第五話 マリーの誘い
1月19日誤字脱字等修正しました
「俺はお・と・こ、だ!」
「ええっ?!」
何をどう勘違いされたのか、初対面で名乗る前にこんな辱めを味わうことになるとは思わなかった。
マリーは目を白黒させながら俺の頭からつま先まで見返している。
「俺はカトル=チェスター。間違いなく男だ!」
「そ、それは失礼だった。謝る。このとおりだ。すまん」
マリーは直立不動の体勢から頭を地面につくような勢いで下げてきた。
「いや、そこまで謝られることじゃないけど……。頭を上げてくれ」
「それほどのことだ。仮に私が男扱いされたら相手をボコボコにのしているだろう」
そうは言ったものの、マリーは俺の言葉にほっとしたように笑みを浮かべ握手を求めてきた。そしてご丁寧な自己紹介を始める。
彼女は北方のラティウム連邦という国家の一都市ラヴェンナの貴族スティーア家の長女で、れっきとした一軍の将だという。
軍人という名乗りにはびっくりしたが、話してみると気さくで竹を割ったような性格の持ち主だった。
そんな彼女から見て、俺の容姿は可憐な美少女のように見えるらしい。
「だって、そんなに綺麗で燃えるような紅い髪を後ろで結わいでいて、背も私と同じくらいだし、何より凄く可愛いじゃないか。男だなんて気付くわけない!」
こう力一杯いわれると何も言い返せなくなる。それどころか少し落ち込んできた。
隣でレヴィアが堪えきれず腹を抱えて大笑いしている。
俺はムッとして彼女を睨みつけるが効果なし。
さらに視線を感じて周りを見渡すと、愛の伝道師が呆然とした表情で俺を見ていた。
――ああ、なるほど。
こいつも俺のことを女だと思ってたな。
俺は竜族しかいない孤島で育ったので人族に容姿をどう思われるのかなどわからなかった。唯一ユミスネリアが傍に居たが、特に何か言われたことはなく気にもしていなかったわけで。
まさかこんなことになるとは。
「う、嘘だろ? お前本当に男なのか? カトルとかじゃなくて、カトレーヌの間違いじゃないのか?」
「か、カトレーヌ!! ……っく、くっくっく」
茶髪の馬鹿が何か言ったせいで、さらにレヴィアが笑いだした。つられてマリーやイェルドも笑い声を抑えられなくなっている。
「お前らなぁ!! そんな名前で呼ぶな!」
俺は顔を真っ赤にして叫ぶが後の祭り。
この後からレヴィアやマリーには何かにつけてカトレーヌと呼ばれるようになってしまった。
フアンは絶対に許さねぇ。
―――
「さて、気を取り直してリスドに行きましょう。もうかなり遅くなってしまったわ」
「遅くなったのはレヴィアが大笑いしていたせいだろうが!」
納得のいってない俺を無視して、レヴィアはマリーとともに森を歩き始めた。
その後を俺とイェルドと馬鹿がついていく。
「私はこのままレヴィとともに依頼の場所に行きたかったが」
マリーはそう言いつつも、向かう先はレヴィアと同じであった。
「何で私がマリーの無茶な依頼に付き合うことになっているのよ」
「私とレヴィの仲じゃないか」
「そんな間柄になった覚えはないわね」
「つれないことを言うな。つい半年くらい前にも一緒に依頼をこなしたじゃないか」
「あの時もただの洞窟の資源調査だと言うからついて行ってみれば、数十人の盗賊どもの巣だったわよね」
「あれ、マリーの姉さんたちがやったことだったのか?!」
「バケモンだ……」
二人の会話にギョッとした表情でイェルドとフアンが加わる。
「あれは、だな。その、追加報酬も出て良かったじゃないか」
「そういう問題じゃないの!」
前回、レヴィアはマリーが斡旋された傭兵ギルドの依頼をこなしたのだが、その依頼自体が盗賊の罠だったという。それなりに依頼をこなせる傭兵は当然身包みを剥がせばそれなりのものを持っているわけで、さらには容姿端麗ということもありレヴィアとマリーが狙われたのだった。
「幹部クラスに盗賊とつるんでいた奴が結構居たもんでもの凄い騒ぎになっていたのに、一網打尽にした功労者が誰なのか全くわからないまま情報統制されたんだ。あの後しばらく大混乱でギルド内は大揺れに揺れたんだぜ。まあ、そのおかげで俺なんかがギルド補佐に抜擢されたわけだが」
ギルドの内情に詳しいイェルドが当時のことを滔々と語る。
「ははっ。じゃあ、私はイェルドの恩人というわけだな」
「調子に乗らないの。ランクは上げて貰えたけれど、ほとぼりが冷めるまで大人しくする様にギルドマスターに言われたでしょう。大体私はマリーに付き合っている暇はないの。カトルを連れて傭兵ギルドに行く途中なのよ」
若干イラついたように見えたレヴィアの言葉に、突然マリーは神妙な顔つきになって友人の顔を直視した。何事かとレヴィアは軽口をやめてマリーの言葉を待つ。
「そのランクの件だが、正確にはまだ上がってないぞ」
「ええっ?!」
「マスターが言うには、何も無しにランクだけ上がったらさすがにバレるじゃろ。だからお前さんたちに依頼をしとくから宜しくのう、だそうだ」
「――それってまさか」
「さすがレヴィ、察しがいいな。今回の依頼をこなさないとランクは上げられないそうだ。だから私は必死でレヴィを探していたんだ」
レヴィアの顔が驚きで硬直している。あ、右手が震えているから怒っているのか。
また島で長老を怒ったような事態にならないよな……?
「それって、ほとんど強制じゃない!」
「だが、私は帰国前にレヴィとまた一緒に過ごせるのは嬉しいぞ」
頂点に達しつつあったレヴィアの怒りが、マリーのその一言でみるみる溶けていくのがわかった。
彼女の顔が赤い。怒った顔でごまかしているものの内心照れているんだろう。
「とにかく一度リスドに行くのは変わらないわ。話はそれからね」
「おお、そうだな。まずは再会を祝して語らおう!」
「ち・が・う! あなたは先に宿へでも行って待ってなさい」
「なんだ、つれないな。私もついて行くぞ」
「勝手になさい」
レヴィアは怒っているんだか、嬉しいんだか、良くわからない素振りで先にスタスタ歩いて行ってしまう。マリーだけ追いすがっていくが完全に男三人置いてけぼりだ。
「なーるほど。今回の依頼にはそんな裏がねえ。イェルドは知ってた?」
「俺が知るか。ギルマスの独断だろ。どっちにしたってやるこた変わらねえ」
「確かに。でもこれで羽振りの良すぎる報酬の謎は解けた」
付き添いの彼らも知らなかったらしい。
どう聞いても胡散臭い内容だが、二人ともやる気に満ちているのは馬鹿が言っていた報酬の為だろう。
「それでカトル。お前はどうするんだ?」
唐突にイェルドに尋ねられ俺は面食らう。
「どうするって?」
「依頼だよ。マリーの姉さんがやると決めたらとことんだからな。もうあの美人さんは逃れられねえぜ」
「俺はその内容さえ知らないし、その前段階でまだここの決まり自体よくわからないんだ」
俺は事前にレヴィアと詰めていたことを二人に話す。
俺はレヴィアの従姉弟で町に出てくることさえ初めてで、右も左も良くわからないからレヴィアに教わりながらしばらく一緒に過ごす予定と。
だがそれを聞いたフアンが目を剥いて俺に食って掛かってきた。
「かぁっ! あんな美人さんと二人で過ごす夢のような生活! お前が本当に男だってんなら、根性見せてみろってんだ!」
「……え??」
突如として荒れ狂うフアンに俺はわけがわからず唖然としてしまう。だが、隣でイェルドが手をひらひらさせて苦笑する。
「ああ、この馬鹿のことは放っておいてやってくれ」
「んだと!? イェルド! お前はあんな美人が傍にいて、何も感じないってのか?!」
「感じなくはねえが、それ以上に近寄り難いオーラもぷんぷんするぜ。俺ァパスだな。ってゆーか、お前だって満足に話かけれてもいねぇじゃねぇか」
「確かになんてゆーか、こう、美人特有の嫌悪オーラだけじゃない得体の知れない何かは俺も感じてるんだ。だが! 人は頂きを目の前にしてそれを踏破せずに居られようか?! 挑戦しなければ可能性はゼロから一つも上がらないんだぜ!」
右のこぶしを高く掲げ、フアンは天に向かって叫ぶ。
本人は何かカッコいいことを言ってるつもりなんだろうが、内容がアレなので見ているこちらは非常に恥ずかしい。
「だから俺はパスだって言ってんだろ? てか何で俺に絡むんだ。相手がちげぇだろ」
「だって、一人じゃ怖いんです……」
やっぱり馬鹿はほっとこう。
「ああ、でもあの後ろ姿はそそられるなあ」
フアンはぶつぶつ言いながら、じっくりとレヴィアのお尻を眺めつつ二人の後ろを足早についていく。ある一定の距離を保ちながらだったので、レヴィアも特には何も言わないようだ。
なるほど。
男がああやって女の尻を追いかける姿はこんなにも嫌悪感を覚えることなのか。
……気をつけよう。
「あの馬鹿のせいで話が明後日に行っちまったな」
後に残ったイェルドは言葉遣いは荒っぽかったが、意外と面倒見が良いらしく右も左もわからない俺にいろいろ細かに教えてくれた。
まずこの森の東にあるリスドという港町がこの辺り一帯の中心地で、彼の所属する傭兵ギルドは町の荒事全般を取り仕切る元締めみたいなものだそうだ。
それ以外にもいろいろな組織があって、町で生活をする者は皆必ずいずれかに登録して身分証を発行しているという。その身分証が無いとお店で何も売って貰えないのだそうだ。当然、宿にも泊まることが出来ないので旅行者であってもリスドに滞在する時は適当な組織に仮登録することになる。
この身分証、発行自体は安いのだが更新する手数料に国への税金が上乗せされるので払えないものは剥奪され町から追い出されてしまうとのこと。
さらには身分証自体にランク付けがされていて、ランクが上がれば手数料も上がるが恩恵も多くなり、珍しいものを買えたり、住み心地の良い家に引っ越せたりするそうだ。
だからまず身の丈にあった身分証の発行をすることが重要で、それなりの暮らしで満足できるなら生活も最低限保障されるし近隣に比べればかなり裕福な町であった。
とりあえず俺はレヴィアとともに傭兵ギルドへ向かう予定だから登録はそこで行うのだろう。
それを伝えるとイェルドは満足そうな笑みを浮かべる。
「じゃあ、お前もこの依頼を受けるしかねぇな」
「いやなんでそうなる。だいたい内容もわからない依頼を受けるっておかしいだろ」
「残念ながらギルマスの強制ミッションだから内容は受けないと教えられんな」
なんてめちゃくちゃな。
レヴィアもやたらマリーに絡まれているし、かなりキナ臭い。
そもそもギルドの登録で一悶着ありそうなのに、俺に依頼の事を考える余裕などあるわけがない。
それに「ランクを上げるのに必要」とマリーが言っていたので必要ならレヴィアが判断してくれるはずだ。
「だから俺じゃなくレヴィアに聞いてくれ」
「いやいや謙遜すんな。俺もちったあ名の知れた傭兵だがな。カトル、お前かなりやるだろ」
イェルドはそう言ってにやりと笑う。
この男はどこまで俺のことを探ったのだろうか。
確かに魔法無しで戦うなら俺が負けるとは思えなかった。
だが、人族は全員魔法を使う。
どんな魔法の使い手かわからない状態で、俺が人族のふりをしながらこの男に勝てるだろうか。
正直それは分の悪い賭けだ。
「あの美人さんにほいほいくっついていかねぇと何も出来ねぇ、なんて言わせねぇぜ」
「買いかぶって貰えるのはありがたいけど、本当にまだまだ何もわからない若造なんで」
「――まあ、そういうことにしといてやるか」
面白くなさそうに、イェルドは得物の斧を持ち替えた。
もっと突っ込んで来そうな勢いだったのに急に矛先を引っ込めたな。
「キミ、遅いよ。もう少し早く歩いてくれないと本当に野宿になるわ」
いつの間にか目の前にレヴィアが来ていた。
茶化した感じで話しかけているが、目は笑っていない。
イェルドはこの冷たい視線に気付いたから話しかけてくるのを止めたのだろう。
「イェルドと言ったわね。ギルド登録もしたことがない初心者を捕まえて何を話しているの」
「へいへい」
イェルドは特に何も言うことなく俺から離れフアンの隣に場所を移した。
フアンはとても嫌そうな顔をしている。
「マリーと話して、事と次第によってはギルドマスターからの依頼をすぐに受けることにしたよ。その方が都合がいいかもしれない。キミもそのつもりで居てね」
「えっ?」
俺にしか聞こえない大きさでレヴィアはそっと囁いた。
イェルドとフアンから気付いた素振りはない。
依頼を受けた方が都合が良い、というのはどういうことだろう。
尋ねようとして、不意に背後に気配がして口をつぐむ。
「おい。ひそひそ話は感心しないぞ。私も混ぜろ」
いつの間に後ろに回ったのか、俺の背中からマリーの声が響いてくる。
振り向くと、すぐ傍に屈託のない彼女の笑顔があった。
「まったく、あなたはいつも」
レヴィアが溜息をつきながら苦笑いをする。
「油断も隙もあったものではないわね」
レヴィアが認める人族。
でもその天真爛漫で距離を縮めてくる彼女に。
俺はほんの少しだけ視線を奪われていた。