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第一話 繰り返される悲劇

8月15日誤字脱字等修正しました。

「だから、嫌だって!」

「お願い、今日だけ助けると思って」

「そりゃあ、忙しい時間帯にいろいろしてもらったのは悪かったけどさ」

「もうカトレーヌに頼むしか方法がないの。ねっ?!」

「うぬぬぬ……!」



 サーニャは大事な仕込みの時間の合間を縫って俺の為に食事を出してくれた。サーニャ特製秘伝のタレをふんだんに使った鳥串に、ミートソースとチーズが入ったライスコロッケ、牛肉のトマトスープにハムとトマトとチーズのカプレーゼ、玉ねぎとトマトのブルスケッタといった品々が次々にテーブルに並び、俺の空腹を満たしてくれる。

 とにかく今日は食べても食べてもなかなか満腹にならなかった。まるでじいちゃんやマリーみたいにとんでもない量を食べているという自覚はあったが、それでもサーニャは俺の食いっぷりを見ながら次々に料理を出してくれるので、忙しい時間に申し訳ないと思いつつも俺は手を止めることなく食べ続けた。

 そしてやっと人心地付けたと思った瞬間、急激な眠気に襲われたのである。このままでは倒れるとサーニャにお願いして二階の開いている部屋を借り受け、大急ぎで熟睡魔法(サウンドスリープ)目覚まし魔法(アラーム)を掛けてベッドに倒れ込む。

 三時間くらい眠れば大丈夫だろうと、その時は安穏に考えていたのが、目覚めたときにはもうとっくにお昼を過ぎ夕方近い時間になっていた。

 慌てて飛び起きた俺は、目覚まし魔法(アラーム)が効かなかった事実に愕然とする。昨日むちゃくちゃな使い方をしたので身体に耐性がついてしまったとしたら大変だ。

 半ば呆然としてベッドに座り込んでいると、俺が起きたことに気付いたサーニャが二階まで上がってきてお風呂を勧めてくれた。

 その言葉に、とりあえず目覚まし魔法(アラーム)は今晩もう一度試せばいいやと思った俺は、その申し出をありがたく受けることにする

 そして、お風呂から上がったのが今だ。


 風呂から出ると、なぜか俺の着ていた服はどこにもなく、用意されていたのは見慣れた黒地に白いエプロンのワンピース――ウエイトレスの制服であった。その横にはシンプルなデザインの白い下着まで用意されている。


「カトレーヌの着てた服は(よご)れてたから洗濯しちゃったよ」

「なっ?!」

「前回用意出来なかった下着も買っておいたからね。男性でも履ける大きさだから安心して」

「安心出来るかっ! だいたい、俺は洗浄魔法と乾燥魔法を使えるから洗濯の必要は無いんだって」

「あら、この街では結界で魔力が弱くなるから魔法はほとんど使えないのよ」

「えっ?!」


 魔力が弱くなる?! それ、めちゃくちゃまずくないか?


「今、王宮は魔道具の取り扱いの件で魔道師ギルドと結構揉めてるじゃない? その代替案みたいなものだって聞いたわ」


 サーニャによれば、女王が貴族階級における魔道具の利用を禁止する代わりに、結界を張って街中での魔法を抑制し、魔石で作られた魔具の有効活用を推奨したとのことだった。王都の魔道師ギルドは魔具の販売も請け負っており、金銭面で十分な補填がされることになる為、この対案に賛成したらしい。


「魔法が使えないのは不便だけど、体調で左右される魔法より魔力が切れるまで安心して使える魔具の方が便利なのも事実よ。費用も国が補填してくれるしね」


 俺は試しに自分へ鑑定魔法を掛けてみた。

 確かにいつもの何倍もの魔力が必要であり、たった一回の魔法なのに疲労がにじみ出てくる。



 名前:【カトル=チェスター】

 年齢:【19】

 種族:【人族】

 性別:【男】

 出身:【大陸外孤島】

 レベル:【13】

 体力:【113】

 魔力:【125】

 カルマ:【なし】



 ただ、これを見る限り詐称はなんとか効いているようだった。後は看破の魔石で打ち破られないかどうかが心配なところだけど、こればっかりは試してみないとわからない。どこかで売っていたらこっそり購入して後で一人の時に試してみよう。

 しかし慣れた鑑定魔法でここまで疲労を感じるとなると、まだ不安定な洗浄魔法や乾燥魔法を使うのは大変かもしれない。

 それにあまりに大きな魔力を使っているとさすがにその辺に居る人にも気付かれてしまう。


「ほえっー、カトレーヌはやっぱり魔法凄いんだね」


 今だって鑑定魔法の魔力をサーニャに気付かれてしまった。一端魔法が発動して、その後急激に抑制されるから、発動タイミングの魔力の大きさが近くにいる者には分かってしまうんだ。


「せっかく買ったんだから観念して着なさいって、下着も普段のより間違いなく履き心地いいから」

「……魔法が使えなくても魔具で乾かせば」

「うちには無いわよ、そんな高価なもの。それにカトレーヌは傭兵ギルドのメンバーでしょ? 魔道師ギルドで買えないじゃない」

「えっ? 何で」

「何でって、魔道師ギルドにとって王宮より険悪なのが傭兵ギルドだし。少しくらいなら傭兵ギルドでも魔具が売られているけど、国の補填が無いからとんでもない価格になってるわ」


 それでか……! 衛兵にタグを見せたら急に態度が変わった理由はこれだったんだ。そりゃあ、そんな不便を強いられても傭兵ギルドに入るくらいなのだから、魔道師ギルドと関わり合いなんてあるわけないと信じるわな。


「じゃあ、乾くのを待って――」

「そんなタオル一枚の格好でいつまでもうろうろされてたら目の毒でしょ!」

「……くっそー、絶対嵌めたな」

「ふふん、何とでも言いなさい。でも本当に今日だけはまずいのよ、給仕の()の休みが重なっちゃって。だから……ね、お願い!」


 サーニャが深々と頭を下げてくる。

 そこまでされてしまったら俺には立つ瀬が無かった。食事を出してもらい、寝る場所まで快く提供してもらって、断ることなんて出来るわけない。


「……ほんとに今日だけだからな」

「――っ! やってくれるの!? ありがとう!! これで今日を乗り切れるどころか売り上げ倍増よ!」 


 ガバッと頭を上げたサーニャが満面の笑みを浮かべ、その場で踊り始めた。


「一宿一飯の恩には報いる」

「あら、そんな固苦しく考えなくても気が向いた時にいつでもやってくれて構わないのに」

「絶対に()()()()()!」

「ああ、でもこれで仕事に張り合いが出るってもんよね」


 俺は仕方なくそこにあった下着とウェイトレスの服を身に着けた。服自体は前と同じだったから何の違和感もなく着れたし、むしろこの下着は着心地が良い。


「どっからどうみても、うちの看板娘よね! 姿見があったらもってくるんだけど……最高よ!」


 そう言ってサーニャは親指を突き上げてニヤリと笑う。

 何が最高なのかさっぱりわからないが、決まった以上は仕方ない。俺は引きつった笑いを浮かべ、大きな溜息をつくのだった。




 ―――



 一日だけ、と約束した以上覚悟を決めてウェイトレスの仕事をし始めたが、もう最後に手伝いをしてから二十日くらい経っている。当時とは店内の状況も全く違っており、最初は料理の載ったお皿をお客のテーブルに運ぶのでさえなかなか上手く出来なかった。


「すぐ慣れるって。それにカトレーヌはいるだけでも全然違うんだから」


 カルミネでのサーニャの店は、そもそもリスドの時とは規模がまるで違った。店内だけでもリスドで店の外にテーブルを並べたのと同様の広さがあり、厨房もサーニャの両親だけではなく何人かの料理人が汗だくになって働いている。俺だけかと思った給仕役も他に何人か女の子が居るようで、忙しく動き回っていた。それでも明らかに人数は足りておらず、対応が追い付いていない。


「サーニャの店って本当に人気があるんだね」

「あったり前でしょ。うちはこれでも何年も続いている老舗なんだから」

「でも何で俺だけこの格好なの?」

「こらっ、俺なんて言葉、今は使わない! ……どうしても最近雇ったばかりの()は、なかなかエプロンドレスってのは抵抗があるらしくて」

「いや、どー考えてもおかしくね?」

「ほらほらっ! 無駄口叩いている暇ないでしょ」


 他の給仕の女の子はネーレウスが着ていたような執事服に近い格好をしていた。こんなワンピースで可愛いフリフリのスカートなのは俺だけだ。当然のように好奇な視線が集中し、たくさんの注文が俺に寄せられることになる。

 だからといって泣き言を言っている場合ではない。次々にこなさなければ注文が溜まる一方なのは今までの経験で良く分かっている。ここからが頑張りどころだ。

 やっと感覚が戻ってきた。

 俺はスカートが翻らないギリギリのラインでテーブル間を素早く動き、店内を優雅に駆け巡る。


「「「おおっーー!」」」


 目まぐるしい忙しさの中、俺が颯爽と走り抜けると店内から喝采が響き渡った。そんな様子を見ていた厨房のサーニャが鳥串を(あぶ)りながらほくそ笑んでいる。


「さすがカトレーヌ。看板娘たるゆえんよね」

「あとで覚えてろ……!」


 俺はとにかく数を(さば)こうと必死で奔走(ほんそう)するのだが、意図に反して仕事はどんどん増えていった。

 結局、俺は夜も更け十一時を回る頃まで夕食を取る時間もなく動き回る羽目になる。



 やっと十二時近くになって注文のペースが落ち着いてきた。ふと回りを見渡せばいつの間にか他の給仕の()はいなくなっている。


「遅くならないうちに女の子は帰らせてるの」


 気が付けばサーニャも給仕を請け負っていた。ただ厨房に居る時の格好のままだからかほとんど注文が来ず、相変わらず俺ばかりが呼ばれている。

 さすがに賄いの食事も取らずに動き回っていたのでかなり疲れを感じてきていた。これならラドンと戦場にいた時の方がはるかに楽だ。サーニャの店のウェイトレスの仕事は見た目以上に重労働であった。


「もうすぐ午前様か……」


 店内を見渡すと残っている客はあと2、3組であった。この時間普段はおそらくサーニャ一人でまわしているのだろう。調理に給仕にあとは会計の仕事もあるだろうし、これを毎日やっていると考えればサーニャの仕事っぷりには頭が下がる。


「はい、お疲れ様、カトレーヌ」

「……サンキュ」


 俺が空いたテーブルを拭いているとその上にサーニャが飲み物を持ってきてくれた。反論するのも忘れてそのほどよく冷えた林檎ジュースを飲み干すと、甘さが疲れた身体に心地よく染み渡りほっと息をつく。


「どう? ネーレウスさんの氷魔法がヒントになって出来た当店自慢の冷たいリンゴジュースは」

「美味しかった、けどもう少し冷えてた方がいいね」

「無茶言わないの。この季節にここまで冷やすのも大変なんだから」


 そんなちょっとした和みを感じている時であった。突然、表の扉が勢いよく開き、一人の女性が入って来たのである。

次回は8月16日までに更新予定です。

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