第十話 困惑
8月21日誤字脱字等修正しました。
城門が閉まる夕暮れの時間まで練習に勤しんだ俺たちは夕食をとるべくサーニャの店まで戻ってきた。
「本当に依頼を達成出来て良かった……! 王都は物価が高いのが難点よね」
ナーサは少々お高い料理を堪能出来てほくほくしている。
かく言う俺もそれにならって久しぶりにサーニャの手作り鳥串を腹一杯になるまで食べ尽くした。
「それにしても、カトルはやること成すこと全部大雑把よね」
「悪かったな」
「それだけ伸び代があるってことだからいいじゃない」
ナーサは愉快そうにからかって来る。
俺としては若干不満だったが言い返すことは出来なかった。
何しろ剣術だけ教わるつもりが、魔法までダメ出しされてしまったのだ。
―――
城外に出るとナーサはまず約束どおり剣術の基礎を教えてくれた。
「構えの基本はまず膝、腰、背骨、首筋をまっすぐ伸ばすことよ。ああ、でもそんなに筋肉を突っ張るんじゃなくて自然に、腰を中心にする感じね。そのままつま先に重心が掛からないようにかかとを強く踏みしめつつ前傾姿勢にする。これで前後上下に強い力が掛かった状態で静止が出来るから、そのまま――」
ナーサは剣術の指導になると途端に人が変わったように熱心になる。それはいいのだが、自分の鍛錬を忘れて俺に掛かりっきりってのもどうなんだろう。
「わ、わかってるわよ。一通り基本は教えたし、閉門までそんなに時間もないからそろそろ魔法の練習にするわ」
ナーサは楽しい事を邪魔された子供のように少し不貞腐れながら身体強化練習に取り掛かった。
その姿に俺は苦笑いしながらいつも通り鑑定魔法や探知魔法、複合魔法を行っていると、ナーサが凄い勢いで食いついてくる。
「あの、それまさか洗浄魔法と乾燥魔法!?」
「そうだけど」
「もしかしてカトル、両方出来るの……!?」
「ああ」
「――やったぁ!」
俺が二つの魔法の使い手とわかった途端、しばらく自分の練習も忘れ歓喜の踊りを披露していた。その後も洗浄魔法と乾燥魔法を繰り出すたびに自分の練習を止めてじっと見つめてきたのだが、なぜか途中から雲行きが怪しくなっていく。
「何か……おかしくない?」
「え、何が?」
「ここ見て。こんな離れた場所なのに焦げ臭いし、関係ないところまで濡れてるのわ。私、どうしても洗浄魔法と乾燥魔法を使えるようになりたくて機会があれば上手い人の魔法を見てきたから……!」
「それって」
「結論から言えば魔力を制御できてない証拠ね。無理やりって言うと語弊があるけど……あの、もしかしてカトル、魔力制御苦手?」
「うぐっ……」
「……図星みたいね」
そんな感じでついには俺の魔法にまでダメ出しが飛んで来た。
「まさかとは思うけど、魔力制御の基礎練習したことない?」
「基礎かどうか分からないけど、瞑想して身体中全ての部位から魔力を解き放つ練習ならしてるよ」
「はい?! 何よ、その練習方法は! だいたい身体中から魔力を解き放つって、どう考えても制御とは真逆のイメージでしょう?」
「ゲッ、マジで?」
「あんたねえ……魔力制御の練習法なんて子供でも知ってるわよ」
呆れ顔でこちらを見るナーサの視線が痛い。
確かにじいちゃんに習った方法は魔力増幅に主眼を置いたものだった。だから俺なりに考えて、魔力の制御が出来るよう頑張ってきたつもりだったんだけど……。
こうもはっきり指摘されると何だかとてもへこんでくる。
「しょうがないわねぇ。いい? 最初は四元素のうち最も得意な属性で最小の魔力を構成するの。出来る限り小さく、それでいて威力のあるものを作り出すイメージね。それに慣れたら、だんだんと魔力を増やしていくの」
……なるほど。
それは確かに真逆の方法だった。
だが普通はこの練習で魔力制御を学ぶらしい。
「結構、難しいな……」
「ふふん、これくらい小さな子供でも出来るのにだらしないわね」
「ナーサも?」
「わ、私だってもちろん出来るわよ! ……魔力抑えめならだけど」
偉そうなことを言ってて、どうやらナーサも魔力制御は苦手らしい。
ただ何回かやってるうちに、なぜじいちゃんがこの練習を俺に課さなかったのかおぼろげながらわかって来た。
この方法だと制御が出来ないうちは魔力を全然使わないので魔力向上にはマイナスなんだ。
魔力の増幅を第一に考えると、むしろ低レベルの魔法で魔力をたくさん費やせるから制御出来ない方が都合良いのかもしれない。
「ってゆーか、どうしてあんたはそんなずさんな魔力制御で洗浄魔法みたいな複雑な魔法が使えるのよ」
「うーん、より大きな魔力で押さえ込んでいるから、かな」
「……今の発言、怒りを通り越して呆れたわ」
俺の場合、制御する為に魔力を浪費している感覚だから、魔力が少ない者からすると信じ難い話しなのだろう。
……ついポロッと話してしまったが結構あぶない発言だったか。
魔力の相対量が多いっていつバレるかわからない。
気をつけないとな。
「どうでもいいけど、そろそろ時間大丈夫か?」
「えっ……あっ、まずいっ! もうこんな時間?! あんたのせいで全然身体強化の練習出来てないじゃない!」
「そりゃないだろ。だいたい俺は魔法の練習まで頼んだ覚えはないぞ」
「ああーっ、酷い! せっかく教えてあげたのにそんなこと言うの?」
「いや、教えて貰ったことはありがたかったけどさ」
「いいわよねー、魔力の多い人はさ。私がこれだけ魔力がなくて苦しんでるってのに」
「じゃあ、魔力の増幅方法教えようか?」
「うっ……興味あるけど、今はいい。早く日課を済ませないと間に合わなくなる」
―――
そんな感じで最後はギリギリ閉門に間に合う始末だった。
ただ結構充実した時間は過ごせた気がする。ナーサの話はいろいろ参考になったし、早く模擬戦で試したい気持ちになっていた。
「そう言えば結局カトルは身体強化の練習しなかったわね?」
「あっ、忘れてた……」
「まあ、あんたの場合出来ない理由が明確だから無理に練習する必要もないか。だってあれだけ魔力を制御出来ないなら絶対身体強化なんて無理だし」
ナーサによれば身体強化は身体中に均一の魔力を送ることが重要らしい。だから俺が使いこなしたければ、まず魔力制御を徹底して練習すべきとのことだった。
「でも何でナーサは制御が出来てそれだけ真面目に練習してるのに身体強化出来ないの?」
軽い気持ちで聞いたものの、ちょっとぶしつけだったかと反省する。だがナーサは少し嫌な顔をしただけで理由を教えてくれた。
「私は……たぶん、全身に行き渡らせるだけの魔力が足りていないからだと思う」
「えっ……そんなに少ないの? 20とか?」
「いくらなんでもそんな少ないわけないでしょ! そ、そうね……80近くはあるかな」
「いや、それ普通にその辺の傭兵よりあるじゃん」
80近くって、まさかマリーより高いとは思わなかった。
身体強化が出来る彼女の魔力値は70を超えてなかったはずだから、ナーサが魔力不足ということは考えにくい。
制御も出来て魔力もそれなりに高く、真面目に練習もこなしている。
それなのに使いこなせないってのは――。
「なあ、怒るかもしれないけど、俺の意見言ってもいい?」
「い、いいわよ。仲間なんだから気付いたことはどんどん言うべき。これは当然のことよね」
何だか自分に言い聞かせるような口調である。
「じゃ遠慮なく。……なんてゆーか、ナーサは魔力を使うこと自体嫌がってたりしない?」
「はぁ? 何言ってんのよ。嫌がってるなんてあるわけないじゃない!」
「ほんとに? 何だか全力を出し切ってない気がしたんだよな……。剣ではあれだけ猪突猛進なのに」
「誰がイノシシよっ! あんたは本当に一言多いわね。……魔力が枯渇したら最悪死ぬ場合があると聞いたから余力を残しているだけよ」
――やっぱりそうか!
知らず知らずのうちに魔力を抑え込み過ぎて、身体中に回りきらないんだ。
「自分から魔力を枯渇するまで使おうとしても普通は無理だってじいちゃんが言ってたよ。脳神経が反応して回路を遮断するって」
「えっ……でも実際、限界まで魔力を使って倒れた人を見たことがあるけれど」
「そりゃ脳神経が回路を遮断するってことは意識がなくなるんだから倒れるよ。でも外部から吸収でもされない限り死にはしないって。それに限界近くまで使って初めて魔力は上がるんだ。遮断した脳が今までより多くの魔力を溜め込もうとするからね」
「魔力を溜め込む……?! そんな話、聞いたことないわ」
「でも実際、俺はそうやって魔力が増えたからなあ。まあ、どっちにしても魔力はたくさん使わないと向上しないってのは感覚的に間違いないと思う」
「……っ」
ナーサはどうにも納得できないようで眉をひそめ考えあぐねている。
「ま、騙されたって思って明日ちょっとだけ試せばいいんじゃね?」
「……それでもし倒れたらどうすんのよ」
「俺がここまで運べばいいだろ」
「なっ……! いいわけあるか、バカッ!」
その言葉の何が気に障ったのか、ナーサは突如激高して大声を張り上げた。
俺はびっくりしてマジマジと彼女の顔を見据えるが、その声に驚いたのは俺だけではなかったようで、周囲からの好奇の視線がこちらに集中する。
「先に上で休んでる……!」
ちょうど食べ終わった事もあってか、ナーサは顔を真っ赤にして席を立ってしまった。
うーん……、やっぱりこの話題を話したのは失敗だったか。
まあ、自分で頑張っているのに他人が安易に茶々を入れたら怒るよな。
「あらら、まーたナーサちゃんを怒らせちゃったの? カトル」
いつの間に近くに居たのかサーニャがニヤニヤ笑いかけて来る。
「サーニャ?! まさかずっと盗み聞きしてたのか?」
「聞こえちゃっただけよ。今日は昨日の噂を聞きつけた人たちがいっぱい押し寄せて、めちゃくちゃ忙しいんだから。どう? ナーサちゃんも行っちゃった事だし、この後ちょっとだけでも時間があるなら昨日みたいに――」
「だぁあああ! 絶対にやらない!」
「そんなに嫌がらなくてもいいじゃない」
サーニャは可愛く舌を出してウインクする。
だが甘い顔をして調子に乗せると本当に危険だ。いつまたウェイトレスの格好をさせられるかわかったものじゃない。
料理の勉強ならしたいけど、あんなフリフリ着るのなんてもう絶対にごめんだ。
「でも、あれはまずいわね。あんなこといきなり言われたら怒るのも無理ないわ。もうちょっと女の子には気配りしないとね」
「……っ」
ウェイトレスの話は前振りだったようで、不意に真面目な顔をしたサーニャに窘められてしまった。
まあ、俺も今日ナーサに魔法の事まで言われてちょっとだけムッとしたし、そういう意味では配慮が足りなかったかもしれない。
「いきなり、倒れたら俺が運ぶって、そんなこと言われたら私だって照れるわよ」
「……ほへ? 何の話?」
「……ん? 何ってナーサちゃん、今、照れて行っちゃったじゃない」
……照れて?
倒れて俺に運ばれるのが恥ずかしいってこと?
魔力の事を無理に指摘されて怒ってたんじゃないのか。
俺が困惑していると、サーニャに残念なものを見る目でため息を吐かれてしまう。
……昨日会ったばかりでナーサが何考えているかなんて分からないっての。
「じゃあ、そろそろいくね。ごゆっくりー」
「あっ、待って。一つ聞きたかったんだけど――」
明日は依頼があるから話す暇がないと思った俺はサーニャを無理に呼び止めた。
気にはなっていたんだけど、黙ってカルミネに来たから会うのが怖くて聞きづらかったんだ。
「レヴィアって今、どうしてる?」
だが、そこで返って来た返答は予想だにしないものであった。
「えっ、レヴィアさんならマリーさんと一緒にカルミネを出たわよ」
「……はっ? カルミネを、出た?」
「あら、今はリスドにいるんじゃないの? カルミネに着いた途端、体調崩してマリーさんにおぶってもらってたから――」
「ちょっとサーニャ! 何、油売っているの!」
「はーい! ……ごめん、母さんに呼ばれちゃったからもう行くね」
「あ、ああ。ありがと」
そう言ってサーニャは厨房へ駆けて行った。
その姿を俺は呆然と見送ることしか出来なかった。
次回は9月13日までに更新予定です。