第三十話 会議は踊らずギルドマスターは暗躍す
7月11日誤字脱字等修正しました。
先ほどまでと違い王の間の雰囲気が若干ふわふわしていた。
「さて、会議を続けよう」
アルフォンソの声で皆、着席するが、浮ついた空気はそう簡単に拭えそうにない。やはり鉄石で明示されたステータスは格好の話の種だったようで、そこかしこからひそひそ話が聞こえてくる。
そして、その視線はどうしても俺と隣でふんぞり返っているラドンに集中することになった。
「まさかあのひょろひょろっとした男が、とんでもない魔力の持ち主だとはな」
「酔っ払いにしか見えんが……。人は見かけによらん」
「しかし、隣の女も魔力はかなりあったぞ。あやつら揃って魂を魔族にでも売り渡したのではないか?」
「最近、“氷の魔女”が魔道具を使わなければ魔力は成長すると触れ回っていると聞く。きゃつらはどこぞの島から出てきたのであろう? 本当に魔力が成長しているのではないか?」
「馬鹿な。魔道具が無ければそもそも魔法が使えぬではないか」
「うーん、でも“氷の魔女”は魔道具を使っていないと公言しているわ。それでも凄い魔法を使うらしいじゃない。女にはそれなりに秘密があるのよ」
「ちょっと待て。さっきの表示を見てなかったのか? あやつはそもそも女ではないぞ」
「「なんだと?!」」
「くっ、馬鹿な……! 魔力や剣術の数値に目を奪われて性別の確認をし忘れるとは」
「確かに服装は男物だが、あの美しい情熱の赤い髪とあどけない顔はなんとも可愛らしい少女そのものではないか」
「あれだ。詐称魔法で能力を男と偽っているとか」
「あきらめろ。カトルは正真正銘まごうことなき男だ。まあ、ウェイトレス姿は男でもかまわないと思えるほど眼福だったけどな」
……一人、馬鹿が混じっているのはさておき、聞こえよがしにしゃべっている連中はアデリナの話も聞かず何をやっているのか。
そんな中でもアデリナは粛々と議題を進めており、遅々として進まなかった会議は驚くほどの早さで進行していた。
「……王宮の修繕および西門建設は北に脅威がある以上即刻必要です。猶予は長くても十日。出来れば五日程度での改善が望ましいでしょう。ただ、王宮側に費用を出す余力はさほどありません。財力や動員力を鑑みれば三家のお力を借りるより他ありませんが……」
そう言ってアデリナはフェルナンドとラミロを見る。
「町の北に怪しい者がたむろしている以上、カストリア家にそんな余裕はない」
「ふっ、茶番だな。最初からアラゴンに任せると言うがよい」
「僕としてもアラゴン商会に全て任せることに異論は無い」
両家がさっさと引き、かつアラゴン家を指名したことでアルフォンソはすぐに結論を下す。ここに至って浮ついた連中の顔がさっと青ざめた。王と三貴族相手に真っ向から反論するのは容易ではない。
もし北に不穏分子という脅威が無ければ、どのギルドも城壁の修繕という利権に一枚噛もうと思っていたに違いない。もしくは西門建設という、現状を大幅に変えることになる“変革”を何とか食い止めるべく画策したはず――と会議の後でロベルタが教えてくれた。
危機を最大限利用して会議の方向性を導く事に成功した彼女は、やっぱり強かである。
「それでは港の警備はレオン家に、通行管理はカストリア家に、北門の防衛は傭兵ギルドに一任します。また各ギルドは大至急部下全員の精査と身分証の再発行を行って下さい。期限は十日。出来れば五日で終わらせて頂き、関係各所の身分証を持たない者の洗い出しを願います」
そのアデリナの言葉に、一斉に各ギルドマスターはざわつき始めた。こうしちゃおれん、とばかりに急いで席を立つ者が続出し、あっという間に王の間の人数はごっそり減ってしまう。
グダグダな会議が続くと思っていたのに、この状況は拍子抜けだ。
「ラミロ様、フェルナンド様、ありがとうございました」
「良い。ロベルタ殿への祝儀とでも思うが良い」
「おっと、それなら我らカストリア家としてはアデリナ殿への祝儀としよう」
アデリナが深々と頭を下げるのを二人の大貴族はにこやかに受け止める。
「それで、命を下した我らが王はこの十日で何をするつもりだ?」
フェルナンドが不適な笑みをアルフォンソに向けた。
「若は戴冠式まで暫定的な立場となります。出来ることは限られますが、まずは敗残となった貴族たちの処遇を検討頂き、それから――」
慌ててアデリナが注釈を加えようとするが、それをアルフォンソが制する。
「僕はギルド支部に戻り依頼の続きをするつもりだ」
その言葉に泰然と構えていた両貴族がさすがに気色ばんだ。
「おもしろいことを言う……」
「それはまた、どういうおつもりかな?」
「お待ち下さい、若! 何を血迷ったことを言っているのです! 課題は山積しているではありませんか!」
二人に構わず、烈火の如く怒ったアデリナが立ち上がって叱責し始めた。だがアルフォンソは怯まない。
「僕は中途半端が一番嫌いなんだ」
「それは立派ですが、若の代わりは誰にも務まりません」
「そんなことはないぞ。僕に王宮の修繕指揮は出来ないし、叛乱を起こした貴族の処分は危険だからアデリナが行うと言っていたではないか」
「なっ……!」
「ほう、そういうつもりか」
「ふっ、アデリナは過保護が過ぎるきらいがあると思ったが」
思わぬ暴露にアデリナの顔がさらに真っ赤になる。
「確かに、若が立ち会われるのは危険と思い、そう進言しました。しかし、それとこれとは話が――!」
「船頭多くして船山上る、だ。僕よりも頭脳としての適任がすでにいるだろう?」
そう言ってアルフォンソはロベルタの方を見た。確かに、修繕作業の陣頭指揮や貴族の扱いについては彼女の方が適任だろう。
「今、僕がやるべきは王宮に留まることではない。町の状況を把握することこそ重要だ」
「ですが、若が王宮にいないと言うのは……。それに王宮の外は危険です!」
なおも食い下がるアデリナだったが、それに待ったをかけた者がいた。
「危険と言うなら、修繕の必要がある王宮の方がよっぽど危険じゃよ、アデリナ殿」
「ドゥンケルス殿!」
帰り支度をしていたトム爺さんに横から口を挟まれて、説教モードだったアデリナはこれ見よがしに眉をひそめた。その厳しい視線に関係ない俺まで怒られているような気持ちになる。すぐ隣のフアンもぶるぶる震えてい……、いや、身震いしながら彼女の顔を見てニヤけていた。
――きっと、アデリナの怒った顔も素敵だとか思ってるんだろう。あの馬鹿の考えていることがわかる気がして、そんな自分にちょっと嫌気が差す。
「ドゥンケルス殿は若が傭兵として依頼をこなす方が安全と仰るのですか?」
「そうじゃ。――なあに、簡単な話じゃて。王が依頼をこなすのなら、付いて来る者がいるじゃろう?」
そう言ってトム爺さんは俺の方を見た。
「このすーぱーるーきーのそばが、リスドのどこにいるよりも一番安全じゃよ」
「なっ……」
突然、降って来た火の粉に俺は仰天して目を見張った。ふと気づけばその場にいる者全ての視線が俺に集中している。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。イェルドの依頼はまだ有効なはずじゃがのう?」
「あ、あれって、正式な依頼だったの?!」
「当然じゃ。現カルミネギルドマスターからの依頼。その報酬は凄いぞ。ヴィオラに聞いておるが、青タグ、黒タグを目指しているのじゃろう? それくらいならお釣りが来る内容じゃよ。何しろ、イェルドの依頼は『アルフォンソ様が青タグ持ちの傭兵となるまで護衛をする』というものじゃからな」
「はぁあああ?! そんなの聞いてないって!」
初めて聞いた依頼内容に俺はこの場の状況も忘れて大声を張り上げた。そんな俺を見て、トム爺さんはニヤリとする。
「ちなみにフアンも一緒じゃ」
「ぶっ……待て待て待て待て! 何でそうなる!」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。ギルドとしては王がメンバーにおられると箔がつくからのう。もう一人くらい、そうじゃな、ヴィオラを護衛につけても良いぞ」
「なっ……マスター!!」
「幸いなことに、今回の叛乱でギルド本部には大量の依頼が山積しておる。だが、残念な事に報酬が少なくてのう。他の傭兵どもはいつものように支部に行ってしまったのじゃ。そういった依頼を片付けてもらえれば青タグになるのも早いぞ」
「ちょ、待てえええ! それって、要は依頼をこなす奴がいないから俺たちに強制ミッションさせんのと変わんねえじゃねーか!」
「げっ、そうなの?」
「カトル、だまされるなよ? こんなの俺らを使いっ走りにしたいだけだからな。面倒くさくて実りの少ない依頼なんて疲れるだけ――」
「危険は少ないのですか? ドゥンケルス殿」
フアンが血相を変えてこの依頼から逃れようとしている所に、先ほどまで青筋を立てて怒っていたはずのアデリナがトム爺さんに尋ねた。
「それはもう、大半は貴族連中や各ギルドとの折衝で済むものばかりじゃからな。危険ということはないはずじゃ。街中を行き来するだけで済むからのう」
「それならば比較的安心ですね」
「待て、僕は西の森で心行くまで冒険を――」
「若! 問題の解決を待ち望む者が大勢居るのです。それをこなしてこその傭兵ギルドのメンバーでしょう?」
「……ぐっ! それでは王宮で貴族の相手をしているのと大して変わら――」
「貴族相手に折衝を行うのも傭兵ギルドの重要な役割じゃからのう。それらをこなしてこそ、一人前じゃ」
「……っ」
「ふっ、ふっふっふ、はっはっは。これはおもしろい余興、であるか」
「そういうことなら、我らも王に頼みたいことがあるな」
ラミロとフェルナンドまでもがほくそ笑んでいるようでは、逃げ道を塞がれたに等しい。いつの間にかこの場にいる誰もがトム爺さんの味方になっていた。
こうなってしまってはどうすることも出来ない。フアンはがっくりと頭をたれ、アルフォンソは溜息しながらも少し嬉しそうに笑みを零し、そしてヴィオラは怒り心頭で珍しくトム爺さんを睨みつけた。
「ふむ、街中を散策というのはそれなりに良いかもしれぬな。わしも付き合うとしよう」
「ラドン?!」
「ほう、魔法使い殿も加わるとは心強いのう」
「なに、わしも町に入り込む不逞の輩を探ろうと思っておったのだ。だが良く考えれば魔法を行使して変な目で見られると困るからな。その点、王子と一緒であれば大丈夫であろう?」
「またおたくは魔法を使いまくるつもりなわけ?!」
「はっはっはっ。ヴィオラよ。わしの魔法は非常に有用であるぞ。安心せい」
「そういうことを言っているんじゃないわよ! ――そもそも安心できるかっ!」
「王の護衛ならば、街中での魔法の行使くらいわしの権限で何とでもなるぞ」
「ほう、ギルドの。おぬしなかなか話せるではないか。ではわしだけではなく、この小僧も構わぬか?」
「良いぞ。特別じゃがの」
「マスター! そんな事をして万が一の事があれば――」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。大丈夫じゃろ。その為のヴィオラじゃ」
「なっ……?! まさか最初からマスターは……」
それ以上トム爺さんは何も言わなかった。だが、ラドンも巻き込んで俺たちに何かさせる腹積もりだったのはどうやら間違いなさそうだ。無事、使命を果たしたとばかり満足そうに笑っている。
「頼んじゃぞ。それじゃ、わしもそろそろギルドに戻ろうかの」
そう言って去っていくトム爺さんを尻目にヴィオラがわなわなと震えていた。――そういや、レヴィアがトム爺さんのことを古狸と言ってたっけ。
やっと少しだけこの爺さんがそう呼ばれるのがわかった気がした。
長くなったのでいったん投稿します。
次回は6月5日までには更新予定です。