第四十二話 捕虜の返還
7月24日誤字脱字等修正しました。
「あれ? 何か変だった?」
「ふざけるな! 実際は大した距離を探知できていないのであろう? そうでなければお前の意識ははるかかなたへと失われているはずだ!」
「そんなこと言われてもな」
うーん。何だか怪しまれているな。
でも実際に相手からはね返って来た魔力はそこそこだったし、そんな言われるほど凄くはなかったんだけど。
とりあえず俺は罵るロレンツォを無視して状況の確認に専念することにした。
まず、ここから2、3キロくらいの場所に3人。それからかなり離れて5キロくらい行った場所に16人。そこから先は200メートル間隔ずつくらいに人が配置されているようだ。ラドンによると広範囲で魔力の応酬がされているのは30キロほど行った先とのことでさすがにそこまでの距離はたどれない。
「その十数人いる場所に、一際大きな魔力を使っている者がおる。話が通じるとすればそやつだな」
「そうだね。結構たくさん集まっているし」
俺とラドンの見解が一致したことで行く先が決まった。
ただ、そんな俺たちを見ていたロレンツォは声をますます荒げていく。
「何者なのだ? こやつらは。……ありえん。我らは魔石を冠しているのだぞ! それを事も無げに――!」
「だからアルフォンソ様が言っていたでしょう? 魔道具を使っていない者の魔力の成長は使っている者のそれをはるかに凌ぐと」
「こんな、こんなバカな事があってたまるかっ! 血反吐を吐く程に努力を重ね、幾重にも魔石を冠する我らが、このような愚劣な者どもの魔力に劣るというのか?! ……認めん。認めんぞ!」
目を血走らせながら、ロレンツォは空に向かって奇声を上げる。
「そうか、わかったぞ! 貴様らは我らが宿敵、魔族の血を引く者だな?! 圧倒的な魔力で我らを駆逐せんとする悪魔の子孫、それが貴様らというのであれば説明がつく」
「こやつは突然何を言い出しておるのだ?」
「黙れ、外道が! 我らを貶めようとしてもそうはさせんぞ!」
「愚か者めが。血反吐を吐く努力だと? 魔石に頼って身体を酷使することこそ魔族に礼賛する眷属の所業ではないか! 自ら率先して迎合せし者がよくも我らを魔族呼ばわりしてくれおったものだ。恥を知れ!」
「……ぬ、あ? な、何を言っている?」
「何だ、おぬしは魔族を敵と言い放つわりに何も知らんのか? なんと哀れなものよ」
ラドンが不適な笑みを浮かべると、明らかにロレンツォは焦りの色を見せ出す。
「魔族など伝承に残る事が全てではないか! きゃつらは衆目獰猛にして老若男女を尽く鏖殺するほどの力を持ち、その魔力は周囲を灰塵に帰す災厄の如き存在にして、古の竜に比肩する悪夢のような存在――」
「フフッ、それ、どこの伝承よ? 聞いたことないわ。私が知っているのは、全員が魔法を使い恐ろしい魔力を持っていたってことだけよ」
「はっはっはっ、伝承など各地で違うものだ。その一つ一つを全て信じるのなら魔族は当の昔にこの世の全てを支配していなくてはならなくなるな」
「くっ……世迷言を!」
「ほう。良く分かっているではないか。……そうだ。おぬしの言ったことも含め欺瞞に満ちた伝承など全て世迷言なのだ」
「――っ!?」
「はっはっはっ、何を驚いておる。そんなに興味深い顔を見せられては笑いが込み上げて来るではないか。わしは当たり前のことを言っただけだぞ。伝承は恣意的で一つのモノの見方に過ぎん。それを鵜呑みにする研究者がどこにおる? よいか。魔族は千年を越えるはるか昔に存在したとされる種族だ。その全てが魔力を有していたのであろうが、決して魔力に優れた種族であったわけではない」
「「ええっ?!」」
その発言に粛々と聞いていたヴィオラまでもが驚きの声をあげた。それを心地良さそうに聞きながらラドンはしたり顔で解説する。
「機会があればアルヴヘイムに行ってみるといい。妖精族の百科事典に目を通せば人族と魔族の括りに大差などないのがわかるであろう。妖精族どもにとってみれば、魔族も人族も魔力の少ない下等種族の一つに過ぎんだろうからな」
「……っ!」
「魔族が隆盛を誇っていた時代、人は魔法の知識に乏しかった。魔法を使える者も極わずか。そのような状況下で作られた伝承ならば、魔族を針小棒大に捉えていても何らおかしくはない」
「そ……んな……」
明らかにロレンツォはラドンの言葉にショックを受けたようであった。だが先ほどまでのように反論することもなく、ぶつぶつと自問自答を繰り返している。
「それにしてもラドンは妖精族の国にも行った事があるんだね」
「はっはっはっ。片っ端から研究に役立ちそうな資料を漁ろうとして追い出されてしまったがな」
「ったく、おたくは他国でも恥を晒しているわけ?」
研究研究言うだけあって、ラドンは各地で様々なものを調べ歩いているようだ。――少しだけ羨ましい。
「ほれ、小僧。そんなことより今は周りの状況を注視せよ。そろそろ連中の歓迎が始まる頃合だぞ」
「わかっている。向こうの木の後ろに隠れているよね」
ラドンに言われるまでもなく俺は森に入ってからずっと探知魔法を全方位に掛け続けていたので、相手の状況の把握に余念はない。
当初の場所からたいして動きを見せていなかったが警戒を怠ることはなかった。
「本当にいるのね?」
もう一度確認してくるヴィオラに俺は大きく頷いた。それを見て彼女は一歩前に出て通る声で口上を述べる。
「私はリスドの傭兵ギルドマスター付き秘書ヴィオラ=アクセーンと申します。先遣した者が伝えた通り、魔道師ギルド所属ロレンツォ=ティランティを連れて参りました。責任者の元へ案内願います」
森の中に彼女の声が響くと、それを待っていたかのように三人の男たちが姿を現す。
「委細、承っている。中将閣下がお待ちだ。ついて来い」
三人のうちの一人がそう言うと踵を返し、森の奥へと進み始めた。残りの二人が左右に離れて俺たちを取り囲むように立っている。
「フン。気に入らんが行くとするか」
ラドンは左右の男たちを一睨みしてから歩き始めた。ヴィオラは何か言いたそうだったが、それを飲み込むとロレンツォを伴って後に続く。
「ここから5キロ近く歩く事になるのか?」
「そうだ」
「遠いな。魔法でひとっ飛びしてもよいか?」
「おたくは何を言い出すの?! 絶対にやめなさい」
「フン、わしはとっとと用事を済ませて美味い料理を食べたいんだ」
この状況で平然と言い放つラドンにヴィオラは疲れた様子で溜息をつく。俺も苦笑いせざるを得なかったが、ふと気付けば左右で取り巻く二人が不敵な笑みをこぼしていた。
適当な事をのたまうラドンに呆れたのだろうか? もしかすると出来もしない事をしゃべるおかしな男扱いしているのかもしれない。
……ただ、なんとなくもやもやとしたしこりが残った。
俺はいつ何が起きても全力で動けるよう集中力を増していく。
――なぜか普段より精神が研ぎ澄まされていく感覚があった。ここはもう戦場だ、という意識が精神を高揚させているのかもしれない。少ない魔力でいつも以上に周囲の探知が出来ているし、左右を歩く二人の気配も意識せずとも勝手に肌で感じられる。
西の森と変わり映えしない景色の中で、マリーと模擬戦をしたあの夜の感覚に知らず知らずのうちに近づいていくのだった。
―――
それから1時間近く歩いただろうか。
不意に森の木々が開け、太陽の光が眩しく注ぐ場所に出た。たくさん木を切り倒した跡があり、かなりの人数が何日もこの場所で駐留していたことが伺える。
奥を見渡せば小川のせせらぎ近くにいくつものテントが並んでおり、フードを着けた連中が十数人、俺たちを見据え憮然とした表情で立っていた。
「ふう、ようやく到着したか」
ラドンはどこから出したのかうちわで扇ぎながらうんざりした様子で呟く。
「中将とやらはどこだ?」
その不遜な物言いにその場にいた者が色めき立った。ヴィオラの顔も青くなっており、いかにラドンが礼を失したのかがわかる。
だが、連中の一人がフードを取り右手を上げて制すると、他全員が一歩二歩と後ろに下がり膝を付いて頭をたれた。どうやらこの男が目的の人物らしい。
「私が中将エドメ=プエシュ――」
「偉大なる魔法使いラドン=クリソミリオだ」
ヴィオラが言い出すより早く、ラドンが相手の声すらも遮ってふんぞり返った。あまりの状況にヴィオラは口をあんぐり開けて呆然と立ち尽くしている。
「禁止令が出る中、ノコノコと町で酒を飲んでおった男を捕らえて連れてきてやったぞ。感謝するがいい」
「……っ?!」
その傍若無人な振る舞いにエドメと名乗った男は不快感を隠さずラドンを睨みつけた。隣ではまさかの状況に顔をゆがめたヴィオラが額を押さえ頭を横に振っている。ここまで居丈高な態度で接しては怒りを抑えようとしても無理だろう。頭をたれていた魔道師ギルドの面々もすぐに立ち上がって俺たちを囲むように散開し、あっという間に一触即発の状況に陥ってしまう。
だが、それでもラドンはその高飛車な態度を改めようとしなかった。
なぜラドンは殊更に相手の感情を逆なでするような態度を取っているのだろう? 一人一人の魔力では劣っても、相手は二十人でこちらは三人しかいない。――いくら何でも多勢に無勢だ。
「貴様は命がいらないと見える」
中将を名乗る男が、苛立ちを隠さず吐き捨てた。
「それがわざわざ捕虜を殺さず連れてきてやった者への返答か?」
「勘違いするなよ? お前らはもう私の手中にある。その首を繋いだままにするのも二度と日の光を拝めなくするのも私の気分次第だ」
「ふっ……はっはっはっ。この程度の人数で取り囲んだくらいで勝った気でいるとは、なんと愚かな」
「何を――!」
男の右手が振り下ろされた瞬間、その場にいた全員が襲い掛かってくる――はずだった。だが、その手を制止したのは誰あろうロレンツォであった。
「やめるんだ、エドメ」
「放さんか、ロレンツォ! 血迷ったかっ!」
「私は冷静だ。このまま何の策もなく力押ししては間違いなく返り討ちに遭うぞ」
「馬鹿なっ! たかが三人相手に何を世迷言を!」
「敵を侮るな! 先ほど跳ね返し魔法を使ったのは何人だ? その全てをきゃつらは平然と受け流したのだぞ」
「……っ!? ま、まさかっ?!」
そのロレンツォの言葉に、エドメをはじめとした周囲の連中に動揺が走る。どうやらこの場にいるほぼ全員が跳ね返し魔法を使ったらしい。
一人の魔力がこの場にいる全員よりも多いはずがないと考え、安易に魔法を使ったのだろう。だがそれは相手が強力な術者であった場合、参加した全員の魔力が奪われ無力化される危険な行為である。今回は俺が未熟だった為あまり魔力を奪えなかったが、全員の魔力を平然と受け流したという事実は想像以上に相手を狼狽えさせたようだ。
……俺としては複雑なんだけどね。広域に射出したのが初めてだったとはいえ、こんな簡単に探知魔法がバレるようではこの先使い物にならない。もし、もっと大勢で跳ね返し魔法を展開されていたらヤバかったのは俺の方だ。
もっと繊細に魔力を制御できるよう頑張らないと。
「だが、ここでこやつらを捕らえねば、形だけとはいえ不戦条約を結ばねばならなくなるぞ」
「それでもだ。我らはティロールを抑えた。それをもって上々とせよ」
「う、ぬうぅ。元はと言えばおぬしがおめおめ捕まったことが原因ではないか!」
「それはシュテフェンに帰参後、枢機卿猊下ならびに元帥閣下に申し開きしよう」
「うぬ、ぬぬぬぬぅ――!」
中将は地団駄を踏んで悔しがったが、やがてロレンツォの言を受け入れたのか大きく息を吐き出した。
どうやら俺たちを捕らえるという考えは捨て去ったようである。
「ふむ、終わったか?」
事の顛末を見定めて、ラドンが暢気そうな声で聞き返した。先ほどまであれだけ挑発する気満々だったのに、今は声色も落ち着いていつもの傲岸不遜な様子は鳴りを潜めている。
「では、不戦の名の下に捕虜を返還するとしよう」
―――
役目を終え森を後にする途中、ヴィオラが疲れた果てた表情でなぜあのような態度だったか問いかけると、ラドンは笑いながらこう答えた。
「はっはっはっ。あの連中は腹に一物を抱えていたからな。それを先に吐き出させてやったのだ。どうだ? 興味深かったであろう?」
「なあっ……?! おたくは……っ!」
その答えに思わず絶句して立ち尽くしてしまったヴィオラの顔を興味深そうに見ながら、ラドンは悠然と歩いていった。
次回は7月24日までに更新予定です。