第三十七話 魔導師ギルドの思惑
7月18日誤字脱字等修正しました。
「叛乱の影響で国外出身者はすべて港側への退去を命じられています。それを知らなかったでは済まされません。……ロレンツォ=ティランティ。貴殿もこの聴取が終われば勾留の後、釈放される予定ですが、何か異存はありますか」
「……無い」
ヴィオラの言葉に男は特に抵抗する様子もなく淡々と答えた。
あれから俺たちはギルド本部に男を連行し、ギルドの一室で尋問を行っている。
部屋には俺たちのほか、本部前で合流したダンや仕事から抜け出してきたトム爺さんの姿もあった。
「これは重要なギルドマスターとしての責務じゃ」
高らかに宣言したトム爺さんだったが、そういうわりにはのんびりと茶菓子をほお張っており、どう見たって息抜きをしに来ているようにしか見えない。
ただ通常の牢屋に閉じ込めておく程度では簡単に逃げ出せてしまうだろうというのがラドンの見解であり、その点、それなりの実力者であるトム爺さんが監視に回ってくれるのはありがたいことであった。
「貴殿はシュテフェン出身ということですが、魔道師ギルドの者で間違いないですか」
「相違ない。……私の詐称魔法がこうもあっさり破られるとは思わなかったが」
「目的は何です?」
「この町の偵察だ」
男はよどみなく質問に答えていく。
ちなみにオーケとエディの二人は問答無用で投獄の憂き目と相成った。本人たちもそれなりの自覚があったようでさしたる抵抗もなく従ったが、ただロレンツォがシュテフェン出身の魔道師ギルドの者だとは思っていなかったようで、それを伝えるとにわかに動揺の色を濃くしていた。
王への反感はあっても他国の侵略に加担するなど全く考えていなかったということだろう。
「なぜ偵察などする?」
アルフォンソがヴィオラに変わって質問すると、男は目を細めせせら笑った。
「これはおかしな事を。我らとこの国は敵対しているではないか」
「敵対は本意ではない。僕たちは相互不干渉を望みたいがどうすればいい?」
「フッ、魔道師ギルドを追い出しておいてよく言う」
「魔道具の利用さえやめれば、再び魔道師ギルドをこの町に置くのは問題ないと思っているが」
「愚かな。カルミネの異端女にすっかり騙されおって」
「騙されたと言うが、実際に魔道具を使っていない者の魔力や魔法レベルの伸びは著しいぞ」
「本当の脅威がやってきた時、全員が魔法を使えなければ外敵に立ち向かえまい。一握りの魔力に優れたものだけでは強者に対抗出来ないと歴史が証明している」
「それは――!」
「そもそも、この町こそその象徴だったではないか。その昔、西の森から攻めてきたとされる悪しきものたちを前に壁を築いて侵攻を凌ぎ、魔道具を用いて全員が魔法で戦い、そして生き延びた。その苦難の記憶を子孫であるはずのお前たちが忘れ一時の平和にうつつを抜かしているのは何とも滑稽な話ではないか」
その物言いからこの男、というより魔道師ギルドの者たちがどういう考え方で動いているのかがはっきりと伝わってきた気がする。
「バカな。いつの時代の話をしている。まるで伝承の類の話ではないか」
「そう思うか? 危機感の足りない奴とは話にならない。我らまで道連れにされるわけにはいかないのだよ」
じいちゃんの授業で人族の歴史は一通り学んできた。
まだじいちゃんが大陸に居たはるか昔、人族は西からの侵略者に手を焼いていたという。巨大な力を持った巨人族、数は少ないものの圧倒的な魔力を誇る魔族、俊敏さに優れ魔力でもスキルでも人族を凌ぐエルフ族など、当時の人族では個人の力で抗うことなどほぼ出来ない相手ばかりであった。
だが人族は適材適所で手を取り合い、知恵を振り絞って何とかその侵攻を食い止めた。何も魔道具によって全てが劇的に変わったわけではない。人族は一歩一歩大陸における存在を示し始め、その地位を確固たるものへと変えていったのだ。
やがて巨人族は侵略を諦め西に撤退し、魔族はいつの間にかその姿を消し、エルフ族は人族と争うのをやめ協定を結んだ。そして人族は魔法の力もあり繁栄することになる。
――だがそれは、はるか遠い昔の出来事に過ぎない。
今この時代において、人族の繁栄を凌駕する種族は少なくとも大陸には存在しないのだ。
「魔道具を封印し仮初めの平和を享受するがいい。来るべき脅威を前に魔法が使えず滅びる段になって己の愚行を呪うことになるだろうがな」
「その脅威の正体が古の巨人族、もしくは幻と消えた魔族であると言うのなら、本当の脅威は他でもない、お前たち魔道師ギルドであるとしか思えんな」
アルフォンソは眉を顰めながらそう断言した。それを聞いたロレンツォは何も言わず冷ややかに笑う。
――これが魔道師ギルドの考え方だ。
魔道具を肯定し、その大義の為に敵を作り出す。
悠久の時を生きるじいちゃんでさえ、もはや人族は大陸で狩られるものから狩るものへと立場を変えたと言い切った。魔道師ギルドはそんな歴史を都合よく解釈し、今となってはいもしない敵を脅威として喧伝している。
いや、もしかするとこの男は心の底から信じているのかもしれない。敵は西の森の向こうに顕在し、いつか人族を駆逐するべく攻めてくるのだと。
と、そこでトム爺さんが前に出てきた。
「やはりお互い相容れぬのう。まあ、それでもお前さんの身柄は傭兵ギルドが預かることになっておる。必ず解放されるから安心せい。ちなみに使者は北に送れば良いかな?」
「勝手にするがいい。私の関知する所ではない」
「では北の森に使者を送るとしよう。他に仲間が居れば一緒に連れて行ってもよいぞ」
「仲間など居ない。もはやこの地に人を割く必要もないからな」
「そうか。ではダンよ、ティランティ殿を丁重に貴賓室へ案内せよ。魔法が使えないこと以外は快適に過ごせるであろう」
そう言ってトム爺さんは一つの魔石をその男の首筋に練りつけた。魔石がぶよぶよと気持ち悪い音を立てて男の首に半分ほど入り込み、鈍い光を伴って固定される。
「魔力を吸収する特殊な魔石じゃ。無理に魔力を使えば枯渇し死に至らしむであろう」
「――なっ?!」
「返還の際には外してやるから安心せい。その代わり、魔石は全て回収させてもらうがの」
「くっ……」
その言葉にロレンツォはトム爺さんを睨みつける。だがそれ以上何も言わず、おとなしくダンの案内に従って歩いていった。
皆押し黙り、コツコツと廊下を歩く音だけが部屋に響く。だが、やがてその音も小さくなり完全に聞こえなくなると、胸のつかえが取れたようにアルフォンソが大きく息を吐き出した。
「……ふう。行ったか」
「少しあざとかったが、まあ大丈夫じゃろう」
「……へっ?」
突然、アルフォンソとトム爺さん、そしてラドンの奴が向き合いグータッチを交わし始めた。何の事だかわからず周りを見回すが、どうやらヴィオラとフアンも俺と同じだったようでトム爺さんに不審げな視線を向けている。
「まさか、とは思いますがマスター?」
「フォッフォッフォ。今回捕まえた者は真面目そうじゃったからのう。新王には少し揺さぶるのを協力してもらったんじゃ」
「――っ、なぜそんな大事なことを何も言わず……!」
「ヴィオラは感情を隠すのが苦手じゃからのう」
「っ!?」
「はっはっはっ、そう不満そうな顔をするなヴィオラよ。興味深過ぎて笑いが止まらぬぞ」
「おたくは少し黙っててっ!」
「なるほど、確かにあっつあつだな」
「クッ、うるさいフアン!」
感情むき出しでフアンに八つ当たりするヴィオラに、トム爺さんは苦笑せざるを得ない。
……なんだかよくわからないけど、何か企んでいたってことか。
「何がどうなったの?」
俺が質問すると、ラドンは笑うのを止めてこちらをマジマジと見据えてくる。
「なんだ、小僧。わしの静寂魔法に気付かなかったのか。迂闊な奴だ」
「そんなこと言ったって」
いつの間にそんなの展開したんだ? なぜかラドンがトム爺さんとアルフォンソの間にいるなとは思っていたけど、まさか静寂魔法を使って悪巧みしてるなんて気付くわけがない。
「あやつは北の森に仲間がいることを否定しなかった。感知魔法ではあくまで誰かが魔法を使っていることしか感知できんからな」
「それじゃあ、トム爺さんは鎌をかけた……?!」
「フォッフォッフォ。北に居る者が何者か確証を持てなかったからのう。じゃからと言って、安易に偵察を出すには危険すぎる連中のようじゃしな」
確かにあのファウストのような奴がいれば命の保障はない。
「だがこれで正式に使者を送ることが出来る。魔道師ギルドが傭兵ギルドからの正式な使者を殺せば、いかに敵対中のリスドにおける行為とは言え大陸中の傭兵ギルドを敵に回すことになるからのう」
そう言いながらトム爺さんは伝聞石で何事か伝えていた。どうやらギルド職員を通じて使者の準備をさせているらしい。
「これでよし。後は北の森にいる先方からの返答待ちじゃな」
「先ほどのロレンツォのような頭の固い者ではないと良いが」
「はっはっはっ。王子よ。古今東西、臨機応変に判断の出来ん指揮官は長く生きられん。そんな無能な集団であれば返って朗報ではないか」
「う、む。その通りだが……魔法使い。お前は兵法家のような物言いだな」
「わしほど偉大な魔法使いとなれば、様々なことに精通しておる。研究の合間の余興程度だがな」
そう言ってラドンは偉そうにふんぞり返った。
「しっかし、本当に魔道師ギルドの奴らって御伽噺を信じているんだな。まさか西からの脅威とか本気で言って来るなんて思わなかったぜ」
「なんだ、フアン。貴様、魔道師ギルドの奴らに会ったことはなかったのか?」
「そんなん普通ねえって。アルは――ああ、そうか」
そう言ってフアンは言葉を飲み込む。アルフォンソの兄マウレガートは魔道師ギルドの者たちによって人生を狂わされたのだ。それを思えば、話題にしていいのかどうかさすがのフアンでも憚られたらしい。だが当のアルフォンソは全く気にした素振りもなかった。
「奴らはもはや魔道具を神と崇める信徒だからな。魔道具に関しては全く話が通じないんだ。……昔の経験が無ければあの男との問答も本気で苛立っていただろう」
「連中はそれこそ魔道具教信者じゃからな」
「道具を神のように崇めるって……尋常じゃねえなあ。しかも魔族が攻めてくるって、そんなの今時子供だって信じな……本当に攻めてこないよね?」
「フアン。貴様、発言がぶれぶれではないか」
「んなこと言ったって……本当だったら怖いじゃん」
「はっはっはっ。心配することはない。奴らの言う脅威が万が一飛び出てきたとしても研究の合間にわしの魔法でなんとかしてやろうではないか」
「おお。それは頼もしいな、魔法使い」
「見返りに研究への助力と美味い食事を頼むとしよう」
「ったく、この男は……!」
ヴィオラの突っ込みも気にせずラドンは豪快に笑い飛ばす。憮然とするヴィオラだったが、ラドンの方はどこ吹く風だ。
「よし、後は依頼の完了報告だな。今、ドゥンケルス殿にすればいいか?」
「そういう面倒――ではなく手続き関連の話はヴィオラにじゃな」
「マスター!? ……はい、承知しました」
一瞬、眉をピクリと動かしかけたヴィオラだったが、アルフォンソの手前その言葉に渋々頷く。だが続くトム爺さんの無茶ぶりには、さすがのヴィオラも唖然とする他なかった。
「おお、そう言えば魔道師ギルドの者を掴まえた事も強制ミッションの対象じゃったわい。それも任せるでのう。ではな」
「なっ……?! そんな強制ミッション、私は伺っておりません、マスター!」
ヴィオラが食って掛かる前に、トム爺さんはさっさと部屋から出て行ってしまった。
それを呆然と見送った彼女の肩がわなわなと震えだす。
「はっはっはっ、ならば早くするが良い。わしはそろそろどこかで休みたいぞ」
一人ラドンが空気を読まず、後ろからヴィオラの肩をポンと叩く。
「……っ、行きましょう」
その感情を押し殺した低い声に、隣でフアンがブルブルと震え始めていた。
次回は7月7日までに更新予定です。