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第六話 傭兵ギルドと鉄石

2月14日誤字脱字等修正しました。


 俺の名はカトル=チェスター。

 18歳。

 人の姿をしているが、れっきとした竜族の一員だ。

 身長は大体165cmほど。

 自分なりには鍛えているつもりだが、筋肉ダルマとフアンに呼ばれるイェルドと比べると特別筋骨逞しい肉体を持つわけではない。

 髪の色は父譲りの燃えるような赤。

 赤竜の証であるこの色は、俺にとって竜族の証であり誇りだ。

 瞳の色はやや蒼がかっているが、これは母譲り。

 そんな感じで外見は人族の同年代とあまり変わらない、と思う。

 いや、思っていたんだ。


「えっ、本当に、男性の方なんですか?」

「……はい。そうです」


 俺は若干涙目で受付のお姉さんに答える。

 これで何人目だろう。今日だけで俺の精神力はもうずたぼろだ。


「私はカトレーヌという名前の響きがいたく気に入ったんだが」

「俺は男だし、そんな名前じゃない!」


 隣で陽気な笑顔を見せるマリーは、本気で俺のことを女扱いしてきた最初の女性だ。

 しかも男とわかった後もやたらと俺を女扱いしたがる。


「私にはカトルと同じくらいの年の妹が居てな。何だか他人のように思えんのだ」

「俺を妹扱いかよ! せめて弟扱いにしてくれ」

「弟はいないからよくわからん」


 隣にいるレヴィアは笑いを堪えるのに必死だ。

 俺の事を女と間違えた受付のお姉さんも苦笑いしている。


「それでは、仮ではありますが傭兵ギルドとして身分証(タグ)の発行を行います」

「はい、お願いします……」


 俺はもうどうにでもなれ、と疲れた表情で頷くのだった。




 ―――




 あの後、特に獣の類と遭遇することなく何とか日没までに森を抜けると、すぐにリスドの町の外壁が見えてきた。

 3階建ての建物くらいの高さはあるだろうか。

 これが町の周りを全て(おお)っているとすればなかなかに壮観だ。


 だが、驚くべきはその壁ではなかった。

 夜だというのに凄い盛況ぶりなのだ。

 町の中ではなく、町の外が、である。


 壁の外側に多くの店が立ち並び、通りは多くの人でごった返していた。

 幾重にも連なる街灯が闇夜を照らして昼間のように明るい。

 酒に酔った若者たちの陽気な笑い声が聞こえ、美味しそうな匂いのする屋台が立ち並び、少し空いたスペースでは大道芸や歌、演奏など、とにかく賑やかで騒がしい様相だった。


 その光景に俺だけでなくレヴィアも驚きを隠せない。


「この半年で結構変わっただろう? 私たちの功績は大きかったんだぞ」


 自慢げに胸を張ってマリーが話してくれる。


 盗賊数十人の大捕り物があってリスド周辺一帯がかなり安全になり、それによって森付近のギルド支部区画にたくさんの傭兵が集まるようになった。

 そもそもリスドの西に広がる森林地帯は猛獣が生息しているものの、その危険を補って余りあるほどの恵みが存在している。


「貴重な薬草に木の実やキノコ類などの食物もたくさんあるな。場所にもよるが、奥に鉄鉱石や銅鉱石、あとは内緒だが銀鉱もあるぞ」


 竜族にとって銀は宝石類を好むものが多いので重宝される。人族の場合、それにプラスして貨幣としての価値があった。銀は加工しやすく美しいので需要はいくらでもあるのだ。


 これまで森の危険性を声高に主張していた傭兵ギルドの幹部連中のせいで、選りすぐった精鋭しか森の中に入れなかった。裏で盗賊と繋がり利益を独占していた為だが、そういった膿が一掃されたことで、ようやく多くの傭兵が探索に出かけられるようになった。

 すると今まで貴重とされていた物が流通するようになり、誰でも購入できるようになっていく。そうなるとまた需要が上がり、さらに森を目指す者が傭兵のみならず増え始めた。


「実際たくさんの人が森に入るようになってな。おかげで最近の私の仕事はほとんど護衛ばかりだ」


 マリーのように有能な傭兵は一人で採取して持ち帰った方が儲けは大きいのだが、全体を見れば効率が悪い。そこで傭兵ギルドは収納魔法を持つ者を連れて隊を組むか大人数での探索を推奨し、その護衛任務に破格のランクアップの功績を付与した。それによって飛躍的に採取量が増加し、そのお零れに預かろうとさらに人が集まるといった好循環を生み出すことに成功する。


 それでも需要に供給が全く追いつかないんだそうだ。

 一気に巨大になった市場の利益はギルドだけでなく町全体に行き届き、空前の好景気をもたらしていく。


 ただそんな中で、すぐに問題になったのが壁の西側に中と外を繋ぐ門が存在しないことだった。


「とにかく町の中に戻るのが面倒臭くてな。南門経由でギルド本部に行ってまた支部に戻ってくるとそれだけで半日かかってしまう。」


 壁を作った当初は森の存在こそが最大の脅威だったので西側に門を作らなかったわけだが、南東側の門まで毎回大きく迂回するという状況はもはや看過出来なくなっていった。

 ただ、そう簡単に壁を崩して新しい門を増設することは出来ない。

 そこで、とりあえず町に帰ることが億劫になっていた人たちが共同でギルド支部の周りに仮設住宅を建て始めた。


 そうなると後は時間の問題だった。

 どんどんギルド支部付近の森は伐採され、次々に生活に必要な店や施設が並ぶようになり、いつの間にか大通りが出来て、毎日深夜遅くまでこの喧騒が続くほど活気に満ちるようになった。

 たった半年で壁の内側にも劣らない町並みが顕現したのだ。


「盗賊を捕まえただけでこんな風になるとはね。さすがに想像出来なかったよ」

「あはは。そうだろう、そうだろう」


 レヴィアの言葉にマリーも満足そうだ。


「ではお腹もすいたことだし、オススメの店があるからそこでご飯を食べつつ依頼の話でも――」

「まずはギルド支部ね。それから宿を決めて今後の方針を話しましょう」

「ごはん……」

「キミ、行くよ」

「いや、でも」

「ごはん……」

「マリーに食事の面で絶対に甘い顔は見せないこと。これは鉄則ね」


 さっきまで満面の笑みを浮かべていたマリーが涙目になっている。まるでお預けを食らった子犬のようだ。


「酷いぞ、レヴィ」


 しぶしぶレヴィの後に従うマリーだったが、小声でぼそりと文句を言うのは忘れなかった。


「マリーと食事していると時間がいくらあっても足りないの。文句があるなら先に食べてなさい」

「つれないことを言うな。私はレヴィと食事しながら再会を祝したいのだ」

「それならつべこべ言わない」

「むぅ」


 レヴィアも全く無視をするわけでなくどちらかと言えば楽しそうなのだが、文句を言い合うのがこの二人の関係性なのだろう。


 そんな二人をよそに俺はというと、繁華街の様子をきょろきょろ伺っていた。

 周りの活気に感化されて、妙に舞い上がっているのが自分でもわかる。

 長老にある程度は聞いていたが、やっぱり見知らぬ地を歩くというのは心踊らされるものだ。

 本当は屋台で売っているものをいろいろ食べたかったが、事前にイェルドから身分証がないと売って貰えないと聞いているので残念だけど我慢していた。

 ちなみにそのイェルドは本部の方に用事があるとかでさっさといなくなり、フアンは女が俺を呼んでいるとのたまってどこかに消えていった。


「あの二人はまた明日ギルド支部で落ち合う予定だからほっとくといい」


 マリーがそう言うのだから俺が気にすることじゃない。

 そんなわけで、俺がマリーやレヴィアの後について行きながらも回りの店や屋台に興味津々な時に事件は起きた。


「そんなモノ欲しそうにしてないで何か買って行きなよ、お嬢ちゃん。おいしいよ!」


 見ていた屋台の売り子の女性が大きな声で叫んだ。

 すらりと細身だが、額に赤いバンダナを巻いて長い髪の毛を後ろで結わいでいる姿がなんとも粋が良い。

 最初は誰のことを言っているのかわからず周囲を見渡すが、その屋台を覗く姿は俺の他にはいなかった。

 というか、周囲の喧騒を物ともしない声だったので視線が俺にどんどん集まってくる。


「ん? どうしたの? お嬢ちゃん」


 事ここに至ってようやく俺は理解した。顔が真っ赤になる。


「俺は男だ!」

「えええっ?!」


 またこの展開か! もううんざりしてきた。

 ていうかお嬢ちゃんって何だ。俺は女に見えるだけじゃなく幼く見えるのか?

 レヴィアがこちらを見てにやにやしているがあれは絶対心の中でバカにしているんだろう。


 そんなときにマリーが爆弾を投下してきた。


「カトレーヌはやっぱり誰が見ても女の子に見えるよな。私だけじゃなくて良かった」

「カトレーヌ――さんて言うのね」

「違う! 俺の名前はカトル! カトレーヌじゃねえ!」

「まあいいじゃないか。いい名前だと思うぞ」

「あんたも人の話を聞かない人だな」


 周りからとても注目を浴びているような気もするが、それどころじゃない。

 大体、よく考えたらマリーは一度も俺のことをカトルと呼んでない。

 このままだと俺はこの先ずっとカトレーヌと呼ばれるような気がしてとにかく必死で否定し続けた。

 その甲斐あってか、ようやくマリーは俺のことをカトルと呼ぶようになるのだが、やっぱりいろいろと釈然としなかった。


「あはは。面白いもん見せてもらっちゃった。これはお礼よ。お詫びも兼ねて取っておいて」


 屋台の女性は笑いながら3本の串焼きをプレゼントしてくる。


「……ありがとう」


 俺は少し納得行かなかったが、美味しそうな鶏肉の匂いに引かれて受け取った。


「私サーニャって言うの。宜しくね、カトル。マリーさんと一緒ってことは傭兵ギルドのメンバーなの?」

「え、ああ。――いや、これから初めてそこに行くところ」

「あら、じゃあ期待の有望株ってことね。いっぱい稼いだらうちの店も贔屓にしてね」


 サーニャが言うには、屋台とは別に本店の居酒屋があるとのこと。そしてそこの常連客がマリーだそうだ。

 今日マリーがしきりにレヴィアを誘ったのはその店らしく、マリーも舌鼓を打つ美味しい料理が自慢のお店らしい。


「この後三人で行くから宜しく頼む」

「マリーさんが来るなら屋台片付けてお店の方に行かなくっちゃ。大量に食事用意しておくわよ」

「おお。サーニャは本当に頼もしいな。ありがとう」


 ちゃっかり店の予約をしてしまうマリー。

 さすがに満面の笑みのサーニャを前にして断ることが出来ずレヴィアが睨んでいるが、マリーは視線を合わせようとしない。きっと確信犯だ。

 まあ俺的には早速口にした串焼きの肉から滴る脂の旨みに、今から店に行くのが楽しみになっていた。


 こうなったらとっとと傭兵ギルドに行ってやることを済ませたい。


 だが、それが今日一番の難題だった。

 俺の魔法が他の人族と比べて低レベルなのをどうやってごまかすか。


 マリーと会ってから、レヴィアは一言もその事について話していない。おそらくいろいろ勘ぐられるのを警戒してのことだろう。

 何しろ彼女はなにかと鋭い。ほんのちょっとしたことでも核心に近づく可能性だって否定できない。


 いや、でも一つだけ言ってたか。依頼を受けた方が都合が良いかもしれないって。

 あれはどういうことなんだろう? あんなひそひそ声で話かけて来たんだ。きっと俺にとって重要なことに違いない。まあ、それもすぐにマリーにばれてしまったわけだが。


 そんなことを考えているうちに、大通りの突き当たりにある大きな建物の前にたどりついた。


「さあ、着いた。ここがギルド支部だ」

「本部より大きいわね」

「半年前と比べてたくさん人が集まるようになったからな。新しく建て替えられたんだぞ」


 そもそも支部が出来た理由は、森の貴重な素材を手にした傭兵たちが町の中に帰る途中に襲撃される事件が多発したからである。

 まだ鉄石(くろがねいし)が出回っていなかった頃は、森の探索で疲労した傭兵から貴重な素材を奪い他国で売り捌くような連中がかなりいたそうだ。

 善行を重ねれば【カルマ】は改善することが出来る。その為、多少【カルマ】に傷が付く事など厭わず盗賊紛いの行為が横行したのだ。


 ギルドで対策を考えた結果、毎回護衛を用意するよりはと素材回収だけの為に支部は創設された。素材を保管出来る頑丈な倉庫があれば良かったので大きさもこじんまりとしたものだった。


「それが今は本部とほとんど一緒だ。無いのはギルドマスターの部屋くらいだな」

「それは重畳」


 二人は勝手知ったる場所で、すたすたと先にいってしまう。


 だが俺にはギルドの中は何もかもが新鮮に映っていた。


 入って正面には十を超えるカウンターがあり、腕に覚えのありそうな者たちが列を成している。

 相対するギルドの受付は皆若い女性で非常ににこやかに接していた。

 中には素材の売却ではなくアプローチをかけているような輩もいたが、後ろで控えている屈強な戦士が目を光らせていて、トラブルになるまでには至っていない。

 

 その左側は素材を販売しているコーナーがあった。

 薬草が作れる素材や、魔力を回復するような貴重なもの、普通に食べられそうな獣の肉や武器や防具の類まで入り口から見えるだけでも結構な品揃えである。


 右側は交流区画になっているのか、3人掛けの背もたれが付いた長椅子とテーブルのセットが幾重にも備え付けられていた。百人くらいは優に座る事が出来る広さだ。軽食や飲み物くらいなら買える店もある。


 そしてその全ての場所がたくさんの人で活気に満ちていた。外の大通りも華やかであったが、ここはまた別の意味で活き活きとした感じがある。危険と隣合わせの中、今日を生き抜いた喜びと言うべきか、独特の高揚感に包まれていた。


「キミ! 何をしているの?」


 その声にはっとして見上げれば、レヴィアが入ってすぐ左手にある階段の上にいた。マリーの姿は見えず、とっくに上の階に行ってしまったのだろう。俺は慌てて階段を上るがレヴィアは若干おかんむりである。


「ここには血の気の多い連中がたくさんいる。面倒事が起きないうちにさっさと用事を済ませないとね。大体、キミの為にここに来ているのに、そのキミがいないのでは話にならないでしょう」

「ごめんなさい」


 俺は素直に謝る。レヴィアの言うとおりだったし、彼女もまたこの場所に感化されたのかやや高揚している気がする。


 本気で怒らせたら怖いのは島で十分に理解している。


「さあ、行きましょう。私の用事があるのは3階だけど、キミの手続きが先ね。身分証(タグ)無しでは上に行けないとマリーが言っていたわ」

「そのマリーさんは?」

「あそこ。キミの変わりに途中まで手続きをしているよ」


 見ればマリーが仲良さそうに受付の女性に話しかけていた。知己の間柄なんだろう、その女性も屈託のない笑顔でマリーと話している。


「マリーはとにかく急いでいる。さっき会ったサーニャを待たせているからね。さっさとキミの身分証(タグ)発行の手続きを終わらせて店に行きたいのでしょう」


 レヴィアはそう言って悪戯っぽく笑う。

 ――悪巧みをしている時の顔だ。


「だからと言って手続きが手抜きされるわけではないけど、人は印象が重要なのよ。マリーだけで良かった。あの子なら魔法を修行しているキミの事をおかしいとは思わない。だから受付の子がキミに何か違和感を覚えても、きっと大丈夫よ。キミは堂々としていなさい」


 謎の自信であったが、ここまで来ればその言葉を信用するしかない。

 俺はレヴィアに促されるままにマリーのところに歩いていった。


「おお、やっと来たか。この子を頼む」

「あなたが新規加入希望者ね?」

「よろしくお願いします」

「礼儀正しい良い子じゃない。私はアイラ。宜しくね」


 俺が頭を下げて挨拶すると、受付の女性――アイラは目を細めながら笑顔で話しかけてくる。


「えっと、傭兵ギルドについての説明は必要かしら?」

「レヴィアにそれなりに聞いてますが、一応お願いします」

「わかったわ。まずね……」


 アイラは傭兵ギルドへの登録に関して説明し始めた。



 要約すれば


・傭兵ギルドは依頼を受けてそれをこなす為のギルドである


身分証(タグ)の発行手数料は1銀貨(デナリ)


身分証(タグ)にはランクがあってそれぞれのランクで更新手数料が変わる


・傭兵ギルドの身分証(タグ)は国家の枠を超えてほとんど全ての都市や国家で活用可能である


・最初は万国共通で銅の身分証(タグ)、通称茶タグが付与されるが、1年を経て(すず)身分証(タグ)、通称灰タグにランクが上がらないものは半年の猶予期間後に資格を剥奪される



 こんなところだろう。

 話を聞いているうちに気になることも結構出てきたが、隣でマリーがうずうずしながら身を乗り出していたので、アイラも苦笑いして説明を端折ってしまった。


「細かいところは二人に聞いてね。それじゃあ最後。この鉄石(くろがねいし)に手をかざして。問題なければすぐに身分証(タグ)を発行します」


 さあ来た。

 とりあえず【種族】の所は念入りに詐称してあるが、他の部分に関しては俺自身が鑑定魔法で見ることが出来ないので変えることは出来ない。

 今はもうレヴィアの謎の自信を信用するしかない。


 鉄石(くろがねいし)の上に手をかざすとぼんやりと光が浮かび上がり、俺自身を包み込んでいく。誰かに魔法をかけられている感覚と同じだ。たぶん、この石は鑑定魔法の力を内包したものなんだろう。

 しかし物に魔力を込めて代わりとさせるのは意外と凄い技術である。

 鑑定魔法だけでなく様々な魔法を込めることが出来れば、魔法が苦手な俺でも手軽にいろんな魔法を使えて便利なんだけど。


 そんなことを考えていたら魔力がすうっと引いていくのを感じた。光が石に向けて収束し石の表面に文字が浮かび上がってくる。




 名前:【カトル=チェスター】

 年齢:【18】

 種族:【人族】

 性別:【男】

 出身:【大陸外孤島】

 レベル:【4】

 体力:【33】

 魔力:【70】

 魔法:【火属1】【水属1】【土属1】【風属1】【特殊4】

 スキル:【剣術73】【槍術11】

 カルマ:【善行】




 予想以上にたくさんの文字が並んでいく。

 俺が初めて目にする項目がたくさんあり、それぞれの意味も深くはわからない。

 本当は何かおかしなところがないか考えるべきだったのに、これが凄いのかどうかを知りたいという思いが先に出た。

 俺が長老の元で鍛錬を続けた成果が数値として表れているのならどれだけ嬉しいことだろう。

 

 だからマリーとアイラが驚愕の表情をしていることに気付けなかった。

 レヴィアはあちゃあ、という顔をしている。


「レヴィア。これはどういうことだ?」

「どういうって?」

「とぼけるな。レベルの割りに高い魔力もだが、この剣術はなんだ!?」

「たくさん修練を行ったみたいね」

「ふざけるな! そんな次元の話か! 私だってまだ30そこそこなんだぞ」

「そう、ですね。私が見た範囲でも50を超えている人は初めてです」


 どうやら、俺の剣術について揉めているようだった。

 この数値は凄いようだ。ということは長老と毎日死闘を演じたことは確実に自分のものになっていたってことか。


 ――とても感慨深い。

 しかし、剣を扱う技術が数値化されるというのは違和感しかない。そんなものは意識の差じゃないだろうか。


「文句を言うなら自分で確かめればいいよ。私の槍だってカトルには全く歯が立たないしね」

「レヴィアの槍でもか?!」


 何かとんでもないことをレヴィアが言っている。島で相対した時、間違いなく彼女の槍は俺と遜色なかった。そもそもあの時だって俺を試していたんだし、レヴィアが本気だったら俺は大怪我をしていたはずだ。


「もしやるなら演習場に行ってね。ここで始めてはダメよ、マリー」

「おい! 私を何だと思ってるんだ。さすがにこんなところじゃ、剣も振り回せないじゃないか」

「振り回せたら戦っていいと思ってるあなたが心配なのよ!」


 何だかよくわからないが、俺はこの後マリーと戦わなくてはならないらしい。剣を合わせる事自体は嫌いじゃなかったが、そろそろ用事を済ませて飯を食いたくなってきた。

 だいたい身分証(タグ)の発行の話はどこに行ったんだ。


「あ、ええと、ごめんなさい。ちょっとあなたの数値が凄くて」


 そのことを聞いたときのアイラの口調が若干おっかなびっくりしたものに変わっていた。さっきまでの馴れ馴れしい口調もどうかと思うが、これはこれで一気に壁が出来たようで少し悲しい。


「はい、では身分証(タグ)の発行ですね。問題はなさそうなので……えっ?」


 鉄石(くろがねいし)の結果を再度つぶさに確認するアイラが突然驚きの声を上げて俺を見た。

 もう、その瞬間から嫌な予感がしたんだ。


「えっ、本当に、男性の方なんですか?」

「……はい。そうです」


 俺は若干涙目で受付のお姉さん(アイラ)に答える。


「私はカトレーヌという名前の響きがいたく気に入ったんだが」

「俺は男だし、そんな名前じゃない!」


 この話題になると途端に機嫌が良くなるな、この女(マリー)


 だが、それでさらに話題がそれたのも功を奏したか全く不審に思われることなく、仮ではあったが無事に身分証の発行をすることが出来た。


 鉄石(くろがねいし)で疑惑も晴れたし良かった良かった。

 ……いや、最初から疑惑でも何でもないけどな。


 それにしても鉄石(くろがねいし)の効能は凄い。能力を数値化出来れば指針が出来る。足りないところも瞬時でわかる。

 レヴィアが強くなる為には必要というだけのことはある。


 俺はあらためて明日からも鑑定魔法の修行を頑張ると誓うのだった。

明日も22時に投稿できるように頑張ります。

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