第二十三話 魔導師ギルドとの邂逅
7月5日誤字脱字等修正しました。
「ラウルよ、魔道師ギルドがお前の従者に下した温情を裏切るつもりか?」
不意に、黒フードの男が耳障りなかすれ声でがなり立てた。それにびくっと反応したニースが心配そうにラウルの顔を覗き込む。
「悪いのは俺様の従者を捕まえようとしたあいつらだ。俺様は悪くない」
「ここはお前が考える以上に重要だ。大人しく従うのがお前の従者の為だぞ?」
「フン、なぜ俺様が従わねばならん。お前がどうしてもというからわざわざ来てやっただけだ」
「では、あくまで従わないと言うのだな?」
「俺様は俺様だ。お前こそ、俺様に従え」
「あぶない、ラウル様!」
「ん? う、おぉおおお!」
話し合いはどう見ても決裂だった。黒フードの男は最初からそれを見越して魔力を練っていたのだろう。俺にぶつけてきた何倍もの威力の火炎弾をラウルに向けて放ってくる。
だが、その間合いに咄嗟に入ったのはニースであった。
彼女は両手で魔力を込めると、素早く薄い膜を拡げ二人の周囲に淡い光の壁を作り出していく。次の瞬間、ダァンという鈍い衝撃音と共に魔法が弾け飛ぶと、そのまま近くに居た貴族たちへ飛び火していった。
「う、ぐ、ぉおおお……」
まったく予期していなかった災難に見舞われ、炎の洗礼を浴びた貴族はもんどりうって倒れた。後頭部から床にぶつかってピクピクと失神している者もいる。
「フン!」
だが、ラウルはそんな者には目もくれず横薙ぎの一撃を黒フードの男に浴びせた。一瞬で間合いを詰めた鋭い一閃のように見えたのだが、男は幻惑するような軽やかな動きで大剣をかわすと、そのまま後方へとステップを刻む。
「ちっ!」
「後悔するぞ……」
「ん? ……お、お、おおお?!」
黒フードの男の姿が突然ぼんやり透けて行き、やがて忽然と消えうせた。
「まだいる! 絶対に逃がさないで!」
後ろからヴィオラの声が響き渡った。間髪入れず、俺は探知魔法を展開する。
だが、それより早くラドンの音魔法が炸裂していた。
頭へ強烈な打撃を食らったかのように視界がゆがみ、立っていられないほどの吐き気が襲い掛かる。耳にはウォオオンという不快な重低音が響き、手足がしびれ感覚が失われていくようだった。
「ぐっ、がっ……」
「たやすく人が耐えうるほど、わしの共鳴魔法は甘くないわい」
そう言ってドヤ顔をするラドンであったが、なぜ味方にまで魔法をかけてくるのかさっぱり分からない。俺はすぐに音魔法を中和するべく火属性と風属性を展開し、感覚任せで出鱈目に魔力を放出した。その甲斐あってなんとか共鳴魔法の魔の手から逃れ五感が戻ってくる。
俺以外の者は皆、ラドンの魔力に太刀打ち出来るはずもなかった。吐き気の止まらない患者が悶えているかのように床ではいずっている姿を見ると、敵とはいえ少し可哀想になって来る。
本当に飛行移動の魔法で移動中に散々音魔法を味わっておいて良かった。あれがなかったら俺も今頃同じようにのたうち回っていただろう。
「はわわ! ラウル様! しっかりして下さい!」
いや、どうやらもう一人耐えた者がいたようだ。
「ほう、あの女、わしの魔法に対処したか。やりおるわい」
「お前はもっと威力を考えて使ってくれ!!」
後ろを見ればヴィオラも白目を剥いて倒れている。
「手加減は苦手でな。はっはっは」
「笑い事じゃないっての!」
「良いではないか。ほれ、あそこに倒れている奴をさっさと捕まえろ」
ラドンの示す方を見れば、姿を消したはずの黒フードの男が階段のそばで倒れていた。
「魔法で姿が見えなかったのか」
「いや、魔法というよりも魔石の類であろう。姿を消す魔石ならば聞いたことがあるわい。エルフどもの常套手段だな」
まるでエルフと戦ったことがあるかのようにラドンが嘯く。
俺はテオから何本か受け取っていた縄で黒フードの男を柱にがんじがらめに縛り付けた。
「とりあえず、ヴィオラを何とかしてあげてくれ」
「わしは回復魔法を使えんぞ」
「なっ……」
こいつはとことん迷惑しか掛けない奴だな。でも俺の土属性の浄化魔法如きでは、ほとんど意味をなさない。
「あの女に頼めばよかろう?」
見れば、ラウルの従者が回復魔法を使っていた。それがどれだけ凄いかは、魔法の威力を見ればすぐに分かる。
「ニース、さん!」
「はいぃ?」
俺がやや距離を置いてニースに問いかけると、それだけで彼女は怖がるように一歩二歩と後退していく。
「こんなことを頼むのはおこがましいけど、そこにいるヴィオラの治療もお願いできないかな?」
「えっと……」
怯えていた彼女の表情は若干和らいだが、今度は困惑の色を強くする。
「ラウル様がいいと言えば……」
「ああ、すまない。ラドンの魔法でこんな目にあってしまって」
「いえ、ファウストを捕まえる為なら全然わかります」
「ファウスト?」
「その黒いフードを被っている人で、魔道師ギルドの偉い人です。……でもファウストをやっつけるなんて凄い魔法ですね。私じゃ真似出来ないなあ」
「おお、女! わしの偉大さがわかるか」
空気を読まずラドンがニースのそばにやってきた。だが、怯えるかと思った彼女は意外にもラドンに好意的、いや、食い入るような視線を向けている。
「さきほどの魔法は一体どうやったのですか?」
「うん? なんだ女。わしの魔法に興味があるか? はっはっは。興味深きことを興味深く思うのはいいぞ」
「はい!」
「あれはな――」
「ふんぬ!」
「あ、ラウル様! ……アイタ」
「お前は何やっとんだ。俺様が苦しい思いをしてる横で、こんな赤ら顔のひひジジイと暢気に話しとる場合か!」
勢い込んで立ち上がったラウルが、ニースの頭をぽかりと殴りつけた。一転して涙目になるニースであったが、この男もいくら従者とは言え体格差もある女の子を容赦なく殴るとはなんて酷い仕打ちをする奴だ。
――だがラドンはそんな二人を交互に眺め高らかに笑い声を上げる。
「はっはっは。おぬしらもなかなかに興味深い顔をするな。じつにいい」
俺は頭を抱えて溜息を吐いた。こいつにはいたわりの心ってやつがないのか?
だがそんな態度のラドンにかえって興味がわいたのか、ラウルが話しかけてくる。
「おい、ひひジジイ」
「わしはジジイではないぞ」
「うるさい、ひひジジイ! さっきのアレは貴様のせいか?」
「おお、すまなかったな。わしは手加減が苦手なのだ。だが見てみよ、あそこにおぬしと遣り合っていた奴を捕らえたぞ。確認せい」
「うん? おお!」
ラウルはもうラドンには興味を失って、俺が縛っておいた男のそばまで歩いていった。そしておもむろにフードを取り去る。
「うげぇ、何だこいつは」
そこに現れたのはいくつもの魔石が埋め込まれた醜悪な顔であった。あまりの酷さにもはや人の原型さえ留めていない。魔物と呼んでも差支えが無いような、すでに人であることをやめた何かがそこにはあった。
「くっそぉおおお……返せぇ! フードを返せぇえええ!」
呪うようなかすれ声がさらに不快感を助長させる。
「こやつも、わしの共鳴魔法を浴びてまだ正気を保っていられるとは、なかなかやりおるわい」
「ぐぅおあああ! 返さんかぁ!」
縛り付けられながらも、男はラウルに噛み付くように罵声を浴びせる。
「ラウルよ、許さんぞぉおおお! この報いは必ず魔道師ギルドが晴らしてくれよう。敵に回したことを後悔するがいい」
「うるさい、死ね」
「……っ!!」
ぶしゅっという黒い血しぶきが舞い上がり、ファウストの首が舞った。ラウルの剣は寸分違わず首を横薙ぎにして、支えを失った体がだらりと縄をすり抜ける
――いや、縄をすり抜けたのは支えを失ったからではない。見る見るうちに肉が削げ落ちていたのだ。体が床に崩れ落ちる頃には、もはや骨さえも溶け出していた。鼻にひりつくような悪臭が漂う中、散らばり落ちたたくさんの魔石がそれぞれ鈍く異様な光を出している。
男の着ていた血まみれの服だけが、忽然と姿を消した持ち主の遺影となって横たわっていた。
「う……」
俺は言葉を失い、吐き気を催す異質な光景から目を背ける。
「自業自得ではあるが、えげつないことをするわい」
ラドンが珍しく真面目な表情でそう言うと、目を閉じて何事か呟いている。
俺は目の前で起きたことに理解が追いつかなかった。
魔石は男の身体を蝕んでいた。だが、そんな思いをしてまでこの男は何を求めて生きていたのだろう。
「ほれ、まだ目的は達成しておらんぞ」
魔石を拾いながらラドンが話しかけてくる。それに俺はなんともやるせない思いで頷くことしか出来なかった。
―――
「全く、とんでもない目にあったわよ! 何で私までこんな目にあわなきゃならないの!?」
共鳴魔法の影響でまだふらふらしながらもヴィオラは声を荒らげた。
さっきまで倒れていた彼女は、ラウルに掛け合って「女ならいいぞ」という快諾を得、ニースの回復魔法でようやく意識を取り戻したのだ。
「はっはっは。すまんな、ヴィオラよ。わしは手加減というものが苦手でな」
「そんな言い訳聞き飽きたわ! つくならもうちょっとマシな嘘をつきなさい!」
「あやつの魔石を発動させる前に方を付けるには、全方位の無作為射出が必要だったのだ」
「これで偉大な魔法使いを名乗るなんて、おかしすぎて笑いが止まらないわよ!」
「ならばもう少し興味深い顔で笑うといい」
「おたくは! 私は怒っているのよ!」
「笑ったり怒ったり忙しい女だ」
「くぅううう!」
いつものように、ヴィオラが怒りラドンが高笑いしている。もはや見慣れた光景なのだが、そんな様子をニースがニコニコしながら見守っていた。
「うるさい女だ。こんな奴、ほっといても良かったか」
ラウルは鬱陶しそうにヴィオラを見ながらも、その視線は胸の辺りを凝視していた。
「うむ、だが気に入らなくても女は女だ。しかもなかなかナイスバディではないか」
「ラウル様。あんな風になんでも言い合える仲っていいですねー」
「何だ、ニース。お前もあんな風に言われたかったのか。ならば、この俺様が直々にけなしてやろう。このドジ、ノロマ、なぜ俺様を先に助けず自分だけ魔法を逃れていた?!」
「ううう、いたい、いたいです、ラウル様ぁ」
こいつらは……。早く行かなくて良いのか?
そう思っていたら、突如遠くから鬨の声が鳴り響いた。
「おお?!」
俺は窓から外の様子を伺うと、崩れた壁より傭兵ギルドのメンバーがなだれ込んでくるのが見える。
「予想外に時間を食ったようだな。さっさと行かんとわしの手柄がなくなるわい」
「がっはっは。ならば俺様もついて行ってやろう」
「ラウル様、依頼はどうするのです?」
「そんなもん知らん。依頼主は服だけになったぞ。そんなんでどうやって報酬を貰うんだ。破棄だ、破棄」
「付いて来るのは構わないけど、ギルドから報酬は出ないわよ。王子からは活躍次第で恩賞が出るかもしれないけど」
「がっはっは。ここで王家に恩を売っておくのも悪くない」
「はい! 行きましょう、ラウル様!」
「うん? 何だ、ニース。あの男の依頼の時はまったく乗り気じゃなかったのに」
「王族の加護を受けられるのはまたと無い機会です!」
「むうう。せめてこの国に可愛い姫の一人や二人居れば頂戴するところだったんだが……まあいいか」
「ところで、ここに居た理由は不問にするけれど、あの黒フードの男については後でしっかり教えてもらいますからね」
「フン、胸はそれなりだが、やはりうるさい女だ」
「なんですって?!」
「ほれ、早く行け。もうあのような危険分子もおらんだろう。さっさとマウレガートとやらを捕らえて終わりにするぞ」
ラドンが先陣を切って階段を登っていき、その後ろを残りの三人が続いていく。
下を見れば、アルフォンソとトム爺さんが駆けて来るのが見えた。石礫がなくなって、反乱を起こした敵方の貴族たちは次々と降伏しているようである。本部からの援軍も到着しており、どうやらこれで大勢も決しただろう。
俺は上からアルフォンソを狙うような奴がいないか探知魔法で確認しつつ、油断なく皆の後ろをついて行った。
次回は5月12日までに更新予定です




