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第七話 地下演習場での模擬戦

2月14日誤字脱字等修正しました

「よし! いざ尋常に勝負せよ!」

「ごはんを食べに行く話は何処いった?」

「戦場ではたとえ何も口に出来なくても、戦わねばならない時があるんだ!」

「いや、これ模擬戦だろ?」

「問答無用!」

「うわっとっと」


 マリーに無理やり地下にある演習場に連れて来られた俺は、準備運動もそこそこに木剣を渡されて相対する羽目になっていた。

 レヴィアも隣に居たのだがマリーを止めることは端から諦めているようで、俺に「キミはとにかく思いっきりやるといい。手加減無用だ」と言って発破をかける始末だった。


 思いっきりって本当にいいのだろうか? ――いや、竜族としての本気を出していいはずがない。


 というかレヴィアはなんだかタガが外れてないか。

 俺の茶タグ発行という難題をつつがなく完了させてからというもの、緊張感に満ちていた表情はもはや緩みまくりだ。隣には結構暇なのかアイラがそのまま付いてきていて、これまでの苦労話に花が咲いている。

 

 なんだか、もういろいろと納得がいかない。


「来ないのか? ならば私からどんどん行くぞ!」


 ぶうぅん! ぶうぅん!


 マリーの手にした木剣が唸る。

 俺はなんとかそれを避けていたが、空圧が頬を通り抜ける度に肝が冷える。


 だが、それでもレヴィアの槍に比べると若干の遅れがあった。

 見れば横に立てかけてあるマリーの得物はやや細身の珍しい形の曲剣だ。なるべくその形状にあった木剣を使用しているものの、木の構造上どうしても空気抵抗で速度が落ちるのだろう。

 ただ、このままだと自分が有利になるからといって真剣で戦おうとは思わない。レヴィアが手加減無用と言っている以上万全を期したい。

 それに、こんな疲れている状況では想定外のことしか起きないからだ。


「はあぁぁあ!」


 気合十分、マリーの木剣がまた虚空をうなる。

 だが、俺はそれをすんでの所で避けた。


「むうぅう!」


 マリーは明らかにイラついた目で俺を睨んでくる。


「全く打って来ないではないか!」

「いやもう俺、腹減ったし、いろいろ限界なんで」

「私はお前の剣技を確かめに来たんだぞ。カトル!」


 マリーはあくまで剣を右手で構える。

 怒気をはらんでいるものの正対するたたずまいは凛として煌びやか。

 一瞬たりとも気の抜ける相手ではない。


 そもそも俺の剣術は長老のとんでもない剣技を防ぐ事しか学んでいないのだ。剣で打って出ても長老に敵うはずがないので必然的に待ちに徹することが多かった。

 だからなのか俺は自分から打ち込むことに躊躇いを覚えてしまう。


「来い! カトル!」

「……っ」

「頼む!」


 そんな俺に対してマリーは真剣な表情で懇願してくる。

 彼女は間違いなく強い。その彼女にここまで頭を下げられたら、そのままでいることなんか出来なかった。


「わかった。行くよ!」

「来い!」


 今度はマリーが俺を待っている。俺の剣戟を真正面から受け止めてくれるつもりだ。

 俺は意を決して、一歩前に出るや否やそのまま木剣を上段より振りかざした。


「くぅうう」


 マリーは木剣を斜めにして力を逸らしながらかわす。

 それでも剣圧で二の太刀は振るわせない。


 そのままもう一回剣を振るおうとした時、彼女はとんでもない作戦に出た。なんと右手を捨て、剣を左に持ちかえて薙ぎ払いに来たのである。

 俺がそのまま力を振るえば右腕は一閃出来たかもしれない。だが、それは致命傷となりうる打撃を食らうことになる。

 そんな一瞬の迷いが、マリーの攻撃を深くまで呼び込んでしまった。


 ガッガガガガ


 木剣と木剣のこすれ合う音がその場に響き渡る。


「まだまだ! はぁあああああ!」

「うわっ!」


 そのまま二の太刀三の太刀が右足、右肩の死角を突く。

 あわててそれをかわすが、次の斬撃はかわせず木剣の根元で何とか受け止めるしかない。


 一撃が重い。


 マリーの攻撃は常に先を先を行く剣だった。

 全てが一撃必殺の長老の剣とはその性質が大きく異なる。

 

 人と人の、一対一での戦いの為の剣術だ。

 よく考えたら剣と剣の打ち合いは初めての経験だった。

 そもそも長老の身体能力を持ってすれば俺の拙い剣など簡単に避けてしまえるから打ち合いにならない。

 ――そうか。

 これが人族の剣技なのか。

 身体能力を駆使して剣を道具として戦う。それが長老から学んだ剣術だった。

 マリーのそれは対極を成す。

 剣と一体化し、一挙手一投足に意志を込めて己の技を叩き込むものだ。


 剣術だけでこの凄さなのだ。ここに魔法が上乗せされれば、とてもじゃないが今の俺では太刀打ち出来ないだろう。

 もし大陸に彼女のような強さを持つ者がごろごろいるとしたら、俺はユミスを本当に守り切れるのだろうか。


 マリーの攻撃は緩急をつけて的確に俺の死角を突いてきた。

 それをなんとかギリギリの所で受け止めているが、追い詰められるのは時間の問題だ。


 どうする。

 このままじゃいずれ決定的な打撃をくらうだろう。

 だが、俺に彼女のようなコンビネーションスキルはない。

 あるとすれば長老のような己の全てを剣にのせた捨て身の一撃だけだ。


「うおおおおおお!」


 マリーの気合は凄まじい。受け止め続けるのも限界だった。

 もう考えている余裕はない。


 俺は全ての力を右手に込め体勢を低く構えると、真っ直ぐにマリーの方へと飛び出し――。


 パンッ!!


「はい、そこまで!」


 唐突に手を打つ音とともにレヴィアの声が響き、マリーも俺も魂が抜けたように彼女を見やった。


「こら!」

「ひたいひたい」

「私の従弟によくも本気で打ち込みまくってくれたね。模擬戦という話はどこにいったのかな」

「ひゃめれひゃめれ」


 レヴィアはマリーのほっぺをグリグリしながら彼女を問い詰めた。


「もう十分わかったでしょう?」

「あ、ああ。わかったからホッペはやめてくれ」


 涙目になりながらもマリーは口をすぼめて抗議する。


「なんだ、そんなに心配なら最初から言えば良いのだ。大体、カトルにそれは過保護過ぎるぞ。どう考えてもレヴィに止められなければ死していたのは私だろう?」

「ああなったマリーに何か言って、聞くわけないじゃない」

「まあ、それは言えてるな。ははっ」


 そしてレヴィアはマリーの元を離れ、俺の方にもやってきた。


「あいた」


 レヴィアはわかりやすく頭をグリグリしてくる。


「キミはねえ。何をやっているのかな?」

「えっ? 何の事――」

「何の事、じゃない!!」

「いたたたた!」


 よくわからないままにレヴィアのグリグリの威力が増す。


「最後、キミは何を考えていたんだい?」

「それは……」


 ああ、そうか。

 俺は全力でマリーに特攻しようとしていたんだ。

 そんなことをすれば、自分から人族ではないと告げるようなものだ。

 

 …………。

 少しだけ冷静になってきた。それだけ頭に血が上っていたのだろう。

 そんな様子を見て、ようやくレヴィアのグリグリが収まる。


「気付いたみたいね」

「ああ」

「私はこれでも長老に任されているからね。手加減無用とは言ったけど、全てを賭けた命がけの戦いを演じろとは言ってないよ」

「ごめん」


 俺はうな垂れながら小さく謝った。


「その辺でやめてやってくれ。最初に全力でぶつかったのは私の方だ」


 マリーが俺の隣に来て一緒に頭を下げる。


「全力でいかないと敵わないと思ったのは何年ぶりだったか。そう思ったらわくわくが止まらなかった。久しぶりに首の後ろの神経にびりびり来たぞ。限界まで力を出し切るのはとても楽しい!」

「はぁ……、マリーに付き合っていると本当に疲れるよ。こんな演習場で限界まで出し切るような模擬戦をしないで欲しいね」


「ははは」


 マリーはレヴィアに軽口を言うと、俺の両肩をバシッと掴んできた。


「カトルは凄いな! 私の完敗だ」

「えっ? ほとんど互角だったんじゃ」


 マリーの言葉と俺の感覚が追いつかない。

 なんだろう。この齟齬は。


「とんでもない。謙虚も時を選ばないと美徳にならんぞ。これでも負けて傷付いているんだ」

「えっ? でも俺めちゃくちゃ追い詰められていたし」

「追い詰められていた奴が、ほとんど動かずその場に留まるものか」

「えっ……?」

「ん? カトルは本当に気付いてないのか? お前は私の必殺の連撃をその場でかわすか剣であしらうだけだったじゃないか」


 そう言われて、やっと俺は違和感の正体に気が付いた。

 マリーはありとあらゆる方向へ俊敏に動きながら巧みに死角を攻撃してきたが、対する俺は今、開始直後となんら変わらない場所にいる。

 ――これはヤバイ。

 俺は長老との取り決めで1メートルの円の範囲内で攻撃を防ぐという修練を繰り返してきた。これはひとえに俺の人族とはかけ離れた身体能力を隠す為だ。

 内容自体は非常に有意義な修練だと思っていたんだけど、実際に戦ってみて相手の立場になって考えると、馬鹿にされているに等しかった。俺が追い詰められたと感じたところで、だったらもっと動いて避ければいいと思うだろう。

 

 だけどどうすればいい?

 反射的に身体全体で逃げようとすれば、それこそ人族にとっては尋常じゃない動きを見せ付けることになる。かといってうまく適度なスピードで避けることなど、それこそ今の俺には逆立ちしたって出来やしない。


「俺は半径1メートルの円の中で動く修行をずっとやって来たんだ。だからそれが癖になっているんだと思う」

「ほう! それはなかなか興味深い練習方法だな」


 思わず本当のことを口走ってしまった。マリーが興味津々で俺の方に身を乗り出してくる。


「はい。話は後。サーニャさんが待っているのでしょう?」

「ハッ、そうであった! 行くぞレヴィ、カトル! なんならアイラも行くか?」

「うーわー。すっごく行きたいけど、仕事の後でギルドのみんなで食事に行く約束があるの。ごめんね。また今度誘って」

「それは残念だ。また今度だな」


 アイラさんが両手を合わせて謝っているのを残念そうにしていたが、次の瞬間、切り替えて食事へ向かうマリーの意気込みは凄いものがあった。


「あ、その前に」


 それでもマリーが食事より優先することがあった。


「私も自分の能力(ステータス)を見るぞ」

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