第二十七話 アルフォンソの決意
7月8日誤字脱字等修正しました。
「わしの感知魔法に気付いてないだけかもしれんが、なかなか強力な魔力を放出しておるわい。今日になっても残っているということは、何か画策している可能性が高いぞ」
皆に緊張が走る中、煽るだけ煽ったラドンがニヤリと笑う。
「それこそ、あの日焼け男どもに任せるか?」
「……っ」
思わず、そうすれば? と言ってしまいそうになる気持ちをグッと抑える。
あのファウストと同等の魔道士がいるなら、レオン家の兄弟では返り討ちに遭うだけだろう。昨日だって、ラドンの強力無比な共鳴魔法がなければどうなっていたかわからない。
「魔道師ギルドはまだこの国を諦めていないということか」
アルフォンソが臍をかむ。父王を弑逆され、混沌の渦中に引きずり込まれた悔しさは想像に難くない。
「どうした王子よ。おぬしも兄のように逃げ出すか?」
「ふざけるな! 僕は逃げないぞ」
「勇猛と蛮勇を履き違えるなよ、小僧。おぬしが示すべきは、子供の我儘ではない。勝利への道標だ」
「……っ!」
アルフォンソは目を見開き、そして苦虫を噛みつぶしたような形相でラドンを睨み付けた。だが、その先の言葉を紡ぐことが出来ない。兄が、そして父王が悩みぬいたこの国の行く末を左右する責任という二文字が両肩にずしりと重く圧し掛かっていく。
そんなアルフォンソを皆心配そうに見つめるが、誰も声を掛けることは出来なかった。国を背負う責務は王たるものの使命であり、その決断こそが彼に求められたモノだったからだ。
だが、そんな中一人だけ違う者がいた。
「ったく、しゃーねーな。――おい、アル!」
フアンがゆっくりとその背中に歩み寄る。
「……」
「アル!」
「……うるさいぞ、フアン」
「いいから、よぉく聞け! 押し付けられた者同士あえて言うが、お前が最初から王として完璧に出来るなんて誰一人思っちゃいねえよ!」
「……っ!」
慰めの言葉でも掛けるかと思えばフアンは辛らつな皮肉をアルフォンソにぶつけ始める。
「だってそうだろ? 亡くなったフルエーラ王やお前の兄ちゃんたちだって匙を投げたんだ。お前一人でちょっと考えたくらいじゃ、いい案なんて浮かぶわけないっての」
その言葉にアルフォンソは一瞬、呆然と虚空を見つめて、それからフアンに向き直る。その様子を見て、またすぐにフアンは話し始めた。
「だいたい俺を見ろよ。俺にアラゴン商会の切り盛りなんてほんとに出来ると思ってんのか? んなもん出来るわきゃねーって。……でもな、姉ちゃんなら出来る。それなら姉ちゃんに全部任せればいい」
「フアン、貴様そんな適当なことを考えていたのか?!」
「ふふん、本当に適当だと思うか? 俺が慣れないことして墓穴掘るより姉ちゃんに裏から指示してもらった方がはるかにマシだろ」
「それは……しかし、それでは」
「王妃になってまで商会の舵取りをするなんて発想考えもしませんでしたが、意外と良い案かもしれないですね」
「えっ?!」
フアンの言葉にロベルタが割って入った。
「実務はアデリナに代行してもらうことになるのでしょうけれど、王妃としての仕事なんて大したものではなさそうですし」
「ちょっと、ロベルタまで何を言ってるの? 王族が一商会の後押しをするなんて問題あるに決まって――」
「あらヴィオラ。私がアルフォンソ様と婚約するのは、アラゴン商会としての後ろ盾を期待されてのことでしょう? 未来永劫と言う訳ではないですし、アデリナとよく話し合うだけならば問題ないのではなくて?」
あっけらかんと話すロベルタにヴィオラは唖然としてしまう。
でも、ロベルタとアデリナが仲良く話し合って商会を支えるなら……。
「それならついでにアルフォンソもこのままアデリナに面倒見てもらえばいいんじゃね?」
「「なっ?!」」
俺の言葉にアルフォンソとフアンが揃って素っ頓狂な声をあげた。
「何でアデリナさんがまたアルのとこに戻らにゃならんのよ!」
「アデリナはアラゴン商会を支える重要な役目がある。それに僕も王となるからにはもはやアデリナに面倒を見てもらってる場合ではない!」
何だか必死な二人がいろいろ言ってくるが、かえってそれがいい思い付きだと言われているようにしか聞こえないから不思議だ。
「そんなこと言ったって若だけじゃなぁんにも出来ないじゃん」
「……!!!」
「……っぷ」
ポロッとテオが本音を漏らし、その発言に誰なのか噴出す声が聞こえるまでそう時間はかからなかった。笑い声が伝染し、今まで張り詰めていた空気が一気に穏やかなものに変わる。
「まあ、確かにアル一人じゃ心配だわな」
「貴様にだけは言われたくない!」
「悔しかったら、迷ってないでさっさと決めろって」
「ぐっ……!」
さっきまで凄い剣幕で反対してたフアンまでからかう側に回っていた。自分以外の皆が笑っているのを見てアルフォンソは諦めたように溜息を付く。
「わかった。僕が悪かった。ならば聞こう、アデリナ。僕はどうすればいい?」
「若……! はい、まずは今の状況を整理しましょう。結論を急ぎすぎても良い答えは生まれません」
アデリナがいつものようにてきぱきと説明し始めた。それを楽しげにロベルタが見守る。……何だかアルフォンソのお守りが二人に増えたって感じだ。
「結局、この形に戻るってか。まあ、アルはこの方が自然だな」
「うるさいぞ、フアン」
「ったく、素直じゃねーな」
「貴様こそほんの少し前まで猛反対していたではないか!」
アルフォンソはいつものようにフアンと言い争っていたが、その表情にもう重苦しい雰囲気はなかった。どこか吹っ切れたようで、アデリナだけでなくロベルタやヴィオラにも意見を求める。
自然と、アルフォンソを中心に輪が出来ていた。フアンやテオも加わり様々な見解が飛び交い、その中から良い案が抽出されさらに深化していく。フアンの突拍子のない発言も、テオのとぼけた言葉も、アルフォンソは無視することなく反応し、それがかえって前進するきっかけになっていた。
人の意見に耳を傾け昇華させる――それは間違いなく新王の優れた資質であった。
「それで、結論は出たのか? 王子よ」
頃合を見て、ラドンが尋ねる。その時にはもう先ほどまでの悲壮感に包まれた姿はなかった。アルフォンソは自信を持って返答する。
「ああ、僕は逃げない。奴らがこの国に襲いかかろうとするなら断固として守り抜く。……ただ、建前上はまだ戦争状態になっているわけじゃない。あくまで内乱を治めただけだ。こちらから表立って刺激することなく、秘密裏に動きたいのが本音だ」
「ふむ、守る……か」
「だから魔法使い、貴様の力も貸して欲しい。僕は奴らの脅威からこの国を守りたい」
「それならば誓約の範疇を超えることもあるまい。わしももう少しだけ付き合ってやろう」
ラドンはそう言うと大仰に頷いた。
……てか、誓約って可能な範囲で役立つとかいう適当な内容だったよな。何やってもラドンの思うがままなのに、それを竜族にとって神聖な「誓約」と言い張るのは虫が良すぎる。
そんな俺の冷ややかな視線を知ってか、ラドンは悪びれる風もなく言い放った。
「わしはあの髑髏岩の洞窟奥の空洞調査をするのが目的なのだ。魔道師ギルドとやらがわしの研究を邪魔するならともかく、なぜわしの方から好き好んでかかずらわねばならん」
「それ、ラドンが適当なだけ……」
「一応、長老から許可を取れと言われているからな。その相手である傭兵ギルドや王子を守るだけなら誓約上問題あるまい」
あくまで誓約と言い張るラドンは、それ以上俺と話すことなくアルフォンソに向き直った。
「それで、守る、とは具体的に何をするつもりだ?」
「それは私が説明するわ、魔法使い」
ヴィオラはアルフォンソが小さく頷くのを見てラドンに話し始める。
……ったく、ラドンの奴、逃げたな。
じいちゃんは竜族が人族に関わって影響を及ぼすことを良しとはしていない。だが、そこには当然例外がある。
たとえば俺がユミスネリアの助けになるべく尽力する事。これはユミスが俺やじいちゃんたちと家族同然だからだ。子を育むことは、長い歳月の中で子宝に恵まれなくなった竜族にとって一族を助けることと同じくらい重要なものである。
そして、もう一つ大きな要素と言えるのが“誓約”だ。
誓約を遵守することは、竜族にとってなによりも大事なことである。時には誓約により死した竜族がいたともじいちゃんに聞いている。
だが、ラドンの適当さ加減を見ているとそれも遠い過去の話なのかもしれない。こいつは明らかにじいちゃんへの言い訳のためだけに誓約とかほざいていた。町の壁を竜の姿に戻って破壊するとか、じいちゃんにバレた時のことを考えると俺までとばっちりを食らいそうで生きた心地がしない。だが、それも誓約と言って白を切るんだろう。
「まずは出来うる限りの鉄石を導入して、リスドにいる者をすべて把握するわ。もうすぐここにも届くから、王宮内の不審人物を一掃することから始めるわよ」
「ほう、鉄石か。話には聞いていたが、わしの魔力がどれだけ凄いか皆に示されるのは気分がいいぞ」
「おたくは! そんなことの為にするんじゃないわよ!」
「はっはっは。わしの人族離れした魔力に恐れおののいているのではないか? ヴィオラよ」
「ぬかしてなさい! おたくが凄いのはある程度認めるけれど、伝説の賢人を越えるならともかく、怖がることなんてあるわけないでしょう?」
……えっ?
いや、ちょっと待て。
ヴィオラとこのバ火竜は何を言っている?
「伝説の賢人? はっはっは。それはまさにこの偉大なる魔法使いであるラドンのことではないか」
「バカをおっしゃい! エルフとも交流があったとされるエッツィオ=スティーアの事に決まっているでしょう? かの賢人は魔力の数値が500あったとも1000あったとも言われている人族史上最強の魔法の天才よ」
「500か1000か……」
「どう? 驚いたでしょう?」
「わしは鑑定魔法を使わんからよくわからん」
「おたくは!」
「はっはっは。わしの数値が1000を超えれば最強というわけだな。非常に楽しみではないか」
ラドンが高笑いを上げるが、その後ろで俺は冷や汗が止まらなかった。
……これ絶対まずいだろ。俺はまだ鑑定魔法で魔力を調べられないんだぞ! 今、ラドンを調べられたらレヴィアもいないしどうやってごまかせばいいんだ?!
俺は脳みそをフル回転して逃れる術を必死に考え始めた。
長くなりそうだったので途中ですが投稿します。
次回は5月25日までに更新予定です。