第九話 仲間
8月21日誤字脱字等修正しました。
「カトル、待って」
物思いに耽りながら歩いているとナーサに呼び止められた。
そこでいつの間にかギルドの外へ出ていたことに気付く。
「うわ、ごめん。考え事してた」
「まったく、一人でどんどん先に行っちゃうんだから!」
口を尖らせるナーサに謝りつつ、ギルドでまた変な奴らに絡まれなかったか尋ねた。
「そんなの無視したに決まってるわ」
「やっぱり声を掛けられたのか」
「あいつらなんて、どうでもいいから! それより、どういうことかちゃんと説明してくれるんでしょうね!?」
ナーサは腰に手を当て、下から覗き込むように詰め寄ってきた。その仕草が妙に可愛くて俺は何だか落ち着かずタジタジになる。
「わかった。わかったから少し落ち着けって。後でサーニャんとこ戻ったら、ゆっくり――」
「すぐ戻るわよ」
「いやあの、これから近くにある雑貨屋に寄りたいんだけど」
「どうせ明日もギルドへ行くんだから、その時に寄りなさいよね。今は聞きたいことがたくさんあるの!」
ナーサは不機嫌そうな様子で朝来た脇道をずんずん進んでいってしまう。
「ちょ、待てって。俺一人じゃ絶対迷う!」
慌てて見失わないように追いかけたが、ナーサはそれ以降一言も話そうとしなかった。
ただめちゃくちゃ怒っているのかと思いきや、ふとしたタイミングで視線がかち合うとまるで照れたように顔を赤くしてフンと横を向いてしまう。
そしてようやくサーニャの店に着き、二階の部屋に入ったところでナーサは我慢の限界とばかりに食って掛かってきた。
「何なのよ、あの動きは! 構えも運びも所作も返しも何一つ基本が出来ていないのに、なんであのエーヴィさんの“神速”をモノともしない動きが出来るのよ?!」
「えっ……あ、ええっ?!」
俺はナーサが何を言っているのか分からず、ポカーンと口を開けたまま呆然としてしまう。だが彼女はそんなのお構いなしでまくし立ててきた。
「カトルの動きは人の限界を超えているわ。どうやったら、そんな強靭な肉体が生まれるのよ?! しかも普段はそんな様子一欠片も見せてないのに……!」
「限界を……超える?!」
その言葉に凍りつく。
「そうよ。普通はあんな無茶な動き方をしたら大怪我するわ。なのにあんたは大した予備動作もなしにエルフ族の先天的な身体能力をはるかに超えたスピードであの一点突破の突きを避けていた……。まるで私が遠く及ばない……のように……」
最後の方はぼそぼそと聞き取れない声で呟くと、ナーサはもう俺の事は眼中にない様子で何か思いを巡らせていた。
……一瞬、人族ではないとバレたのかと思った。
戦いのそんな瞬時の動きからでも分かってしまうものなのか。
確かに俺の反射神経は人族ではありえない強靭な肉体があるから成しえるものだ。
だが、それすらも見抜かれてしまうのなら対策のうちようがない。
「私は苦手だけどまるで身体強化を使ったような動きだった。けれどそれは身体に負担を掛ける洗練されていない動きなの。……当たり前よね。腕の力だけで攻撃を跳ね返すより全身を使って腕がしなる様に差し向けた方がはるかに少ない力で済むでしょ。だから――」
実家で結構な人数を指導していたと言うだけあって、ナーサの理論はかなり的確なものであった。実戦ありきのじいちゃんより断然分かりやすい。
だが、いくら得意分野だからといって凄い勢いで語り始めた彼女に唖然としてしまう。
そもそも俺の身体能力について問い詰められていたはずなのに、いつの間にか構えがなっていないとか、重心の移動をもっと自然に行うべきだとか、次々とダメ出しが始まっている。
そんなわけでしばらくの間黙って高説を聞いていたのだが、ふとした拍子にナーサはしゃべるのを止めて俺の方を睨んできた。
どうやら自分でも話が横道それていたことに気付いたらしい。
「何で私があんたに指導しなければならないのよっ!」
「いや、俺なんも言ってないじゃん」
「私が聞く側でしょ! カトルが何でそんなデタラメな強さなのか……。もしかしてこっそり身体強化を使ったとか?」
「俺は身体強化使えないの」
「あらら、そうなの? 私と一緒じゃない」
「だいたいギルドの演習場は魔法を制限する結界がさらに張られているんだから無理だろ」
「へぇ……知らなかった」
どうやらナーサは演習場を使ったことがなかったらしい。まあ、実際には相当無茶をすれば結界を破れそうだけど、そんなアホなことをしても悪目立ちするだけだ。
「ならどういうわけよ!」
「どうって言われてなあ。俺はじいちゃんとの修練でエーヴィよりもっと速い攻撃を避ける特訓をしてたから、それでじゃないか?」
「なっ、エーヴィさんより速いって……」
「じいちゃんは島の長老なんだけど信じられないくらい強いんだ」
「……カトル。あんた、いったいどこの島の出身なのよ。そんな凄腕の老人が居るなんて噂まったく聞いたことないわ」
「まあ、じいちゃんが大陸に来る時はもっぱら食い倒れに来てるだけだからなあ……」
リスドに来たのも急遽開かれた料理大会を堪能する為だったしね。
「それにぎりっぎりの反応は鍛えられたけど、正直ナーサの理論を聞いてる方がよっぽど参考になるし」
「なっ……?! そ、それはあんたがあまりにも基本がなってないだけでしょ!」
俺がそう言った途端、ナーサは顔を真っ赤にして怒ってきた。だがいつものキレがない当たり理論を褒められて照れているのだろう。
「ま、まあ、あんたがそこまで言うなら、しょうがないから後で教えてあげてもいいけど」
「マジで?! それは助かる。正直このままじゃ、太刀打ち出来なくなると思ってたから」
「――はぁ?! あんた何言ってんの? あれだけエーヴィさんをコテンパンにしておいてどの口が言うのよ」
「いや、だってエーヴィが敏捷強化を使っていたら、多分最初の一撃で俺はやられてたよ。決闘の速さを見て油断してたってのもあるけど」
「ふーん……。でも、それならあんただって身体強化使えばいいじゃない」
「だから出来ないんだって」
「それこそ練習あるのみよ。私だって苦手だけど毎日練習してるわ。だいたい、私より魔力があるのに出来ないなんて甘えよ」
「うぐっ……」
まったくの正論にぐうの音も出ない。
「まあ、いいわ。あんたの強さの秘密がその凄腕の老人との修行で培われたってのは納得は出来ないけど理解できた――。ただ、本題はここからよ!」
「えっ……?」
「あんたは私の事を無謀って言ってたわよね」
話が飛んだ気がして俺の頭にハテナマークが浮かぶ。
「私は最初カトルが魔法に特化して剣術は大した事ないと思ってた。だから笑って済ましてたけど、そのエーヴィさんをはるかに超える実力があるのに先手必勝を無謀と言い切った根拠を聞きたいの――!」
「なっ……?!」
どうやら、ナーサにとっては俺の強さの秘密など二の次であるらしい。
「剣術に携わる者として私は先手必勝に矜持をもっているわ。それを踏み躙られたままじゃ、次の一歩を共に歩んで行くなんて到底無理……!」
「……」
「今日の事は本当に感謝しているわ。たった一日で依頼がこなせて、魔道師ギルドとの決闘なんていう貴重な体験が出来たのは全部カトルのお陰だって思ってる。だけど、剣術は私にとっては家族の次に大事な誇りなの。だから――」
それは心をさらけ出した叫びであった。とても純粋で、だからこそ素直に共感し強く胸を揺さぶられる。
――俺はどこかで彼女の事を茶タグだから、依頼をこなせていなから、といって安易に見下していたのだろうか? だから魔道師ギルドの連中に特攻していった際に無謀と――。
……いや、違う!
俺はあの時、最善を尽くしたか? 敵が魔道師ギルドの者だからといって過剰に恐れ判断が遅れてなかったか?
良く考えればティロールの戦場にいた者やあのファウストのような者が王都にいるはずがない。あくまで王都にいる魔石を使いこなす程度の者たちと考えるべきだった。そしてその判断は鑑定魔法を使えばすぐに出来たし、探知魔法で場所を探れば消失魔法など大した脅威にも成り得なかったはずだ。
翻って、万が一あの場に居た魔道士がファウストと同じ強さだったなら、きっと特攻したナーサはこの場に立っていられなかっただろう。
俺は確認を怠った。
模擬戦だったから、では済まされない。
大事な仲間を危険に晒したんだ……!
「……なんで、黙っているの?」
ナーサが神妙な顔つきで俺に問いかけてくる。
その瞳があまりにも不安そうで、だから俺も正直に全てをさらけ出した。
「ああ、ごめん。今、あの決闘の時の状況を思い返していたんだ。……今回の件はひとえに俺の怠慢だった」
「……えっ?」
「俺はあの時すぐに鑑定魔法で相手を探るべきだったんだ。それでもしファウストのような危険な奴だったら全力で――」
「ちょっ、ちょっと待ちなさい! ファウストって……あのファウスト?!」
「あのファウストって言われても、ファウストって二人も三人もいるの?」
「いないわよ! “シュテフェンの狂気”という二つ名で呼ばれる魔道士で、シュテフェンにいる反王宮派の中でも5本の指に入るほどの魔力の持ち主という噂だわ」
ファウストの魔法は凄かったけど、やっぱりかなりの使い手だったのか。
「そいつかどうかわからないけど、リスドはファウストって奴のせいで叛乱が起きて大混乱になったんだ。あいつの魔法は様子見程度の炎属性でさえギリギリ避けられるかどうかってくらい凄まじい威力だった」
「そ……そんな奴がカルミネに居るわけないじゃない! もし居たらきっと王宮が放っておかな――」
「だから! それを探らなかったのは俺の落ち度だ。仲間を危険に晒していたかもしれないのに、俺は確認を怠った。あれだけラドンに何度も鑑定魔法と探知魔法を常に使えって言われてたのに……」
「……そもそも鑑定魔法を使えること自体、凄いんだけどね」
「せっかく必死で練習してるのに使わなきゃ意味ないよな」
俺の自虐的な言葉にナーサは眉を顰め顎に手を当てる。
「……それならあんたはどうすべきだったと思うのよ」
「もし相手を探って、それこそファウストクラスの実力者だったならせめて敵の目標を分散させるべく俺も特攻すべきだった。……俺はあの時ナーサの行動に驚いてかなり動くのが遅れてしまったんだ」
「そう……。私たちはまだ仲間、としてはお互いの事全然わかっていないものね」
いつの間にか、身を乗り出して叫んでいたはずのナーサはその場にペタンと座り込んで穏やかな表情を浮かべていた。
もう俺を問い詰めようという気概も無く、ゆっくり今日の事を反芻している。
俺はナーサが話すのをじっと待った。
そしてようやく彼女が口を開いた。
「カトルがそこまで考えていたなんて思わなかったわ。冷静に振り返ると、私もお互いの事を何も知らない状況で特攻したのは無謀だった、かもしれない。どこかでエーヴィさんの魔法と、あんたの黒タグ持ちっていう実力に甘えていたんだと思う。……そうよね、これからは今までと同じ感覚でこなせる依頼じゃなくなるのよね。それこそファウストみたいな使い手を相手にするような」
「毎回あんな奴が相手だったら大変だけどね」
今まではずっとレヴィアかラドンがそばに居て、自分の事だけ考えれば良かった。こうして離れてみてはじめて二人に頼っていたという事実を思い知らされる。
これからは仲間である以上、俺がナーサを支えなければならないんだ。自分のことだけで手一杯ではどうしょうもない。
そんな事を考えていたら、ナーサから右手が差し出された。
少し俯き加減で顔も赤くなっている。
「改めて、これから宜しくってことで」
「こちらこそ」
がっちりと握手を交わし、そしてようやくナーサはにこやかな笑顔を向けてくれた。
「仲間って響き、いいよね」
その言葉に俺も自然と笑みがこぼれる。
「無謀って言った事は許してくれた?」
「カトルも懺悔してくれたし、おあいこってことで。もっとお互い話し合わないとね。仲間なんだから」
「そうは言っても結局ナーサは誰相手でも特攻していきそうだけどな」
「あんたねえ、先手必勝って言いなさい。ちゃんと理にかなっているんだから」
そう言ってお互いようやく笑いあえた。
「あと残り二つ、ナーサが晴れて茶タグを卒業できるように俺も頑張るよ」
「……あんたは一言多いのよ!」
どうやら茶タグという言葉がお気に召さなかったらしい。せっかく笑顔だったのにまた怒らせてしまった。
だが最初出会った頃の不信感は完全に払拭できた。
やっと俺たちは本当の意味で仲間になれたのかもしれない。
「さてと、じゃあすっきりしたところで私は身体強化の練習をするけれどカトルはどうするの?」
「練習って、魔法は制限されてるんじゃないの?」
「バカね。城外に出て練習するに決まっているでしょう。城門が閉まるまでの日課なの」
「げっ……まさか今から城外に?」
「そうよ。ついでに、その、剣術の基礎も見てあげるから……あの、一緒に行こう……?」
「えっ……、わ、わかった」
突然、素直に誘われてどぎまぎしてしまった。
真面目でいつも怒っているような感じだけど、こんな一面もあるんだな。
蛇行して大変そうに思えた大通りも二人で歩くと大した距離に感じず、あっという間に城門にたどり着いた。
「じゃ、じゃあ、最初は構えからね」
それから夕暮れまで俺たちはみっちりと練習に勤しむことになった。
次回は9月9日までに更新予定です。