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竜たちの讃歌 ~見目麗しき人の姿で生を受けた竜の子は、強気な女の子に囲まれて日夜翻弄されています?!~  作者: たにぐち陽光
第二章 竜は地道に課題をこなそうとして、火竜の気まぐれに翻弄される
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第二十二話 覚悟と信念

7月4日誤字脱字等修正しました。

 なんだろう、このもやもやは。

 俺の心の中に今、二つの相反する感情が湧き上がっていて、でもその一つは怒りで、もう一つも怒りであった。

 まだ覚悟が出来ていない――。

 そのヴィオラの発言で俺は憤り、だが「人の死など恐れていない」と考えてしまった己の感情に血が逆流する。


(俺は今、何を考えた……?)


 じいちゃんは、孤島でさんざん人族の歴史を俺に諭すように教えてくれた。それは戦いによる血塗られた歴史であり、勝者こそが正義という(ことわり)を捻じ曲げられた世界であった。

 同族を尊び、力に奢らず、争いを嫌う竜族(カナン)の精神とは真逆と言ってもいい。

 でもじいちゃんは孤島を出る時、俺にこう言った。


「人の心は混沌()そのものじゃ。喜怒哀楽に富み、己を高め、そして欲に溺れる。その心は移ろい易く、力を持つ者を崇め、関係性を尊重しながらも、自己を顕示しようと躍起になる」


 そうだ。

 人の心は様々に変わるものだ。

 果たして今、目の前で敵対していたうちの誰が俺に対して故意の殺意を向けたというのか。


「カトルよ。お前はその中で、常に自身の心を保つがよい。己の弱さを見据えよ。そして信念の揺らぎを抑えるのじゃ。お前のその崇高な目的を見失うことがないようにの」


 じいちゃんの言葉がよみがえって来る。

 俺の目的は、ユミスネリアを守ることだ。

 その信念が揺らがない限り、俺は俺の覚悟を持って望むべきだ。


「いや、ヴィオラ。俺は人の――同族の死を恐れるよ」

「君は!」

「たとえば、そこで苦しんで倒れているのは、ブラウリオ=トゥルトーザという名前の男だよ」

「……?! 君は何を――」

「そこの男はカージョ=アルカルベ、そっちはシリアコ=ムルシア、そっちは――」

「もう、やめなさい!」


 俺が鑑定魔法で調べた相手の名前を暴露すると、ヴィオラは堪らず大声をあげた。そしてわなわなと震えながら胸倉を掴んで来る。


「君は何が言いたいのよ?! そんなに私の心を揺さぶって何が楽しいの!」


 見も知らぬ敵の名前が分かった瞬間のヴィオラの動揺は形容し難いものがあった。今まさに彼女が止めを刺そうとしていた敵が、あっという間に自分と同等の人生を歩んできた同胞になったのだ。


「俺の目的はここには無いんだ。だから今、目の前に立ち塞がる敵が居たとしても、嬉々として止めを刺すことなんて絶対にしないよ」

「なっ……」

「もちろん、俺の目的に対して立ちはだかる敵なら、その時は容赦はしない。俺は俺の大事な者を絶対に守る」

「フン……このガキは、レヴィアが好みそうな考え方をしておるわい」


 そう言ってラドンは不愉快そうな顔つきで前を歩き始めた。


「ここに用があるのはわしの方だ。ならばわしが前に出るのが筋合いだろう?」

「ラドンが危なくなったら、俺が全力で守り抜いて見せるさ」

「言いよるわ、小僧」

「でも、さっきみたいに一斉に魔法を食らうのはごめんだから、ラドンの言う通り俺に出来る範囲で魔法は使いまくるよ」

「フン、最初からそうすれば良かったのだ。おぬしは怖がりすぎている」


 何を、とラドンはあえて言わなかった。おそらく多少の無茶は問題ないとでも言いたいんだろう。

 ……どう考えても、ラドンは無茶どころか無茶苦茶やってるけどな。


「行くぞ、小僧」


 ラドンの言葉に俺は前を見据えた。破壊された区画を抜け、いよいよ貴族たちの豪邸が立ち並ぶ貴族街が見えてくる。その中で一際大きな建物がおそらく王宮であろう。

 上の方には壁へ向けて伸びる道と思しき残骸があった。ラドンの咆哮で崩れ落ちた残りがバルコニーのようになって、ちょうど良い王宮への入り口になっている。

 すぐに探知魔法を展開したが、このまま先を進むより明らかに敵兵が少ない。


「よし、この残骸を登って、あの上から王宮に入ろう」


 俺は崩れ落ちた瓦礫をジャンプしながら登り、三階の天空の通路に足を踏み入れると、近くの敵影に次々と鑑定魔法を掛けていった。



 名前:【アブラーン=カルモナ】

 年齢:【16】

 種族:【人族】

 性別:【男】

 出身:【リスド】

 レベル:【4】

 カルマ:【なし】



 名前:【プロスペロ=ニエブラ】

 年齢:【15】

 種族:【人族】

 性別:【男】

 出身:【リスド】

 レベル:【3】

 カルマ:【なし】



「レベルは3と4か」


 ある程度レベルが分かれば対処しやすい。そういう意味ではもっと早く鑑定魔法を使うべきだった。何しろ、相手のレベルが低いと経験不足の為か魔法の連動さえままならないのだ。あっさり避けて近づくと慌てて剣を構えてくるのだが、腕前は大したことなくすぐに武器を振り払い峰打ちを浴びせ無力化させる。



 名前:【ハビエル=モンタナ】

 年齢:【14】

 種族:【人族】

 性別:【男】

 出身:【リスド】

 レベル:【4】

 体力:【42】

 カルマ:【なし】



 次の奴も大したレベルじゃない……おっ!? 体力が分かった! これ、レベルアップだ。あとは魔力が分かれば詐称の魔法でごまかしが利くようになる。もしかして今、レベルを上げる絶好の機会なんじゃないか? 戦いに託けて鑑定魔法も掛け捲れるし。


「よしっ!」


 俺は小さくガッツポーズをしつつ、無謀にも魔法ではなく剣で攻撃してきた少年に手刀を浴びせた。ガクッと落ちた少年をそのまま寝そべらせると、明らかに数人いた敵は怯んで重心が後ろ足に掛かる。


「ったく、おぬしが最初からそれをやっておれば、わしはもう少し楽であったぞ」


 やっと追いついてきたラドンが悪態を吐きながら、恐怖魔法(フィアー)幻覚魔法(ハルゥスネィション)を織り交ぜて敵の混乱を助長させる。一度怯んだ敵には効果てきめんで、武器を捨ててかなりの数の者が逃げ惑っていた。


「ある意味、君もラドン(あいつ)と同じで狂っているわ」


 瓦礫を登ってきたヴィオラは敵兵が倒れている様子を見て半笑いで呟く。


「悪かったね」

(けな)しているわけじゃないの。君は今、戦場に居るはずなのに、空気がいつもと変わらないのよ。最初は覚悟が足りないからかと思ったけど……」

「俺はさっきヴィオラに言われて怒りそうになったよ。でもじいちゃんに言われたんだ。信念が揺らがないように、目的を見失わないようにって。だから自分の覚悟を思い出せた」

「君の言い分も理解は出来る。けれど……私には到底無理ね」


 俺の言葉にヴィオラは頭を横に振ったが、もはやそれ以上何も言わなかった。そのまま回れ右をしてラドンの隣で後方への備えに気を配り始める。

 ちらりとだけ視線を送られたが、前は任せたという意思表示だ。


「ほれ、(ほう)けている暇はないぞ、小僧」

「ああ!」


 また何人かの敵兵がこちらに迫って来るのが見えた。すぐに鑑定魔法を掛けてレベルが低いことを確認すると、こちらから近づいて油断なく昏倒させる。

 王宮の建物はもう目の前で、もはやそこに守っている者は誰もいなくなっていた。


「それにしても胸糞の悪い連中だ」

「えっ?」

「こやつらを見よ。皆、こわっぱか、それに毛の生えたような連中ばかりだ」


 ラドンの言葉に鑑定魔法を掛ければ、さっき下にいた連中も含めて確かに俺と同年代か年下ばかりであった。どこかで聞いた名前を冠していたから結構な身分の貴族なんだろうが、ここに来たのが俺ではなく別の誰かだったなら何もわからず死んでいたかもしれない。


「わしですら思うぞ。炊き付けている奴は相当の卑劣漢だとな」

「たまにはまともな事言うわね、魔法使い」

「女、温厚なわしも仕舞いには怒るぞ」

「あら、褒めたんだから良いでしょう?」


 ラドンの言葉にヴィオラが同調した。子供を戦場に送らなければならないほど、敵は人材不足なのか、それとも()()か。


「上だ。上に何人かいる」


 俺は探知魔法でこれまでとは違って泰然としている人影を見つけた。きっと、そいつらが首謀者か、それに近い連中に違いない。

 俺は王宮にたどり着くとすぐに上へと目指し階段を駆け上がった。そして、そこで目にしたのは、貴族らしき連中数人と、そいつら相手に言い争いを繰り広げる見知った顔、それに黒いフードを被った薄気味悪い痩せこけた男であった。


「貴様、雇われたのならさっさと行かんか!」

「うるさいっ! 俺様に命令するとはいい度胸だ。俺様は俺様のやりたいようにする」

「前金を渡してあるだろ! それを反故にするなど許さんぞ。これだから傭兵連中などアテにならんのだ! ――おい、女! お前もだ。こいつの従者だか奴隷だか知らんが、さっさと魔石を発動せんか!」

「ふぇえええん。さっきみたいに反射魔法(リフレクション)されたら、死んじゃいますぅううう」

「おい! お前、ニースに命令していいのは俺様だけだ」

「なにを!? お前がさっさと侵入者を殺しに行かんのが悪いのだろう!」

「俺様一人で、なぜそんなアホな戦いに出向かねばならん? 俺様は勝ち戦しかせん」

「貴様ァ! この神聖な決起を負け戦とでも言うつもりかぁ?!」


 一触即発の状況の中に俺が突入した事で、さらに混乱が増したのは間違いなかった。

 あの緑の服に黒マントの男――あいつは料理大会の最後に現れた、確かラウルとか言う奴だ。それにパステルピンクの胸当てに短パンと白マントを羽織った白髪に近い金髪の女の子は、可哀想な従者のニースで間違いない。


「ちっ……!」


 俺の突撃に動揺が走る中、すぐに魔法を放ってきたのは黒いフードの男であった。


「うわっ!?」


 先ほどまでと明らかに違うレベルの火属性に、俺はリミッターを掛けたギリギリの動きで右に避ける。


「やれっ! この女がどうなっても良いのか?」

「くぉらあ! 俺様の従者(モノ)に触るな! バッチクなるではないか!」

「……?! なっ。貴様!」


 黒フードの男が俺に魔法を放ったのを見て、いきり立った貴族の男がニースの腕を捕まえてラウルに命令する。だが、それに反発したラウルはとんでもない行動に出た。ニースの腕ごと切ってしまうのではないかと冷や冷やするほどの斬撃をその男に浴びせたのである。

 まさか人質もろとも攻撃して来るとは思わなかったのだろう。男は慌てふためき、ニースの腕を離して転がり込んで逃れる。そのまま斬撃はニースに向かい、あわやという瞬間、彼女はまるでラウルの行動をすべて察知していたかのようにうまく身体を捩って斬撃を躱すと、そのまま特大の魔法を放つ――!


「あっついの、行きます!」

「う、わ、わわわっ!?」


 黒フードの男が見せた火属性をさらに強大にした炎の塊が矢のように飛んで行き、貴族の男の身体を熱で焼き尽くした。ゴロゴロとのた打ち回る男を他の連中が何とか助けようとするが、あまりの威力になかなか炎を消し去る事が出来ない。

 じいちゃんが褒めてただけあって、ニースの魔力はかなり凄そうだ。


「おし、よくやった、ニース。さすが俺様の従者だ」

「はい、ありがとうございます! ラウル様」


 それにしても、仲間割れ、というには余りにも酷い場面に出くわしたものだ。

 どういう状況かわからなかったが、さっきの黒いフードの男とニースの魔法を避けながらラウルの斬撃に立ち向かうのは、さすがに一筋縄では行かないだろう。

 俺は油断することなく様子を伺いながらジリジリと距離を近づけていった。

次回は5月9日までに更新予定です。

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