第十六話 荒唐無稽な誓約
6月20日誤字脱字修正しました
「それで、カトル君。この男は君の知り合いということで間違いないわね?」
眉を吊り上げてヴィオラが迫ってくるので、俺はまた何かこのバ火竜がやらかしたのかと冷や冷やする。だが、ゆっくり頷く俺を見て大きく息を吐いた彼女は、やや安心した様子で笑みをこぼした。
「だからさんざん言ったであろう? わしはこの小僧の知り合いだと」
「それについては謝るわ。でもあなたの態度がそうさせていたって少しは自覚して欲しいわね」
「はっはっは。女。お前も興味深い研究対象であるからな」
「だからおたくのそういう態度がイラつくって言ってんのよ!」
「はっはっは、何かよくわからんが一応謝っておこう。すまんな」
何だかヴィオラがレヴィアの相手をする以上に感情的になってる気がする。
「でも何でここにいるの? ラドン」
「尊大過ぎる物言いだな、小僧」
「いや、ほんとあんたに関わるとろくな事がないから」
「粋がるなよ、小僧。お前などレヴィアが居なければ、どうということのない存在なのだぞ」
「じいちゃんに言って、もう一回強制送還してもらおうか」
「ここはわしが長年研究している場所だからだ」
こいつ、じいちゃんの名前を出したらあっさり言動を翻しやがった。
「おぬしも了承したと聞いているぞ」
「え? うーん、なんかそんな話を聞いたような」
じいちゃんがレヴィアにこの奥の空洞の管理を任せようとして、ネーレウスがやんわりと断っていたのは記憶にある。その後、なぜか俺にお鉢が回ってきたのを嫌だって即答したら、ラドンに任せることになったんだっけ……?
力がどうとか良く分からない話を聞かされた挙句、あの龍脈の奔流に飲み込まれたんだよな。気を失って目覚めた後、レヴィアにこっぴどく叱られたっていう印象が強くて、ラドンの事は正直あまり覚えてない。
「条件付きだが長老にも認めて貰った。もうおぬしに譲りはせんぞ」
ラドンは鼻息荒く叫んでくるのだが、願ったり叶ったりだ。心配しなくてもこんなところに全く未練はない。
「何だか良く分からないけれど、一体何の話?」
「あー、こっちのこと。それより、よくここがわかったね」
「あら、少年。私がここに来た理由がわかってるの?」
「ロベルタさんからの使い、でしょ。完全にフアンやアデリナの受け売りだけど」
「アデリナ……って、あのアデリナ様か?! 君は何を呼び捨てにしている! 無礼な」
「はっはっは。女。おぬしは本当に面白いな。それだけ表情豊かであると、わしも研究しがいがあるわい」
「なんでおたくに研究されなきゃいけないのよ!」
ラドンがいると話が進まない。そりゃあ、こいつと二人でここまで旅をして来れば、ヴィオラもイライラするわな。
「アデリナもアルフォンソも、敬称はいらないって本人に言われたよ」
「なっ……アルフォンソ様までも!」
「アデリナも偉い人だったの?」
「君は本当に何も知らないのね。無知も大概にしなさい。アデリナ様はアルフォンソ様のお祖母様の兄君の孫に当たる方なのよ!」
え、ええっと、それはどういう間柄だ? 何となく血が繋がっているというのはわかったけど。
「なんだ、なんだ。うるさいと思ったら、やっぱりヴィオラが来たのか」
「フアン! お前はロベルタに心配ばかり掛けさせて!」
「いや、待った待った! 今回は姉ちゃん知ってたでしょ」
「こんな所にいるなんて全く伝えていなかったわよね! お陰で私はこのわけのわからない魔法かぶれと一緒に旅する羽目になったのよ!」
「女、わしのお陰でここまで来ておいて、その物言いは不遜の極みではないか?」
「えぇ、えぇ、感謝はしているけれど、その何倍も私はイライラさせられっぱなしだったのよっ!」
「あのー、そのイライラ俺にぶつけないでくれます?」
一番見知った顔のフアンを見つけて、ヴィオラは溜まりに溜まったストレスを発散し始めた。フアンには悪いけど、俺にはどう相手すればいいのかわからなかったので非常にありがたい。それもこれも全てこのバ火竜が悪いんだ。
「そんなことより、王子とやらはどこにいる?」
「そんなこととは何よ!」
「うるさい女だ」
ヴィオラを邪険に扱いながら、ラドンが俺に問いかけてきた。その態度にヴィオラの機嫌はますます悪くなり、とばっちりを受けるフアンがすがる様な目つきでこちらを見てくるのだが、心の中で頑張れと応援して俺は無視する。
「何でラドンが王子を気にするんだ?」
「言ったであろう? 条件付きだと。わしは偉大なる魔法使いとしてギルドに研究を認めさせねばならんのよ」
「……はぁ?」
「大陸では一応、この場はギルドの管理下なのだ。それが条件なのだから致し方あるまい。面倒なことだが、わしの偉大さを披露すればおのずと理解されよう」
どうやら、この洞窟が大陸の一部である以上勝手に振舞うことなく人族の許可を取れ、というのがじいちゃんの意向らしい。だが率先して竜族であることをばらすようなラドンに、人族に溶け込みつつ魔法使いの真似ごとなど出来るのだろうか。
「……なんだ、胡乱気な眼差しだな。わしとて少しは反省したのだぞ。だからわざわざわしの方からギルドに出向いてやったのだ。されば、そこの女が魔法使いを探していてな。なんでも小僧の居場所を探していると言うではないか。わしがほれ、あっさり感知魔法でお前の位置を把握してやったら付いて来いと言うのでな」
ゲッ?! マジか。たまたまヴィオラだったから良かったものの、もし敵だったらこの場所が露呈していたってことじゃん。……ってか全然感知魔法に気付けなかった。もしかしてこのおっさん、レヴィア以上の使い手なのか?
「まあ、この女が本当に小僧の知り合いとわかって、わしも少し安堵したぞ。これで、小僧の敵対する相手であったら大変だったわい。はっはっは」
……本当に、こいつはどうしてくれようか。なまじっか竜族としての力があるだけに、誰かが手綱を握っていないととんでもない事をしでかしそうなんだけど。
あの空洞の中でずっとこもって研究でも何でも好きなことやっていてもらった方がマシな気がしてきた。
「僕を探しているらしいな」
そうこうしているうちに、アルフォンソ一行も洞窟から出て来た。アデリナの収納魔法であろう、精銀装備で身を固め、万全を期しての登場である。後ろでは、アデリナがメイド服の上から銀の胸当てと腰当てを装着して一振りの細剣を右手に構え、テオも肩を覆う鉄鎧を身に着けあの長槍を両手で持って控えている。
「アルフォンソ王子。お初にお目にかかります。傭兵ギルドにてマスター補佐兼秘書を務めますヴィオラ=アクセーンと申します。ご無事を確認し、ひとまず安堵いたしました」
ヴィオラは先ほどまでの語気の荒さはどこへやら、方膝を付き、剣を横に置いて最敬礼する。
「僕がアルフォンソだ。礼はいい。話を進めよう。僕は状況を知りたい」
「はい。仰せのままに」
アルフォンソは軽やかな足取りで近場の石に座り込むと、それに習ってヴィオラも姿勢を崩した。この立ち振る舞いは、いつもフアンとくだらないことで言い争っている男とは到底思えない。王宮で培ったであろう優雅で気品に溢れた王子としての本来の姿を存分に示していた。
「ほえー、アルもやるときはやるんだな」
フアンが驚いてそう呟くと、アデリナに睨まれる。慌てて口を噤んでいたが、怒られて嬉しそうだ。
ただ、いつもなら何かと突っ込みを入れるはずのアルフォンソは厳しい目つきでヴィオラを見据えたままだった。その雰囲気にただならぬものを感じ、俺も黙って状況を見守る。
「まず、これをお納め下さい」
「それは伝聞石か! しかし、こんな離れた場所からやり取りなど……」
伝聞石はギルド支部にもあった魔力を使って遠距離での通信を可能にする貴重な魔具だ。ただ、現状支部と本部の間程度しか会話が成り立たないと聞いていたんだけど。
「そこに控える魔法使いのラドン殿であれば遠距離での通話も可能とのことでお持ちしました」
「それは本当か?!」
皆の驚きの視線が一気にラドンに注がれる。
……ふふん、と偉そうに笑うラドンがなんとも鼻につくが、本当にそんなことが可能なのだろうか。
「わしがラドンだ。おぬしがギルドと繋がりの深い王子とやらか」
「僕はアルフォンスだ。ギルドと繋がりが深いかどうかは何とも言えないが、今の所王家でギルドメンバーなのは父王フルエーラと僕だけだ」
「うむ。いいぞ。ならば、わしの条件は一つだけ――」
「魔法使い、控えなさい! 王子の御前です!」
ラドンが王子より先に話を振ろうとした為、驚いたヴィオラがその発言を諫める。だがそれを制したのは難しい顔をしたままのアルフォンソであった。
「いい、続けろ。媚びへつらう輩より、対等な条件を提示する者の方がよっぽど信頼が置ける」
「ほう。小僧、おぬしはなかなか良い目の持ち主であるな。わしの条件はただ一つ。このモンジベロ火山の内部にある空洞を独占的に研究出来る権利だ。それを認めるなら、可能な範囲で役立って見せよう」
「ふん、こんな山間の空洞の研究か。僕には魔法使いの価値観が良く分からないが、ここはそんなに価値のある場所なのか?」
「採掘出来る鉱石があるかどうかは調べてみないとわかりません。ただ可能性はおおいにございます」
そう答えたのはヴィオラであった。
ったく、この前も結構調べてほとんど価値のない鉱物資源しかないって報告しているのになあ。全く信用してないっぽい。
「人族は……おっと、ギルドはがめついよの。わしは鉱物資源なぞ興味深いと感じたことは一度もないぞ」
そう言って、ラドンは不適な笑いを浮かべる。
「ただ、確かにそうだな。地下数百メートルの辺りにわずかではあるがダイヤ鉱床の気配はするな」
「な、なんですって!?」
この突然の発言にヴィオラはアルフォンソの存在も忘れ、ラドンの胸倉に掴みかかる。
「おい女。そんな驚いた顔をするな。はっはっは。愉快でたまらなくなるわい」
「この男はぁあああ!」
猛烈な勢いで揺さぶられながら愉快そうに笑うラドンの様子に一同唖然としている中、アデリナのコホンという咳払いが響き、慌ててヴィオラは跪く。
「も、申し訳ありません。あまりの事に我を忘れました」
ヴィオラの取り乱さんまでの姿に少し興味を持ったのか、アルフォンソがアデリナに尋ねた。
「ダイヤ鉱床とはそんなに価値のあるものなのか?」
「若。ダイヤは金よりもはるかに価値あるものです。その美しい輝きは品質によって金の千倍、万倍となりましょう。その鉱床ともなれば……ヴィオラ殿の狼狽ぶりも理解出来ます」
「ふむ、それは凄い」
「そうか。ならば研究とは全く別だが、もしダイヤ鉱床の発掘に成功すれば、王子よ。それも差し出そう」
「なぁあ?!」
またしてもヴィオラは素っ頓狂な声を上げるが、今度は自重したのか片膝を地に付けたままだった。だが体が小刻みにぷるぷると震えている。おそらく怒り心頭なのであろう、俺が様子を伺おうとするとキッと横目で睨みつけられてしまった。
そういや俺が大した鉱物はないって報告したんだっけ。
まあ、怒る気持ちはわからないでもないけど、地下数百メートルに鉱床があるなんて俺に調べられるはずがない。
ってか、よくラドンの奴は見つけられたな。本人は全く興味なさそうにしているので嘘ではないんだろうけど、魔法の技量は本当にレヴィアと双璧を成すほどなのかもしれない。
「ヴィオラ殿」
「も、申し訳ありません、アデリナ様。御前で二度までも」
「ギルドが全面的に若への協力を申し出て頂けるのなら、そのダイヤの鉱床も含めて、王家とギルドは良い関係を築けるのではないでしょうか」
「は、はい。そのお言葉、感謝致します」
アデリナの言葉にヴィオラの表情が少しだけ緩んだ。後が怖いけど、とりあえずこれで矛を収めてくれるだろう。
「では、わしの研究についても認めたと、受け取って良いか」
興味深そうにヴィオラを眺めていたラドンは、アデリナの視線に気付いてアルフォンソに向き合う。
「貴様がこの後どのくらい僕に協力するか次第だが、依存は無い」
「よし、ここに誓約は成った」
そのラドンの“ことば”に世界が震えた。
身体中の魔力が沸き立つのを感じ、それを必死で抑えつける。
「神聖なる契約に誓い、わしは可能な範囲で王子よ、おぬしの為に役立とう」
「ふん。僕も了解だ。では早速手始めにこの伝聞石を頼む」
「よかろう」
ラドンは“可能な範囲で”なんていうあいまいな内容で、竜族にとって極めて神聖な誓約を敢行してしまった。
こいつ、いくら何でも適当すぎないか? 当事者同士は納得しているけど、レヴィアが聞いたらまた激怒しそうだ。
「では行くぞ」
ラドンが伝聞石に何事か念じると青白く光り、そこから小さな声が聞こえ始めた。
次回は4月16日までに更新予定です。