第十一話 面倒ごとはいつもこの二人から
6月15日誤字脱字等修正しました。
「行っちゃったな……」
「そうだな……って、お前いたのか!」
「よっ! 昨日の夜はびっくりして俺も起きたぞ。とんでもないやっちゃなあ、マリーさんも、お前も」
「起こしたのは悪かった、けど、どうしてここに?」
皆を乗せた馬車が去った北門を少しだけ感傷的になりながら眺めていた俺の横に飄々と現れたのは誰あろう昨日誕生会の席からさっさといなくなったフアンであった。
「いやあ、俺さ、昨日あんまり挨拶出来なかったじゃん? だから門を出たとこで待ってたんだよ。そしたら、凄い勢いで通り過ぎちゃって。一応じゃーねーって呼びかけたんだけど」
「お前も見送りに来たのなら、出発前に来いよ」
「いや、遅れたわけじゃないぞ。外で待ってたんだ」
「だから何で中に入って来ないんだ」
「俺さあ、こういうの弱いんだよ。だって言うだろ? 別れに涙は似合わないって。だから馬車がさっと行く時に声を掛ける程度でいいかって思ったんだけど――馬車って外だとあんなにスピード出して走るのな。支部前の馬車がどれだけちんたら走っているかって今初めて知った」
とぼけた感じでしゃべるフアン節に俺は呆れ過ぎて苦笑してしまう。
「まあ、いなくなった女の事より、今ある奇跡を追うべきだ。カトルは暇か? 早速出会いを求めて今日も新しい依頼を見つけに行こうじゃないか」
「いや、レヴィアはまたしばらくしたら帰ってくるけどね」
スキップでもしそうな勢いでギルド本部へと歩いていくフアンに俺は仕方なく付き従った。しかし、いつの間に俺はこいつと一緒に依頼を受けることになったんだ? ……まあ、他に仲間の当てもないし気心知れてるから別にいいけど。
それに俺もレヴィアと出発前に交わした約束を果たす為、依頼をこなす必要があるんだ。
―――
「私が帰ってくるまでの課題ね」
トム爺さんが涙目になって元マリーの屋敷の修繕に奔走する傍らで、レヴィアは悠々とその横を通り過ぎながら俺になすべきことを伝えてきた。
1:青タグへのランクアップ、出来れば黒タグを目指すこと
2:鑑定魔法で体力と魔力を確認出来るまでレベル上げ
3:四元素と複合魔法の研鑽および熟睡魔法の習得
4:剣術の特訓
中でも驚いたのは四番目だ。
「キミの剣はあまりにも真っ正直すぎるからね。マリーはあれでも素直な方よ。もし最初からキミや仲間の命だけを狙う相手に出くわした時、今のキミでは万が一が有り得てしまう」
レヴィアの言葉を俺は神妙な面持ちで聞いていた。実際にそれはマリーとの戦いの中でも強く感じたことだ。もっと囮や緩急、強弱を織り交ぜないとなかなか簡単には勝たせてもらえない。
「カトルが身体強化を覚えればいいのではないか?」
マリーが不思議そうに尋ねるのだが、レヴィアは咄嗟に静寂魔法を展開して苦言を呈する。
「身体強化したらあっさりバレるでしょう?」
俺が身体強化すれば戦いにおける主導権を容易に取ることが出来るだろう。
ただ、それだと確実に人族の括りから外れた動きになる。昔、孤島でユミスに掛けてもらっていたので間違いない。
あの時でさえ、木々を超え空を飛ぶほどの跳躍力を生み出し、走っては目にも止まらないスピードで大地を駆け抜ける力を得ていたんだ。今はじいちゃんに鍛えてもらった事もあってかなり成長できた自負もある。この状態で身体強化を用いて相手に立ち向かえば、一時は凌げるかもしれないがそのうち人族全てを敵に回しかねない。
「身体強化は元の能力に大きく左右されるからね。キミが使うのは本当に最後、どうすることも出来ない時だけにしなさい」
「了解。……てか、俺、使えないんだけどね」
「――それは初耳ね。なら5番目の課題は身体強化の習得としておくよ」
「なっ……!? 完全にやぶへびだ……」
―――
とまあ、そんなわけだ。
レヴィアから課された宿題の筆頭がまず青タグにランクアップすることだった。
ただ、この前のじいちゃんからの依頼と追加で課されたトム爺さんや秘書の依頼を達成したから、必要なポイントはすでに結構溜まっているはずである。
「青タグ目指しているってんなら、先輩たるこの俺が教えてあげようじゃないか」
フアンが意気揚々とそんなことを言ってくる。
「えっ? フアンて青タグなの? そんな馬鹿な」
「カトル、てめぇ! そりゃどういう意味だっ!?」
思わず出た言葉だったが、良く考えればフアンほど経験豊かな傭兵が灰タグレベルで甘んじているはずがない。まー、言動からそんな気配は微塵も感じないが。
「いや、青タグより上だと思っていたからさ」
「ほぉーう? 本当か? 本当にそう思ったんだな?」
俺の適当な返しに訝しげなフアンの視線が突き刺さる。だが俺がゆっくり頷くと途端に満面の笑みを浮かべて肩を思いっきり叩いて来た。
「いやあ、やっぱりお前はわかってるな! カトル! 俺は実際、黒タグになったこともあるんだけど、ヴィオラの依頼とか面倒くさくて青タグに甘んじてやってるんだ。それをわかってない奴らの多いこと多いこと」
どうやら機嫌が直ったようだ。なんとも単純な奴である。
「そんな俺が教授するんだから、カトルもあっという間に青タグになれるってもんだ。大船に乗った気でいろよな」
「そんな簡単にランクアップ出来るの?」
「なんだ、ランクアップの仕組みも知らないのか」
ちっちっち、と人差し指を左右に振ると、フアンは得意げな顔で教えてくれた。
ランクアップはそれぞれのタグごとに条件が決まっているという。
基本的には依頼をこなすことで溜まるポイントを一定数集めるのだが、他にも純粋な依頼数や、金銭的な報酬獲得量なんかも条件になっているそうだ。
ギルドとしては長くこの町に滞在してたくさんの仕事をこなして貰いたいので、強者があっという間に青より上にランクアップする事が無い様、いろいろと取り決めがされているらしい。
「青より上は報酬が凄いんだけど、それ以上に厄介ごとが増えるんだ。ギルド関連の強制ミッションが増えたり、依頼元との折衝でトラブルを抱えたり……」
フアンがうんざりした顔つきをする。
「だから俺としては青タグぐらいで、のーんびりと適当に稼いで豪遊するってのが理想だな」
「何、朝っぱらからギルドの真ん前で馬鹿言ってやがるんだ、てめぇは!」
突然、大声でダメ出しされたかと思えば、汗だくのイェルドが走って来る。何かいろいろ荷物を持っていて大変そうなのだが……、ってあれ?
「てか、何でイェルドがまだここにいるんだ? お前昨日『俺もお別れだ』なんてしんみりと語っていたじゃん」
「そりゃあ、盆と正月が重なったような忙しさが突然降って来れば俺みたいな便利屋はこき使われるんだよ」
「はは」
「そこっ! 笑ってる場合か! 半分はお前とマリーの姉さんのせいだからな」
どうやらイェルドは俺とマリーがやらかした件の地下二階の惨事の後始末をトム爺さんに代わってさせられているらしい。
「『ギルドマスターの勉強になるじゃろ』とかわけわかんねぇこと言われて、ギルマスに押し付けられたんだ。どう考えても取ってつけた理由だぜ」
「ああ、一応カルミネには行くんだ」
「当たり前だ! 屋敷の件はダンに押し付けて、もう一つの案件が片付けば昼前には馬で追っかけるつもりだ」
「えっ、一人で?」
「そうだ」
俺は驚いて聞き返したが、イェルドは当然という顔で頷く。
「なんだ、なんだ。ギルドマスターにもなろうって奴がお供も無くたった一人、馬で行軍か?」
「しゃーねぇだろ。大体、合流すりゃあ最強の姉さんたちがいるんだ。他のボンクラに護衛任せるより百倍頼りになるぜ」
「それは違いない。うん、うん。――まあ、追いつく前に誰かに襲われないといいな」
「だ、誰がこんな銭無しを襲うってんだ! ったく、縁起でもない」
「はっは、ちょっとは怖がってるじゃん。政情不安だからな、カルミネは」
イェルドが怯んでいるのを面白そうにフアンが囃し立てる。結構なスピードで馬車が進んでいったとはいえ、馬を飛ばせば日が落ちるまでには追いつくだろうし、そんなに気にしなくてもよさそうなんだが――イェルドが巨体を揺らしてビクビクしているのはなんとも滑稽だった。
「ったく、俺の事はいいんだよ。それで、お前らは本部に来る途中か?」
「ああ、そうだ。新しい出会いが俺たちを呼んでいるからな」
フアンがそう嘯くのを聞いてイェルドがニヤリとほくそ笑む。
……なんだ? 今、凄く嫌な予感がしたんだけど。
「しっかし、カトルもよくこの馬鹿とコンビを組むことにしたな」
「いや、俺は当分支部でコツコツ依頼をこなす予定だよ」
そこははっきり言っとかないとな。フアンと同じ理由で動いていると思われるのは甚だ迷惑だ。
……まあ、本当は検問で鉄石による鑑定をされるのが非常にまずいからなんだけどね。早く体力と魔力を鑑定魔法で分かるようになって、詐称で誤魔化せるようにならないと。
だから俺は森で地道に頑張ろうと思っていたのだが――その発言にフアンは驚いて食って掛かってきた。
「なぁ?! ちょっと待て、カトル! そりゃ、どういうことだ?!」
「いや、俺は青タグを目指さなきゃならないんだって。本部で依頼受けていたんじゃ森から毎回戻ってくるの面倒くさくてやってられないよ」
「まぁ、そりゃそうなるわな。青タグ目指すなら地道に森で薬草集めるのが早道に違えねぇ」
「おいおい。そんな森の中なんかじゃ、出会いなんてからっきしだろうが。却下だ、却下!」
「青タグには純粋に依頼をこなした数が必要って教えてくれたのはフアンだろ」
「それとこれとは話が違うっつーの!」
「お前ら、コンビ組んで早々喧嘩すんな」
なぜかフアンが息巻いているのだが、さすがにそこは譲れない所だ。何しろ町の外に出たら当分城門の中には戻れないわけだし支部を拠点にしてくれないと困る。
「まとめると、カトルは森で一気に依頼数を稼ぎたい、フアンは女がいればいい、そういうこったな?」
「ああ」
「全然違う!」
「っち、ったく面倒くせぇ奴だなあ。女がいて何が不満なんだ、てめぇは」
「見も知らぬ麗しき女性との突然の出会いこそが重要なんだろーが! いいか、よぉく聞け。明日をも知れぬ困り果てた状況のか弱き女性がだ。何とかかき集めた金で傭兵ギルドを頼ってくるわけだ。そこに颯爽と現れた俺がズバッと解決! するとどうだ。俺に注がれるのは尊敬の眼差しと溢れる賛辞ってなわけよ。そして唐突に芽生える恋心……! ああっ!」
フアンの夢心地な吐息に、俺もイェルドも唖然として乾いた笑いを上げるしかなかった。さすがフアン。ここまで残念な奴だったとは。
だが、そんな馬鹿の妄言に突如賛同の声が舞い降りる。
「いや、見事だ。それでこそ我が盟友に相応しい!」
驚いてその声のした方を見れば、ギルド本部から付き添い二名を従えて優雅に歩いてくる男の姿があった。
背格好はフアンよりやや高いであろうか。それでいて若干細身の体つきなので傭兵としては頼りなさげに見えたが、スラッと伸びた足と目鼻立ちが整った小顔はとても女性にもてそうな風貌である。
緑と赤二色のローブを身に纏い、様々な鉱石が連なるベルトを巻いて美しい青の剣鞘を吊るしているのが目に鮮やかだ。そして何より、純白のマントを羽織っているのがただの貴族ではない証であった。
「あれが、もう半分だ」
イェルドが呆れ果てた表情でため息交じりに零す。
誰だろう? この町でここまで貴族然とした格好の者を見るのは初めてだ。従者も居るし相当身分の高い者なのかもしれない。
「うわっ、アルかよ。来てたのか」
「フアン、貴様! この僕がここに来て何が悪いというんだ」
「べ、別に悪くはないが、アルと一緒だと俺がかすむんだよな」
「ふうん。それは悪くない話だな」
そんな掛け合いの後で、フアンとアルと呼ばれた男がグータッチして笑顔を交わす。いろいろ文句を言い合っているがとても仲良さそうである。
「ちなみにこの美しい女性はどなたかな」
……やっぱりそう来るか。もう、なんだか若干諦めの境地だけどさ。
「俺は、男だ! カトル。カトル=チェスターだ」
「なっ……?! お、おとこだと! そんなバカな……」
大げさによろめいて額を押さえる動きに若干イラッとする。だが、俺の視線に気付いたようですぐに微笑みながら謝ってきた。
「いや、失礼。僕はアルフォンソ=アストゥリアスだ。父王フルエーラが三男である」
父……おう?
ちょっと待て。
俺は意味が分からずイェルドの方を見やった。
「ここリスドを治めるアストゥリアス家の若様だ。――ちょうどいい、カトル。フアンと二人で、若様に支部周辺を案内してやってくれないか? これでやっと出発出来そうだぜ」
そう言ってニヤッと笑うイェルドを見てようやく俺は気が付いた。
とんでもない面倒事に巻き込まれてしまったということを。
次回の更新は3月31日までに投稿予定です。