第二十一話 突入開始
7月3日誤字脱字等修正しました。
「しっかし、とんでもないおっさんだぜ」
崩壊した城壁を見据え腰を抜かして倒れこんでいたフアンがようやく立ち上がった。支部の裏側にそびえていた城壁は、その区画だけ抉り取られたかのように何も無い。ラドンが言う共鳴による崩壊とか、この跡形も無い状況を見てよくもまあ言い繕ったものだ。壁の内側にある建物さえ無残にも崩れ去っており、衝撃の強さが伝わってくる。
そんな状況をドヤ顔で闊歩するラドンは、砕けた城壁を見て満足そうに頷いていた。
「はっはっは。どうだ、道は作ったぞ」
「どうするのよ、これっ!」
やっとのことで目の前の惨状を受け入れたヴィオラが、わなわなと震えながらラドンに噛み付く。だが当の本人はどこ吹く風だ。
「このような石壁如きがわしの行く手を阻むなど出来るわけがなかろう」
「こんなにして、万が一他国が攻めてきたらどうするのよ!」
「形あるものは崩れる」
「おたくは……!」
「まっ、いいんじゃね? これでやっと新しい城門が出来るだろうしさ」
業を煮やしどやし付けていたヴィオラは、飄々とした様子でフアンが放った一言に唖然としてしまった。
「おお、フアン! 貴様にしてはなかなかの妙案ではないか。それならば王宮からすぐ森に出て依頼をこなせるな」
「若! そういったことはまず、今、目の前にある難局を乗り切ってから考えるべきです」
「う、む、確かにその通りなんだが……こんなものを見せられるとな。いろんなものが頭からふっとんでしまったよ」
「はっはっは。言うたであろう? わしがちょちょいとのしてやるとな。だから王子よ。おぬしはこんなところで覚悟を決める必要はない。さっさとこのバカバカしい戯言を終わらせて、わしとの契約を粛々と遂行すれば良いのだ」
なんだか、ラドンの妄言に心を打たれたようにアルフォンソが若干目を潤ませていた。そして両者はがっちりと固い握手を交わす。
うーん、傍目には麗しい光景なのかもしれないけど、本当に、これでいいのか? ラドンはどう考えても無茶苦茶やり過ぎだろ。
「若ぁ、まだ何にも終わってないよー。がんばろー」
「おお、そうだなテオ。早速このまま王宮に乗り込むぞ」
「なりません、若! 今まさに偉大なる魔法使い殿のお陰で勝機が生まれたのです。必ずやドゥンケルス殿も呼応するでしょう。その時に若が居なくてなんとするのです!」
「それは……、だが、しかし!」
「ふん、わしは行くぞ。機先を制して相手の気概を徹底的に削ぐのがわしのやり方だからな。ほれ、小僧来い」
「えっ? ああ、わかった」
ラドンは俺を呼んでさっさと瓦礫の道を突き進もうとする。だが、その後に続こうとした俺をヴィオラが驚いたように止めに入った。
「なっ、少年。君も行くの? こんなバカ魔法使いのたわ言に付き合っていたら命がいくらあっても足りないわよ」
「だってこのおっさん一人にしたら何やらかすかわかんないでしょ?」
「それは……確かに」
「なんという不届きな。相変わらず生意気な小僧め」
「こんなめちゃくちゃ仕出かしたあんたをほっといたら、俺がじいちゃんに何言われるかわかったもんじゃないからな」
「なっ?! ぐっ……何を言っておる。わしは幻覚魔法と共鳴魔法を用いただけで、何も後ろめたいことなどしておらん!」
「あっ、そう」
「ぬぐぅ……」
俺が冷ややかに返すと、ラドンの顔つきが苦々しいものに変わる。やっぱりやらかした自覚あるんじゃないか。
「わしもたまには格好付けたかったのだ」
「そんな理由でこれかよ!」
「ふん、一蓮托生だ。小僧! お前も付き合え」
「ふざけんな!」
「ここから先、竜の姿でもないわしが一人で進むのはさすがに手間ではないか」
「竜……?」
「わー!? いや幻覚魔法だけじゃ、さすがに一人では厳しいってことだよな」
このバ火竜、何を突然言い出してんだ! ほれ見ろ。ヴィオラが不審そうにこっちを見てるじゃないか。さすがにこんなしょうもない理由で竜族だってバレたらしゃれにならない。じいちゃんの怒りが間違いなくこっちにも飛び火するよ。
「一人で厳しいならば僕も行くぞ! フアンも行くだろう?」
「えーっ、俺?! 俺はアデリナさんの目の前で格好良いとこ見せたいんだけど」
「貴様、何を馬鹿なことを言ってる! 虎穴にいらずんば虎児を得ずという格言を知らんのか」
「フアンは、若を止めてくれますね?」
「おお! わっかりましたぁ! ん……まあ、そーゆーことだから、悪い、アル」
「フアン、きっさまぁあああ!」
フアンに後ろから羽交い絞めにされ、アルはアデリナの指示のもとギルド支部へと運ばれていった。まあ他にも味方が居るようだし、連携を取って後から付いてきてくれた方がいろいろ都合がいい。
「ふん、結局わしに従うのは小僧、おぬしだけか」
「いいえ、私も行くわ」
「えっ、ヴィオラ?!」
「このおバカな魔法使いを放っておいたら何をするかわからないんでしょう? それに少年、君の剣術の情報は知っている。君が前衛で私がサポートに回れば何かと都合良いわ」
ちょ、マジか。相手もいることだし完全に本気で行くわけにはいかないと思ってたけど、これでは後ろにも監視役がいるに等しいじゃないか。
「ほう、女、いやヴィオラよ。おぬしも来るか」
「放っておくと、大惨事の予感しかしないからね」
「はっはっは。相手にとってはそうであろうよ。おぬしは安心して後ろから付いてくるだけでよいぞ」
「本当にそれで済むなら、どれだけありがたいことやら」
ラドンが右手をぬっと差し出すと、ヴィオラは握手せずパチンとその手を弾いた。
「握手はこの混乱が収まってからよ。それまで気を抜くんじゃないわよ、偉大なる魔法使いさん!」
「その尊大な物言い、あえて許そう。そして我が力をとくと見るがいい」
「はいはい」
「はっはっは」
なんだか、俺よりこのバ火竜の扱いに慣れてんな。さすが二人だけで森の中を何日も進んできただけの事はある。
「さあ、行くとするか。少数精鋭の方が都合が良いだろう? 小僧。わしは少し魔力を使いすぎたからおぬしに任せるぞ」
「その人間離れした剣術レベルが伊達じゃないって見せ付けて頂戴」
「……っ、なんだよ、それ。めちゃくちゃだな」
ラドンだけならともかく、ヴィオラにまで囃されるとは思わなかった。
「おーい、カトルー。死なないように頑張れよ! さあ、アデリナさん、一緒に生きましょう! いや行きましょう!」
あっちのフアンもなんか言ってるしな。まあいっか。
探知魔法の使い手も居たと思うし、油断だけはしないで進もう――そう思っていたら、ラドンが不意に歩みを止めて厳しい表情を向ける。
「おい、小僧。なぜ探知魔法を使わん。鑑定魔法はどうした?」
「相手に俺より上手の魔法の使い手がいるんだ。だから――」
「ちっ、おぬしは全然わかっとらんな。レヴィアめ、こんな小僧を一人にして何をやっとる――」
まだ何か言おうとして、ふと前方に敵影の姿を認めたラドンが舌打ちする。そのまま瓦礫の横に身を寄せると、何事か呟いて右手を前に突き出した。途端にラドンの右手が赤く光り、炎を巻き上げて直進する。
ズドォォン! という音ともに火煙が舞い上がり、右往左往する敵兵士たちの姿が数十と見えた。
「何をやってる、小僧! 早く仕留めよ!」
「えっ? なっ、ええ?!」
俺はラドンの言葉に思わず聞き返してしまった。仕留めるって、相手は猛獣の類ではないんだぞ。フアンやヴィオラたちと同じ人族だ。それに止めを刺してしまっては、彼らからすれば同族殺し扱いされるではないか。
――そんな俺の戸惑いは相手からしたら絶好の的だった。
「炎の矢!」
「風刃! 切り裂け!」
「石礫魔法!」
「水球!」
なぜ、わざわざ魔法名を叫ぶんだろう? 相手にバレバレじゃないか。
そんな俺の心の叫びなど無視して、次々に魔法の攻撃が飛んで来る。
「くっ!」
攻撃魔法は避けるか受け止めるかだ。ラドンのように反射魔法で跳ね返せれば良いのかもしれないが、当然俺にそんな高等魔法など出来ない。
「くっそぉおおお!」
辛くもその魔法群を避ける俺の前に次々と魔力の壁が立ちふさがった。
元々多勢に無勢。避けるのが下策なことくらい俺にもわかった。だからラドンは言ったのだ。魔法を放たれる前に止めをさせと。どうせ攻撃するしか無い以上、魔法を食らうだけ消耗する一方だ。
俺は剣を左手に背負うと、飛ぶように左右を行き来しながら前へと進んでいった。左右の動きを交えるだけで、前後からでは俺の動きが人間離れしていると気付くのは難しい。
そのまま何とか敵の前に躍り出ると、兜と鎧の境目から手刀で気絶させていく。
そう、俺はこの期に及んでまだ相手に止めをさす事を躊躇していた。
「愚かものめが!! 死にたいか、小僧!!」
俺のやり方にラドンの激高した叫び声がこだました。その次の瞬間、圧倒的な魔力が辺りを包み込み、その場の空気を変貌させていく。
「ひっ、ひ、ひ、ひ」
「う、あ、うあああああ!!」
周りにいた敵兵は狂ったように頭を振り、全身もだえ始めると、のた打ち回ってそのまま動かなくなってしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ……んぐ、これは?」
「恐怖魔法だ、この愚かものめが。いくら大した威力の魔法でないとはいえ、その全てを受け止めるつもりか!?」
周りで息も絶え絶えの敵が転がる中、ようやく俺は一息ついて敵兵を見据える。
――良く見れば、鎧を着込んではいるものの、ギルドの傭兵に感じるような雰囲気はなかった。傭兵にもならず、戦いも満足に行わないような貴族連中だったことが俺の命を救ってくれたのかもしれない。
だが、それでも魔法だけは魔道具でそれなりの強さのものを使ってくる。
「カトル君、君はまだ覚悟を決めていなかった……のね」
深い溜息と共にヴィオラが俺の肩にそっと手をやった。
「俺に、覚悟が、無い?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。なぜ、止めを刺さない事でそうまで言われなくてはならないんだ。
いや、確かに俺はピンチだった。もし相手が全員で魔法を放ってきたら、俺は耐え切れただろうか?
「イェルドに聞いているわ。カトル君はカルミネを目指しているのよね?」
「あ、ああ。そうだけど」
ヴィオラの声がやけに大きく聞こえた。あまりに大きくて頭が少し揺れる感じがする。
そんな俺の状況を知ってか知らずか、ヴィオラは真剣な眼差しで俺に言葉を投げかけてきた。
「カルミネはこんな腑抜けた戦場とはわけが違う。人の死を恐れるなら、君はもうこの場を離れるべきよ」
そして俺は、背筋から汗が滴り落ちるのを如実に感じていた。
次回は5月7日までに更新予定です。