表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜たちの讃歌 ~見目麗しき人の姿で生を受けた竜の子は、強気な女の子に囲まれて日夜翻弄されています?!~  作者: たにぐち陽光
第二章 竜は地道に課題をこなそうとして、火竜の気まぐれに翻弄される
43/266

第十三話 動き出した陰謀

6月18日、誤字脱字等修正しました

「とりあえず、俺としては姉ちゃんの店をプッシュしておかないと後が怖いんで……」


 そういって半ば強引に連れて来られたのが、新しく支部区画にオープンしたアラゴン商会の店――サーニャから買い取ったあの店であった。

 外観はともかく、内装や設備は最低限の変更をしただけの状態だという。それなのに、一歩店内に足を踏み入れると、やっぱりここは違う場所なんだと痛感する。

 「いらっしゃいませ」というサーニャのノリの良い声はせず、やや落ち着いた上品な感じの女性店員に持て成された時、俺は少し感傷的になっていた。


「なんだ、なんだ? やっぱりカルミネに行っちゃったメンツが恋しいか?」

「いや、違うって」


 口では何とか否定できたが、どうしても当時の事を思い出してしまう。フアンが隣でニヤついているがこの際致し方ない。俺はとりあえず案内された奥の部屋の席に着くと、目を閉じて一端その思い出に区切りをつけるべく一度深呼吸した。


「あら? フアンじゃない。お姉ちゃんの言いつけを守って客を連れてくるのは感心ね」

「ゲッ、姉ちゃん! 何でこっちにいるの?」

「なあに、その言い方は? お姉ちゃんあまりの悲しさにどうにかなっちゃいそうよ」

「いえ、あの、失礼しました!」


 突然敬語になったフアンの顔から尋常ではない量の汗が流れ落ちる。こいつにとってロベルタは畏怖の対象なのだが、別にレヴィアみたいに凄い力があるわけでもないし、なんでここまで怯えるのかわからない。


「せっかく来て頂けたのですから、サービスしないといけませんね」


 そう言ってにこっと笑うロベルタは、優しく素敵なお姉さんにしか見えなかった。

 ……まあ姉弟の間には他人ではわからない事がいろいろとあるのだろう。俺も自称従姉弟のレヴィアに散々な目に合わされたしな。


「ふぅ、やっと行ったか。まさか姉ちゃんがこっちに来てるなんて想定外だった。せっかく誰か可愛いウェイトレスがいないか唾をつけるつもりだったのに」


 前言撤回。ロベルタが怒るのも当然、というか、こいつが全部悪い。俺はここまで酷くないはずだ! ……だよね?

 そしてもう一人ついてきたはずのアルフォンソはというと、全くしゃべりもせず、ポカーンと口を開けたままずっとロベルタの後姿を眺めていた。


「……っ、か、可憐だ」


 ……なんでフアンなんかと一国の王子がつるんでるかと思えば、そういう理由なわけか。この席からだと厨房の様子が良く見えるので、アルフォンソはずっとロベルタに見惚れている。

 フアンはというと、あの()もいい、この()もいいとウェイトレスを物色中だ。

 何だか二人が似たもの同士に見えてきたのは気のせいだろうか?


「はい、おまたせしました。本店とは違って、こちらでは魚料理はあまり出せませんが、森の恵みを存分に味わって下さいね」

「あ、ありがとうございます! ロベルタ殿」

「ではごゆっくり」


 アルフォンソのうるさいくらいの大きな声にロベルタが不思議そうに首をかしげながら、それでも笑顔は絶やさず下がっていく。


「ね、姉ちゃんが給仕って……。この後、槍が降るか大蛇が出るか」

「何か言ったかなあ、フアン?」

「げっ、何で後ろに?!」

「フフ、そういうことを言っていないか確かめるためよ」


 厨房へ下がっていったように見えたロベルタは、どうやらこっそり店内側から回り込んで後ろのテーブル席に座っていたらしい。哀れフアンは後ろから首をしっかり肘で極められ羽交い絞めにされてしまう。

 それをアルフォンソが少し羨ましそうに眺めているのだが、俺には全く理解出来ない感覚だ。

 もうこの二人は放っといてせっかくのご馳走を堪能しよう。大会でも出ていた天ぷら料理が主だが、魚ではなく山の幸とのことで山菜やキノコ類、それにこれは馴染み深い鶏肉の味がしてくるじゃないか。


「これって」

「あらっ、気付かれましたか。さすがはカトレーヌさん。サーニャさんに色々と教えて貰い、そこから当店のレシピとして改良を加えたんですよ」


 俺が問いかけるとロベルタはやっとフアンの首を離し、嬉しそうに答えてくる。と同時に、椅子からずるずる落ちながら「助かった」と呟いたフアンにとどめの一撃を浴びせていた。

 今、全くフアンの事、見てなかったよな……。仮にも青タグの傭兵であるフアンをこうまで軽くあしらうなんて、もしかして本当はめちゃくちゃ強いのか?


「……ああ、素敵だ」


 もはや崇拝の眼差しを向けるアルフォンソは、出された食事に手もつけず、彼女の一挙手一投足に目を奪われていた。


「コホン。若、だらしないですよ」

「ハッ……、いや、美味しい料理をありがとう、ロベルタ殿!」

「あら、アルフォンソ様に気に入って頂けて何よりです」

「そんな、ロベルタ殿。気軽に呼び捨てで呼んで下さい」

「いえ、アルフォンソ様。仮にも私はアラゴン商会の長たる立場の貴族です。あなた様へ気軽に接するわけには参りません」

「ったく、アルのゲテモノ好きもここに極まる――ゲフッ……」

「何か言いましたか? フアン」

「ね、姉ちゃん……、首は急所……。今のは本気で死んじゃうって……」


 とりあえず、天ぷらはどれも美味しかった。さらにプラスで出てきた蕎麦がまた上手かった。天ぷらを乗せてよし、同じ(つゆ)で食べてもよし。今まさに手打ちで作ったばかりとのことだが、太麺で歯ごたえも良く、天ぷらとの相性は抜群であった。


「さすが、アラゴン商会。絶品ですね」

「おいしいよー。若も食べたら? ロベルタさんばかり見てないでさー」

「テオ! お前はもう口を開くな!」

「ん、もぐもがあああ」


 アルフォンソは目の前の蕎麦をそのままテオの口の中に注ぎこんだ。突然の災難にテオは目を回しているが、美味しいからか満更でもなさそうだ。アデリナもそんな様子に呆れながらも珍しく相好を崩している。


「まだまだたくさんありますから、いくらでも注文してくださいね」

「ありがとう、ロベルタ殿」

「あのー、誰か俺の心配もしてくれないかな……」


 そんな感じで(一人を除いて)皆満足して食事を堪能していた時であった。

 ドタッという大きな音が響いたかと思うと、突然の喧騒とともに店頭で誰かが揉めているような声がしてくる。一人二人というレベルではない。もっと大勢が暴れているような剣呑な状況だ。


「ロベルタ様!」

「どうしました?」


 先ほどの女性店員が血相を変えて飛び込んでくるとロベルタの耳元で何事か囁いた。それを聞いたロベルタの表情がサッと険しいものに変わり、フアン以外の全員が異変を察知する。


「店先に大勢の気配がします。かなりの人数に取り囲まれているようですね」


 最初に口を開いたのはアデリナであった。


「はあっ? おい、アル。お前何をしでかしたんだ?」

「何で僕なんだ! 僕は何もしてないぞ。お前じゃないのか? フアン」

「俺は少なくともそんな大勢に恨みを買った覚えはない」

「僕だってそうだ!」

「二人とも少し静かにしろって! ロベルタさん、どういうこと?」


 二人の口論に付き合っていると話が先に進まないので、俺はロベルタに説明を促したのだが、そこにいつものおっとりとした彼女の姿はなかった。ごくりと唾を飲み、小刻みに震えながら消え入りそうな声で何とか話し出す。


「アルフォンソ様を捕らえる為の依頼が、破格の報酬でギルドに掛かったそうです」

「……っ!?」

「えっ? それ、どういうことだよ姉ちゃん。アルはこんなんでも一応王子だぞ。三男だけど」

「こんなんとはどういう意味だ! 三男で悪かったな!」

「若、少し黙っていてください!」


 アデリナに怒られてアルフォンソはこくこくと頷く。それを見たフアンは、へへん、としたり顔だったのだが、ロベルタに睨みつけられ無言で縮こまった。


「王宮で何かがあったとしか考えられません。王がそんな依頼を許すはずもないですし、普通であればギルドマスターがそんなおかしな依頼を認可しないでしょう」


 そう言うが早いかアデリナはすぐに出立の準備を整え始めた。テーブルにまだ残る蕎麦と天ぷらの山を収納魔法で次々にしまっていく。


「テオ。水は十分?」

「あいあいさー。まっかせて」


 おろおろしているフアンとアルフォンソよりよっぽどしっかりしているテオが、こちらも収納魔法で大量に置いてあったポットの水をしまっていた。


「ロベルタ様。代金は多めに置いていきます。ですから――」

「いえ。それは万が一の為に取っておくべきです。そして地下を経由して下さい。二軒裏手に出ます。そのまままっすぐ森に行けるはずです」


 おお、そう言えば地下の氷室から別の階段が備わっていたっけ。


「それよりもアデリナ。森に逃げた後で身を隠す当てはありますか?」

「それは……」


 アデリナは言葉に詰まった。森に出たからと言って、今日初めて赴いた場所の事などわかるはずもない。

 だが俺にはピンと来る場所があった。そのままフアンを見ると彼も気付いたようで、ものすごく嫌そうな顔になる。


「あるよ。見つからない場所が」

「カトレーヌさん?!」

「いや、カトルだって。ほとぼりが冷めたら状況を確認しに来るよ。でもフアンは連れて行って大丈夫なのか?」


 一応こいつはアラゴン商会の貴族だ。傭兵とは言っても、その辺りしがらみとかありそうだけど。


「フアンは絶対にアルフォンソ様をお守りするのです! いいですね」

「そんなん言われなくてもわかってるって。行きたくないけどやってやらあ」


 先ほどまでいがみ合っていたとは思えないほど息ぴったりにフアンは答えた。何だかんだ言っても傭兵としては頼りになりそうだ。

 とその時、突然、嫌な気配が漂い始めた。探知魔法、とはちょっとだけ違う感じだが、こちらを探ろうとする魔法には違いない。こんな町中で使ってくる以上、もはや猶予はないってことだろう。

 それならこっちも遠慮はいらない。俺は容赦なく思いっきり魔力を跳ね返してやった。


「ぐあああぁああ!」


 店内からとんでもない悲鳴が聞こえ、さらに混乱した状況が伝わって来る。


「お前今何かしたか?」

「ちょっとね。魔法を掛けられそうだったから思いっきり拒絶してやった。こんなすぐそばにいる奴だったとは思わなかったけど」


 そんなに大規模な魔法ではなくこの店内を探る目的だったのだろう。元の威力が小さければ跳ね返りを受けても大したことはないはずだ。

 だが、痛みでのた打ち回る男の絶叫が壁の向こう側からもつぶさに響いており、皆、若干困惑気味である。正直、俺もここまで効果があるとは思っていなかった。魔力の少ない相手にはちょっとの返しでも結構なダメージを与えるのかもしれない。


「魔力の跳ね返しって、そんなん出来るのか……。お前、えげつねえな」

「こんな町中で魔法を掛ける方が悪い。マリーもそう言ってたよ」

「魔力感知が出来るとは、貴様、なかなかやるな。フアンとは大違いだ」

「うるせ!」

「でも、これで時間を稼げるはず」

「ありがとうございます、カトル殿。さあ、急ぎましょう、若!」

「私も時間を稼ぎます。その間に」

「あんま無理するなよ、姉ちゃん」

「ああ、フアン。その優しい言葉だけでお姉ちゃん頑張れちゃう」


 ロベルタが店頭に出向いた隙に俺たちは地下室へと走りだした。構造は前と同じなので経路を迷うことはない。それに向こうがその気ならと俺も探知魔法を使ってやった。今は緊急事態だし、ここは厳密には壁の中じゃなくて外だしね。レヴィアとの約束を破ったことにはならないだろう。


「よし、誰もいない! 森へ急ごう!」


 俺たちは何が起こったのかも良く分からないままに、森へ向かって走り出した。

 何人かこちらの動きに気付いたようだが、目くらましに簡単な風魔法を掛けると、たったそれだけで怯えて近づいてこなくなる。


「めっちゃ効果あったみたいだな。さっきのアレ」

「うーん。自分でもびっくりだ」


 どうやら、さきほどの男の悲鳴が魔法威力の誇大広告となったらしい。森の入り口でそよ風が舞っているだけなのに皆、躊躇して誰もこちらにやってこない。


「この隙に出来るだけ奥に参りましょう!」


 大したことない効果だと気付かれる前に、俺たちは一目散に森の中へと逃げ出すのだった。

次回は4月7日までに更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ