第十七話 暗躍する魔道師ギルド
6月21日誤字脱字訂正しました
『あー、てすてす。こちらロベルタ、こちらロベルタ。聞こえる? ヴィオラ』
「「おお!」」
伝聞石から聞こえてきたロベルタの声に驚きと賞賛の声が上がった。
「……存外、上手くいったわい」
いつの間にか俺の隣に居たラドンが、そう呟きながら胸を撫で下ろしている。……今までの大言壮語は一体何だったんだ。
「伝聞石などあの女に言われて初めて見たからな。だが何とかなるものだ。はっはっは」
「……あのな。これで、出来ませんでしたでは済まないだろ。誓約って神聖なものじゃないのか?」
「細かいことを気にする奴だな、小僧」
「あんたが気にしなさすぎなんだよ!」
はっはっはと高笑いするラドンに俺は頭が痛くなってきた。レヴィアがいない以上、俺がこいつの面倒を見るしかない。何とかボロが出なければ良いが、どう考えても貧乏くじを引かされたとしか思えない。
「姉ちゃんの声、伝聞石通すと間抜けに聞こえるな」
『フ・ア・ン?』
「ゲッ?! この距離でこっちの声聞こえるのかよ」
『あとで、ゆっくりと話し合いましょうか』
「……了解、であります!」
あっちはあっちで、フアンが石に向かって敬礼を行っていた。ヴィオラが嗜めているようだが、こっちの問題児も一緒に面倒見てくれないかな。
「ロベルタ殿。アルフォンソだ。今そちらの状況はどうなっている?」
その何とも微妙な空気をもろともせず、アルフォンソが問いかける。
『はい、アルフォンソ様。ご無事で何よりです。今、私はあの時と変わらず支部支店におり、刻一刻と変化する情勢の把握に努めております』
「支部? では王宮内の状況は分からないのか」
『残念ながら、現在の王宮内がどうなっているのか正確に把握できておりません』
「そうか……」
その言葉を聞いて、アルフォンソはかなり落胆したようだった。テオが心配そうに隣に寄り添う。
『ただ、いくらかの状況は伝わって来ております。……ヴィオラはどこまでお伝えしましたか?』
「私は何も話していない。話がややこしくなると思ってね。ロベルタから全てお伝えして」
ヴィオラがフアンの耳を引っ張りながら声高に話すと、伝聞石の向こう側から息を呑む声が聞こえてくる。――あまり伝えたくない話なのかもしれない。
『……っ。わかりました。まず最初に、アルフォンソ様が我が支店に訪れた時の状況から順番に説明しましょう』
「若は少々お疲れです。手短にお願いします」
『……! 承りました、アデリナ様』
アデリナの発言にはっとしてアルフォンソを見れば、先ほどまでフアンと一緒に馬鹿をやっていたのが嘘に思えるほど、王子の顔色は憔悴しきっていた。
よくよく思い返せば、アルフォンソは初めて森に入って、そのままわけもわからず逃げる羽目になったんだ。気丈にも今まで耐えられたのは、ロベルタからの使いが来るというフアンの妙な自信めいた言葉が支えだったからかもしれない。
実際にこうして伝聞石で状況を――明らかに悪い情勢を聞く段になって、疲弊した心をさらけ出してしまったのだろう。
そして語られた内容は、伝聞石を通したロベルタの声色からでさえ察せられるほど深刻なものであった。
『アルフォンソ様の捕縛命令は当初、フルエーラ王の勅命としてギルドに伝わりました。その為、ギルドマスター以下幹部が不在だったこともあり認可なく報奨金つきの依頼として掲示されたとのことです』
「な、んと、父上が?!」
『ただ、これは偽の勅命であったことが判明しております。ギルドマスターの命ですぐに依頼は取り下げられました』
それを聞いて、ふうと息をつくアルフォンソに代わり、アデリナが問いかけた。
「なぜそのようなことが起こったのです? 首謀者は外戚の貴族連中ですか?」
『はい、モンタナ公、ニエブラ公、カルモナ公といった貴族が出兵しております為、フルエーラ王の現統治体制を快く思わない貴族たちの陰謀と見て間違いないかと思います。それに……』
そこでロベルタが少々言いよどんだ。次の言葉を待つ皆に緊張が走る。
『それに加え翌日、フルエーラ王とムニア王妃、それから兄君のベルムード王子が囚われの身となって投獄されたという檄文が出回り、市民並びにギルドは混乱を来たしております』
「な、んですって…?!」
あまりに予想外の出来事だったのか、アデリナは言葉を失い呆然と立ち尽くした。憔悴のアルフォンソに輪をかけて深刻な様子で顔面蒼白になっている。
「待て、ロベルタ殿。なぜそこにマウレガート兄さんの名前がない? うまく逃げ遂せたのか?」
『それは……』
かえってアデリナより落ち着いてきたアルフォンソが矢継ぎ早に問いただした。だが、ロベルタは返答に窮してしまう。――その沈黙こそが答えだと、さすがの俺も理解した。
アルフォンソはしばし目を瞑り天を仰ぐ。だが、再び伝聞石を見据えた時にはもう動じた様子はなくなっていた。
「そうか……。首謀者がマウレガート、なのだな」
『確証はありませんが、おそらくはそうだと思われます』
「それはそうだろう。兄さんは王宮の奥で軟禁されていたんだ。父上が捕まった状況で逃げられるはずがない。――来るべき時が来たんだな」
誰もアルフォンソに声をかけられなかった。いつもは調子よく接しているフアンでさえ苦虫を噛み潰したような顔をしている。
そんなときであった。全く空気を読まない笑い声が響き渡る。
「はっはっは。では王子よ。わしがそのマウレガートとやらを捕まえて、おぬしの家族を助け出せば良いのだな?」
「……っ!?」
「なあに、わしは偉大なる魔法使いだぞ。誓約に基づき可能な範囲で手伝うことにしようか。そんなものでわしの研究の対価となるなら安いものだ」
一同が唖然とする中、ラドンは高らかに宣言した。そして、つかつかとヴィオラの所に歩み寄る。
「回りくどいことをせずとも、この王子を擁して王宮に向かえばよいであろう?」
「それは……、ええ、そうよ。それが出来るのならね!」
「なら向かおうぞ。王子もそれでよいな?」
「ちょっと待ちなさい! おたくも見たでしょう?! 王宮からの砲撃で防戦一方になっている状況を!」
「待て、それは何の話だ? 砲撃とは一体なんだ!」
ヴィオラの言葉にアルフォンソが鋭く指摘する。
王宮からの砲撃? 防戦一方?
――いったい町では今、何が起こっているんだ。
「ええと、それは、ですね」
ヴィオラはしどろもどろになりながら、額に流れる汗を拭っていた。いつもの彼女らしくない。ラドンに調子を狂わされっぱなしだ。
「はっはっは。なんという顔をしているんだ、女。面白すぎてぞくぞくするぞ」
「キィイイイ! こんの男はぁああ! 全部、おたくが悪いんでしょうが!」
ヴィオラが地団駄を踏みながら、ポカポカとラドンの頭や肩を叩いていたが、このバ火竜はますます高笑いを続ける。
『それは私から説明します』
伝聞石の向こうからやや呆れ気味のロベルタの声がして、ヴィオラはハッと我に返った。そして顔を真っ赤にして、とげとげしい表情で下がっていく。
『先ほど説明した檄文に続き、王宮からギルド主体の会議を廃止し貴族による合議制を再開するという声明が一方的になされました。そして時を同じくしてギルド――特に傭兵ギルドの本部と支部へ砲弾が届き始めたのです。昼夜問わず雨のように降り注ぐ石に、皆、恐れ戦くとともに、外出もままならず怨嗟の声が渦巻いております』
その話をアルフォンソは苦い顔で聞き及んでいた。他の皆も困惑を隠せない。あのフアンですら腕組みをして眉を顰めている。
だが、一人だけ暢気そうな様子で事も無げに話す者がいた。――ラドンだ。
「何だ、まだあの石礫は続いておったのか。連日、となると何らかの魔力を帯びた道具を用いているのかもしれんな」
「魔力を帯びた道具って、この伝聞石みたいな奴?」
俺が聞き返すと、したり顔でラドンが頷く。
「そうだ、小僧。この伝聞石しかり、魔道具しかり、ほれ、あの鉄石もそうだ。少ない魔力で最大限の効力を得る為の工夫がなされているだろう? これは魔力回路を道具に組み込むことで、本来御し得ない魔力を扱えるようにしているのだ。敵にはそれなりに魔法に長けた者がいるようだな」
「またしても魔道師ギルドか! ここ最近の一連の事件は全て魔道師ギルドが暗躍している。今回もきっとそうだ」
アルフォンソが苦い顔で吐き捨てる。
……何か話を聞いてるだけでヤバそうなんだけど。
魔道師ギルドって事は、魔法に長けた者が多数いると考えるべきだろう。どんな魔法を使ってくるのかわからないのに、安易に攻めるわけには行かない。それなのに、このバ火竜はどうやって王宮まで乗り込もうっていうんだ?
だが、ラドンは自信満々に言い放った。
「種が分かれば容易いことだ。さあ、すぐに町へ戻るぞ、王子。わしはこんなくだらんことでいつまでも時を費やすほど暇ではないのだからな」
「えっ!? お、おい!」
ラドンは石礫など大したことないとでも言うように、アルフォンソの腕を掴んで歩き出そうとする。
「こんの男は! 話を聞いていたの?! 町が大変だって言っているでしょう!」
「だから行くのだろう? おぬしこそ話の通じない奴だな、女」
またしても青筋を立てて怒鳴りつけるヴィオラに、ラドンは打って変わって真面目な表情で返答する。
「待って下さい、偉大なる魔法使い殿」
ヴィオラを制して、アデリナが問いかけた。
……ラドンはそう呼ばれて嬉しそうだ。
「なんであろう。アデリナ殿と言ったか」
あいつ、初めて名前を言ったな。何だかんだで敬意を表する相手にはまともに話すんだよな。
「ギルドですら対応できず手を焼いている状況で、どのようになされるか委細お教え頂けないでしょうか」
「……まあ、良いだろう。ここには嘘を付いている者はおらんようだしな」
嘘? どういうことだ。
「ただ伝聞石は終わりにするぞ。わしは眼前の者しか信用せん。ではこれから王子を連れて帰るぞ」
『わかりました。どうぞ道中ご注意下さい』
ラドンが伝聞石に向かって話すと、それを悟ったのか、何も言わずロベルタが通信を切った。途端に薄い光を帯びていた石は、また何の変哲もないただの石に戻っていく。
「さて、これならば大丈夫だな」
「おい、貴様。どういうことか、ちゃんと説明してくれるんだろうな」
掴まれた腕を放し、鎧を少々持ち上げて肩の位置を調整しながらアルフォンソがラドンを見る。ただ、その表情から先ほどまでの焦燥感は多少和らいでいた。
「わしは魔法で相手が嘘を付いているかどうかわかる」
「なんと! それは本当か?!」
「本当だとも。言ったであろう? わしは偉大なる魔法使いぞ」
そのフレーズ、本当に気に入っているんだな。
「ただ、音魔法だと伝聞石を通った声まではわからんのだ」
「おたくはロベルタを信用していなかったって言うの?!」
「そうは言うておらん。だが、向こうにいるのがあの女だけ、という確証はあるか?」
「それは……」
確かにこの場にいる全員の声が向こうに聞こえるほど、伝聞石の感度は優れていた。とすれば、逆もしかり。向こう側にいる全員にこちらの声が聞こえていても何ら不思議はない。
「ではアデリナ殿の質問に答えるとしよう。向こうにはこれから町に戻るとだけ伝えたからな。これで仮に森の出口に包囲網が出来るとしても今日明日には出来んだろう。だから奇襲を掛ける」
「奇襲?」
「わしの魔法であれば今晩には町に着けるからな」
「「……はぁあああ!?」」
一同の驚愕の声を何とも心地良さそうにラドンは聞いていた。
「言ったであろう? わしは偉大なる魔法使いなのだ。はっはっは」
次回は4月19日までに更新予定です。




