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第六話 最初の依頼

8月19日、誤字脱字等修正しました。

 早速ギルドを出て向かったのは、カルミネの第二層、貴族や豪商が住む高級住宅街であった。

 俺は最初、第二層全部がリスドの貴族街みたいなものかと思っていたのだが、実際に歩いてみると普通に商店街や酒場、レストランといった店もあり、片隅には昔ながらの住居もあるなど、なんとも雑多な感じで少し驚いてしまった。


「カルミネに貴族街という概念は基本ないわ。昔から住んでいる人たちがそのまま暮らしているのよ。貴族が多いのは何度か侵攻を受けた歴史があって、より富を持つ者たちが生活圏を王宮近くに変えていっただけね」

「へえ、ナーサはこの街の歴史に詳しいのな」

「こ、このくらい常識よ」


 街に歴史ありというが、カルミネはその中でも複数回陥落した過去をもつ異質な王都である。俺はじいちゃんの歴史の授業で陥落したという知識を習っただけだったので、実際こうして歩いてみると、それがもたらした変遷を感じなぜか胸が熱くなってくる。


「でもニノ門をくぐったらだいぶ道が整理されてるんだね。こっちを通れたらギルドへ行く時にあんな脇道通らなくて済むのに……」


 第二層側は道が整備されており、横を見れば城壁伝いの道もそのまま歩いていけそうであった。


「残念だけどニノ門から先は正当な理由がないと通ることは出来ないの。これは13年前からずっとそう。今もこの依頼書があったから入れただけで、それこそこちら側に住居でも構えない限り行き来は難しいわね」


 エーヴィが肩を(すく)めながらそう教えてくれた。

 ――13年前といえば、カルミネで内乱が起こった年だ。

 内乱自体は終結したものの混乱は(くすぶ)っていて、それが現在の魔道師ギルドとの対立に繋がっている。

 だとすれば混乱が完全に治まりでもしない限り、このニノ門の厳重な警戒ぶりは変わらないだろう。

 これは俺からすれば大問題であった。

 カルミネの街を行き来するだけで迷子になりそう、という懸念もあったが、何より王宮どころか第三層に近づくことさえ難しいのだ。


 ――このままではユミスに会えない。


 本当なら足がかりを見付けすぐにでも会いに行きたいところなのだが、王宮はさらに一つ城壁を越えた丘陵の中心にそびえている。

 イェルドみたいに王宮から呼び出しでもあれば良いんだろうけど、そんな都合の良いことが一介の傭兵である俺に起こるはずもない。

 だから今は遠くから王宮の雄姿を見上げることしか出来なかった。


「カトルは王宮に思い入れでもあるのかしら?」


 俺が王宮を眺めていたものだから、エーヴィに問いかけられてしまった。傍らでナーサも怪訝な顔を覗かせている。

 そこまで急いでないつもりが、逸る気持ちを抑えられず表情に出ていたのだろうか。


「いや、どうやったら王宮に行けるかな、と思って」


 そう返したらナーサには少し誤解されたようだ。


「王宮? ああ、カルミネに来たら一度は行ってみたいわよね。この国が出来た当初からあって歴史的にも価値が高い建造物だし」

「……気持ちはわかるけれど、そう簡単には行けないわよ。何しろ、人嫌いの女王が見知らぬ者の来訪をほとんど許さないから」


 ユミスが人嫌いなんてはじめて聞いた俺は、驚きのあまり何も言えずその言葉に頷くことしか出来なかった。


「でも、今日マスターが登城したようにギルドへ依頼という名の命令が下る時もあるわ。だから普段からコツコツ依頼をこなしていれば、そのうちカトルにも行ける機会が訪れるかもしれないわね。――さ、着いた。ここがアルベルティーニ家の屋敷よ」


 エーヴィが示した先には、石造りの塀が続き、そのはるか上まで木々が生い茂る旧家の屋敷があった。この辺りの区画の建物からすると桁違いの広さで入り口を探すだけでも一苦労である。

 そんな場所なのにエーヴィは勝手を知っているのか、さっさと一人で敷地内に入っていった。

 あわてて俺たちが駆けつけると、すでに屋敷の住人と話を付け裏手へと案内されている。


「これからすぐに決闘よ。準備はいい?」


 決闘の意義については道すがらエーヴィが概要を説明してくれた。

 決闘は、貴族同士で争いが起こった場合、穏便に解決する為、代理人を立て行われる模擬戦のことだ。

 基本的に魔道師ギルドと傭兵ギルドがそれぞれの側に立ち戦うのだが、この辺りがカルミネの場合複雑な状況になっているらしい。


「良くないけど、やるしかないんだろ?」

「ほら、あんたはつべこべ言わない!」


 えらくナーサはやる気だが、俺は魔道師ギルドのメンバーが相手と聞いて頭が痛かった。この前まで奴らの実戦を嫌と言うほど目にしてきて厄介さは身に沁みて分かっている。ラドンの魔法無しに俺一人でどこまで対応出来るか未知数なだけに、正直極力関わりたくない相手だ。

 ナーサの茶タグ脱却が関わる以上、万全を期したいところだが、不安は否めない。


「どう? カトル。私の助太刀が必要かしら?」


 そんな俺の考えが透けて見えたのか、エーヴィが優雅な笑みを浮かべ尋ねて来た。その絶妙なタイミングに少しだけ抵抗を覚えたけど、どう考えても彼女の魔法の手助けがあった方がいいに決まってる。


「頼めるならお願いしたい」

「職員報酬になっても構わないかしら」

「ああ」


 エーヴィは最初からそのつもりだったのか、快く引き受けてくれた。

 ナーサは若干呆れ顔をしていたけど、魔道師ギルドが相手と聞いた以上、妙なプライドより確実性を取るべきだ。


「それでは宜しくね。行くわよ」


 エーヴィを先導に裏手に回ると開けた庭があり、二十メートル四方はある大きな舞台が設置してあった。

 その横でおそらく貴族であろう一人の男と三人の灰色のフードを被った者たちが待ち構えている。奴らが魔道師ギルドの連中に違いない。


「武器は横にあるものから選んで。全部刃研ぎされていないものよ」


 エーヴィの言葉に俺もナーサも手ごろな長剣を手に取った。エーヴィはと言うと身長に見合わない長めの細剣(レイピア)を手に取っている。

 ただ軽く振りかざすだけで、その剣捌きの流麗さは目を見張るものがあった。


「鮮やかですね」

「フフ、ありがと。ナーサもかなりやるみたいね」

「私は魔法が苦手なので剣だけが頼りなんです」


 女二人で決闘前に和気藹々と話しているところに何となく入りづらかった俺は相手の様子を観察する。

 こちらとは違って一人だけしか剣を手にせず、残り二人は腰に持参した結晶付きの杖を携えていた。どうやら魔石を駆使した戦いを挑んでくるみたいだ。


「それでは開始せよ」


 相手側の貴族の男の声を皮切りにいよいよ決闘が始まった。

 俺は剣を身構えて相手の出方を伺おうとする。

 だが、他の二人の考え方は俺の対極にあった。


「どうナーサ? 私が先んじた方がいいかしら?」

「いえ、先陣は武家の(ほま)れ。私が行くので二人は援護を!」


 そう言うが早いか、ナーサは身構える魔道師ギルドの三人に向かって無謀にも思える突撃を開始したのである。


「なっ……!?」


 様子を見る気などまるでないナーサの動きに、俺だけではなく相手の三人も驚きを隠せない様子であった。だが相手はすぐに三角形に散らばると、長剣を手にした者がナーサの一撃を防ぎに来る。そして次の瞬間、後ろ二人の姿がぼんやりと光ったかと思えば忽然(こつぜん)と消えてしまったのだ。


消失魔法(ヴァニシング)の魔石ね。でも甘いわ!」


 慌ててナーサの援護に向かおうとする俺を尻目に、すでにエーヴィは動じることなく何事か呟いていた。すると彼女の周りをいくつもの水泡が漂い始め、合図と共に全方位に散らばっていく――。


「うっ……」


 土を帯びた水泡が飛び散ると、何もない空間にべったりとした二つの痕跡が浮かび上がった。その瞬間、相手に動揺が走ったのをナーサは見逃さず、みぞおちに渾身の一撃を浴びせる。


「ぐふっ……!」


 ナーサの長剣の柄をモロに食らった相手はもんどりうって倒れた。どうやら剣術に自信がある、という言葉に偽りはなさそうだ。


「ひゅう、やるわね」


 賞賛の声を掛けつつ、エーヴィもあっという間に距離を詰めると反対側の一人をあっさり伸してしまった。


「ほらっ、あと一人よ」


 どうなっているのか分からないままに俺も水泡の痕跡が残る場所に駆けて行ったが、そこで驚きの事実に気付く。


「う、ううっ……」


 相手の呻き声がして初めて理解した。水属性と土属性の複合魔法かと思いきや、相手が麻痺でほぼ動けなくなっていたのだ。

 電撃による痺れの効果で間違いなさそうだが、雷魔法とは恐ろしい。こんなものを食らってはひとたまりもない。

 結局、最後俺が当身を食らわせて勝負あったのだが、相手の貴族もあまりの展開に呆然とたたずんでいた。まさかこんなに早く負けるとは思っていなかったのだろう。魔道師ギルドなのに大して魔法も使わず完敗してしまったのだ。


「今回の殊勲はナーサね。結構あっさり片がついて良かったわ」

「何を言っているんですか、エーヴィさんの魔法で相手が動揺したからですよ」


 唖然とする俺の前で二人が健闘を称えあっているが、ナーサはこの事実にどこまで気付いているのだろうか。

 俺にとってはエーヴィの魔法の恐ろしさを実感させられた模擬戦だった。

 じいちゃんが妖精族(エルフ)に気をつけろと言うはずだ。

 俺はやっぱりエーヴィに気を許すまいと心に誓うのであった。



 ―――



「ああ、こんなあっさりと依頼を達成出来るなんて何ヶ月ぶりかしら……!」


 ナーサはギルドの受付で今にも小躍りしそうなくらい舞い上がっていた。


「あと二件……! あと二件でランクアップよ!」

「わかったから、少し落ち着けって」


 ギルドに戻ってきた俺たちはエーヴィに導かれ四階の受付で依頼達成の報告を済ます。



 【内容】:決闘の代理人(強制依頼)

 【ランク】:白3

 【数】:――

 【報酬】:1金貨



「ごめんなさいね。私も参加したから職員報酬になるけれど」

「金貨一枚もあるなら十分だよ」


 ほとんどエーヴィが片付けたんだから、全く異存はない。かえって俺がふんだくってしまったようなもので恥ずかしいくらいだ。


「カトルの良い所があまり見れなくて残念ね」

「はは……」


 どう考えてもお世辞にしか聞こえないエーヴィの言葉に俺は苦笑せざるを得なかった。

次回は8月31日までに更新予定です。

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