第四話 歪んだ構図
8月18日誤字脱字等修正しました。
「おお怖い怖い。そう怒って欲しくないなあ、キレイなお嬢様たち。言わば自分達はギルドの代理なんだよ。出来もしない依頼を受けようとする茶タグのお前たちこそ、ギルドのお偉方は御法度にしたいと思っているのだからね」
そう言って連中は再び嘲笑を浴びせてくる。ただ先ほどまでと違い建物の中に入ったことでありとあらゆる好奇の視線が俺たちに集中するのがわかった。――そのほとんどが露骨に見下すモノだ。
なるほど。
ナーサが依頼を失敗している理由は本人だけの問題ではないということか。
リスドのギルドでは感じられた、あの依頼を請け負う者たちが織り成す独特の緊張感というものが、ここにはまるで存在しない。
あるのは他者を見くびり蹴落とそうとする猜疑心に凝り固まった醜い感情だけだ。
ふと見れば怒りに眉を吊り上げたナーサの横顔に若干の怯えの色が見えた。
ここに居る傭兵の視線を一身に浴びているんだ。多少気圧されたとしても無理は無い。
「ほれ、行くぞ。相手にすんな」
俺は軽くナーサの後頭部を小突くと、反対の手でしっしっと連中を追い払う。
「こんな低レベルな争いに付き合っているほど暇じゃないんでね」
「低レベル……? プッ、あっはっはっ」
だが、俺の言葉のどこに笑いのツボがあったのか、男どもは全員腹を抱えて笑い出した。
「低レベルとは良くぞ口にしたものだ。登録三年でもう青タグの俺たちを相手にそういう風に罵ったやつは久しぶりだぜ、茶タグのお嬢ちゃんたち」
……さっきから、こいつら完全に俺の事を女だと思ってやがるな。しかもナーサが茶タグだからって、俺まで茶タグだと思いやがって。
大体、三年で青タグってのは自慢するようなことか?
先日アルフォンソはリスドの最短記録を更新していたけど、青タグになるのがそこまで難しいとはどうしても思えない。
そう考えたら急にこの連中が哀れな道化に見えて来た。
タグの色を誇示して同業に絡んでくるなど、どう考えたってろくな奴じゃない。
「もう何でもいいから、いい加減どいてくれないかな?」
俺が溜息混じりに生暖かい視線を浴びせると、連中は若干怯んだ様子で後ずさる。
「あくまで俺たちに逆らおうってのか? フン、まあいい。お前たちに出来る依頼は一つもないのだからな」
何か男どもが不審なことを言っていたが、俺は気にせず受付へと歩みを進める。
だがその言葉を聞いてナーサの様子が明らかにおかしくなった。急に力が抜けたようにとぼとぼ歩き出したかと思うと、虚ろな表情でギルドの中を怯えたように見回している。
どうしたのかと不審に思ったが、何の事はない、その理由はすぐに判明した。
「とりあえず今ある依頼を見せてくれ」
俺は受付の奥にいた男に声をかけたのだが、首を横に振られ冷ややかな言葉を付き返される。
「残念だけど、茶タグ持ちに出来る依頼はもう無いよ」
その一言が発せられた途端、フロア全体から失笑が漏れ出した。そして俺はようやく連中が口にした言葉の意味に気が付く。
何のことはない、ランクの低い依頼は全て他のメンバーに取られていたのだ。
味方など誰もいない、陰鬱とした空気が蔓延していた。
「カトル。とりあえず、二階に行こう……」
「えっ?! いや、だって」
「いいから」
そう言ってナーサはわき目も振らずに階段を駆け上がっていく。合いの手を入れる隙間もない。
「あーあ。ったく、しょうがないなあ……。俺は茶タグじゃないってのに」
俺は頭を掻きつつ、このふざけた状況をどうやって打開するか考えながら、ゆっくりとナーサの後に従い階段を上り始めた。
―――
二階に着くとそこには休憩所があり椅子やテーブルが並べられていた。見ればナーサが先に座って俯いている。
なんとも歯がゆくイライラする状況だった。
こんな気持ちは初めてだ。
自分が竜族の中で飛べない竜人として後ろ指をさされていた時の方がはるかに冷静だったかもしれない。自分ではない誰かが謗りを受けている――、それがこんなにも腹立たしいとは思わなかった。
「依頼が無いってどうなってんの?」
俺はナーサの隣に座って出来る限り冷静に振舞おうとしたが、若干声が上ずるのを抑えきれなかった。だが、そんな俺の気持ちを知ってかナーサは努めて明るい声で話し出す。
「そんなのしょっちゅうよ。だから依頼がない時はこの二階にある傭兵同士の斡旋所で回してもらってるの」
「……はっ? 斡旋て、依頼は請け負った者が最後までやるんじゃないのか」
「理想はそうだけど、依頼が出来ないままだと実際に依頼した人たちが困るでしょう?」
「でも、それって……」
全部の依頼を抑えられたら、後から来た者は選択肢がなくなるってことじゃないか。
誰が考えたのかわからないけど、なんて意地の悪いやり方なんだ。
「それじゃナーサはいつも他人から無茶な依頼を斡旋されてたってことか」
「そこまで無茶苦茶ってわけじゃないけど……うん、結果的にそうなるかな。……なんかごめん。カトルにも嫌な思いをさせて」
およそ今までのナーサでは考えられない殊勝な物言いに俺は口をぽかんと開けて彼女に見入ってしまう。
「な、何よ。謝っているのにその顔は! だいたい、元はといえばあんたが勝手に依頼を請け負おうとしたのが悪いんでしょう!」
「いや、ギルドに来たら依頼を請け負うのが普通だろ?」
「……確かにそうね。珍しくあんたの言っていることの方が正論だったわ」
「珍しくは余計だっての。……でもそうか。連中がやたら絡んできたのは無茶な依頼の斡旋が目的だったんだな」
事情を聞いて奴らの行動の意味がようやく理解出来た。ナーサに無茶な依頼を押し付けて自分たちは負担の無い依頼だけこなしていたんだ。
実際にやってみないと大変さがわからない内容だってあるからな。
なるほど。
そういうカラクリなら押し付けられる側はいくら頑張っても厳しいはずだ。
「逆にこんな状況でよく七件も依頼達成出来たな。凄いよ、ナーサは」
「えっ……」
それが俺の素直な感想だった。だがよほどその言葉が意外だったのか、ナーサは一瞬口を開けてキョトンとすると恥ずかしくなったのか顔を真っ赤に染め上げてしまう。
「うーん……」
それにしても困った。
依頼が全くないのではどうしようもない。
とりあえず斡旋される依頼ってのがどれだけ無茶か聞いてみるか?
……いや、あんな人を見下すような連中に何を期待してるんだ。
切羽詰っているとはいえ、まだナーサには一ヶ月の猶予がある。別の方法を模索するべきだ。
そう思ってふと周囲を見渡すと、この部屋の中央に目に付く大きな看板があった。
「あれは?」
俺はそこに向かいながらナーサに尋ねる。
「ああ、それはギルド全体の見取り図よ。二階の休憩場所は全ランクの傭兵が集まる唯一の場所だからここだけ設置されてるの」
「……えっ、唯一の場所?!」
ちょっと待て。それはどういう意味だ。一階は違うってこと?
「こんな見取り図、全部の階に設置する必要ないでしょう?」
「いや、そうじゃなくて……ランク毎に集まる階が違うの?」
「あ、そっちね。そうよ。一階は駆け出しの傭兵が集まる場所。経験豊富な熟練の傭兵が出入りするのはここより上の階ね」
「それ、まさか……上にも受付があったりするのか?」
「えっ? 私は行った事ないけど、ほらっ」
そう言ってナーサが示したのは見取り図の三階と四階に記載された受付の文字であった。
「でも女将さんにチラッと聞いたけど、あんたまだ傭兵になって間もないんでしょ? 上にも受付あるけど高ランクの依頼しかないし、そもそも三階は青タグ、四階は黒タグ以上じゃないと入り口で爪弾きにされるから」
「……パーティに誰か一人でも茶タグが居るとダメってことか?」
「そんなわけないじゃない。熟練の傭兵が駆け出しの傭兵の指南をすることだってあるし……って、ちょっと待ってカトル! あんたどこ行く気?」
それを聞いて一目散に階段に向かう俺にナーサが戸惑いの声をあげた。
「だから私たちみたいな駆け出しの傭兵じゃ行ったって――」
「あのさあ、もしかしてお前も俺が茶タグだと思ってんの?」
「……えっ?」
「はぁーっ」
俺は思わず大きく息を吐いた。
ナーサはそんな俺を見て、目をぱちくりさせている。
「えっ? だって昨日女将さんに聞いたら、あんた一ヶ月前くらいにどっかの島から出て来たって――」
「ほれ、行くぞ。ったく最初からこうしてれば良かったんだ」
「ええっ? だって、私よりどう見たって華奢で可愛らしいあんたが、えっ? 青タグ?!」
くっ……可愛らしいとか関係ないだろっ!
「ほら、これ」
「――!? それ……鉄?!」
俺が少しだけ黒タグを見せるとナーサはしばらくの間ポカーンと口を開けて眺め見ていた。そしてふと我に返り顔を真っ赤にして怒り出す。
「黒タグ持ちなら黒タグ持ちって最初から教えてくれたっていいじゃない! ……ええ、ええ、わかってるわよ。どうせ、タグは他人には見せないんでしょう?!」
もの凄い皮肉交じりな発言だった。まだ昨日の事を引きずっているのか。
「あれは見ず知らずの他人にタグを見せびらかさないってことで――」
「どうせ私も見ず知らずの他人なのよねっ!」
どうやらナーサは完全に拗ねてしまったらしい。顔を赤くして何事かぶつぶつ呟いているが、もう何を言っても怒りそうなんでしばらく放っておくしかない。
「そういやあの連中、青タグって言ってたな。三階で絡まれるのもアホらしいか」
幸い、俺が三階を飛ばして四階へ向かっても、頬を膨らませつつナーサは付いて来てくれた。
そういや五階は何があるんだっけ。
リスドだと本部の上の階にギルド間の通信を行う伝聞石とか置いてるんだよな。
と、そんな事を考えていたら、突然、階段の上から透き通るような高い声が響き渡った。
「見ない顔ですね。ここから上に何か御用かしら?」
はっとして声の主を見上げた俺は驚きとともにすぐに最大級の警戒を取る。
その女性には、人族のそれとは明らかに違う横に広がりを持つ長い耳があった。
この大陸で人族以上に魔力を有する種族――エルフである。
次回は8月22日までに更新予定です。