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第三話 レヴィアの手ほどき

1月26日誤字脱字等修正しました

5月11日サブタイトル、および誤字脱字等修正しました

 翌朝、長老が孤島へ帰っていったが、その方法に驚かされた。


 遠話で孤島にいる竜と会話しながら、島の中央部分にある石で囲まれた場所に長老が(もと)の姿でたたずむ。そしてレヴィアが何事か呟き始めると途端に長老の姿が透け始め、瞬く間に消えてなくなった。


「これは?」

石造りの輪(ストーンサークル)の魔法よ。キミは長老から何も聞いていないの? どうやって帰るつもりだったのか、小一時間問い詰めたいところね」


 レヴィアは呆れながら説明してくれる。

 大地を流れる力を利用して移動する魔法らしい。

 通常、大地の力は地中に脈を打っているのだが、それを地上まで呼び寄せ、その脈動を通じて遠方間を行き来することが出来る。

 大地の力を人族は龍脈と呼ぶそうだが、この魔法は竜族のように魔力に長けたものでないと使いこなせないとのことだ。

 そう言えば長老からの言いつけで一年に一度は孤島へ帰るんだったっけ。

 それなら、この島に遠からず戻ってくる必要があるわけだけど。


「本当にキミ、大丈夫?」


 レヴィアは石造りの輪(ストーンサークル)の魔法を知らなかった俺に不安を隠せない様子だった。

 ってゆーか、正直俺も不安だ。


「まあ、もう、ここまで来てしまったのだからしょうがない。後のことはおいおい教えて行くしかないわね。この島で出来ることなんて限られているわけだし」


 盛大に溜息を付くレヴィアに俺は居たたまれなくなる。


 この島から船で北西に向かえば三日とかからず近場の港町にたどりつくという。

 そんな近い距離でレヴィアと俺がいろいろな修行を行えば、間違いなく異質な存在に気付かれるそうだ。

 この島は竜族にとって大切な玄関口であり、人族にその存在を知られるわけにはいかない。

 体面上は、そこそこ裕福な貴族が気晴らしに住んでいることになっている。


「なんだか、本当にごめん」

「あやまる必要はないわ。どうせ、一ヶ月くらいはキミと一緒に大陸で過ごす予定だし、ゆっくりと教授――」

「えっ?」

「……えっ?」


 俺がレヴィアの言葉に驚いて思わず叫んでしまったので、今度は彼女が絶句している。

 そして見る見るうちに顔が紅潮していくのがわかった。


「そうかそうか、なるほどなるほど。うん、キミは悪くない。キミが悪くないのはわかった。だから安心して――あのクソジジイが全部悪い!!」

「……う!?」


 レヴィアの黒髪が逆立ち、目の色が赤く輝き始める。

 その秘められし圧倒的な力でグンッと圧迫され、俺は一瞬息も出来なくなった。


「あらら、いけないいけない」


 竜巻となって上空で雲が渦を巻き始めようとするのを見て、レヴィアは平静を取り戻した。

 一度渦を巻き始めた雲はあっという間にもくもくと大きさを増してゆき、積乱雲となってさらに巨大化していく。

 このままでは台風なみの低気圧が出来るのではないか、というところでレヴィアが得物の槍を取り出し虚空に一閃、そのまま雲は飛散して何事もなかったかのようにまた青空が現れた。


 その力をマジマジと見ていた俺は、絶対に彼女を怒らせることだけはしないと誓うのだった。




―――



「ともかく出発しましょう!」



 レヴィアの号令を合図に眷属の4人が船を率いて出航した。

 オーケアニデス族は優秀で、レヴィアと俺は船旅の間、たまに大物が襲い掛かって来て若干の手伝いをする以外はほとんど船室にいるだけで済んでいる。

 それにしても船旅で海から生き物が襲ってくると考えていなかっただけに、角のようなものが口ばしに生えた大きな魚や足が何本もある白く巨大な生き物が船目掛けて突進してくるという光景は驚きの連続だった。

 レヴィアによれば大陸近海は基本的に平穏なのだが、たまに大物がいるそうで、彼女やオーケアニデス族の莫大な魔力に惹かれて襲い掛かってくるとのこと。

 ちなみに孤島近海はとんでもない海の怪物が住んでいるのだが、竜族の力に怯えて海底の奥底から出てこないそうだ。たまに出てくると長老たちがこぞって捕獲し、豪華な夕食に変わっていたらしい。

 ……全然気付かなかったよ。

 

「普通に海で魚を獲るのも怪物クラスを捕獲するのも長老たちにすれば大して変わらないことだから、今まで知らなかったのも無理ないわね」


 レヴィアは呆れ半分で、笑いながら俺に教えてくれる。


 そんなわけで、船に向けて襲い掛かってくる巨大イカや巨大カジキらをレヴィアの優秀な眷族たちが狙い違わず槍や魔法で仕留めていくのに感心しながらも、俺とレヴィアはこれからのことを話し合う為船室に戻っていった。




「まずは人族の中で過ごすにあたって、これだけは絶対に守ってほしいということの確認ね」


 レヴィアはもう長老の教えに期待せず、一から指導することにしたようだ。

 長老からも聞いていたけれど、確認の意味合いでよく聞いておこうと思う。

 

「人族はとにかく異質を嫌う。私たちが竜族だと分かればほぼ間違いなく徒党を組んで追い払おうとするでしょう。キミがまず絶対にしなければならないことは竜族だとバレないようにすることね」


 これは長老にも繰り返し言われ続けてきたことだ。

 人族の身体能力はかなり高いとはいえ、竜族には遠く及ばない。だから力を制御することは最優先事項であった。

 それさえ気をつければ、あとは鑑定魔法に引っかからなければよい。

 

「へぇ……確かに種族が【人族】になっているね」


 結構難しいのよ、とレヴィアは初めて俺を褒めてくれた。

 俺は魔法がとにかく苦手で、基礎となる四元素でさえ軒並み低空飛行だった。それぞれの系統の初歩魔法すら悪戦苦闘している状況で、四元素以外の魔法が使えるというのはなかなか珍しいことらしい。


「仮に誰かが看破の魔法を使ったとしてもまず見破られないレベルね。凄いじゃない」


 何が凄いのかいまいちよく分からなかったが、俺は幸先良く褒められてうれしかった。魔法が苦手という意識が強かっただけに喜びもひとしおだ。

 三年間の苦労は無駄じゃなかったとしみじみ思う。


「次は力の制御ね」

「それは任せて」

「言うね、キミ。それならテストしよう」


 これは自信があった。長老のあの過酷な特訓に耐えてきただけあって、俺の剣の腕はかなり上達したと自負している。

 俺が身構えるのを見てレヴィアは再び槍を持つと、船室が破壊されない程度の鋭い攻撃を繰り出してきた。


「うわっ、とっ、とっ」


 油断していたわけじゃないが、明らかに長老の槍よりも早くて鋭い突きなのに、確実に俺の死角を狙って襲い掛かってくる。

 長老は剣の方が得意だったが、それにしたってレヴィアの槍による攻撃はとんでもなく素早い。もしかすると長老より槍の腕は上かもしれない。

 なんとか剣で振りほどいてかわしきったが、素手だったら確実に腕か胸を突かれていただろう。


「合格、なんて言える立場じゃないわね。まさかほとんどその場に居たままかわされると思わなかったわ。これなら人族相手でも剣術の腕が凄いように見えるし、逆に私の方がその技術を学びたいくらいよ」


 どうやら無事、レヴィアの信頼を得られたようで少し胸を撫で下ろす。

 これはもともと竜人の姿で生まれた俺だから出来ることなんだろう。 

 竜の姿を無理やり竜人化しているレヴィアに比べると、俺は自然に動いているだけだ。本来の力の一割も発揮できない彼女より劣っていたらそれこそ竜族を名乗る資格なんてない。


「それでは次、人族の常識や生活習慣についてね」


 朝昼晩三食食べるのは同じだし、夜寝るのも朝起きるのも変わらない。睡眠時間については若干竜族の方が長く必要だが個人差でごまかせる程度だ。

 身体が汚れれば水かお湯で洗うし、食事をした後に歯を磨くのも同じ。


「人族の方が食事にうるさいし、衣服にこだわるし、寝る場所も繊細だけどね。固くて冷たい石の上などでは寝ることが出来ない人もたくさんいるわ。でも、個々で違うのは竜族も同じ。問題は魔法ね。人族はかなり最近まで六歳になると魔道具を使って魔法を強制的に使えるようにしていたの。ごく少数居る魔力に長けた者を除いてね」

「その話は長老から耳にたこが出来るほど聞いたよ。だから俺もある程度魔法が使えないとまずいってことで鑑定魔法を、それこそ死に物狂いで練習したんだから。まあ、町で使っちゃダメってわかってがっかりだけど」

「あら、使うのを禁じられているわけではないの。人に向けたと誤解されなければ大丈夫。むしろあまり使い手がいないから人族の中では重宝されるよ」


 食べ物が新鮮かどうかわかるし、宝石なんかもまがい物かどうか見分けがつく。

 毒が無いかどうかもわかるし、レベルが上がると怪我や病気の類だって判別出来る。

 だから鑑定魔法の使い手は引く手あまただそうだ。


「だけど、キミの場合は問題ね」

「えっ?」

「まだ鑑定魔法がまだあまり上達してないでしょう? 魔道具で強制的に覚える人族に比べるとレベルがだいぶ劣っているよ。これが三年前までならごまかすことも出来たけれど、今は鉄石(くろがねいし)が出回って魔法がどのくらいのレベルか分かってしまうわ」

「それってとてもまずい状況なんじゃ――」

「それなりにまずいわね。他に使える魔法も少なそうだし……」


 俺があと使えるとすれば詐称の魔法だが、さすがに怪しすぎてとても言えたもんじゃない。

 ちなみ詐称の魔法は能力(ステータス)の項目を隠したり変更したりすることは出来ても、新しいものを追加したり、能力以上に見せたりすることは出来ない。

 だから鑑定魔法をもっと使えるように見せることは不可能だ。


「どうすればいい?」

「どうもこうも使えるようになるまで特訓あるのみよ」

「えええ?!」


 俺ここまで出来るのに三年かかっているんですけど。

 正直、活路が見えない。

 それを話すのは俺に魔法の才能がないことを暴露するようなもので恥ずかしかったが、彼女に伝えないわけにはいかなかったので素直に白状する。

 だが話を聞いたレヴィアは少し驚いた顔を見せ、それからくすくすと笑い始めた。


「長老はよほどキミがお気に入りなんだね。魔法の歪な成長は長老の仕業だったわけだ」

「はい?」

「安心なさい。単純に一つの魔法をある程度のレベルにすることは、効率よくやれば意外と簡単よ。おそらくキミくらいの力なら一ヶ月程度でクリア出来るわ」

「そんなバカな!」


 俺は少なくとも必死で鑑定を使いこなせるように頑張った。全く手抜きなんてしていない。

 ちゃんと長老が言った通りの修練を行い、少しずつだけど着実に向上してきた実感もあった。

 それが、一ヶ月?

 じゃあ今まではとんでもない遠回りをしてたってことか?


「信じられないって顔をしているわね。まあ、過保護な長老様の訓練ならそう思うのも無理ないけれど」

「なっ!?」

「試しにどんなことを孤島でやっていたのか当ててみせましょうか?」


 ニヤリと笑いながら茶目っ気たっぷりにレヴィアがにじり寄ってくる。

 

「まずはね、魔法を使うことが出来るようにイメージを膨らませる練習をしていたでしょう?」

「……う」

「それから、身体の全てで魔力を感じる訓練に、イメージをさらに膨らませて二つ、三つ、四つとどんどん増やして感覚を養う訓練。あとは……」


 次から次へとレヴィアが話す内容はまさに長老から教えられた日々の修練そのものであった。

 鑑定魔法はありとあらゆるものを見定める必要があるから、イメージをとにかく膨らませることが必要だと長老は言っていた。

 頭だけではなく身体のありとあらゆる場所で魔力を感じられるようになる。それが重要だと。

 それがだんだん出来るようになっていったから、俺は日々力がついていると実感できていたんだ。


「まあ、言ってることに間違いはないけれど、実際のところ魔力そのものを効率的に高める訓練という意味合いがはるかに強いね。事実、キミはその年齢にしては桁外れの魔力値を示しているから。順調に育てば長老の後継者になれる素質は十分にあるよ」

「俺よりユミスの方が圧倒的に魔法の力は上だったんだけど」

「それは単純にかの女王が稀有な才能の持ち主だということでしょう」


 レヴィアの言葉は、俺にとって世界がひっくり返るほどの衝撃だった。

 俺は魔法が苦手で、でもユミスは魔法が得意で。

 ユミスは剣術や体力系のことが苦手で、俺は得意で。

 だから俺はユミスを守りたいと思ったんだ。

 まさか俺に魔法の素質があるなんて言われる日がやって来るとは。


「話を戻すと、キミは私といる一ヶ月で鑑定魔法のレベルを上げる必要がある。だけど、さし当たっては鉄石(くろがねいし)を何とかごまかすことの方が重要ね。このままじゃ町に入ることさえ難しいわ」


 町は外敵から守るために堅固な壁で囲まれており、入り口の門には必ず衛兵が駐屯している。そこで町に入る人全員を確認し、問題なければようやく中へ通されるそうだ。

 ちなみに検問で引っ掛かった怪しい者は全て詮議の対象となり勾留させられる。

 当然【カルマ】や魔法の力の有無は重点的に調べられるわけで、少しでもおかしなことがあればただでは済まない。


「えっ、じゃあいきなり野宿?」

「そんなわけないでしょう! キミだけしたいならすればいい」

「いやいや」


 あれだけ美味い食事を口にしてしまったのだ。これが町にも入れず一ヶ月近く野宿なんて口が避けても言えない。もっと人族の美味しいご飯を食べてみたい。


「いくつか手立てはあるけど、一番安全な方法で行く予定よ。その分、キミにはいろいろ制約が加わるけど、問題ない?」

「もともと俺の力のなさが原因だし。それで、どんな方法なの?」

「これを使うわけ」


 そう言ってレヴィアは俺の視線も気にせず(いやわざとか?)ワンピースの胸元をまさぐり、ネックレスについた年季の入ったタグを出してきた。

 洗練されたデザインの青銅タグには、シンプルだけどなかなか惹かれるシンメトリーな紋章が刻まれている。


「あまり女の胸元を凝視しない方がいいわね」

「えっ?! いや、その、そんなつもりじゃないって!」


 俺が食い入るようにタグの紋章を見ていると、身体を捩じらせながらレヴィアは胸元を隠す。

 それはとんでもない誤解だ。

 大体、竜族にそんな情欲ないだろ。

 絶対にわざとだ。俺をからかっているんだ。


「これは傭兵ギルドの証よ」

「傭兵ギルド?」

「あら、長老様の授業で習わなかった? いくつかある組織の中でも物騒なこと全般を請け負う何でも屋よ」


 そういえば何か聞いたような。

 あの頃はとにかく自身の修練に必死で、人族の生活習慣の細かなところまでは頭に残らなかった。


「実際に行ってみればわかるわ。あと少しで大陸に着くことだし、そこでいろいろと話しましょう」


 船に乗って三日目の夕刻近く、無事俺たちは大陸にたどり着いた。

 やっと着いたという実感が込み上げてくるが、まだ俺は何かを成し遂げたわけじゃない。

 いっそう気持ちを引き締めようと誓うのだった。

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