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第二話 最悪の出会い

8月16日誤字脱字等修正しました。

「いらっしゃいませ」


 こんな夜遅く、しかもたった一人で酒場にやってきた女性にどことなく違和感を覚え、注意を払う。

 年の頃は俺とさほど変わらない感じか。瞳は大きく、睨んでいるように見えるほど眼光は鋭い。唇を真一文字に結んでいたが、整った顔立ちの為それすらも可憐に見える。肩まで伸びた紫紺がかった髪の色は月夜の海を思い出させるほど印象的で、ツインテールに束ねた髪を少し長めの黒いリボンで結んでいた。

 服は軽装だがチュニックや胸当て、ひじ当てをつけており、腰には少し新しめの鉄の長剣を携えている。何よりネックレスに付随して垂れ下がる銅のタグは俺にとってとても見慣れたもの――傭兵ギルドの茶タグであった。


「もうすぐ閉店ですが、ご注文はいかがですか?」


 そう言って出迎えるが、その女性は俺を無視して入ってきた勢いそのままに酒場の奥の席に向かってずんずん歩いていく。


「お客様、失礼ですが本日はどんな用向きで?」


 俺は後ろから追いつつ慇懃無礼にその女性に尋ねる。


「あなたには関係ないわ」

「……そうですか」


 その女性はこちらに見向きもせず厨房の奥を確認しようとしていた。何が目的かわからないが、一応俺は今この店のウェイトレスだ。それを無視している以上、真っ当な理由ではなさそうである。

 リスドの時も酔っ払った客が店内に入り込もうとしたのを止めていたので、そのノリで女性の右手を後ろ手に掴み、手首を決めてしまう。


「いっ?! いたたたた!」


 何が起こったか分からないといった感じで、慌てて女性が俺の方へ向き直った。だが、その一瞬で相手の左手も掴み、両手をがっちりと片手一本で極めなおす。


「いぃ、痛いって! な、何するのよ!!」


 怒りの余り顔を真っ赤にして食って掛かろうとするが、肝心の両腕は俺の右手一つで極められており、動かそうとすればするほど尋常ではない痛みが彼女を襲う。


「そりゃあ、こっちのセリフだっての。ギルドのメンバーがたった一人で深夜の酒場にやってきて何をするつもりだったんだ?」


 突然おおよそウェイトレスらしくない口調で罵られ、しかもあっさりと両腕を極められているこの状況に、その傭兵の女の子は驚愕と屈辱で(ほぞ)をかんだ。


「はいはい、お客様に向かって何をやってるの? カトレーヌ」

「あ、女将さん! 何なんですか、このウェイトレスは?! いきなり私の腕を掴んだ挙句、ここはお前なんかの来るところじゃないから出てけって言うんですよ」

「いや、そこまで言ってないから」


 どうやらサーニャの知り合いだとわかったので、俺はようやく両腕を解放する。


「ったく、信じられないくらい馬鹿力なんだから……」


 その女の子は少々涙目になりながら両手を肩の方までさすっている。


「お客様なら失礼しました。御席に案内しますのでご注文をお願いします」


 俺は冷ややかな視線を送りながら営業トークで話しかける。


「私は女将さんに用があって来たの。あんたなんかお呼びじゃないわ!」

「あら? ナーサちゃんはお客様じゃなかったの? それは残念ねぇ。じゃあ、カトレーヌ。もう一回腕極めちゃっていいから放っぽり出して」


 サーニャは全く笑みを崩すことなく冷徹に言い放つ。


「うわ、わわわ。注文する、します」


 ナーサと呼ばれた女性は、サーニャの発言にあわてて何品か食事のオーダーを出した。


「ありがとね。注文はいりまーす」

「……女将さんひどい。私、そんなにお金持っていないのに」

「ナーサちゃんのお陰で、今日の売り上げがちょうどいつもの三倍になったわ。感謝感謝」


 サーニャの押しの強さに負けるのは、どうやら自分だけではないらしい。それを思うと幾分このナーサという女性に同情を禁じえなかった。


「じゃあラストオーダーにするから、もうちょっとしたら話を聞くよ。私もさすがにお腹空いたし」


 そう言ってサーニャは厨房にオーダーを通すと、閉店準備に取り掛かり、てきぱきと仕事をこなしていく。

 その様子を眺めながら、はぁとため息をつき、ナーサは手近な席に座って胸当てやひじ当ての類を外し始めた。それを無言で見ていたら強烈な非難の視線を浴びせられてしまう。

 どうやらこの女とは根本的に相性が悪いんだろうなと思いながら、それでも一言忠告せずにはいられず、俺はナーサの向かいの席に座ることにした。

 まさか同じテーブルに座るとは思っていなかったのだろう、彼女は表情を固くしながらこちらを睨んでくる。


「……何よ」

「お前さあ、新人なんだろうけど、タグは人に見せない方がいいよ」

「――えっ?!」


 俺の言葉が唐突に聞こえたんだろう、ナーサは大きな瞳をさらに大きくさせてこちらと茶タグを交互に見やる。


「あんたみたいなウェイトレスが何言ってるのよ! だいたい規則ではタグを提示することになっているでしょう?!」


 若干キレ気味にナーサは突っかかってきた。まあ確かに、突然仕事もしないで真向かいに座り込んだウェイトレスに、タグの事を頭ごなしに言われれば怒りもするか。


「唐突だったのは謝るけど、でもさすがに茶タグはなあ。誰も見向きもしないだろ」

「……!!」


 茶タグは見習いだってフアンが言っていたけど、タグの色を明かさず自分の腕前をアピールしてパーティに入れてもらうのが一般的である。最悪命の危険だってあるかもしれないのに、見習いレベルの新人をパーティに加えるなんてよほどの事情でもなければするわけがない。

 だから俺は当たり前の事を当たり前に話したつもりだったんだけど……。

 その発言は俺が考えていた以上にナーサの心を深く(えぐ)るものだった。

 彼女は明らかに動揺した様子で顔面蒼白となり、それでもなんとか口を真一文字にギュッと閉じて耐えていたのだが、やがては堪え切れず涙が頬を伝って零れ落ちてしまう。


「あーあ、ひどいんだ、カトルは。また女の子を泣かせて」


 振り返るとサーニャが出来立ての料理を抱えてたたずんでいた。その美味しそうな匂いにかえって心をかき乱され、二人の間で視線を右往左往させてしまう。


「えっ……ってか、またって何だよ!」

「フフッ、ツッコミが遅いところを見ると、さては心当たりがあるんでしょ? カートール?」

「知るか。ってか、こんなときだけカトルって呼ぶのかよ!」

「あーあ、怖い怖い。……それで、何でナーサちゃんは泣いてるの?」


 テーブルに皿を並べながら、なぜかニヤニヤしているサーニャに指摘され、途端にナーサはごしごしと涙を拭き始めた。


「大したことじゃないです」


 気丈にもナーサは涙の跡が残る顔でそう言い放つと、無理やり笑顔を作り出した。だが、強気に振舞うその態度の裏で葛藤に苛まれているのは明白であり、なんともやり切れない感情が渦巻く。

 でも何がそこまで彼女に衝撃を与えたのだろうか。

 これだけ堂々と見せているんだから茶タグが原因ってことはないだろうし、だとすれば誰にも見向きもされないというところか?

 ――いや、これだけ可愛い女の子だったらフアンみたいなのが放っとかないはずだ。

 理由がわからずあれこれ考えていると、多少落ち着いてきたナーサが俺の隣に座り込んだサーニャに向かってずいっと迫る。


「女将さん! 今日はお願いがあって来たの!」

「な、なあに、急にどうしたの? あ、もしかして……」

「……っ」


 サーニャの言葉にナーサが一瞬グッと息を呑んだ。だが、一呼吸置くと覚悟を決めたような表情で立ち上がりテーブルに両手をバンと叩きつける。


「この前の連中とは、もう決定的にそりが合わなかったの! だいたい、青タグとかなんとか言って剣の腕はかなり未熟だし、言い寄ってくるだけの役立たずだったのよ。結局依頼も上手くいかなかったし、これでもかなり我慢したんだけど、ダメだった……」

「あら、この前は四の五の言ってる場合じゃないとか、言ってなかったっけ?」

「それは依頼の話! やっぱりパーティを組むような仲間は信頼が置ける人じゃないと、結局依頼も上手くいかないの……」


 ナーサはそこまで言って、もう一度まぶたに溢れそうになる湿り気をそっとふき取る。

 そこまで聞けば、俺にも状況を察する事ができた。――仲間探しに苦労しているんだ。


「女将さんから見て、信頼できそうな傭兵ギルドの人って誰かいないかな?」

「あのねえ、ナーサちゃん。まだ店を再開して一週間なのよ。半年前から来ていた常連さんならともかく、さすがに誰が信頼出来るかまではわからないわ。……逆はなんとなくわかるけど」

「それがわかるだけでも凄いの! はぁ……。この前、女将さんに言われた時、素直に聞いておけば良かった」


 ナーサは溜息を付き、振り上げた両手を収めて椅子に座りなおした。

 そして注文した食事をゆっくり食べ始める。


「まあ、この前の連中は……ね。人間、酔った時に本性が出るから」


 どうやらサーニャはナーサに以前パーティを組んでいた連中とは離れた方がいいとやんわり忠告したらしい。ナーサは律儀に依頼をこなすまでは一緒に居ようとしたのだが、結局失敗し喧嘩別れをすることになったという。

 注文の数をこなすことで精一杯な俺からすると、ちゃんと客の人となりまで見ているサーニャにはほんと舌を巻く。


「さすがサーニャだね」

「だから、あれは傍から見れば誰でもわかるって。カトレーヌだったら多分一発()()()たんじゃない?」

「いや、今まで一回もお客相手に手を出した事ないから」

「でも今、ナーサちゃんを泣かせたでしょ?」

「う、ぐっ……それは、その……悪かった。相手にされないってのは言いすぎた」


 サーニャに言われて頭を下げたが、ナーサは俺を一瞥した後もう目もくれようとしなかった。ただ、いつの間にか茶タグが首からなくなっており、彼女なりに思うところもあるようだ。


「それにしても、信頼出来る傭兵ねえ……。そんな都合良く見つか……」


 ぼそぼそと独り言を呟いているサーニャとふと目が合う。一瞬の沈黙の後、おおっと驚いたような口ぶりをしたかと思えば、悪巧みを考えていそうな不気味な笑顔を向けてきた。


「そうねえ。一人だけなら紹介できなくもないかな」

「えっ……! 本当ですか!?」

「傭兵ギルドのメンバーで、とりあえず今は仲間もいなさそうで、あと当然腕は立つし、信頼は言うに及ばず、それから若くて性格も良くって、何よりあたしの言うことなら何でも聞いてくれて、それなのにとっても可愛い、っていう条件なら一人いるわね」


 ……このおふざけ店主は何をとち狂った事を言い始めたんだろう。


「可愛いってことは女性なんですか?」

「ううん、カッコいい男の子よ。それならいいでしょ?」

「なっ……べ、べつにカッコいいとかそんなのはどうでもいいんですけど」

「そーお? やっぱり苦楽を共にする仲間なら恋人にしちゃいたいくらいカッコいい男の子の方がいいんじゃない?」

「それは……い、いえ。信頼出来る人なら大丈夫です。お願いします。紹介して下さい。本当に切羽詰ってて、今度と言う今度こそ依頼を達成しないと、茶タグすら剥奪されるかもしれなくて……。こんな恥を晒したままじゃ故郷に帰れないんです!」


 ナーサはすがるような目つきでサーニャに懇願する。サーニャはそれに、にまあという悪魔の笑みを返していた。


「紹介も何も、今、目の前にいるじゃない」

「は?」


 サーニャの微笑みにナーサは肩透かしを食らったかのように呆然としている。

 俺はそのやりとりに頭が痛くなった。


「あたしがあと5歳若かったら絶対にほっとかないくらい可愛い、うちの看板娘にして、酒場を救った英雄、カトレーヌ改め、カトルよ!」

「って、俺はパス。さすがに茶タグの面倒を見るの今は無理」

「「えええええっー?!?!」」


 驚愕の悲鳴が店内にとどろく。サーニャはしかめっ面をして、ナーサはサーニャのさらに上を行くような驚きの表情で既に固まっていた。


「なんでよ、カトル! こーんな可愛い子が困っているのに何で助けてあげないの?!」


 サーニャは立ち上がって、カトルの両肩をわさわさと揺らしてくる。


「なんでって言われても、俺だってやることあるの」

「やることって、カトルはカルミネ着いたばかりって言っていたじゃない。別に急ぎの依頼を抱えているわけじゃないんでしょ?」

「そりゃそうだけど、だからってどうでもいい依頼をやってる場合でもないんだって」


 さすがに密書のことを話すわけにもいかず、さりとて他の事にかかずらっている場合でもなかった俺は苦し紛れに余計な事まで言ってしまう。


「……が……で……ね」

「……はい?」


 ナーサが何か小さく呟いたようだった。だが、よく聞こえなかった俺はわざわざそれを聞き返し逆鱗に触れてしまう。


「そのどうでもいい依頼が、全然出来ない役立たずで、悪かったわね!!」


 涙ながらの心の叫びが店内をこだまする。もはや大粒の涙が零れ落ちるのも厭わず、ナーサは声をあげて泣きじゃくっていた。


「あーあ、また泣かせちゃって」

「グッ……」


 サーニャの呆れ声に何も言い返すことが出来なかった。今のは間違いなく俺が悪い。


「何よ……あんただって、お、男なのにそんな格好して変態のくせに!!」

「なっ……!! 俺だってこんな格好したくてしてるわけじゃないっ!! これはサーニャの趣味だ!」

「カートール。説得力ないなあ、その発言」

「元はといえば、あんたが元凶だろ!」

「でも実際、ここでウェイトレスをやる暇はあったわけでしょ? だったら依頼の一つや二つ付き合ってあげたらいいじゃない」

「……っ」


 その言葉に俺は二の句が継げず、頭を抱えてしまう。

 結局、有無を言わせぬサーニャの笑顔の前に、俺は首を縦に振らざるを得なかった。

次回は8月18日までに更新予定です。

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