第三十一話 貴族の体面と若き王の悩み
7月13日誤字脱字等修正しました。
「まんまとギルマスの手のひらで踊らされたってことか、ちくしょー!」
「まあ、ランクアップはしなきゃだし、しょうがないか」
「カトル! てめえは聞き分けが良すぎんだろ! そもそも、お前がそんなだからイェルドの奴に付け込まれたんだろが」
「僕はやるぞ。フアン、貴様は来たくなければ来なくていい。その変わり、アデリナやロベルタ殿と共に――」
「いやいや、誰もやらないなんて言ってないだろ、アル!」
本当に渋々、といった表情でフアンは自分の姉と過ごす最高の時間を一蹴する。
――ギルドの強制ミッションも嫌だが、姉にこき使われるのはもっと嫌ということなんだろう。
「ではフアンと若のお守りを宜しくお願いします、ヴィオラ殿」
「はぁ……。納得はいってませんが承りました、アデリナ様」
「ちょっと待て、アデリナ! お守りとは何だ?!」
「若の場合は、どう考えてもお守りでしょー? あ、港に寄るんだったら、帰りに天ぷらのおみやげお願いねー」
「テオ! 僕はお使いに行くのではないぞ!」
「いや、アル。残念ながらお使いより酷いぜ、きっと」
「はっはっはっ。このメンツならば面白い顔が見れそうだわい」
「お前が一番面白い顔だろっ、おっさん!」
結局、なし崩し的にこのメンバーで行動することになりそうだった。アルフォンソの護衛という点は気をつけなきゃだけど、意外と早くランクアップ出来そうな気がする。
――だけど、なぜラドンは付いて来る気になったんだ? また何か仕出かしそうだし、こいつの面倒だけは誰かに押し付けたいくらいなのに。
「……ラドンは髑髏岩の洞窟に引き篭もるんじゃなかったの?」
「フン。この地のギルドに認められんといろいろと面倒だからな。それにおぬしらはなかなかに興味深い」
いつもとは違う真面目な表情で話すラドンは、そう言ってフアンやヴィオラを見る。いったい何がラドンの琴線に触れたのかわからないが、どうやら本気でそう思っているらしい。
「ふっ、魔法使い。それは同意見だ。こやつらは面白い」
だが、そんなラドンの言葉にラミロが同調した。
「どうだ、ガルシア、オルドーニョ。どちらか王と町を回る気はないか?」
「ご冗談を父上。我々は港を守る大事な任務があるではありませんか」
「おう、ラミロの息子は優等生だな。それならサンチョ、エンリケ。お前らはどうだ?」
「父さん、ふざけてる場合か。カストリアは伯母上とベルムード様をお守りしつつ、海も見張らなくてはならないんだ。どこぞの傭兵の遊びに付き合っている暇なんてない」
ラミロとフェルナンドは何が気に入ったのか、後ろに居た息子たちを俺たちに付けようとしていた。だが、呼ばれた方はいたって冷ややかな反応である。……まあ、それが普通の感覚だろう。
「余計なしがらみが無ければ我こそが回りたいくらいだが……仕方ない」
フェルナンドはそう言って腰を上げた。
「王も健勝で依頼をこなすと良い。我らは海に戻るとしよう。また十日後、報告に来る」
そう言ってカストリア家の面々を率いてフェルナンドは王の間を去っていった。それを見送っていたラミロもカストリア家一行の姿が見えなくなると立ち上がる。
「道標は出来た。あとは邁進するのみよ。では、行く――が、王よ。目的を見誤るな」
「……っ、わかった」
アルフォンソが一瞬ひどく動揺したように見えたが、すぐに元の調子に戻った。
ラミロは小さく頷くと、そのまま悠然とその場を離れていく。
その後ろに付いて行くのかと思いきや、なぜかレオン家の兄弟はそのまま王の間に残っていた。そして俺の所までやってくる。
「我らは港を守る重要な任務があるので、アルフォンソ様をお守りすることは出来ない。その分、しっかりと守るがいい」
「こんな、女男で本当に大丈夫なんかねー。はは」
……いきなりのこの発言。どうやら、この兄弟は俺に何か繰り言があるようだ。
「大叔母様である王太后アドシンダ様は、まだ先代の禍根をお忘れではない。それと同様、町の者の中にもあの時のことを覚えている者はたくさんいる。それを省みずのうのうと徘徊しているようだと、さらなる禍根を残すことになるだろう」
「お手並みはいけーん。死んじゃうかな? 殺されちゃうかな?」
突然、何を言い出したのかわからず眉をひそめざるを得なかった。だがそれを怒ったと勘違いされてしまう。
「おお、怖い怖い。剣術スキル70越えの化け物とこの場で対峙するつもりはない。……一人ではな」
「はっはー。ダメだよね。そーゆーの。でも数の暴力? 結局、人は多勢に無勢で努力は無駄になっちゃう」
「気をつけるがいい」
人を蔑むような視線で、言いたい事だけ言い終えるとガルシアとオルドーニョはラミロの後を追って去っていった。
「結局、何だったんだ……?」
「ケッ、気にすんな、カトル。あの馬鹿兄弟がいちゃもんつけた所でなんも出来ねえって」
フアンはいきり立ってその後もボロクソにレオン兄弟の事を詰り続ける。俺が言われたのに俺より頭に来たらしい。
「アルフォンソ様……」
「若……」
「う、ああ、僕は大丈夫だ。……よしっ、こうしている間も僕たちを待っている人がいるんだったな。準備出来次第ギルドに向かうぞ!」
そう言って、アルフォンソは奥の私室に向かって歩いていった。後を追うアデリナとテオをロベルタが心配そうに見つめている。
「あの下衆な兄弟め。アデリナ様の手前、咎めなかったけれど、アルフォンソ様にわざと聞かせる為にカトル君を利用したのよ」
アルフォンソを追ったアデリナの姿が見えなくなるのを確認して、ヴィオラが声を荒げた。彼女だけではない。部屋の空気が、あの兄弟の言葉で殺伐としたものに変わっている。
「あのさ、先代の禍根て?」
「ちょ、馬鹿、カトル! お前もアデリナさんから聞いてただろっ! 忘れたか?」
「あっ……!」
そこまで言われて俺はフアンに馬鹿と言われても仕方ない愚行を犯していたことにようやく気が付いた。あの兄弟は13年前に起こったフルエーラ王による実弟の暗殺事件の事を言っていたんだ。
「あの兄弟は、気丈にも王の死による心労を隠して頑張っているアルフォンソ様を揶揄する為に、わざとあんなことを言ったのよ。……許せないわ!」
ヴィオラは眉を吊り上げて激高する。珍しくフアンも彼女に同調して感情を昂らせていた。
今は亡きフルエーラ王は実弟ビマラーノ公を暗殺し、それによって禍根を残した。今回の騒乱はまさにその禍根によって生じた王と貴族の不和に付け込まれたものだ。
そしてアルフォンソもまた考え無しに動けばいまだ市中に燻る禍根に火をつけ、父王と同じ末路を辿るであろう。そう嘲笑ってきたのである。
俺はようやく二人の憤る気持ちに追い付き、同時に激しく後悔する。ガルシアの言葉に、もう少し言い返していれば良かったのか。それとも……。
「しかし、お前が怒ったように見えたからわかってて抑えてるんだとばっか思ってたぜ。あれ、絶対貴族でないお前を怒らせて、はめようとしてたんだ」
「――結果的に、カトル君が勘の鈍い人で助かったわね。今の君の殺気、ちょっと怖すぎるわよ」
「っ?! ご、ごめん……」
気色ばんでいたはずのヴィオラが若干青ざめていた。フアンまで幾分身体を震わせている。――俺はいったいどんな顔をしていたんだ? とにかく落ち着こう。
「今回の叛乱について町の者全員が同じ方向を向いているわけではない……。わかってはいたけれど、ああやって面と向かって言われると、なんともいたたまれないわね。まあ、はっきりして良かったとでも思いましょう」
「……ったく、いつまでもグズグズ引きずっているから魔道師ギルドに付け込まれるんだ。こんなの俺だってわかるぜ。カトルも見てたろ? レオンとカストリアの連中が終始いがみ合っていたのを」
フアンに言われて、フェルナンドとラミロは体面を崩さず振舞っていたが、息子たちは一切会話すらもしない状況だったのを思い出す。
「レオン家は王太后アドシンダ様。カストリア家は王妃ムニア様。今は魔道師ギルドという共通の敵がいるから手を結んでいるけれど、一歩引けば13年前の禍根は依然残ったままよ」
……なんだか、聞いているだけで気分が悪くなってくる話だった。こんな縁戚同士の醜い争いになど首を突っ込みたくない。
俺も、ユミスネリアに味方すると決めた以上、今後はこうした人族同士の争いに関わっていくことになるんだろうか。やるせない気持ちになって、心の底から溜息が出る。
「どうした、小僧。愚にもつかないことで思い悩んでも虚しいだけだぞ」
「ラドン……」
「隣の小僧も言うておっただろう? 気にするでない。したいようにする、それだけだ」
「偉大なる魔法使い様の場合は、もう少し自分を制御する事も覚えて欲しいのだけどね」
「ぷっ……」
その言葉に思わず笑ってしまった。その場にいた者も皆笑い出す。
――そうだな、気にする必要はない。俺はユミスネリアに会って彼女を守りたいだけだ。その過程で、フアンやアルフォンソたち、それにマリーやサーニャの役に立てるならそれでいい。
「このわしをダシに使いおって――」
「ごめん、ラドン。心配してくれてありがとう」
「っ?! ……うむ。まあ、よいわ。この小僧、生意気かと思えば突然素直になりおって……。しかし王子は遅いな」
元々の赤ら顔がさらに赤くなったように見えた。もしかすると柄にも無く照れているのかもしれない。
「皆、遅くなった」
その時、奥の扉が開き、アルフォンソが意気揚々と歩いてきた。その後ろで額に手をやりながらアデリナが溜息を吐いている。隣でテオも苦笑いしているので、きっとまたアルフォンソが無茶な事でも言って彼女を困らせたのだろう。
「前回報告しそびれた薬草の依頼を忘れていた。もう萎れてしまっているが、効能としては問題ない。まずはこの達成報告からだ」
「ってことは、先に支部からか? そのままばっくれちゃっても……」
「ダメですよ、フアン。そんなことを言うなら、姉ちゃんも一緒に行ってあげましょうか?」
「げっ! だ、だだ大丈夫だよ、姉ちゃん! 支部の後は本部に直行する、間違いなくします!」
「安心して、ロベルタ。私が責任を持って引率するから」
「引率って……俺たちはガキんちょか」
「子供よりはるかにたちが悪いけどね」
「……」
ヴィオラの皮肉にフアンはぐうの音も出ず恨めしそうな視線をぶつける。
「はっはっはっ。それにしても町を巡るのは楽しみだわい。長老が美味い店を堪能したと聞いてな」
ラドンは一人調子に乗ってとんでもないことを呟いていた。……さすがに少し自重しろと思うが、隣でフアンも頷いているので、こいつらは行く気満々なんだろう。
「あっ、忘れてたわ。カトル君とラドンには傭兵ギルドが専用タグを用意するから支部で少し時間を頂戴」
「専用タグ?」
「傭兵ギルドが身分を保証するの。この人たちは今、ギルドの任務で動いていますってね」
おお、そんなタグがあるなんて初めて聞いた。
「はっはっはっ、それがあれば何をしても平気というわけだな」
「そんなわけないじゃない! 何かやらかしたらその責任は全部ギルドに来るんですからね。その辺しっかりわきまえて行動を――」
ヴィオラは半ば説教じみた様子でラドンに食って掛かる。道中もこんな感じでラドンの相手をヴィオラがしてくれるなら俺としては大助かりだ。
「さあ、行くぞ。まずは壊れた城壁の様子を見つつ、ギルド支部だ」
「へいへい」
「フアン、貴様! なんだその返事は!」
「アルの方こそ、最初から飛ばし過ぎると悲惨だぜ」
「はいはい、行きますよ!」
「だからガキ扱いしてんじゃねえっ!」
「はっはっはっ、わしは天ぷらが食べたいわい」
「遊びに行くんじゃないっての、ラドン」
「若ぁ、おみやげ忘れないでねー」
「アデリナとロベルタ殿を頼んだぞ、テオ。土産はそれ次第だ」
「はーい」
意外と優しいアルフォンソの言葉に俺は少しだけ笑みがこぼれた。
次回は6月9日までに更新予定です。