第二十話 火竜来りて灰塵と化す
7月2日誤字脱字等修正しました
「ちょっと、待ちなさい! 何を言ってるの?」
ヴィオラの怒り心頭の声が店内に響き渡り、慌ててロベルタがその口を塞ぐ。
「まあ、まあ、落ち着いてヴィオラ」
「これが落ち着いていられますか!」
「とりあえず少し黙らんか、女」
先に店の中で長旅の疲れを癒していたヴィオラは、自分不在で勝手に決まった今後の方針に目を吊り上げて反論する。
「こんな少人数でいったい何が出来るって言うの?! 失敗したら反逆罪で死刑よ?! 安易な行動は慎むべきだわ」
「反逆罪で死刑……」
彼女の諫言は至極真っ当だったが、フアンは明らかに怯んでいた。アルフォンソに対して色々突っ込みを入れておきながら自身はまだ覚悟が決まっていないとか、さすがフアン、と言いたいところだが、そう簡単に身を投げ打って行動に移せない気持ちも分かる。
「アデリナ様からもアルフォンソ様を説得して下さい。もしアルフォンソ様の身に何かがあれば――」
「僕の心は決まっている。心遣いはありがたいが覚悟は出来ているんだ」
「……っ!? そんな――」
まだ何か言おうとしたヴィオラの口元にアデリナは軽く手のひらを当てた。そしてくるりと振り返りアルフォンソに問いかける。
「若。覚悟とはいかなるものかお尋ねしても宜しいですか?」
「無論、僕だけ生き残る覚悟だ」
「えっ……?」
アルフォンソの語った言葉に俺は思わず声を上げて驚いた。
生き残る覚悟ってなんだよ。てっきり命がけで戦うとかそういう事だと思っていたのに。
だがロベルタもアデリナも、そしてフアンでさえもその言葉に頷き、ヴィオラは大きな嘆息を吐いて天井を見上げている。
あれ……?
俺だけ分かってない?
「どういうこと?」
「わしに聞くでない」
良かった。どうやらラドンも同じみたいだ。
……いや、良くない。フアンが心底呆れ切った表情でこちらを見ていた。
「お前らな、せっかくアルがカッコつけたのに台無しじゃん」
「そんなこと言われても」
「アルが言ったのは王族の覚悟ってやつだ。たとえ家族が全員殺されたって王家の血筋を守り最後まで戦うって意味だよ」
「あっ……」
フアンの説明を聞いて、ようやく俺は理解出来た。アルフォンソの両親や兄弟は捕らわれの身であり、自分が反抗することで殺されてしまうかもしれない。それでもこの暴挙に立ち向かうという覚悟を示したのなら、もはや掛ける言葉は見つからなかった。
だが、俺が感銘を受けている隣でそれさえも無にする奴がいた。
「はっはっは。覚悟など決めんでも、わしがちょちょいのちょいとのしてやろう。大船に乗った気でいるがよい!」
「大船? 墜落の次は沈没ってことか」
「本当に口の減らんガキだな。わしの本気を甘く見るなよ、小僧! あんな壁如きで我が歩み、止められるものか」
「宜しく頼むぞ、魔法使い!」
アルフォンソの言葉にラドンは不適な笑みを浮かべ、二人はがっちりと握手をする。
――壁で止まらないって、このバ火竜は一体何をする気だ? まさか飛行移動で壁を越えて行くって言うんじゃないだろうな……。
「はっはっは。案ずることはない。我に続け! そして道が開けば全軍突撃だ」
高笑いをしながら、ラドンは先頭を切って店を出ていった。慌てて皆、後ろを追いかけていく。
――俺はこの段階に来てもまだラドンの事を甘く見ていた。
そして、ラドンは予想のはるか斜め上の行動に出たのである。
―――
「幻覚魔法!」
ラドンが景気よく声を上げるとざわついた空気が一斉に周囲へ飛び火していった。
――少なくとも俺にはそう感じられた。
人気のない大通りをラドンは悠々と支部へ向かって歩いていく。皆、それを呆然と見つめることしか出来ない。まさか見張りが多数いる中で、通りの真ん中を堂々と進むなど誰も想像していなかった。
でも幻覚魔法って、一体どんな魔法なんだ? と思っていたら答えは意外とすぐに明かされることになった。
「う、わああああ。な、何だ、あれは?!」
「ド、ドラゴン!?!?」
前方に人影が現れたかと思えば、どの者も皆、奇声を上げて逃げてゆく。その様子を皆、狐につままれたような顔つきで見守っていた。
「どうなってるの? これ」
「はっはっは。奴らには幻覚が見えておるのだ。荒々しく雄大な火竜の姿がな」
「火竜?! ってまさか!?」
「ほれっ小僧、おぬしはさっさと鑑定魔法をかけよ。こう暗がりでは味方か敵かわからぬではないか」
俺は言われるがまま前方で腰を抜かしている男に向けて鑑定魔法を放った。
名前:【ルフィノ=シルヴァス】
年齢:【27】
種族:【人族】
性別:【男】
出身:【リスド】
レベル:【5】
カルマ:【なし】
って、良く考えたらこれだけじゃ敵か味方かなんてさっぱりだ。だが名前をアデリナに伝えるとすぐに答えてくれた。
「貴族に連なるもので間違いありません」
「敵か!」
敵ならば容赦はいらない。俺は急いで男に近づくと当身して気絶させる。
「縛り付けておこう。って、縄なんてあったっけ?」
「はい、どーぞー」
「うわっ、何この量」
「すっげえ……、縄ばっか。これお前の趣味?」
「そんなわけないじゃん。アデリナに言われて、いつも収納してるんだよー」
「若に不埒を犯す者を捕縛しなくてはなりませんから」
「ほへぇ……、アデリナさんが縄を」
「何か」
「う、い、いえ、とにかく早く捕縛しますです!」
アデリナに睨まれて冷や汗をかきながら、フアンは手際よく男を街灯の柱に括り付けた。
「ほれ、次はあやつだ」
「了解」
名前:【サトゥルニノ=アコンチャ】
年齢:【25】
種族:【人族】
性別:【男】
出身:【リスド】
レベル:【10】
カルマ:【なし】
「あれは、サトゥね。ギルドの職員よ」
今度はヴィオラが応じる。
「知ってるなら先に言ってくれ」
「街灯が消えて暗いのに分かるわけないでしょ。名前を言われてやっと輪郭とか見分け付く程度よ!」
「しっかし、ギルドの奴が幻覚如きで目を回していちゃダメじゃね?」
「お前がそれを言うか? 洞窟行った時はあれだけ火竜怖がっていたのに」
「わーわーわー。カトル、てめえ何でアデリナさんが居るところで蒸し返す!?」
「しかし、カトル殿の鑑定魔法は本当に便利ですね。私も才があれば是非習得したいのですが」
「おいらは興味なーし」
「はぁあ?! 収納魔法と鑑定魔法両方使えたらめっちゃ重宝されるっての知らんのか?」
「だって、おいらはずぅーっと若の従者でいるもん」
「テオ……! おまえという奴は――」
「若はおいらとアデリナがいないとなぁーんにも出来ないからね」
「テェオォー!」
「ぎゃあああ、痛い痛い。若ぁ、ぐりぐりはやめてぇえええ」
サトゥと言うギルドの職員をヴィオラが起こすと、慌てて座ったまま後ずさっていく。突然、火竜の幻影を見せられて、その次が秘書だったらそりゃ驚くわな。ただ、実際に怖がられたヴィオラは少々むっとしたようで、部下の背中を思いっきり叩いた。やっとこさ夢から覚めたサトゥはすぐさま彼女に敬礼をする。
「ほれ、次だ次」
「わかってるって」
そんな感じで、たかが大通りを歩くだけで大変な騒ぎになっていった。先ほどまで誰も居なかったのが嘘みたいだ。ただ、誰もが泡を吹き腰を抜かさんばかりに逃げていたので、俺たちは悠々と支部までたどり着く。
「しかし、あいつらにはどんなふうに見えてんだ?」
フアンが慌てふためく連中を面白そうに見ながら、何気なくラドンに尋ねる。
――それを聞いたラドンの瞳が妖しく輝いた。
「ふむ、それならおぬしらにもどんな感じか幻影を見せてやろう」
「えっ……? ちょ――」
「幻覚魔法!」
「待っ……、ぎょえええーーー!」
気付いたときにはラドンの姿はなく、城壁の高さを超える巨大な生物――巨大な火竜の姿が席巻していたのである。
「ぐ、ふ、ふぉおおおお!」
哀れフアンは驚きのあまり、そのまま後方に1mぐらい飛び上がって倒れこんだ。他の皆もフアンほどではなかったが、言葉を失い、巨大な竜と化したラドンの姿を恐る恐る見上げる。
俺は別に見慣れた姿だったので特に驚きもしなかったが、これが幻覚って凄い魔法だ――って、あれ? ラドンの奴やたらリアルに動いているな。……って、これおかしいぞ。魔力とか全然感じないんだけど。――まさか、これ魔法じゃなくて本物か?!
あのバ火竜、何考えてるんだ!?
「ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ。どうだ、驚いたかフアン」
「あ、う、あ、う、あ」
支えを無くした人形のように、フアンは首をかくかくさせて必死に頷く。
「ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ、面白すぎる顔だぞ、フアンよ。そんな顔をされたら、わしは愉快でたまらんわい」
……このバ火竜、ついにやりやがった。
大陸の、町の通りのど真ん中で竜族の姿に戻りやがった!
こんなの俺じゃどうしようもないじゃないか。竜になられたら表情はあまり分からないけど、絶対に確信犯だ。きっとほくそ笑んでいるに違いない。ラドンは最初から竜になる気満々だったんだな。
「……ん? 何だ」
不意に火竜が空を見上げる。それとともに、頭上から石礫が勢い良く降り注ぎ始めた。
「うわっ、ちょ、これヤバイって」
「ぐっ、いってえ」
石礫というからつい土属性の魔法をイメージしていたが、とんでもなかった。手のひらサイズよりも大きな石が豪雨のように降って来たのだ。この数では到底避けられるものではない。
「反射魔法!」
このままではまずい、と思った瞬間にラドンが天に向けて咆哮した。すると空に薄く白い幕が広がり、そこに激突した石礫が勢いそのままに反転してゆく。
大量の石は城壁を超え、凄まじい轟音ともに城内に雪崩落ちた。
「ふん、これで術者か道具か知らんが壊滅であろう」
ラドンは面白くもなさそうに呟いた。
……凄い魔法だ。これがあれば、どんな凄い魔法が来たって無敵じゃないか。
「さて、次は城壁だな。……支部の裏手辺りで良いか。我が音魔法の威力を見せ付けようぞ!」
ラドンは大地が震えるほどの低い声で宣言すると、城壁に向けて咆哮を上げる。そのまま風が舞い踊り、突風が吹きすさぶと同時にドォオンという爆裂音が鳴り響いた。
見れば城壁から凄まじい砂煙が舞い上がっている。まさしく、見る者の目にはドラゴンの怒りの咆哮が炸裂したようにしか捕らえられないだろう。それが収まってきた時にはもう壁はなく、粉々に砕けた石の残骸が残るだけであった。
「ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ、これぞ音魔法の極意。共鳴による崩壊だ」
ラドンは上機嫌に笑い、そして人の姿へと戻っていく。その場にいた誰もが呆然と立ち尽くしていた。壮大な城壁の姿が、たった数秒で灰燼に帰したのだから。
ただ、俺にはわかった。
何だかそれらしいことを言っているけど、あんなの全然魔法なんかじゃない。竜族の咆哮の威力で適当に粉砕しただけだ。
こんなのじいちゃんが知ったらただじゃ済まないぞ。
「はっはっは、行くぞ王子! さっさと混乱を収めて見せい」
ラドンはまだ何が起きたか良く分からないと言った風な王子の肩を思いっきり叩くと、高らかに笑い声を上げた。そして、我先にと城内へ歩みを進めて行ったのである。
次回は5月1日までに更新予定です。