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第三話 カルミネの傭兵ギルド

8月18日誤字脱字等修正しました。

「じゃあ、ナーサちゃんもそれでいい?」

「えっ……女将さんが信頼出来るって言うなら」

「良かった。二人ともあたしが依頼して助けてくれた恩人だからね」


 このサーニャの言葉がなかったら、俺は決してこの女(ナーサ)に背中を任せようとは思わなかっただろう。


「ナーサちゃんはね。あたしたちがカルミネに着くまでの間、バルトロ――ああ、バルトロってのはリスドへ避難中にこの店を任せていた親戚ね。そのバルトロの依頼でずっとこの店の管理をしてくれてたの」

「いえ、私はただ依頼されたとおり毎日見に来ただけで」

「それがどれだけ助かったことか。ほら、カトルならわかるでしょ。なんだかんだで予想外に足止めくらって出発がかなり遅れたじゃない」


 それはよーく存じておりますとも。俺がウェイトレスをやる羽目になったのだって元はと言えばそれが原因だもんな。

 あれ……? でも、そう考えると十日以上出発が遅れたのに、ナーサはその間ずっとこの場所を管理し続けていたのか。

 さすがにそれだけ音沙汰が無ければ、普通は依頼を打ち切るかギルドに文句を言って依頼主に連絡を取り付けるはずなのに。


「まさかバルトロがギルドに依頼してるなんて思いも寄らなかったからこっちからは連絡を入れて無かったの。それなのにこの子はずっーと待っててくれて」

「私はこの店の評判を教えて貰っていたので、きっと何かの事情で遅れているだけだと思ってましたから。確かにその時のメンバーには全員に呆れられましたけど、こうやって女将さんと知り合うことが出来て、私としては全然オッケーです!」


 結局ナーサはメンバーと仲違いしてまで依頼を一人で継続し晴れてサーニャと仲良くなった。

 ――律儀、と言えば聞こえは良いが、あまり融通の利かない性格なのかもしれない。

 なんというか、ちょっと面倒そうだけどサーニャが紹介するだけあって信頼は出来る、そんな印象だった。


 だから俺も少しだけやる気になって状況を聞こうとしたわけなんだけど。


「それで、茶タグの卒業はいつまでに何件依頼を達成する必要があるの?」


 俺はつとめて冷静に質問したつもりだったが、親の仇でも見るようにキッと睨みつけられてしまった。

 なんだろう。

 そんな大した話を振ったつもりではなかったのに、ナーサはやたら突っかかってくる気がする。

 ってゆーか、なんでもいいから依頼を10件こなすだけの話なのになんでこんなに深刻そうなんだろう?


「ほらほら、ナーサちゃん」


 サーニャに(うなが)されてようやくナーサは口を開いた。


「……あと一ヶ月で三件」

「えっ……?」


 あまりの事に思わず聞き返してしまう。

 それもそのはず、灰タグへのランクアップ期限は通常一年間で、しかも半年の猶予期間があるから実質一年半だ。それがあと一ヶ月って――。


「……それって猶予期間は?」

「悪かったわね! もう一年以上傭兵やっているのにいまだ茶タグの役立たずで!」


 どうにも俺の言葉が癇に障るのか、ナーサは両肩を怒りに震わせて鬼の形相で睨んできた。

 しかし一年五ヶ月で七件しか依頼をこなせていないとは思わなかった。計算上、二、三か月に一件ペース――、それは切羽詰るはずだ。どんな依頼を選ぶかにもよるが、十日で一件と考えるともう一つも失敗は許されない。


「とりあえずじっくり一件ずつ、とか言っている場合じゃないってのはよくわかった。明日朝すぐにでもギルドに行こう」


 その俺の発言を聞いて、怒っていたナーサは途端に表情が和らぎ、驚きと少しの嬉しさが入り混じった面持ちに変わる。


「あらっ?! じゃあカトルはナーサちゃんが灰タグになるまでコンビを組むのね」

「まあ、とんでもない足手まといじゃなければね」

「なっ……あんたこそ使えないやつだったら、容赦なくコンビ解消するんだからねっ!」

「いやいや、お前に選択権はないだろ?」

「お前、じゃない。ナータリアーナ。……ナーサでいいわ」

「俺はカトル。まあ、なんとか灰タグになれるようにってことで、よろしく」

「……よろしく」


 そう小さく呟くとナーサはおずおずと右手を差し出してきた。ちょっと驚いたけど俺も右手を出してしっかり握手する。

 カルミネに着いて早々厄介事に巻き込まれている気もするけど、まあこれも縁だ。

 それになんとなくだがナーサは大丈夫だろうというよくわからない安心感があった。


「はい、じゃあこれでナーサちゃんの悩みも無事解決ってことでお開きお開き。カトレーヌは最後清掃宜しくね」


 サーニャの陽気な声が店内に響く。時計を見ればもうとっくに0時を越え、1時近い時間になっていた。


「もうこんな時間だし、ナーサちゃんも泊まって行ったら?」

「えっ、それは……でも良いんですか?」

「余ってる部屋まだあるもんな」

「いっ……あんたもここで寝泊りしてるの?」

「ん? ああそうだよ。サーニャに泊まってけって言われて」

「カトルとコンビを組むなら朝すぐに出かけられたほうがいいでしょ、はい決まりね。朝食も付けてあげるから」

「あ、ありがとうございます、女将さん」


 こうして俺のカルミネ一日目は過ぎていった。

 問題は明日の朝だよな。目覚まし魔法(アラーム)を強めに掛けるしかないけど。

 万が一に備えてサーニャに起こしてくれるよう頼んだら、カトルを起こすのは当たり前でしょ、と笑われてしまった。

 くっそー。絶対に自力で起きてやる。

 そう決意を固め強く魔力を込めたのだが、案の定目覚まし魔法(アラーム)はあまり効果を発揮せず俺はサーニャに叩き起こされる羽目になるのだった。




 ―――



「それにしてもカルミネの街って凄いのな」

「あんたねえ。迷うからよそ見するなって言ってるでしょ!」

「そんなこと言ったって気にするなって方が無理だ」


 俺たちは今、ギルドを目指して第二層の城壁のすぐ下にある蛇行した道を歩いていた。

 傭兵ギルドは王宮へと続く四つの大通りの西側区画に位置しており、南側区画にあるサーニャの店からだとこの脇道を歩いていくのが一番の近道になる。

 ただ、この脇道が想像をはるかに超えた無秩序な迷路の如き道であった。

 三叉路や蛇行しているのは序の口で、道のど真ん中に家が建てられていたり、階段を上って扉を開け家の中に入ったら実はトンネルの通路だったり、真っ直ぐに伸びた道を行くのではなく道沿いに連なる家の中にある廊下が実は先へ進める道であったりと、どこをどう歩いているのか正直途中でわからなくなってしまった。今からサーニャの店に戻れと言われても絶対無理だ。

 よくまあナーサはこんな道を迷わず通れるものだと感心する。

 というかこれ絶対生活に支障をきたすレベルだと思うんだけど。


「何度も迷っているうちにさすがに覚えたわ。慣れれば意外と迷わないものよ」


 そんな事を言いながら普通に民家の扉を間違って開けて謝っているナーサには少し笑ってしまったが。


「俺一人の時は回り道になっても大通りを歩こうかな……」

「一時間は違うから覚悟しなさい。……ほら、着いた」


 ナーサの言葉に前を見ると西の大通りの賑わいが少しだけ見えて来た。確かに彼女の言う通りとても早く着いた気がする。ナーサに頼まれてこうしてパーティを組むことになったわけだけど、不慣れなカルミネの道案内をしてもらえるのは俺にとってとても幸運だったかもしれない。


 軽い足取りで最後の脇道を抜けると、南区画と同じくらい人が行き交う大通りに出た。

 だがその刹那――、目に飛び込んできた威容に俺は思わずギョッとして息を飲む。


「あの黒い五階建ての建物が傭兵ギルドね」

「あ……うん」


 右手に見える第二層へ続く城門の手前に、いかつい黒塗りの建造物がそびえていた。周囲を三階に達しようかという高さの壁が囲っており、その上にはこれ見よがしに防護盾が置かれている。有事の際には城門の出丸として戦う為なのだろうが、あまりにもその外観はあからさまで見る者の心をざわつかせる造りだ。

 正面の門を入ってすぐの場所には何もない空間が不自然に広がっているが、大方、門の中に入ってきた敵を陥れる為の罠を張る場所なのだろう。

 そして極めつけは荘厳で黒光りするギルドの建物自体である。

 何でこの色を選んだのかはわからないが完全に周囲を威嚇しているようにしか思えなかった。建物の重厚な扉は閉じられたままであり、これでは気軽に依頼を頼みに来る者はほとんどいないだろう。


「何だか圧倒される所だね」

「そう? 傭兵ギルドの建物なんてどこもこんなものでしょう?」

「いやリスドは全然違うよ。入り口はもっと大きくて開けっ広げで、ほんと活気があってわくわくするような場所なんだ」


 そんな事をギルドの前で話していたら不意に扉の開く音が聞こえ、中から五人組の男たちが出てきた。装備から見てギルドのメンバーなんだろうけど、何だか傭兵というよりリスドの叛乱に参加していた貴族のような頼りなさがにじみ出ている連中である。


「あっはっはっ。外からリスドとかいう田舎町の名前が聞こえたから何かと思えば麗しのナーサ嬢の連れの方でしたか。新しいお仲間が見つかったご様子で何より」


 てっきり俺たちの事を素通りして行くのかと思いきや、出し抜けに声を掛けられる。


「どうも」


 ナーサはその男たちに冷たく一言だけ返して通り過ぎようとしたが、連中は下卑た笑いとともに近くに寄って来た。


「ほう、こりゃなかなかだ。ナーサ嬢も美しいがその連れもおきれいですなあ。お二人揃ってここを貴族の舞踏会場か何かと間違ってないかい?」


 何が面白かったのか、一斉に笑い声がこだまする。それも明らかに侮蔑の混じった笑いだ。

 こいつらはいったい何がしたいのだろう?

 ナーサという可憐な花に群がる有象無象であればまだ可愛げもあったが、これはそういう類のものではない。

 ここまで露骨に(あざけ)り笑うこの連中の態度に吐き気を覚える。

 ナーサもまた右手を拳にして怒りに震えていたが、何も言うことなくその連中を振り切ってギルドの中へ歩みを進めようとした。

 だが――。


「おおっと、せっかくこうして話しかけてやっているのにどこへ行くつもりだ」


 連中の一人がナーサの腕を掴んできた。


「何を――」

「あのさあ、ギルドのメンバー同士のいざこざはさすがに御法度なんじゃないの?」


 ナーサが無理やり振り切ろうとする前に俺が割って入った。ナーサの腕を掴んでいたはずが逆に腕を掴まれて、男の顔が怒りに引き()る。


「この女ぁ、何しやがるっ!?」


 俺をまだ女と勘違いしていた男が振りほどこうと大袈裟に腕をぶん回してきた。そんなことしなくても全然力を入れてなかったのに、やたら仰々(ぎょうぎょう)しい奴だ。

 と、その間にナーサがギルドの中に入っていったので俺も脇を抜けて後に続こうとしたのだが、面倒な事に連中もまたギルドの中まで追いかけてくる。


「待てよ。俺らが話しているのにどこ行こうってんだ」

「まさかギルドの中まで追いかけてくるとは、さすがに鬱陶(うっとう)しいな、あんたら」


 俺はそう言って連中を睨みつけた。

次回は8月21日までに更新予定です。

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