第二十八話 ニースの機転
7月9日誤字脱字等修正しました。
この際、バ火竜の事はいったん忘れよう。俺はまだ自分の正確な数値さえ把握していないんだ。
確か南門の鉄石で調べた時の魔力は88だったはず。この時の数値はレヴィアが能力供与で減らしたものだから、実際はこれより上ってことか。
……あれ? 何か違和感があるな。
落ち着いて思い出せ。――あの時、龍脈の中で脳裏に押し寄せてきた俺自身の魔力値は確か桁が違ってなかったか?! そういえば、魔力が尽きて完全にゼロになった状態から復活すると大幅に魔力が上がるってじいちゃんが言ってたっけ。
自分でも以前と比べると魔法を使ってあまり疲れなくなった感覚がある。――これって結構な勢いで魔力が上がっているんじゃないだろうか。
「それで、鉄石はいつ使えるのだ?」
「とりあえず、会議を始める前には持ってこさせるわ。……おたくも大法螺は大概にすることね」
げっ! まずいぞ。会議までの休憩ってあと10分くらいだ。とりあえず自分自身に鑑定魔法をかけて体力を確認しよう。王宮内で魔法を使ったら怒られるかもしれないけど、四の五の言ってる場合じゃない。
名前:【カトル=チェスター】
年齢:【19】
種族:【竜人】
性別:【男】
出身:【大陸外孤島】
レベル:【9】
体力:【748】
カルマ:【なし】
おお……!
初めて体力の数値を確認したけど予想以上にあるな。人族の平均がどのくらいかわからないけど、きっとこんなに高くはないはずだ。とにかく詐称の魔法で種族と体力をごまかそう。
まずは種族を【人族】に変え、体力を10分の1程度に見せかける。あとは魔力とか魔法やスキルのレベルだけど……、本当に魔力はヤバそうだ。
そういやレベルもまた上がってるな。マリーとの模擬戦とか王宮奪還の際に結構戦ったからだろうけど、どういう原理で上がったり下がったりするのかいまいちわからない。
「そろそろ時間です。王の間に戻りましょう」
ロベルタの言葉を皮切りに皆が部屋に戻っていく。本来気にするべきラドンの奴もヴィルマと会話を弾ませながら行ってしまった。
どうする? どうしよう?
どう考えてもこのままじゃ絶対にまずい。さすがに伝説の賢人を越えるような魔力表示が出た日には目も当てられない。
……良い考えは思いつかないけれど、とにかく最後まであがくしかないか。
そう思い、俺は隅っこで見つからないよう鑑定魔法を連発しまくったのだが、やはり10分で何かが変わるはずもなく、会議はほどなく再開され、時同じくしてギルド本部から鉄石が到着したのだった。
「これは?」
テーブルに設置される鉄石を仰ぎ見て、日に焼けた精悍な体つきの男がトム爺さんに問いかける。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。アルフォンソ様からの依頼でな、ギルドにある鉄石を集めさせたところじゃ」
「ほう、鉄石とな」
見れば、その男の後ろに先ほどのガルシアとオルドーニョの兄弟が控えていた。年は離れているもののどことなく風貌が似ている。おそらくあれがレオン家の当主ラミロ=レオンなのだろう。
ただ、似ているのは風貌だけであった。漂う風格は堂々たるもので、レオン兄弟とは比べるべくもない経験に裏打ちされた余裕が壮年の男を大きく見せている。
「不穏分子を排除するには鉄石が最適、であるか」
「まあ、そうじゃな。少なくとも【カルマ】はごまかしようがないからのう。ただ、詐称魔法を使われると他はごまかされてしまう。じゃから、もう一工夫行うことにしたが――」
……えっ? もう一工夫ってなんだ?
危機感を覚えた俺はトム爺さんに尋ねようとしが、それを意気揚々とふんぞり返るラドンに遮られてしまった。
「よし、では早速わしの魔力を見せ付けてやろう。どうすれば良い?」
このバ火竜は本当に自身が竜族ってバレたら大変だとわかっているのだろうか。
「わぁ、魔法使い様の数値、とっても楽しみです!」
「ほう、女。わしの魔力に興味があるか、はっはっはっ」
ラウルの従者ニースが興味津々な様子でラドンに纏わりついている。見ると、主人の方はテーブルに突っ伏して豪快に眠っていた。おでこに赤い跡がくっきり残っているので、会議中からずっと眠り続けているのだろう。
「この石に魔力を注げば良いのだな?」
「そうだけど、ちょっと待っ――」
ヴィオラが何かを言いかけたが、ラドンはすでに勢い込んで鉄石の上に手のひらをかざし魔力を集中し始めていた。
ブオンという重低音が鳴り響き、淡い光がラドンを包み込んでいく。
「ほう、噂には聞いていたがこういう造りになっているのか」
ラドンは感心した様子で興味深そうに鉄石を眺め見る。やがて光が収束すると鉄石の表面にラドンの能力が刻まれていった。
名前:【ラドン=クリソミリオ】
年齢:【47】
種族:【人族】
性別:【男】
出身:【大陸外孤島】
レベル:【41】
体力:【151】
魔力:【288】
魔法:【火属24】【水属18】【土属15】【風属29】【特殊45】
スキル:【剣術2】
カルマ:【なし】
「「おお……!」」
その表れた数値に、賞賛と嫉妬が内包された声が室内をこだまする。
「むむ? 【魔力】288だと? そんなはずあるか! わしは偉大なる魔法使いだぞ。その何とかという魔法使いになど負けるはずがない!」
「いや、これはとんでもないぞ。さすが、壁を吹き飛ばす魔力の持ち主だ……!」
ラドン本人は非常に納得が行かない様子であったが、周りの声はこの魔力の数値がいかにとんでもないものか物語るように驚きに満ちていた。
「いえ、さすがです! ラドン様。反射魔法といい、この魔力といい、桁違いの能力です!」
一番間近で見ていたニースがにこにこしながらラドンに話しかける。
「う……む、そうか?」
その言葉にしかめっ面をしていたラドンの表情も若干和らぐ。だが――。
「おい、小僧! おぬしはどのくらいだ? おぬしもかなりの魔力のはずだが」
「えっ……?」
俺はこの時、呆然と立ち尽くしていた。
だって、この数値はありえないものだったから――。
「ほれ、小僧!」
「お、……おお?」
ラドンに腕を掴まれた俺は、そのまま鉄石の前に引っ張り出される。
「待った、待った。おたくは何勝手に仕切っているの!」
「ん? 別段わしらが調べても何の問題もなかろう?」
「おおありよ! まだ皆様に何も説明していないんだから!」
「面倒なことを。ならば早くせい」
「……っ! お・た・く・は!」
怒り心頭のヴィオラは何とか深呼吸して冷静さを取り戻すと、場にいる諸侯にこれまでの経緯を説明し始めた。
町の北側に大きな魔力を使う何者かがまだ留まっている――。そう話す彼女に皆、最初は懐疑的な視線を送っていたが、その情報の出所がラドンと分かるや否やどの者も顔色を変えて真剣に聞き入るようになった。それだけ、ラドンのこの能力が信頼に足るものと判断されたのだろう。この点だけはラドンが先に鉄石を使ったことが功を奏した格好となった。
「ほれ、何をしている。さっさと手をかざさぬか」
「わっ……!」
説明を聞いた者たちは皆等しく表情を変え、鉄石に俺の能力が刻まれるのを食い入るように見つめる。
――これではもう、完全に退路を絶たれたに等しい。
「あなたもラドン様のお知り合いの方なんですよね? 楽しみです」
不意にラドンの元に居たはずのニースが俺の傍まで寄って来た。そして彼女の手が俺の右手に軽く触れる。
「……っ?!」
その瞬間、魔力が全身を走り抜けた気がした。俺は咄嗟にそれを破ろうとして、脳裏に響く声に脱力する。
(任せて……)
名前:【カトル=チェスター】
年齢:【19】
種族:【人族】
性別:【男】
出身:【大陸外孤島】
レベル:【9】
体力:【75】
魔力:【106】
魔法:【火属4】【水属5】【土属5】【風属6】【特殊10】
スキル:【剣術74】【槍術11】
カルマ:【なし】
「「お……、おおお!!」」
歓声はラドンの時より大きいものだった。何とも言えないべったりとした視線が俺に集中するのがわかる。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。剣術レベルがまた上がっておるのう」
「はい、とんでもないレベルです、マスター」
「フン。小僧の魔力はそんなものか? わしの半分以下とは情けない」
「いえ、それでも凄い数値です。さすがカトルさんですね」
どうやら俺の能力で注目が集まったのは【剣術】レベル74の所だったようだ。さきほどまで俺の事を歯牙にもかけなかったレオン兄弟さえ、何か恐ろしいものを見る目でこちらを凝視している。
「次は僕の番だ」
ラドンや俺の能力を見て興奮を隠し切れなくなったのか、アルフォンソが目を爛々と輝かせながらこちらに走ってきた。そして早速鉄石に触ろうとする。
「なりません、若!」
だが、すぐに鬼の形相で追いかけて来たアデリナが、その腕をがっちりと抑える。
「王族の能力は秘匿事項なのですよ?! あからさまに開示して何とするのです!」
アデリナの剣幕にアルフォンソは若干たじろいだが、悪びれずに反論し始める。
「この場にいる者は信頼できるものたちだ。僕の力を晒しても問題あるまい」
「大問題です、若! 万が一狙われでもしたら――」
「僕はこれからもっと強くなる。だから今時点の能力をおおいに喧伝して、それを凌駕する力で返り討ちにすればいい」
「なっ……?!」
あまりに天衣無縫な発言にアデリナは絶句してしまう。だが、それを聞いたラミロが満足そうに笑みを漏らした。
「ふっ、これはアデリナの負け、であるな」
「ラミロ様……」
「良い覚悟だ。そなたもそう思うであろう? フェルナンドよ」
「我らが王なればこそ。ただ、それしきの覚悟は、この海の国の王ならば当然とも言える」
ラミロから話を振られたフェルナンドという男は、そう言って大きく眼を開きアルフォンソを見据えた。――鍛え抜かれた肉体を申し訳なさそうに白いシャツと短パンで纏う、およそ貴族とは思えない姿のこの男こそ、三貴族最後の当主フェルナンド=カストリアその人である。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。両家ともアルフォンソ王に厳しいのう」
「ふ、最近の貴族の若者は軟弱であるからな」
「それは同意だ。よほど海の若いもんの方がしっかりしている。このような事態が起こったのも揃いも揃って腑抜けばかりだったからだ」
「厳しいのは新王にだけではなさそうじゃ」
トム爺さんも含め、そのまま三人が歓談に興じる。だがそれとは対照的に、後ろに控えるレオン家の兄弟とカストリア家の面々は碌に視線も交わそうとはしなかった。当主同士は仲が良さそうに見えても、実情は反目しあっているのかもしれない。
「仰る内容はわかりました。ですが、せめてこの場にいる全員が身の潔白を証明し終わってからにして下さい」
「う……わ、わかった」
アデリナに諭され、子犬のように大人しくなったアルフォンソは隣で笑うテオを横目にすごすごと王座まで戻っていく。
「まず先に貴族ではない者から。そして各ギルドマスターと貴族の皆様は後ほど若とロベルタ様が直々にご覧になります。……調べ終わった二人はいったん退出しなさい」
そう言ってヴィオラは俺とラドンに部屋を出るよう促す。
「まあ良い。しばらくゆっくり休んでいるとしよう」
「……ああ」
ラドンはなぜか機嫌よく王の間を後にする。
その後ろに黙って従う俺は、正直狐につままれた気分だった。
「……どうなってるんだ?」
「何だ、小僧。おぬしはわしに及ばなかったことがまだ納得出来ないのか?」
「いや、あんたはもっと危機感を持て」
あの魔力の値は明らかに調整されたものだった。それに脳裏に響くあの声は、まさしく遠話と同じだ。だが、彼女とは少し肌が触れただけだった。じいちゃんの言っていた龍脈を通す遠話とは様相が異なる。
「ん?」
しばらくするとまた誰かが扉の外に退出させられて来た。
「……っ!」
その者を見て、俺は身を強張らせる。
貴族ではない者――次に出てきたのは誰あろうニースであった。
次回は5月29日までに更新予定です