第四十話 暗雲
7月21日誤字脱字等修正しました。
「よし、これで僕も晴れて正式な傭兵ギルドのメンバーとなれたんだな」
「おめでとうございます、アルフォンソ様」
「うむ。フアンの奴に散々見習いと揶揄されたからな。この調子で青タグになって奴の鼻を明かしてやる」
ギルドについた俺たちは依頼の精査を受け、晴れてアルフォンソが灰タグにランクアップすることとなった。
【名前】:アルフォンソ=アストゥリアス
【ランク】:錫
【達成】:0
【合計報酬】:0
【ランクアップまで】
【ポイント】:0 ……残り70
【達成数】:0 ……残り15
【報酬額】:0 ……残り200銀貨
アルフォンソの依頼達成用紙を見せてもらうと青タグまでのランクアップ条件が記されていた。いくつかの依頼が青ランクだったので俺もお零れに預かれたのだが、記載内容を見比べると何が一番大変なのか一目で分かる。
【名前】:カトル=チェスター
【ランク】:錫
【達成】:98
【合計報酬】:4金貨18銀貨
【ランクアップまで】
【ポイント】:金3・白4・黄12・青6 ……クリア
【達成数】:9 ……残り6
【報酬額】:4金貨18銀貨 ……クリア
「ランクアップって、ポイントが大変だったんだ」
ポイントはランクごとに入る量が一つずつ上がっていくけど、普通灰タグの傭兵が請け負うのは青ランクの依頼だ。青ランクは一人頭2ポイントだからポイントのノルマの方が達成数ノルマよりはるかに高い設定になっている。
「灰タグは灰ランクの依頼もある程度こなすのが前提なのよ。普通はカトルくんのように強制ミッションをいくつもこなしたりしないわ。ギルド的には本当にありがたかったけれど、無茶させたわね」
「何かのついでにこなした依頼ばかりだったし、大丈夫だよ」
「あら、頼もしいわね。これで青タグへのランクアップは時間の問題として、イェルドの強制ミッションもあることだし、報酬を考えると黒タグ一直線ね。カトルくんが晴れて黒タグになったらどんどん強制ミッションをこなしてもらえそうで嬉しいわ」
「ははは……。お手柔らかにお願いします」
ヴィオラの押しの強さに俺は苦笑せざるを得ない。
青タグになってイェルドの依頼を終わらせたら、レヴィアからの課題もいよいよ鑑定魔法のみになる。……5つ目として身体強化魔法の習得とか言われていたような気もするけどそれは聞かなかったことにする。
鑑定魔法で魔力が分かるようになれば、すぐにでもカルミネに向かうつもりだった。ヴィオラの期待を裏切って申し訳ないけど、こればかりは譲れない。
今回のアルフォンソの件が終わったら、せめて鑑定魔法のレベルが上がるまでは協力すればいいか。だいたい、イェルドの依頼自体嵌められた感が強いしな。
「これが錫のタグか……!」
アルフォンソがヴィオラの持ってきた灰タグを両手で受け取りいろんな角度からマジマジと眺めている。
「青タグまでは残り15の依頼数もだけど、ポイントの高い依頼をこなすのが重要そうだね」
俺の言葉にアルフォンソは大きく頷く。
「貴様には世話になった、カトル。お礼と言うわけではないが青タグまで依頼数があと6つだろう。今日の所はそれをさっさと終わらせてしまうことにしよう」
「えっ?」
「僕の依頼を優先したからランクアップが遅れたと思われてはやりきれないからな」
「そんなこと思わないって」
「いや、この要領であれば青ランクの依頼なら今日中に終えることが出来るだろう。ならば上位ランクの依頼は明日に回してさっさと数を稼ごうと思う。だから貴様は深く考える必要はない。さっさと青タグになって、この場に居もしないフアンの奴に一泡吹かせてやれ」
そう言って笑うアルフォンソに俺は静かに頭を下げる。
「本当にいいのかな?」
「フン、これも人の縁よ。王子の好意を無にするな、小僧」
ここぞとばかりラドンがふんぞり返ってのたまう。
「いいことばかりではないわよ、カトルくん。ランクアップで楽すると更新料を払えなくて悲惨な目に遭うからね」
ヴィオラはそう言って親指と人差し指で丸を作りつつ、きっちりアルフォンソからも銀貨10枚を徴収していた。そこに関しては王族だろうと庶民だろうと何ら変わりはないようだ。
「えっと、青タグの更新料って?」
「銀貨70枚ね」
「ふう、それくらいならなんとか」
「でも、イェルドの依頼でもランクアップの報酬が付くでしょう? そうすれば黒タグってことよね」
「黒タグって、あれ? 確かレヴィアは……」
思えばあの時レヴイアは黒タグになって報酬の半分以上消し飛んでなかったっけ? 一応、お金は今後の事もあるし節約しているけど、食費なんかですぐ消え去ってしまう。確かにこれは考え物だ。
「黒タグの更新料、教えようか?」
「銀貨300枚でしょ」
「よく覚えているじゃない。そうよ。普通に依頼をこなしているだけじゃ払えない額だから気をつけて」
「……払えなかったら?」
「払える額のタグまで強制ランクダウンね」
「ゲッ、マジですか」
「まあ、一年の猶予はあるから」
そう言って微笑むヴィオラにはじめて恐怖を感じる。
まあでも、俺は別にそんなにお金が欲しいわけじゃないしな。日々生活出来る最低限さえ稼げれば最悪何とかなるだろう。一人で野宿、とかは避けたいけど。
「よし、とりあえず依頼を見繕ってもらっても良いか? ヴィオラ」
「はい。畏まりました、アルフォンソ様」
ヴィオラが青ランクの依頼をちょうど6つ取り揃えると、アルフォンソは軽く確認しただけすぐに引き受けた。そして、そのまま王宮に舞い戻るとすぐに該当の貴族を呼びつけ、さっさと交渉を行ってしまう。
そんなわけで大変そうに思えた青タグへのランクアップが、それこそあっという間に終わってしまった。
「依頼の確認を終えたら、約束どおり小僧の奢りで夕食だぞ。今日は港だ! 長老が言っていたエーレブルーという店が美味いらしいからな」
「わかってるって。……あれ? でも全員分?」
「当たり前だ。おぬし一人が眠りこけていたではないか。わしだけではない。ヴィオラもわざわざ鉄石をどこぞより調達してきおったしな」
「あら悪いわね、カトルくん。ご馳走になるわ」
「エーレブルーか。僕も噂には聞いているぞ。非常に楽しみだ。前行った店は大衆酒場の方だったからな」
……まあ、仕方ないか。
俺はシンメトリーの印象深い紋章が入った青銅のタグを受け取り、出会った頃のレヴィアに追いついたんだと少しだけ感傷的になりながら、自分へのお祝いも兼ねて今日くらい豪勢に振舞おうと思った。
――その時点では、いざ支払いの段になってまさか金額の凄まじさに縮み上がることになろうとは思ってもいなかったのである。
―――
「えーっ?! 何だよそれ! そういう時は呼んでくれよ、カトルぅ」
「呼んだら一緒に支払いしてくれたのか?」
「ばっかやろ! 何で俺が支払いしなきゃならないんだよ」
朝起きて王の間までやってくると、昨日の顛末を聞きつけたフアンがなぜか俺を糾弾し始めた。どうやら昨日俺がみんなにエーレブルー亭で夕食を奢って散財したことに怒っているらしい。
「まさかあんなに金がかかるなんて思っていなかった」
「ばっか、天下のエーレブルーだぜ? そんなところで好き放題食いまくれば金貨の数枚すぐ吹っ飛ぶだろ」
そう。フアンの言う事は大げさでもなんでもなく、本当に金貨が吹っ飛んでいった。
何しろ店主がアルフォンソに下手な料理を出すわけにはいかないと、次から次へ豪勢な料理を出してきたのである。ただでさえ絶品料理なのに無駄にきらきら光るものから盛り付けが芸術品のように美しいものまで、味以外の所でもとんでもなく手間隙がかかった料理の数々に、俺は途中から涙目でこれ以上は黒タグになった際の更新料を支払えないと謝り倒す羽目になった。
結局、金貨3枚を俺が支払い残りをアルフォンソが持ってくれたのだが、今後の出費を考えると相当の痛手だ。
「俺だって久々に食いたかったんだ。エーレブルーの女体盛りを!」
「そんなもんあるか! ってか、いなかったフアンが悪いんだろうが」
「くっそー、俺抜きでいいもん食いやがって。なんて羨ましい……!」
「いやもう本当にこりごりだよ」
地団駄ふんでいるフアンは放っておくとしても、食事であんなに出費している場合じゃない。
――俺はもう絶対このメンバーで食事を奢るなんてことはしないと心に誓う。
そうなると絶対に寝坊は出来ない。
おかげで昨日の晩はやたらと気合が入ったわけで、熟睡魔法の使用には細心の注意を払い、覚えたての目覚まし魔法も絶対にミスが無いようにと事前に練習を繰り返した。その甲斐あって今日は完璧な目覚めの演出に成功し、こうして朝から会議に加わっている。
まあ、少し冷静になって考えると寝坊の代償は高くついたがいい薬になったかなと思う。もしこれが夜営の際の仮眠だったらと思うとぞっとする。……使い方は考えた方がいいかもしれないけど。
「むしろフアンに全てを支払わせるべきだったのよ。昨日は言付けも無くほっつき歩いていたわけだし」
「うえっ……、何でそうなる」
「だいたいフアン、貴様は請け負った依頼を放ってどこに行っていたのだ?」
「いや、えーと、ちょっとヤボ用で」
ヴィオラとアルフォンソに突っ込みを入れられ急に焦りだすフアンだったが、ラウルと一緒だったってことはどうせロクでもない場所に居たのだろう。考えるだけ無駄としか思えない。
「いや、でもさ。俺が居なくたって別に問題なかっただろ? あくまで俺は茶タグのアルの付き添いなんだし、しゃしゃり出てどうこうするわけでも――」
「ふっふっふっ、これを見るがいい」
フアンがそう言うのを待っていたかのように、アルフォンソは自分のタグを右手で掲げた。
「な……んだと。いつの間に灰タグに?!」
「もう見習い扱いは出来んぞ、フアン。たかが一つ上のランクなどあっという間に追いついてやる」
「あのなあ、そう簡単に青タグなんて……うおっ」
それなら今度は俺の番だと思い青銅のタグをフアンの目の前に差し出すと、あからさまにフアンが驚いてつんのめった。
「何でもうカトルが青タグに……?! たった一日で何が……って、まさか、本当にアルも青タグ間近なのか?」
「さあ、どうかな。……今日もこれから依頼をこなすぞ。ポイント獲得の為に上位ランクを請け負うからな」
「バカな……。本当にアルが青タグ……」
フアンが呆然としたままブツブツ呟いている。結構ショックを受けているようだ。どうでも良さそうな感じだったけど、意外と青タグに矜持があるのかもしれない。
そんなフアンに追い討ちを掛けるようにヴィオラが言い放つ。
「ちなみに今日も来ない場合、イェルドの強制ミッションを失敗扱いにするから」
「なあっ?! ちょっ、強制ミッションに失敗はないはずだろ?!」
「それは依頼を真摯にこなして無理だった場合の話。お前は明らかに放棄したも同然なのだから、ペナルティを受けても仕方ないわけ。ペナルティは依頼内容から加味すれば灰タグ降格ね」
「ぬおおおっ?! 鬼だろそれ! 依頼やったら黒タグ、やらなきゃ灰タグって、どうやっても青タグのままにさせない気かよ」
「あら、結果的にそうなるかしら。それはご愁傷様」
「のおおおっ――!」
なるほど、黒タグになりたくないから意図的に依頼から外れようとしてたわけか。でもまあこれで退路は絶たれてしまった。
頭を抱えうめき声を上げるフアンだったが、やがてどうしようもないことを悟ったらしい。がっくり項垂れると渋々ヴィオラに付き従う。……どうやら観念したらしい。
「それもこれも全部あの筋肉ハゲのせいだ……! もしカルミネ行くことがあったら絶対にこの恨み晴らさで置くべきかっ……!!」
なんか不穏な事を呟いているが、とりあえずフアンも今日は共について来るようだ。
「では行くぞ!」
俺たちはアルフォンソを先頭に本部へと向かい始めた。フアンを除いて皆、意気揚々といった感じなのは、かなり順調にことが運ばれているからだろう。
今日もこのまま貴族たちの依頼をこなすだけなら楽だな、と思いながらここ何日かで何度も通って馴染んできた道を足早に歩いていく。
――だが、そんな甘い考えはラドンの一言で霧散することになる。
「むむ? 始まったようだ」
「えっ、何が?」
「魔法を行使する者の数が数百……。ほぼ間違いない。北で大規模な戦いが始まったぞ」
次回は7月18日までに更新予定です。