第十八話 案の定の大惨事
6月22日誤字脱字等修正しました。
「うぉおおお! 翔んでる、翔んでるぞぉ!」
「どういう仕組みかはわからんが、とにかくこれは凄いな。貴様、なかなかやるではないか!」
「へぇえ、凄いわね。こんな魔法聞いた事無いわ。口だけの魔法かぶれじゃなかったのね。――これは儲けの匂いがするわ……!」
「わ、わ、わ、若ぁ……! おいら、高い所はてんでダメなんだ。落ちたらどうしよう、落ちたらどうしよう、落ちたらどうしよう!」
「テ、テオは少し落ち着きなさい。魔法使い殿が作り出しているのです。このまま墜落するはずありません!」
早速町に向かうことを宣言したラドンは飛行移動の魔法を使って俺たち全員を森の木々の上に引き上げ、高速移動させたのだった。
皆初めての経験に、フアンは少年のような歓声を上げ、アルフォンソは周囲に広がる森の景色に心奪われ、ヴィオラは素直に賞賛を口にし、テオとアデリナは足が地に着かない状況におろおろしていた。
ただ、それぞれ皆快適な空の旅を満喫しているようで何よりである。
「はっはっは。どうだ、凄かろう? あのレヴィアでさえこの魔法は使えまい」
俺を横目に、ラドンは一層満足げな表情を浮かべる。
「確かにレヴィアが使っているの見た事ないけど」
「そうだろう、そうだろう! あやつは水の絡まない魔法が苦手だからな」
へぇー。レヴィアに苦手な魔法があるなんて初めて聞いた。少なくとも俺が悪戦苦闘しているレベルの魔法なんてなんら問題ないわけで、今、ラドンが言っていることはまるで次元が違う話なんだろう。
それにしてもこの飛行移動の魔法、火と風に土属性も絡んでるけど、もっと別の要素もありそうだ。なんか、どこかで感じたような気がするんだけど……。
「ほう、小僧。何かわかるか?」
ラドンがニヤつきながら問いかけてくる。
くっそー。もう少しでわかりそうなんだけど。
……ん? そうか熟睡魔法だ! ってことは。
「音魔法か!?」
「ほう、小僧、少しはわかるか。ふむ、さすが長老が見込んだだけのことはあるな。よかろう、後学の為に少し教えてやるとするか」
ラドンは頼んでもいないのに自慢げに音魔法についてぺらぺらとしゃべり始めた。だが、俺としてはとっかかりすらわからなかったので非常にありがたい。
「音魔法は空気の波を操る魔法だ。振動により相手の聴覚を麻痺させたり、脳を刺激して混乱に陥れたりするのが普通だな」
……そう言えばこいつのせいで、最初に出くわしたギルドメンバーは恐怖に怯えて家から出なくなったんだっけ。恐怖魔法も音魔法の系統だったのか。
「だが、それを応用してこの飛行移動は成り立っている。音が伝わる波を強化し風魔法と合わせて二つの違う速さの波を作ってるのだが、その差異で生み出される揚力により、わしらは浮かびあがっているのだ」
「う、あ、ちょっと待って。はっきり言って何の事だかさっぱりわからない」
「はっはっは、小僧にはまだ早すぎたか。ならば音魔法の初歩でも学んで精進しておくがいい。ほれほれ、色々感覚を味わえ」
「うわっ!?」
そう言ってラドンは俺に向けて次々に音魔法を仕掛けてきた。俺の反応がいちいち楽しいのか、調子に乗って色んな波長を送り込んでくるから頭がふらふらする。
くっそー、あったま来るなぁ。
でも、こういう空気の波や振動を起こすのが音魔法の基本だとすれば、確かに風属性を難しくしたような感覚だ。今度、時間があるときに試してみたい。
そんな感じで俺がふらふらしながら上機嫌のラドンの相手をしている間、他の皆は広大な森の鑑賞につとめていた。あのフアンでさえ、アルフォンソの横でほぉっと感嘆の溜息を付いている。
「すげえな。西日で森に山の陰が掛かるとここまで幻想的に見えるのか」
「フアン、貴様らしくない物言いだな」
「うっせ。俺だってな、詩人になるときはあるもんさ」
「フン……だが悪くない。こうして森が延々と広がる光景を見ると、自分のちっぽけさを痛感する気分だ」
「それにしても、あっという間だぜ。もう火山があんな遠くだもんな。確かにこれなら夜には町に着いちゃうな」
フアンの言葉にアルフォンソは西日に照らされる森を見るのを中断し、行く先である海側の方角を確かめた。
「ああ、そうだな。これなら夜に……いや待て。このまま向かえば僕たちの事が敵側に丸分かりなのではないか? 魔法使い」
「んん? まあ、そうであろうな。面倒だが途中で降りて歩いていく他あるまい」
ラドンの言葉を聞き、途端にアルフォンソは眉を顰める。
「夜の森か……」
「なんだ、アル。まだ怖いのか?」
「貴様……僕に怖いものなどあるわけない!」
「じゃあ、大丈夫だろ。町付近の森の中なら、昼よりちょびっとおっかない獣が徘徊してるくらいで、なんてことない真っ暗な場所ってだけだし」
「そ、そうか。それなら安心だな。わは、わはは」
「あ、あれぇ? 若っていつ暗いの怖くなくなったんですか?」
「テェオォオ!」
「う、わあああ。ごめんなさい、ごめんなさい」
「くっくっ。なんでい、アル。やっぱり暗所恐怖症まだ治ってなかったんじゃん」
「う、うるさい! 笑うな!」
「大丈夫ですよ、若。人は元来、暗闇を怖がる生き物なんです。暗い場所を怖いと感じる心こそが重要なのです」
「アデリナ、それは全然慰めになってないからな」
そうか。行きの道でアルフォンソがかなり辛そうに見えたのは、体力的な問題じゃなくて暗闇が怖かったからだったのか。何かおかしいとは思ってたんだよな。夜番している身体の小さなテオよりも疲労困憊になっていたし。
もはやアルフォンソは恐怖を隠さず、おっかなびっくりな様子で足下の森をつぶさに観察し始めていた。西日の差し込む森の様子がどのくらいの暗さなのか確認しているっぽかったが、アルフォンソにはさっさと暗闇を進む覚悟を決めてもらいたいものである。
せっかくこのペースで来たんだから、森の暗がりに紛れて今晩中に町へ戻った方が良い。どうせ支部付近まで森の木々はどこもかしこも生い茂っており、上空からはほとんど森の中の様子なんて見えないんだし……って、あれ?
今、俺はとんでもない事に気付いてしまった。
「あのさ、これだけ木々で覆われている森の、どこで降りるんだ?」
そんな何気ない質問に、皆の視線がラドンに向かう。最初は皆どんな方法なのか聞こうと楽しげに彼を見据えたのだが、かのバ火竜の発言によってにわかにざわつき始めた。
「……おお! ――まあ、何とかなるだろう」
「ちょ、待て。何とかって何だ! まさか何も考えて無いんじゃ?」
「落ち着け、小僧よ。この飛行移動の魔法はな、先にも話したとおり音魔法により成立しておる。二つの波のうち一つを緩めれば徐々に揚力がなくなり、下に降りていくことが出来る」
「……このスピードのままでか?」
「はっはっは。当たり前ではないか。この推進力を緩めればバランスを崩して一気に墜落してしまうぞ」
「「……っ」」
ラドンの言葉にその場の空気が凍りついた。
「ちょ、ちょ、ちょ、待ておっさん! どっちにしろ墜落するってことじゃねえか!」
「うわあああん。やっぱり墜落するんだぁ!」
「テ、テオ、お、おち、落ち着きなさい。わ、若だけでも助けなくては!」
「こんの男はぁ! 感心した私が馬鹿だったわ」
「フ……」
「おい、アル。……アルぅ? ちょ、お前だけ勝手に気絶とかずるいぞ!」
「はっはっは。まあ、そろそろ町も遠めに見えて来た頃だし、降りるとするか」
「なんでおたくは冷静でいられるわけよ! このままじゃ、木に激突するわ!」
「そうは言っても森を抜けてしまっては支部の建物か町の外壁に突っ込んでしまうぞ。それだと住民の皆さんに迷惑をかけるであろう?」
「先に私らが死んでしまうわよ! おたくはもっとマシな案を考えなさいって言ってるのよ!」
「あ、あ、あ、俺は何でこんなアデリナさん以外何の楽しみもないところで短い人生の幕を閉じなきゃならないんだ! どうせ死ぬなら、百人くらい大勢の可愛い女の子たちにもみくちゃにされながら死にたかった――!」
「フアン、お前もくだらないこと言ってないで何とかする方法を考えなさい!」
「はっはっは、皆、想像以上に愉快な顔ばかりで、わしは大満足だわい」
「があああ! こんのぉ男はあああ!」
どんどん高度が落ちてゆく中で皆もう錯乱状態の極致であった。
何か、ここまで周りが騒がしいと置いてけぼりを食った感じで俺は冷静に考える事が出来た。
とりあえず、俺自身は多少の衝撃があってもこれくらいの激突なら死にはしない。あのバ火竜もそうだ。とすると問題は他の五人だが、中でもアルフォンソたち三人はやばいかもしれない。
「おい、おっさん!」
「おっさんとはなんだ、生意気な小僧め」
「このままだと木々に衝突するだろ。何か対策は無いの?」
「んー、そうだな。まあ、何とかなるのではないか?」
「……くっ! あんたなあ! じゃあ、責任もってそこのヴィオラを何とかしろよ! 俺はアルフォンソたち三人を何とかしてみせる」
「ちょ、カトル、さん? 俺は?」
「フアンは黒タグにもなった傭兵だろ? その実力、しっかり確認させて貰うよ」
「なっ……?! カトル、てめえ、覚えてろぉおおお!」
俺は半泣きのフアンを尻目に、気絶しているアルフォンソと恐怖でお互いしがみつきあってるテオとアデリナの元へ向かった。
「ぎょえええええ!」
フアンの叫び声とともに俺たちの周りを覆っていた薄い膜が木々の枝と擦れ合い、バキバキバキバキというけたたましい音を立てて飛び散っていく。
一応ラドンの奴、空気圧から守る魔法を掛けていたんだなと認識するも、それを再確認する暇もなく地面が差し迫っていた。
こんなんだったら、もっと風属性を鍛えておくんだった。もうぶっつけ本番だ。
ドォオオオーーーン、というもの凄い音とともに衝撃が襲い掛かってくる。
咄嗟に受身を取るが、余りの勢いにそのまま何メートルも転がり飛ばされてしまった。土煙が舞い、大きな木の幹に背中を打ち付けてようやく身体の自由が利くようになる。
「いたたたた」
すぐに動けるかと思ったら背中に若干の痛みが走り、そのまま少々蹲ざるを得ない。
あんのバ火竜め。やっぱりやらかしてくれたな。
「キャアアア!」
「……えっ?!」
突然妙に艶かしい声が響き渡り、俺は思わず辺りをキョロキョロと見回した。
見ると、少し離れた場所にアルフォンソたち主従三人が仲良く折り重なって目を回している。多少怪我をしているかもしれないが、俺の風魔法が上手く行ったらしい。とりあえず三人とも息はしているようだ。
でも、そうだとすると誰の声だ?
そう思ってさらに目を凝らすと、ラドンが地面に仰向けに倒れながらもヴィオラを支えているのが見えた。
……ちょうどヴィオラの胸の辺りにラドンの手があった。その柔らかな感触をこれでもかと言わんばかりに両手で掴んでいる。
「う、あ、な、なんてうらやま――いや違った、何て破廉恥なおっさんだ!」
上の方からフアンの元気そうな声が降って来た。ちょうど上手い具合に木の枝に服が引っ掛かっており、上着は引き裂かれてボロボロになっていたが、とりあえず命に別状はなさそうだ。
「な、な、な、な」
「な、がどうした、女。ほれ、小僧。責任もってこの女は何とかしたぞ」
駆けつけると得意満面な顔でラドンが俺を見据えてくる。
「こ、こ、こ、こ……」
「ん? 今度は鶏か? ふむ、おかしいな。わしの護りの風で守ったはずだが、どこか頭でも打ったか」
よっこらせっ、と言いながらラドンは胸を掴んだままヴィオラを起き上がらせた。そして彼女の額に手をやりながら不思議そうに首を捻る。確かに彼女自身の体は無事のようだが、あれではただじゃ済むまい。
「こ、こんのバカ男がぁあああ!」
「ぐぅおおお!」
ついに彼女の怒りが爆発し、振り上げられた右手がラドンの左頬に直撃する。バチィィィンという大きな音が鳴り響くやいなや、ラドンの体が1メートル以上ふっとんで、そのままそばの木にぶち当たった。その振動で木の上に絶妙なバランスでぶら下がっていたフアンが落ちてくる。
「うわぁあああ!」
「……のぉおおお」
哀れフアンは下に居たラドンに激突し、折り重なるように二人揃って地面に倒れこんでしまった。……飛行移動の墜落による衝撃より悲惨に見えるのは気のせいだろうか。
「な、何でこの俺がこんな目に……」
「これ、どかんか小僧」
「どう考えてもおっさんのせいだろ! ヴィオラが怒るのも無理ねえ」
「なぜだ? 衝撃から守ってやったではないか」
その衝撃の原因を作ったのはあんただけどな。
「おいおい、おっさん。女の胸を触っておいて何の感慨も無けりゃあ、そりゃ怒るだろ」
「ほう……そんなものか。護りの風は身体の一番柔らかな場所から包みこむのが効果的な魔法だからな。特に胸を掴んだ事に他意はない」
「ちっちっち、わかってねえなあ、おっさん。胸を鷲掴みするなんて、そんな幸運を前にして男子たるもの一言も物申さずにいては面目が立たんのだ」
「おお」
何か馬鹿がまた言い出した。そしてもう一人の馬鹿が感銘を受けている。
「そりゃあ、ヴィオラのってのは微妙だが、それでもおっぱいには違いない。ああ、おっぱい。なんと甘美な響きだ……。それを目の前にして全ての男は平伏して止まない――!」
「うむ。確かに何とも心揺さぶられる手触りであった」
「そう! おっぱいこそ至高! おっぱいこそ極上のフルーツ!」
「うむ。さすがは我が盟友! 至高にして極上とは、まさに、まさに!」
いつの間にか一人加わっていた。
「はぁ……一体どこで若の教育を間違ってしまったのかしら」
「ねぇ、ねぇ、アデリナー。若たちはなんでおっぱいなんかで盛り上がってるの?」
「テオはまだ知らなくても良いことです!」
「ふうん。若もまだ子供なんだね」
「フ……テオよ。お前もそのうちわかる」
「若、いくら格好つけても私は恥ずかしいです」
「なっ……」
アデリナの一刀両断にアルフォンソがおろおろし出した。そんな本心と見栄の狭間でゆれる王子を見て、フアンがせせら笑う。
「おっさ……いや同士ラドンよ! あんな男になりたくなければ、ドーンとぶちかますんだ。おとこなら!」
「うむ。フアンよ。おぬしはなかなか熱い男だな。よし、女、いやヴィオラよ!」
「な……何よ!」
「素晴らしい柔らかさであった。見事だ!」
「おお! 良く言った、同士ラドン!」
「……っ、ったく、おたくらねえ……!」
「……えっ?」
フアンとラドンの二人がボッコボコにのされる頃、ようやく気が晴れたヴィオラは先頭に立って号令を掛けた。
「さあ、早く行くわよ。真夜中になったらロベルタに会えないじゃない」
ヴィオラにアルフォンソたち三人が続く。
「な……んで、俺が……」
「はっはっは、なかなか愉快であったわい」
「く……っそぉ……、元はと言えばラドンが墜落したのが悪いんじゃないか……」
「おお、それについてはすまなかったな、フアンよ」
「……っく、俺はこんなことではめげんぞ。こうなったら絶対、アデリナさんを篭絡してそのたおやかなおっぱいを揉みしだかせてもらう……!」
「はっはっは、その意気やよし! 何事も研究熱心なのは良いことだ!」
「ふっふっふ、よし行くぞ、ラドン! 俺が大活躍すればアデリナさんだって、おっぱいの一つや二つ、きっと……!」
二人仲良く肩を組み合って高らかに笑いあう馬鹿二人に、俺は呆れて何も言えなかった。
次回は4月25日までに更新予定です。




