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第八話 王宮からの依頼

8月20日誤字脱字等修正しました。

「待ちなさい、イェルド! あなたは何を言っているのかわかっているの?」


 イェルドの言葉にすぐさま反応したのはエーヴィであった。


「王宮からの依頼はギルドの浮沈が掛かった最重要問題でしょう!? それを主要幹部にさえ通さず独断で決めるなんて暴挙が許されると思っているの?!」

「とは言ってもな。まだ決闘から戻ってないんじゃ話しようがないぜ」

「そもそも剣術の優れた者を探しているのなら適任がいるでしょう? 双剣のジャンルイージや鉄壁のオズヴァルド――」

「それに神速のエヴィアリエーゼってか?」

「……っ」


 エーヴィは一瞬イェルドを鬼の形相で睨み付けたが、すぐに冷静さを取り戻してソファに座りなおす。


「理由は簡単だ。こいつが適任だからだよ」


 イェルドはそう言うと俺の方を向いてニヤッと笑った。

 この笑顔、どこかで見たかと思えばアルフォンソの依頼を押し付けてきた時とそっくりだった。俺に面倒事を押し付ける気満々なのだろう。

 ――ただ今回は俺の方も事情が異なる。王宮からの依頼ってことは王宮に行けるチャンスだ。ユミスに会えるかもしれない以上、これを逃す手はない。


「で、その依頼ってのは具体的に何をすればいいんだ?」

「おおっと、乗り気だなカトル。それは――」

「待ちなさい、イェルド。まだ私はあなたの言葉を認めたわけではないの。カトルには悪いけどこの依頼、そう簡単に譲るわけには行かないわ」

「……まっ、お(めぇ)ならそう言うと思ってたけどな。しゃーねぇから、幹部連中が帰ってきたら()()()()()()集めて話し合いだ」

「なっ……?!」

「当たり前だろう? 魔道師ギルドの連中に負けるような奴を王宮からの指名依頼に噛ませるつもりはねぇ」


 イェルドの表情もまた真剣そのものであった。こんな真面目なイェルドの顔、リスドに居た時には見たことが無い。


「と、いうわけだ、カトル。王宮に呼ばれているのが明日の夜、貴族の陳情が終わる頃だから、夕方までにこの部屋へ来てくれ。これは片方の手紙だ」


 そう言ってイェルドは赤い封がされた書面を渡してきた。そしてもう一通、白い書面をペラペラと右手で掲げている。


「それだけじゃ王宮には行けねぇ。この対になった白い手紙も必要だ。カトルはその赤い手紙を明日の夕方まで大事に保管してろ。……これで冷静な話し合いが出来るはずだ」


 イェルドはわざわざエーヴィに向かっておどけて言い放った。


「言ってくれるわね、イェルド。もし私がカトルから手紙を奪ったらどうするつもり?」

「ははっ、カトルから手紙を奪う? 面白い冗談だな。補佐官のお(めぇ)がそんな真似したらギルドがどうなるかわかってんだろ」

「……それを私にさせるかもしれないほどの状況だと理解して欲しいわね」


 二人の間に険悪なムードが漂う。

 だが、まさに一触即発かと思った瞬間、イェルドが丸刈りの頭を掻きながら一歩引いてきた。


「ったく、しゃーねぇな。どうすりゃお(めぇ)は納得するんだ? カトルと手合わせでもするか?」

「は? ちょっと待っ――」

「それでいいわ。受けて立ちましょう」

「なっ……!」

「おっと、魔法は抜きだぜ。あくまで先方のオーダーは剣の腕前だからな」

「あら、そんなことをしていいのかしら? 魔法が使えなくて困るのは、これだけ尋常ではない魔力をあふれさせているカトルの方じゃなくて?」

「何を――えっ?」


 俺抜きで勝手に話を進める二人に文句を言おうとして、とんでもないことを指摘された俺は言葉に詰まってしまった。

 魔力が溢れ出てるって、まさか俺にもわからないうちに魔力が駄々漏れしてるってことか?!

 せっかく魔力のステータスが詐称出来るようになったのに、それじゃ全く意味がないじゃないか。

 まずい、まずいぞ。


「フフ、カトル、顔色が悪いわよ。魔法が使えなくて怖気づいたかしら?」


 俺が動揺しているのを見て取ったエーヴィが正反対の勘違いをしていた。その言葉に幾分余裕を取り戻す。


「いや……魔力が溢れるってのが気になって」

「あら、懸念はそっちなの。案外あなたも暢気(のんき)な人ね。……安心なさい。この街で魔力が一定以上の者は須らく皆そうだから」

「エーヴィは指摘すると怒るが、エルフは魔力を視ることが出来るんだ」

「イェルドが間違っているから怒るのよ! エルフだから視えるのではなく、魔力反応――素質がある者なら誰でもわかるの!」

「ほらな、怒ったろ」

「イェルド! ……まったく。まあ、いいわ。カトルも覚えておくといいわよ。魔力が150を越える者は、この街の結界に自然と対抗して魔力が反応してしまうの。だから視るものが視れば鉄石(くろがねいし)がなくても簡単にわかるわ。シュテフェンの間者対策の一環ね」


 ……聞いておいて良かった。

 魔力150って完全にアウトだ。詐称でもっと低い数値にしてあるから、後でこっそり直しておかないと。

 それにどうやら魔力の全てが漏れ出ているわけではないらしい。エーヴィの目にどう映っているのかはわからないけれど、結界に反応しているだけならそんな大したことはないはずだ。

 ただ俺があからさまに安心したものだから、エーヴィの気持ちを逆撫でしてしまった。


「その魔力を使わず戦おうというのにだいぶ余裕がありそうね、カトル……!」

「えっ……? あ、いやそういうつもりじゃ――」

「ははっ、カトルにとっちゃ神速と持て囃されたエーヴィも子供扱いってことだな」

「誰もそんなこと言ってない! まだ戦うことさえあまりピンと来てないんだ」

「だがもう確定事項だ。依頼を受けたいんなら、勝ってエーヴィを納得させてみろ」


 あまりの急転直下ぶりに困惑を隠せない俺を尻目にイェルドは皆を地下の演習場へ行くよう促した。


「エーヴィさんの剣戟が間近で見れるのはラッキーよね」

「お前な。これで俺が勝てないとせっかくの依頼がパァだぞ」

「あ……そうなるのか。うーん、どっちを応援すればいいのか迷うわね」


 ナーサにいたっては物見遊山気分だ。

 俺は溜息を吐きながら、足取り軽く地下へ向かうイェルドの後ろを渋々従うのであった。



 ―――



「カトルの防具はそれだけでいいの? 私の細剣(レイピア)は切っ先こそ折っているけれど、当たるとそれなりに痛いわよ」


 地下二階の演習場に辿り着くと、適当な剣を見繕っていた俺にエーヴィが話し掛けてきた。

 俺が今身に着けているのは皮で出来た厚手の服でそれなりに耐久性も高い材質だった。だから特に気にしていなかったのだが、エーヴィの装備を見ると何か見繕った方がいいかもと考えてしまう。


「今はこれしかないんだ。どこか良さげな店はない?」

「あら、それならギルド近くにある雑貨屋トリエスタンがオススメよ。王都以外からも仕入れているから、かなり品揃えがいいの」 


 トリエスタンって言えば、城門で会ったオルネッラの店だ。まとめて買えば少し安くしてくれるって言ってたっけ。


「それは後にしてくれ。この後の予定が詰まってるからな」

「予定? 今暇そうに野次馬してるのにか?」

「大言壮語をのたまわってくれた幹部たちを出迎えての不毛な会議が始まるからな」


 やれやれといった感じでイェルドは首をすくめ両の手のひらを上にする。


「不毛な会議になる、という点は同意するわ。ならば最初から全力全開で早めに決着をつけましょう」


 エーヴィは細剣(レイピア)を構え、演習場の中央付近まで歩いていく。


「カトルも準備はいいか?」

「出来てなくてもやるしかないんだろ?」

「そういうこった。理解が早くて助かるぜ。ここでカトルがあっさり勝てば、少なくともエーヴィの反対はなくなるからな。会議がだいぶ楽になる」

「そういうことかよ」


 俺もエーヴィのそばに寄り長剣を構えた。


 ――不思議な感覚だった。

 こんなに近くにいるのに、彼女の気配を感じないのだから。

 静寂が舞い降りて、そして――。


「はじめてくれ」


 イェルドの声が演習場に響き渡った。

 だが、エーヴィは全く動きを見せない。

 俺は少しだけ戸惑い、――その一瞬で彼女の姿が視界から消えていた。

 そして、ダンッという床を踏みつける音が響いた刹那、細剣(レイピア)による突きが目前に迫っていたのである。


「くっ……」


 俺は辛くもそれを右にかわすが、すぐに次の一撃が襲い掛かってくる。

 ――完全に油断していた。

 今日決闘で見せた何倍もの速さで彼女の突きは放たれていた。しかもかわすそばから連続的に、それも寸分の狂いも無く俺の喉元目掛けて向かって来るのだ。

 攻撃に転じようにも静と動の切り替えが早く、気配を全く掴ませてくれない。

 いったん距離を取るべく一歩後ろへ下がるが、さらにダンッという強烈な音が響きエーヴィの細剣(レイピア)が俺の右手へと糸を引くように突き進んでくる――!


「やばっ……」


 俺は咄嗟に右手を引き寄せ細剣(レイピア)を剣身で弾き返した。


 ガキィィン、という鈍い音が鳴り響く。


 そのまま剣を振り払うとなんとかエーヴィを押しやり間合いを取ることが出来た。

 ――どうやら剣身も壊れてはいないようだ。

 そして一間(ひとま)置けたことで、やっとエーヴィの動きを視界に捉えることに成功する。

 なおも攻撃を続ける彼女の細剣(レイピア)の剣筋を見据え続けざまに避けると、不意に剣戟が止み、エーヴィは距離を取るべく後ろへ下がった。


「すっげー速さだ」


 そこでようやく一息つけた俺は、思わずそう呟いた。

 もちろんじいちゃんの斬撃とは比べようもなかったが、それでもレヴィアの槍には匹敵するかもしれない。

 だが、そんな賞賛の言葉を掛けた当の相手は、端整な顔立ちを歪ませて呆然とたたずんでいた。

 信じられない、といった感じで自分の手にある細剣(レイピア)と俺を交互に見やっている。


「何で動かないの?!」

「えっ……?」

「なぜ、その速さがあって、私に攻撃して来ない……?!」


 呼吸を乱しながらエーヴィは俺に詰問してくる。だが、その目の奥は先ほどまでと違い怯えの色が見受けられた。


「エーヴィの速さにびっくりしてそれどころじゃなかった。決闘の時とまるで違うから」

「……そう」


 エーヴィは細剣(レイピア)の構えを解き、額から流れる汗を拭う。

 そしてもう一度構え直すと、今度は低い姿勢を取った。


「全力を出しても敵わない、そう思える相手にこの地で出会えるとは思わなかったわ。だから……捨て身で行く――!」

「――っ」


 剣先が一瞬ぶれたかと思うと、エーヴィはそのまま身体を投げ出す勢いで切っ先を突いて来た。

 文字通り捨て身の一撃である――。

 避けてしまえば全身隙だらけだ。

 だが俺は最後まで視線を逸らすことなくその攻撃を見据え、ギリギリのタイミングで細剣(レイピア)の剣身を弾き返した。

 その攻防の衝撃に出来合いの剣では耐えることが出来なかったのだろう。

 細剣(レイピア)は剣身が真っ二つに折れて、切っ先が床に転がっていく。

 エーヴィはそれを後ろ髪を引かれる思いで見つめ、そして天を仰いだ。


「そこまでだ」


 イェルドの声が響き、エーヴィはその場に膝をついた。


「……ったく、相っ変わらず凄い反射神経と剣捌きだな、カトル。若干攻撃もさまになりつつあるのが恐ろしいぜ」

「森で一緒だった時よりはいろいろ練習したから」

「そうかい、そうかい」

「で、俺は合格?」

「ああ、詳しい話はまた明日だな。……申し訳ないが、今日の所は出直してくれ」


 そう言うとイェルドはエーヴィのそばに寄って行った。

 その肩をポンポンと叩いているのを見て、長居は無用と演習場を後にする。

 それにしても彼女の速さは神速と呼ばれるに相応しく凄まじいものだった。そしてなにより本来の強さは当然、魔法を掛け合わせたものであるはずだ。

 正直、敏捷強化(アジリティブースト)だけでも手に負えない強さになりそうで恐ろしい。


「俺も本格的に身体強化(ブースト)を頑張らないとダメかな……」


 俺はそう呟きながら、それは明日から頑張ろう、という少し日和気味な考えにすぐ流されてしまうのだった。

次回は9月6日までに更新予定です。

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