリドは舌打ちするがイェルドはニヤニヤ笑って意に介さない。何となく、それだけでこの二人の関係がわかるから不思議だ。
「それで、最後が――」
「おおっと、自己紹介は自分でさせて頂こう。私の名はフォルトゥナート=タルデッリ。心ある者は“破軍の師”と呼ぶ」
急に立ち上がったかと思うと、高らかに名乗りを上げその言葉に自己陶酔している阿呆が居た。
……破軍て、確か不吉を意味する言葉じゃなかったっけ? 何でこんなに誇らしげなんだ。
「一応上位の貴族なんで生暖かい目で見守ってやってくれ。それなりに学もあって魔法も剣も出来るが、ちょっと痛い奴なんだ」
「それはどういう意味だ? イェルド」
「さあ、紹介はここまでにして、そろそろ本題を――」
「待て、まだ話は終わってないぞ」
「後で聞くから黙ってろ」
フォルトゥナートは口をパクパクさせていたが、イェルドに凄まれ渋々ソファに腰を下ろす。
――こいつが人外とか言うから生きた心地がしなかったけど、深い意味はなくてただ単に言いたかっただけだったっぽい。……何て人騒がせな奴だ。
「お前らがくだらねぇ話をしている間に伝聞石へ返信が来た。条件に見合う者たちが多数居ても構わないそうだ。後はあちらさんがテストするってよ」
「では――!」
「ただし、お前ら四人全員一緒に行くのはダメだ。オーダーは一人か二人だからな。まあ、二人ずつで行くなら良いぜ。その代わりダメだった奴は大人しくここに積んである強制ミッションをやってもらおう」
「ここにいる四人のうち二人に強制ミッションとはとんだ策略家ではないか」
「俺はいいぜ、その条件で」
「最初からマスターが決めなければ良かったのよ」
「なら僕とエーヴィだね。ヴァリドはフォルトナが面倒見てよ」
「誰が誰の面倒を見るって? ああっ?」
何だか俺たちが分からないうちにあっさり話が決着していた。
ヴァリドとフォルトゥナート、そしてジャンとエーヴィがコンビを組み、あっという間に部屋から居なくなってしまう。
「ふぃー。あいつらなんでそんなに王宮に行きたがるかね。俺には面倒くせぇ場所にしか思えねぇんだが」
勢い勇んで出て行った四人を呆れ顔で見送ったイェルドが苦笑いを浮かべる。
「ってか、全然話に付いていけてないんだけど」
「ああ、その辺は王宮に行きがてら話してやる。あいつら四人が束になると本当に鬱陶しいからな。とっとと先に追っ払ったんだ」
何だか良く分からないけど、ひとまず俺の正体がバレたわけではなさそうでホッと一息つく。エーヴィは何か感づいているかもしれないけど、あまり会わないようにすれば喧伝されることもないだろう。
俺の方はそれで良かった。
ただ納得できないのはナーサの方だ。
「これ、結局王宮でのテストで選ばれなかったら依頼失敗ってことですか?!」
「う……。まあ、そうなるな」
「それって酷くないですか?! 向こうにはここカルミネの上位貴族であるタルデッリ卿とランベルティ卿が居るんですよ! 王宮の誰かが選ぶ以上、私たちが選ばれる可能性は限りなく低いじゃないですか!」
「うーむ、それを含めて依頼って事なんだが……まあ確かにナーサの嬢ちゃんの気持ちもわかる。――よし、いいだろ。もし失敗しても今回は俺の権限の範疇でペナルティはなしにしといてやる」
「ほ、本当ですか?!」
「まあ、途中で依頼内容が変わっちまったのは事実だからな。カトルはともかく、嬢ちゃんは今ペナルティを食らうと冗談抜きでキツイだろう」
「ちょっと待て。俺はペナルティの話、全然聞いてないんだけど、カルミネでは強制ミッションにもあるのか?」
「おっ、言ってなかったか? まあカトルなら失敗するこたねぇって」
「そういう問題じゃないっ!」
イェルドは暢気にのたまっていたが、強制ミッションにペナルティなんてとんでもない話だ。どうやら依頼に失敗すると程度にもよるがランクダウンも含め、かなりのペナルティが課せられるらしい。
――危うくナーサの一生を棒に振らせるところだったと、背筋がゾッとする。
「まあ、話自体はいたってシンプルだ。王宮の監督官が依頼を受けるに値するか実力を見るってだけだぜ。カトルと嬢ちゃんのコンビネーションがよっぽどズタボロって事が無ければ、間違いなく選ばれるだろ」
イェルドは歩きながら話し出す。
「ギルマスは、本当にカトルの事を信頼しているんですね」
「そりゃ、当たり前だ。……何だぁ、カトル? まだ嬢ちゃんの信頼を勝ち得てねぇのか?」
「残念ながら、ね」
「なら俺が少し端折って話してやろう――」
そう言ってイェルドは俺が寝ぼけながら森を歩いた話や洞窟内部の崖から落ちて死ななかった話をする。
……どう考えてもそのチョイスだと俺が間抜けにしか聞こえないんだけど。
「いや、それわざとだろ!」
「はっはっは。まさかあんな真っ逆さまにずり落ちるなんて思わなかったからな」
「イェルドだって溶岩見て驚いて尻餅ついてたじゃないか!」
「ゲッ、そんなのまだ覚えてやがったのか」
「ああああ、とか大声だして喚いて――」
「だああああ! ギルドマスターとしての沽券に関わる! 今すぐ忘れろ、カトル!」
俺とイェルドは街中を歩き始めていることも忘れて二人で騒いでしまった。なんだなんだと周囲の視線が集まり始める。
「……ここは休戦だ、さっさと行くぞ」
「了解」
そそくさと歩き出す俺たちを見て、ナーサは呆れ顔を向けてくる。
「はぁ……、二人とも仲良しのバカだって事しかわからなかった」
「何か、ますます信頼度が落ちた気がするんだけど」
「まあ、あれだ。俺たちで互いに褒めそやすってのも違えだろ」
……確かにその通りだ。イェルドに褒められたらかえって背筋がぞわぞわしそうである。
そんな事を言っている間に、俺たちは二の門、三の門を抜けいよいよ王宮区画に入っていった。
「ほれ、見えて来たぞ」
三の門を抜けると石畳が真っ直ぐに続く場所に出た。周りに建物はなくゆるやかな上り道がその先にそびえる壮大な門に繋がっている。
そしてその向こうに、太陽光を反射してキラキラ輝く巨大な建造物がついに姿を現したのである。
「これが、カルミネの王宮……!」
高さは三十メートル近くあるだろうか。水晶のような材質で造られた美しい外観が突如として目の前に現れ、しばし俺は呆然と立ち尽くす。
こんな情景、三の門の外から全く見て取れなかったはずだ。もしかすると門の所に何か仕掛けがしてあるのかもしれない。
「びっくりしただろ。さすが魔道王国って感じだぜ」
「ああ……」
俺はにわかに得も言われぬ高揚感に満たされるのを否定できなかった。
(ここにユミスがいる……!)
ついさっきまで意識していなかったのに、この壮麗な王宮を見た途端、急に胸が張り裂けそうになるほどの強い思いが心を覆いつくしていく。
「ちなみに正面は貴族たちの門だ。俺たちは裏手な」
イェルドはそう言って面倒くさそうに右を指差した。どうやら王宮を壁伝いにぐるりと裏側まで歩かなくてはならないらしい。
ぶつくさ文句を言いながらイェルドが先頭を歩いていく。
その傍らで、俺は現実味を帯びてきたユミスとの再会に逸る気持ちを抑えられなくなっていた。
次回は9月21日までに更新予定です。