第四十一話 急転
7月23日誤字脱字等修正しました。
「使者が無事帰って参りましたが……」
「ああ、知っている。ご苦労であったと伝えてくれ。後日褒賞を与えることも必ず伝えよ」
「畏まりました」
知らせに来た近習の者はアルフォンソが苦々しい顔で返答したこともあってか、恭しく礼をするとすぐに退出していった。
「どうするんだよ、アル」
いつものメンバーになったのを確認してフアンが切り出す。
「……まずはあの男を約束通り送り返す」
「いや、そうじゃなくって」
「わかっている!」
「うおっ……、こええ」
「あ……、いや、すまない。こんな時こそもっと冷静に……冷静沈着に考えなくてはな」
「おう。分かれば宜しい!」
「くっ……! フアン、貴様はなぜそこまで偉そうなんだ」
状況は一変した。
ラドンの言葉通り、唐突に戦いの幕が切って落とされたのだ。
リスド――ではなく北の城砦都市ティロールで。
ティロールは魔道王国カルミネに所属する西の要所とも言える山中の小さな都市である。城砦都市の名を冠する通り、カルミネのさらに北に位置する五小国や西の異種族の侵攻を食い止める為の守りの要であり、直線距離だけを考えるならリスドとカルミネ、どちらにも睨みを利かせられる天然の要塞であった。
ただ13年前に起こったカルミネを二分する内乱でヨハン王側に付いたことにより、その後の立ち位置は非常に厳しいものとなる。
次代の王ゼノンはヨハン王の一族郎党を全て処刑し、傍系の血筋であるティロール辺境伯を許そうとしなかった。だが天嶮の要塞たる険しい地形と、これと言った特産品もない土地柄から、最終的にゼノン王はこの地の支配を諦め、ティロールはカルミネ王国に所属しながら隔絶された独立都市の様相を呈することになる。
「その情勢が一変したのが三年前、世にいう“カルミネの大災厄”だ」
「ああ、ユミスが女王になるきっかけになった事件ね」
「う、む……。それで間違いないが、カルミネの“氷の魔女”をそのように親しげに呼べる貴様が少し羨ましいぞ、カトル」
三年前、ゼノン王以下王家に連なる者がことごとく変死したことで、カルミネは大混乱に陥る。なにしろ傍系の血筋さえ許さなかったゼノン王は、自分の一族以外の王族を老婆から幼い赤子に至るまで全て抹殺しており、国内に残る王家の血はティロール辺境伯の忘れ形見である公女だけとなっていたのだ。
ゼノン王に忠誠を誓った貴族にとっては何とも忌々しい状況であったが、背に腹は代えられない。こうしてティロールはカルミネに復帰し、ユミスの絶大な後ろ盾として権力を握ることになる。
「なぜかティロールの公女は自身が女王の座に就くことを厭いました。そしてユミスネリア女王陛下の補佐役となり、今では魔導師ギルドから非常に煙たがられる存在となっております」
「まあ、だからこそ魔導師ギルドに狙われたんだろうけどな。てか、ティロールを取られたら厄介だぜ、アル。どうすんだ?」
「今の所ティロールからの援軍要請はない。そもそもこれは他国の内紛だ。我々には最初から何も出来る余地が無い」
「ですが、若。このままではリスドとカルミネとの間に楔を入れられてしまいます」
「わかっている。だが、どうすればいい? 主導権は向こうにあるんだぞ」
「せめてカルミネ側から何らかの動きがあれば良いのですが」
アルフォンソとアデリナの主従が苦悶の表情を浮かべながら頭を抱えた。
魔道師ギルドはこの地域の喉元とも言えるティロールを押さえることで王都の包囲を強め、真綿でじわじわ締め上げるつもりなのだろう。
そのついでにリスドも監視出来るのだから、ロレンツォがこの地に人を割く必要がないと言うわけだ。
「ふむ、最初から魔道師ギルドの狙いは北の城砦にあった、と考えればいろいろ辻褄が合うわい」
ラドンの言葉に一同の視線が集まる。
「どういうこと?」
「ここリスドでの叛乱は我々、というよりはカルミネ側の目を欺く為の囮であったのだ。あの混乱の後に北の森で魔力を感知すればこのリスドを狙っていると考えるのが普通だろう。わしもまんまと一杯食わされたわい」
「なっ……、今回の叛乱がただの見せ掛けに過ぎなかったと言うのか?!」
ラドンの言葉にアルフォンソが目を剥いて突っかかっていく。
「そうかっかするでない、王子よ。この地がたった一人の魔道士に好きなようにされたのは事実だ。おぬしは今その問題に真っ向から取り組んでおるではないか。その張本人が冷静に考えられずしてなんとする」
「ぐっ……、すまない。魔法使い、貴様の言う通りだ。続けてくれ」
「うむ。……それにしても、どこから集まったかは知らぬが、まさか数百もの魔道士を森に潜ませていようとは思わんかった。それこそ近づいて探知魔法でも使わない限り誰も認識できなかったであろう。つまり敵はあのロレンツォという男を餌に、我らが傭兵ギルドを介して使者を送るタイミングを慎重に伺っていたのだ。このまま不戦の取り決めがされれば後ろを気にすることなく北の城砦を攻め取ることが出来るからな」
「なるほどなあ。大陸の傭兵ギルド同士の繋がりを逆手に取って俺たちの動きを封じる。……誰が考えたか知らんけど、凄い作戦だな。怖い怖い」
ラドンの言葉にフアンが苦笑いしながらお手上げのポーズを取る。
「それが本当でしたら、若。カルミネは動きません。ティロールを捨てリスドとの連携を密にする方が得策と考えるでしょう。ただ、カルミネからすればこちら側にも疑いの目を向けるでしょうから身動きが取れなくなっている可能性もあります。厄介ですね……」
「それでは時間がかかる一方で魔道師ギルドの思う壺ではないか。すぐにカルミネに使者を――」
「間違ってはいけません、アルフォンソ様。私たちは今建前上どちらとも対立していないのです。まず魔道師ギルド側に接触し、不可侵の言質をとらなくてはなりません。その上ではじめて、カルミネが魔導師ギルドによって滅ぼされるまでのつかの間の平和を謳歌するか、カルミネと密かに連携を取って魔道師ギルドに対抗するかのどちらかを選択できるのです」
それまで黙して座っていたロベルタが冷静な口調でアルフォンソを制した。その言葉にアルフォンソは何か言おうとして天を仰ぎ、唇を真一文字に結んでゆっくりと頷く。
「ふむ、そんなところか。急がねば、北の城砦が落ちてからでは遅いぞ」
「……わかった。とりあえず魔道師ギルドだな」
「使者は特別サービスでわしが行ってやろう。――小僧! おぬしも来い。この数日で少しは探知魔法の精度もマシになっただろう?」
「ああ、おかげさまでね。……ってかラドン結構気合入ってるね」
「当たり前だ。この地が平穏にならんとわしは安心して研究に没頭出来ぬからな」
「待って、私も行く。おたくに任せていたら肝心なところで何を仕出かすかわかったものじゃないわ」
ラドンが行くと決めた時点でヴィオラは既に同行を決めているようであった。
「ヴィオラ、あなたが行くのは危険よ」
「大丈夫よ、ロベルタ。ラドンは何を仕出かすかわからないけど、私の命くらいは守ってくれるでしょ」
「フン、当たり前だ。わしは偉大なる魔法使いだぞ。ヴィオラの身一つくらい守ってやるわ。……あー、小僧。おぬしは知らん。自分の身は自分で守れ」
「言われなくてもやってやる。何ならラドンも守ってやるさ」
「このヒヨッ子が生意気抜かしおって」
俺の言葉にラドンが鼻でせせら笑う。それを見てヴィオラが溜息をついた。
……なんだかんだ言って、この二人には不思議な信頼感があった。このメンバーで行くのなら心強い限りだ。
「ではこれを正式な傭兵ギルドへの依頼としよう。捕虜の返還と、魔道師ギルドの動向を出来る限り探って来てくれ。僕は魔法使いたちが帰るのを待ちつつ、下位貴族たちと傭兵ギルド間の依頼の話を進めておく」
やるべきことが決まるとアルフォンソはてきぱきと指示を飛ばした。この辺り、上に立つ者として迷いなく行動に移せる心の強さには素直に感心してしまう。
おかげで俺たちもすぐ出立の運びと相成った。――こういうところはどんどん見習わないとね。
「何だか緊張するな」
「フン、何を言っておる小僧。たかが男一人引き渡すだけだ」
「相手は魔道師ギルドよ。何をしてくるかわからないわ」
「なあに、連中が敵対するようであれば軽く撫でてやるわ。はっはっはっ」
「ったく、この男はっ!」
ヴィオラは呆れていたが、それを意に介さず笑い続けるラドンは何も考えていないようにしか見えない。
……まあ、本人には絶対に言わないけど、ほんの少しだけ頼もしく感じたのも事実だった。
―――
本部で手続きを行ってすぐ俺とラドンとヴィオラの三人は北門へ向かって歩き始めた。アルフォンソとフアンの二人はトム爺さんが付き添いに加わりまた王宮へ戻っていく。
三人での行動はあの夜、壁を壊して王宮へ乗り込んだ時以来だ。ヴィオラとも馴染んできたのでこの三人で北の森へ向かうこと自体そんなに大変とは思っていなかったが、その時とは大きな違いがあった。――ロレンツォの存在である。
「一応、逃げないでくれると助かる」
俺は適当にそう言っておいたが、ロレンツォは特に感慨もなさそうに歩くのみであった。
今、ロレンツォに拘束の類は一切つけていない。無論、魔石は全て強制的にトム爺さんが回収していたのだが、その気になれば魔法を掛けることくらい出来る状況である。
「本当にこんな適当で大丈夫なわけ?」
ヴィオラは不服そうにそう言ったが、ラドンはいたって平然としていた。
「無用の心配だ。こやつが一番実力差を理解しているであろう」
一応、看破と鑑定の魔法をもう一度掛けたがあの日とロレンツォの能力に変化はない。それが実力とすればヴィオラにさえ負ける体力なので歯向かったりはしないだろう。
「それにしてもこの依頼、報酬凄いね」
俺はもう一度受け取った確認用紙を眺める。
【内容】:捕虜の返還
【依頼人】:リスド王代理アルフォンソ=アストゥリアス
【詳細】:北の森に駐屯する魔道師ギルド軍にロレンツォ=ティランティを返還する
【ランク】:白5
【数】:1
【報酬】:9金貨
【期限】:0
【品質】:―
「それだけ、この任務が重要ということよ。むしろ少ないくらいね」
「はっはっはっ。たったこれしきの事で一人頭金貨3枚出すのだから国というものはなかなか良い商売であるな」
「おたくはっ! 言って良いことと悪い事があるでしょう?!」
「まあこの依頼もわしだからこそ簡単に思えるだけで、他の有象無象では返り討ちにあう可能性もあるか」
「そうよ。命を対価に受け取る報酬と考えれば全然多くないわ」
「ふむ、命を対価か。……ならば万全を期すべきであるな。小僧、おぬしもしっかり探知魔法を使い続けよ。少しは索敵範囲も増したか?」
「町の中は慎重に使っているから。北門を抜けたら、一度思いっきり魔力使って北へ向けて掛けてみるよ」
そんな会話をしているうちに、ようやく北門が見えて来た。
ちょうど川を挟んで町側は活気に満ちていたが、叛乱後北門自体が閉じていることもあって川向こうは寂しいことになっている。
「この辺でレヴィアたちの馬車を見送ったんだっけな……」
あの時は行き交う馬車も結構な数通っていた。門の付近にも出店が立ち並んでいた気もするが、今はもう綺麗さっぱり何もない。
「北門を抜けたらこちら側からの監視の目を抜けるわ。用心なさい」
検問官に説明して北門を開くとヴィオラは俺たちに注意を促してくる。それに軽く頷くと俺はすぐに魔力を放出して探知魔法を放ち始めた。
「おおっ!?」
全周囲ではなく一定方向に使ったのは久しぶりだったが、意外と距離が出ているのがわかる。確かにラドンの言うようにここ連日ずっと探知魔法を使い続けていたおかげか、自分でもレベルが上がったのを如実に実感していた。
「はっはっはっ。感知魔法の反応が面白いくらいあるな。連中どもめ、なかなかに慌てふためいておるわ」
感覚がまだ追いついていない俺より先に感知魔法で探っていたラドンが面白そうに笑う。
「5キロ、いや10キロくらいは出てるのか?」
直線的に絞って探知魔法を使えば、結構遠くまで調べることが出来るんだな。そんな感慨に耽っていると、唐突に何かが俺に向かって飛んで来た。
「う、わ、何だ? この感覚」
微妙にチクチクとした感覚が脳裏を刺激する。ただ、それも慣れてくればどうということはない。むしろ心地よい気さえする。
「相手が魔法をはね返して来たのだろう? それだけ広めに使えばどうしても精度が落ちて相手に気付かれやすくなるからな。だが、ちょうど良いではないか。相手の魔力を受け取って奪い取ってしまうがいい」
「了解。なんとかやってみる」
俺は言われた通り相手の魔力を受け入れ始めた。
まだまだラドンの言うように率先して魔力を奪い取ることは出来ないが、ある程度は身体が勝手に反応してくれる。ちょっとした喉の渇きを潤してくれるような気分だ。
事象的にはほんの少し相手の魔力を奪えただけなので大したことはなかったかもしれない。だが魔力をはね返した側からすれば驚愕の出来事であった。何しろ複数の者が一斉に魔力をはね返したのに、術者の意識を昏倒させるどころか反対に魔力を奪われてしまったのだから。
そんな状況に、今まで何の反応も示さなかった捕虜の顔色が一変する。
「――?! バカなっ! 我が同胞のはね返した魔力を全て受け取って、なお立っていられるというのか!? 信じられん、この化け物めが!」
そう大声を上げて罵るロレンツォを見て、少し困ったことになったかもしれないと俺は眉を顰めた。
長くなりそうだったので、いったん投稿します。
次回は、7月20日までに更新予定です。




