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竜たちの讃歌 ~見目麗しき人の姿で生を受けた竜の子は、強気な女の子に囲まれて日夜翻弄されています?!~  作者: たにぐち陽光
第二章 竜は地道に課題をこなそうとして、火竜の気まぐれに翻弄される
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第十四話 語り部アデリナ

7月8日誤字脱字等修正しました。

「結局何だってんだ?」

「それがわかれば苦労はしない!」

「あまり大きな声を上げてはなりません、若! フアンもです」


 森を奥進み日帰りでは町に戻れないくらいの場所までたどり着いて、やっと皆、人心地つくことが出来た。俺はこれくらいの距離なら全く問題なかったし、フアンも伊達に青タグ傭兵ではなくまだまだ元気そうだったが、アルフォンソとテオの二人にとっては少々辛い行程だったようだ。疲労の色が濃く、大木の幹に背を持たれて肩で息をしている。

 特にテオは長い槍が木々に引っ掛かって走るのに苦労していたので、槍を持ってあげるか休み休み進む必要がありそうだ。

 対象的にアデリナは見た目暑そうなメイド服を着ているのに涼しげな表情であった。――マリーもそうだが、なぜ関わる女性皆凄い人ばかりなんだろう。


「これくらいはメイドの嗜みです」


 さらっと言ってのけるアデリナだったが、それを聞いたテオはこの世の終わりのような顔をする。疲労困憊の状態でこの発言はこれ以上ないダメ出しに聞こえたのだろうが、さすがにこの距離を走って汗一つかかないアデリナの“メイドの嗜み”の方が凄いと思う。


「まっ、一番ダメなのは身軽な格好なのにヘロヘロなアルだけどな」

「なっ……! フ、フン。ぼ、僕はまだ全然大丈夫だからな。何なら明日の朝まで走ってやる」

「若ぁ……お願いだから少しだけ、休ませて……」

「ふ、まあ、テオがそう言うのなら仕方がない。休憩にしようではないか」


 口では威勢のいいことを言っているアルフォンソだが、立っているのも辛くなったのかテオと仲良く背中を与え合って座り込んでしまう。それを見て、さすがのフアンもそれ以上何か突っ込みを入れることなく、頭をかきながら溜息をついた。


「それで、さっきも言ってたけど王宮で何かあったってどういうこと?」


 俺が問いかけると、やや俯き加減でアデリナが答えた。


「はい。王宮内では、ここ最近、また不穏な空気が流れているのですが――」

「またって、前もこんなことがあったの?」

「えっ? あなたは何を?」


 あれ? 疑問に疑問で返された。何かおかしな事でも言ったかな。


「ああ、カトルは最近リスドに来たばっかで、その辺全然詳しくないんだわ」


 フアンが俺の代わりに答えてくれる。その言葉に怪訝そうにしていたアデリナの表情が今度は呆れ果てたものへと変わった。


「あなたは、何も知らず私たちと一緒にここまで来たというのですか? 何と迂闊(うかつ)な……」


 その言葉は俺の行動を非難するものだったが、完全に否定したものではなかった。


「この町に来て一ヶ月も経ってないけど、既にいろんなことに巻き込まれているからね。それにこの貸しはイェルドがきっちり払ってくれると思うし」

「はぁ……カトル殿。あなたは信じられないほどに愚かで、最高のお人よしですね」


 そう言って、アデリナは初めて心からの笑顔を向けてくれた。その表情は、真面目で厳しい彼女からは想像出来ない穏やかで可愛らしいものだったので、なんとも照れくさい気持ちになる。


「おお……! な、なんということだ。その般若の仮面の裏に、こんな天使のような微笑みを隠しもっていたとは……!」


 フアンが驚いた様子でアデリナを凝視していた。それに気付いた彼女がまた表情を厳しくするが一向にフアンの態度が変わることはない。


「ずるい、ずるいぞ、アル! こ、こんな美人を傍に(はべ)らしているなんて」

「……はぁ? 貴様、何の言いがかりだ。アデリナなら前からお前もよく知っているだろう」

「確かに、たーしーかーに今まで気付けなかった俺は馬鹿だった」

「そうだ、お前は馬鹿だ」

「うるせ」

「ぐおっ、貴様いきなり何をする!」

「いいか、だが俺はこの瞬間に知ってしまった。あの姉ちゃんのようなきっつい視線の裏側にあんな天使のような安らぎが存在していたなんて……!」

「何をバカな……。だいたい貴様こそ、この世界で一番たおやかで可憐な女性が傍にいるではないか!」

「はぁ? お前の目は腐り切った蜜柑か?」


 しょうもない言い争いをフアンと繰り広げるアルフォンソは本当に疲れているんだろうか。


「あの二人、注意しなくていいの?」

「今は……、いえ、大声を出さないのなら放っておきます。それより、あなたが混乱しないよう状況を説明しましょう」


 少し頬を赤らめていたアデリナが突如眼光鋭く今来た道へと視線を向ける。誰か来たのかと慌てて探知魔法を掛け直すが、どうやらそういうことではないらしい。

 ――彼女が見ていたのはリスドの町の幻影であった。


「これから話すことは、私にとって少しばかり心の傷を(さいな)むものですが、多かれ少なかれあの町で暮らす人々が関わってきたものに過ぎません」


 アデリナは自分自身に言い聞かせるように、そう前置きをしてから話し始めた。




 王宮に(くすぶ)る遺恨は隣国カルミネで起こった13年前の内乱に端を発する。

 それはカルミネ王ヨハンとシュテフェン公爵ゼノンによる骨肉の争いであったのだが、当時のカルミネ王と親交のあった現王フルエーラは、公爵に敵対すべく貴族たちに動員を掛け戦地に赴く決断を下した。だが、隣国への介入に反対する腹違いの弟ビマラーノ公のもとに莫大な戦費負担を避けたい貴族たちが集い、国を二分する政争に発展してしまう。


 だが、魔道師ギルドの助力を得た公爵側が勝利濃厚となるにつれ、事態は急変。貴族の間ではフルエーラ王を廃位しビマラーノ公を王に擁立する動きが見え隠れするようになり、もはやアストゥリアス王家の亀裂は決定的なものとなった。


 ここで焦ったフルエーラ王は実の弟の暗殺を決断するも、これが相当の悪手となる。

 大衆の面前で演説するビマラーノ公を暗殺するという凄惨な事件は、その場に集まった大勢の民衆をも巻き込んだ最悪の結果を生み、フルエーラ王の信望を奈落の底まで失墜させてしまう。


 貴族と民衆両方の支持を失ったフルエーラは、新しくカルミネ王となった公爵との対立が鮮明になるにつれ、背に腹は変えられないとギルドを中心とした統治という新しい手法で難局を切り抜けることにする。

 だが、当然それは王家の力を失墜させ、多くの貴族の没落を生む結果となった。

 代わりに隆盛したのは各ギルドであり、カルミネとの対立もあったが、大陸間で繋がりを持つ傭兵ギルドなどの権勢によって支えられ、すぐに攻め込まれるような事態に発展することはなかった。


「私の父はビマラーノ公に仕えていました。私のようにあの凄惨な事件の犠牲となったものの家族をフルエーラ王は積極的に雇い入れております。王がいかに後悔しているか、その謝罪を受けた私にはわかります」


 滔々と語るアデリナに、いつの間にかフアンとアルフォンソは言い合いを止め黙って彼女の言葉に耳を傾けていた。

 それを見たアデリナは、一度息を吐くとまた続きを語り始めた。




 ギルドが主体となって急速に混乱が収束していくリスドと、王が代わりなかなか混乱が収まらないカルミネでは徐々に差が生まれ始めた。それによりフルエーラ王は復権していくかに見えたが、王はギルド主体の統治が上手く行っていることに安堵し、統治会議と称する会合を月一回だけ開いて状況の報告義務を与えるのみで政治へ関わることを控えるようになっていった。


 これを面白く思わなかったのが、没落傾向に拍車のかかった貴族連中である。

 いち早く商人と交流を深め事業を拡大したアラゴン、港を管理し堅実に漁業で生計を立てていたレオン、帆船を改良し遠く北方のラティウム連邦との交易で莫大な利益を上げたカストリアといった貴族たちはギルドと協力し強勢になっていったが、時流を読めなかった他の貴族たちは生活を変えることも出来ず、溜め込んだ財貨をすり減らしそれを王の責任と公言して(はばか)らなかった。


 その状況が変化したのは三年前、カルミネの大災厄により新たに女王となったユミスネリアの登場である。ユミスネリアは女王となった当初から魔道師ギルドと上手く行かないことが多く、やがて貴族以外の魔道具を禁止するに至り、その溝は決定的なものとなっていく。

 リスドにおいてもその影響は顕著に表れ、特にそれまで権勢を振るっていた魔道師ギルドと傭兵ギルドの対立は避けられないものとなった。

 ここでフルエーラ王はカルミネとの交流を再開することを明言し、それに反発する魔道師ギルドのリスドからの退去を命じて一端の解決を見たのだが――火種は(くすぶ)り続けることになる。


 魔道師ギルドと繋がりの深い貴族たちの暗躍が始まったのだ。

 それまでただ喚くだけで何かをしようとする意志を持たなかった貴族たちが、魔道師ギルドの助力を得て様々な動きを見せ始める。

 傭兵ギルド幹部との癒着。魔道師ギルドとの縁が深かった王族との橋渡し。さらにはカルミネの騒乱にかこつけた街道での盗賊紛いの行為。

 交易に関してもカルミネとの関係性改善で逆に密輸や麻薬が横行するなど、リスド周辺で様々な問題が噴出するようになっていった。


「それぞれの事件は一つずつ王やギルド、三貴族によって解決され、特に半年前の傭兵ギルド幹部一掃から始まった西の森林開発で起こった空前の好景気で、一時沈静化されていました。以上が最近までの状況を簡単にまとめたものになります」


 アデリナは一息つくと、収納魔法で水を取り出し一口に飲み干す。


「丁寧に説明してもらってありがとう」


 俺が礼を言うと、彼女は少し戸惑いを見せた後、小さく微笑む。

 ……なんだろう。アデリナの笑顔が優れない気がするな。

 そう思った刹那だった。疲れの取れたアルフォンソが猛烈な勢いで異を唱えてくる。


「アデリナ、僕に遠慮することはない。一番重要なことが抜けているではないか。兄さんとは仲が良いけど、それとこれとは話が別だ」

「わ、若……」

「いい。そこからは僕が話そう。アデリナも言ったが、これは皆が知っている話だからな」


 そう言って、俺の目の前までアルフォンソがやって来る。


「僕の一番上の兄マウレガードは、半年前、魔道師ギルドと通じていた為、王から叱責され軟禁された」

「え……?」


 アルフォンソの眼光は鋭く、だがその表情は苦々しいものだった。


「ただ、あの時の兄さんは明らかにおかしかったんだ。それ以降は憑き物が取れたように僕とも以前同様剣術や遊びに付き合ってくれている。だから、もし王宮で何かが起こったとしても、それだけで兄さんが何かしたとは考えられないし、考えたくもない。だから僕には今、何が起こっているのか分からないんだ!」

「でもさ、()()不穏な空気が流れていたんだろ? それは――」

「違う!」


 フアンの横槍にアルフォンソが強く否定する。


「若、少し落ち着きましょう」


 フアン相手に今にも殴りかかるんじゃないかという勢いだったアルフォンソに、アデリナは冷静に諭した。


「あ、ああ。すまない、フアン」

「いや、大丈夫だけど……」

「ただ、これだけは言わせてくれ。マウレガード兄さんはそんな人じゃない。僕にとっては一番仲の良い人で最高の家族なんだ」


 アルフォンソはそう強く言い切ると、もうこの話題は終わりとばかり出発の準備を始めたテオの方にいってしまう。


「ったく、アルがわざわざこの話題を出してきたんだろう? 一番心配してるのはお前じゃんか」

「若の懸念が現実にならなければ良いのですが……」


 二人が溜息を付く。

 アルフォンソが一番良く知っている人物、なのに一番心配しているということは――。


 その懸念はその後にもたらされた情報により、最悪の現実となってアルフォンソに降りかかることになる。

説明回で早く書けた為予定より早く投稿します。

次回は4月7日までに更新予定です。

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