第二十九話 杞憂と助言
7月10日誤字脱字等修正しました。
「さっきのあれは何?」
俺はそう叫んでから、慌てて周りをキョロキョロ伺う。
近くにいるのは扉のそばに控える衛兵二名だけだが、俺が突然騒ぎ立てたことで不審な目を向けている。
「やばっ。ラドン、すまないけど静寂魔法を……」
「ふん、しょうのない奴め。何をそんなに慌てておる」
ラドンはそう言いながら静寂魔法を掛けてくれる。
「さすがラドン様! 静寂魔法の展開スピードが凄いですー」
「そういうおぬしも、わしの魔法をいとも簡単に見抜きおるわ」
ラドンが珍しく目を細めて、訝しげにニースを見据える。
「それでどういう――」
「カトル様が必死になって鑑定と詐称の二つの魔法を使っていらっしゃったので、手助けしたまでですよー。だから大丈夫です。安心してください。誰も気付いてませんし、私も誰にも言わないです」
「ほっ? なにゆえ小僧は詐称魔法など使……、おお! そう言えばすっかり忘れとったわい」
「あんたなあ!」
「はっはっは。まあ、良いではないか。この女――ニースが計らってくれたのだろう? ……むむ? そうか、そういうことであったか。わしの魔力が低すぎたのもおぬしが控えめにしたのだな?」
「はい! それはもう。桁違いの魔力の存在が知れては、魔道師ギルドに付け狙われてとっても危険なんです」
「魔道師ギルドに、狙われる?!」
「はい。私もどこへ逃げても追われて、最後は命を絶とうと思ったところを、運よくラウル様に助けて頂いたんです」
ニースはあっけらかんとした表情でとんでもないことを言う。
「命を絶つ、とはその若さで凄惨な人生であるな」
「大丈夫ですよー。今、私、ここにいますから」
そう言って朗らかに笑う彼女のその笑顔の裏でどんな葛藤があったのだろう。
「もしまた何かあったとしても、またラウル様が助けてくれますし!」
「とりゃ!」
「アイタ……」
「何をやっとるか、ニース! 俺様の従者が勝手にほいほい行ってどうする!」
「ひぃいいん、ごめんなさい、ラウル様ぁ」
いつの間に来たのか、ラウルが静寂魔法をものともせずにニースの頭を小突いた。いとも簡単に魔力の壁が散り散りになったが、特にラドンが魔法を解いた様子はない。
ラドンの顔が少しだけ気色ばむ。
「ほう。こやつ、魔法への耐性に優れておるのか」
「なんだ、ひひジジイ。まだ居たのか」
「ジジイではないと言っているだろう」
「うるさい、ひひジジイ。ファウストの件では役に立ったが、もうお前に用はない。俺様は貴族街に屋敷を一軒貰えたからな。そこを拠点にしてしばらくはほくほくするぞ。がっはっはっ」
「わっ、待って下さい、ラウル様ぁ!」
ラウルは笑いながらどかどかと歩いて行ってしまった。もちろんニースも急いで後を追う。
まだ聞きたいことはあったが、奔放なラウルのそばで落ち着いて話が出来るとも思えず、小さくなってゆく二人の後姿に嘆息するしかなかった。
「あのニースという女、底が知れぬわい……。さすがのわしも、得手不得手を見抜けなかった」
不意にラドンが俺のすぐそばまでやって来てぼそりと呟く。
「苦手だからと言って鑑定魔法を疎かにしたツケか。おぬしも十分気をつけるがいい」
「……ニースか」
ファウストといい、ニースといい、昨日から自分の魔法スキルのなさを散々思い知らされている。今の所ニースと争うことはなさそうだが、魔道師ギルドの連中とは、王都カルミネを目指す以上どう考えてもやり合う場面が出て来るだろう。
今の俺が魔石を操るファウストのような奴とやり合って勝てるだろうか?
……魔法勝負になったら勝ち目がないな。
「はっはっは、小僧、面白い顔をしておる。あやつの魔法に怖気づいたか」
「いや……ニースのってわけじゃないけど」
「なるほど。そう言えばおぬしはカルミネに行くのであったな。――ふん、おぬしのように素質だけで全く技量が追いついてない奴はせいぜい修練を怠らんようにすることだ」
ラドンの助言にしては珍しくまともだ。だが、ファウストクラスの魔道士へ対抗するのに、普通の修練をやったくらいで果たして大丈夫なのだろうか。
あの時、ファウストが俺に向けて放った火属性はなんとか避けることが出来たが、ラウルへの魔法は比べ物にならない威力かつ速度を有していた。まともに食らえば、さすがに結構なダメージを負っていたに違いない。
じゃあ、どうすればいい?
そこまで考えて思いつくのは、ラドンの問答無用の共鳴魔法の威力であった。ファウストは明らかに姿を消した後、何らかの策を講じていたはずだ。だがその全てを無に帰すような圧倒的な力がラドンの魔法にはある。
「俺も、ラドンくらいの音魔法が使えればな……」
俺は思わず、そう呟いていたらしい。それを聞き逃すラドンではなかった。
「ほう……。はっはっは、小僧。わしの音魔法がそんなに羨ましいか」
「なっ……!?」
「隠さんでも良い。確かにこの偉大なる魔法使いであるわしの音魔法があれば、魔道師ギルドの連中如きに遅れを取らぬからな。しかし、そうか。おぬしも生意気な小僧と思っておったが、わしに憧れを抱いておったとは……」
ぐぬぬぬ。何だか、むしょうに腹立たしく聞こえるのは気のせいか?
ラドンも、普段の言動がアレな所を除けば魔法はかなりの腕前の持ち主だし、特に音魔法についてはレヴィアを上回る実力の持ち主だ。
だからその魔法スキルには敬意を表しているし機会があれば学びたいとも思っているが、こう面と向かって言われると否定したくなってくるから不思議だ。
「仕方がない。特別に、このわしが、おぬしに音魔法の極意を授けてやろう。ありがたく思うが良い」
「……っ」
これまでにも何度か実際に目の前で音魔法を見てきたが、四元素だけではどうにも上手く説明出来ない何かがあった。他の複合魔法のように感覚的に出来る類の魔法ではない。それこそ何か別の力が加わっているのだろう。
それが何なのか、残念ながら独力ですぐにはたどり着きそうにない。
くそう、悔しいけどやっぱり大人しく師事するしかないか。
それに熟睡魔法の習得にも音魔法は欠かせないわけだしな。大事の前の小事って奴だ。大人しく頭を下げ――。
「ふむ。だがこのまま小僧に全部教えてやるというのも、何だか癪であるな。これでもわしの長年の修行の賜物であることだし……」
「……っ?! そんな――」
「……っく、はっはっは。なんという興味深い顔をしているのだ、小僧。そんな悲しげな顔をされたら愉快になってしまうではないか」
俺はきっと顔を歪めすがる様にラドンを見ていたんだろう。それがツボに入ったラドンは、ひとしきり笑った後、ニヤニヤしながら高飛車に質問を投げかけて来る。
「お前の面白い顔に免じて、一つヒントをやろう。――雷がどういうモノか知っているか?」
「雷? 電気の放電だって、じいちゃんに習ったけど」
「なんだ、小僧。そこまで知っているのか。ならば話は早い。電魔法を学べ。それが音魔法を極める第一歩だ」
「雷魔法……?!」
音魔法に必要なのが、雷魔法?! ……それは正直、全く考えもしなかった。
今の俺じゃ絶対気付かないって。
「雷魔法なんて、じいちゃんに概念を習っただけで一回も使ったことないよ」
「なんだ、おぬしは雷魔法も使えんかったか。それでは音魔法など無理な話だわい、はっはっは。まあ精進せい」
ラドンは豪快に笑うが、じいちゃんももうちょっと詳しく教えてくれよって感じだ。どうりで四元素をいろいろ掛け合わてもうまく行かないはずだよ。
雷魔法は氷魔法と同じくらい難しく、ユミスと一緒の頃は習得は不可能だってやる前から諦めていた。ただ何となく原理はわかるので、今の俺の魔力量ならほんの少しくらい出来るようにならないかと期待したくなる。
掛け合わせが重要なんだよな。ただ単に何かを擦り合わせると生まれる静電気の類を応用したり、他にも鉱物に圧力を加えることで流れが生まれることもあるってじいちゃんが言ってたっけ。
「ふぅ……疲れる」
そんな事を考えているとまた扉が開かれ、中からヴィオラが出てきた。
「待たせていて悪いわね、二人とも」
「はっはっは。そんな殊勝な物言いも出来るのだな、ヴィオラよ」
「くっ……、その顔、ひっぱたいてあげましょうか」
ヴィオラが出てきたので、魔法談義はそのまま終了となった。
音魔法についてはまたおいおい考えよう。やっぱりレヴィアが驚くだけあって順番的には一足飛びなんだよな、熟睡魔法の習得は。先に複合魔法の研鑽を重ねて一歩一歩進まないと、いきなり上達なんて出来るはずない。
そう考えると魔道具でいきなり魔法が使えるようになったり魔石を利用して強力な魔法を操るっていうのは、そういう過程を全部すっ飛ばしているわけで、何とも言えない歪みを感じてしまう。
「今、ようやく各ギルドのマスターの調査が終わったわ。後は貴族の方々をアルフォンソ様たちが査験するのみね」
「何か進展でもあったか?」
「特に何もないのが進展ね。まあ、確認するだけだから、何かあってもらっては困るのだけど」
「そう言えば、何かトム爺さんが一工夫あるとか何とか言ってたけど、結局何だったの?」
「あれはね。出身の所だけ看破の魔石を置いてあるの。それならどんなに魔力が高くて詐称魔法を見破れなくても、魔石は砕け散るからわかるでしょう?」
……あっぶなあああ。出身はそのままだったから何の反応もしなかっただけか。
「最初一番疑っていたのはあなたたちだったんだけどね。出身が【大陸外孤島】って正直どこって感じじゃない。絶対に偽りだと思っていたわ。あのレヴィアもそうだけど皆揃って魔力が高いわけだし」
「……わしはまだ数値に納得しておらんがな」
「なーに? おたくは、あんな高い数値でまだ納得してないわけ?」
「う、む……? あれで高いと言えるのか?」
「高いに決まっているでしょう? 少なくとも大陸の傭兵ギルドのメンバーの中に魔力が200を超える人は数える程度しかいないわ」
「そう、か。はっはっは。ならば良い。これでわしがいかに偉大かわかったか?」
「はいはい、凄い魔力よね」
ヴィオラは半分呆れたように言うが、ラドンは満足そうに頷いている。
……傭兵ギルドより魔導師ギルドの方が魔力高い奴多いんじゃないか? まあでも、言うと面倒くさそうだし放って置くことにする。
それにしてもだ。とりあえず、何とか九死に一生を得たようだが、毎回こんなんじゃどうしようもない。本当に鑑定魔法のレベルは早く上げないとまずいな。
それに、もう一つ問題がある。
俺はどうかわからないけど、ラドンは間違いなくニースに正体がバレたってことだ。
まさかラドンが何も対策をしてないなんて思いもしなかったが、仮に対策をしていたところで、彼女に腕が触れた瞬間のあの感覚から考えると俺も含めて全てお見通しな気もする。
魔道師ギルドに狙われているって言ってたけど、ニースという女性は一体何者なんだろう?
「はっはっは。それではわしもラウルに倣って褒美を貰い受けに行くとするか」
「ったく、おたくもあのラウルって奴も本当に好き勝手し放題なんだから」
ラドンは全く気にも留めていないようだが、俺は結構深刻に捉えていた。マリーの時は、じいちゃんに許してもらえたけど、あれはマリーだったからこそだ。
中に招かれて上機嫌なバ火竜を尻目に、俺は新たな心配事に頭を悩ませるのだった。
次回は6月1日までに更新予定です。




