第七話 19歳の誕生日
6月2日誤字脱字等修正しました。
意識の奥底で不思議で懐かしい気配を感じた。
とても窮屈で頼りないのに、どうしようもなく居心地が良い。
出来ればずっとここにしがみついていたくて、けれどその先には堕落しかないという背徳感が身も心も蝕んでゆく。
(これは毒だ)
自分の全てを受け入れてくれる場所。
――例えるなら母親のお腹の中にいる胎児のような安心感とでも言おうか。ずっと居れるなら、こんなに安全な場所は他にはない。
でも、そんな幻想はありえない。
俺は孤島を出て、ユミスを守るって誓ったんだ。
ここにいたら全てが終わってしまう。
それに、なんだか心があったまるような声がかすかに聞こえてくるんだ。
ここにはまた来るよ。だけどそれは今じゃない。
そう強く思ったら、何かに笑われた気がした――。
―――
「カトル……、カトル……」
耳をくすぐるような優しい声が遠くから聞こえてくる。
俺は今、寝ていたという事実にようやく気付き、けれどまどろみから抜け出したくなくてもう一度寝返りを打つ。
「そんな生ぬるい起こし方ではこのネボスケは絶対に起きないよ」
「そ、そう?」
「よしっ、ここは私に任せろ。歴戦の勇士たちもこのやり方で生死の狭間から舞い戻って来たんだ」
「かえって息の根を止めそうな勢い……」
「ふふ、今日の主役なのだから、ほどほどになさって下さいね」
……なんだ、なんだ。
何か物凄くヤバそうな雰囲気が。
「おいカトル。早く起きた方が身のためだぜ?」
「女三人集まると姦しいが、五人集まると恐しいな」
「ひえええ。俺は姉ちゃんのあの楽しそうな顔はトラウマなんだわ――ブルブルブルブル」
うおおお。これ絶対起きた方が良いんだろうけど、もうあとちょっとだけ寝ていたい。
ってか、俺が今日の主役?
……いったい何が始まるのか、想像出来ないんですけど。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。見事な狸っぷりじゃの」
「カトル様、僭越ながら申し上げます。もうすでに起きていらっしゃることは皆様にバレております」
「――なっ!? それを早く言っ――?! うわわわわっ!」
あわてて起きようとした俺の目の前を、何かが凄い勢いで横切っていった。
「カトル?! 危ないじゃないか」
「それはこっちのセリフだっての!」
横目で何が通ったのか確認すると、マリーの得物の曲剣だった……。
何ゆえ人を起こすのにそんなものが必要になるんだ。
「これは剣気によって死の淵にある魂を呼び戻す、由緒のある方法なんだぞ」
「俺死んでないから」
そう言ってキョロキョロと辺りを見回し、ようやくここがいつもと違う場所だと気が付いた。
隣の部屋から甘くて美味しそうな匂いが漂ってくるのでてっきりサーニャの店かと思ったが、年季の入った木造の壁に、網目のように木々で織り込まれた一風変わった天井の造りは、どこか別の国へと誘われたような錯覚に捕らわれる。
そこまで認識して、ようやく俺は自分の状況を思い出した。
さっきまで俺は洞窟の中にいたはずだ。そして、じいちゃんに言われるがままに鑑定魔法を使って――。
「だいぶ混乱しているようね」
「う、ん……。レヴィア、ここは?」
「ここはアラゴン商会の本店よ」
途端に周囲の様子が安堵に満ちた空気になったのがわかる。
もしかして俺のことを心配して集まってくれたのだろうか。
「ようこそ、いらっしゃいました。ここは私の城です。あと30分ほどで用意できますから、その間にしっかり心とお腹の準備を整えて下さいね」
「は、はぁ。ありがとうございます」
フアンの姉が丁寧にお辞儀をしてきたので、困惑しつつ俺も頭を下げる。どうやら彼女の店で何か用意をしてくれているらしい。
そのままロベルタが部屋を出ていくと、それをきっかけにぞろぞろと他の面々も続いていった。隣に居たのがサーニャと受付のお姉さん、それにイェルドとダンの筋肉コンビにこそこそと姉の視界から隠れるように続くフアンの姿もある。
なんだか、この町に来て顔見知りになった人がほとんど来てくれたみたいだ。
それこそいないのはギルマスのトム爺さんに怒りっぽい秘書くらいなものか。
「古狸と女狐もあとから来るそうよ。来なくてもいいのにね」
俺の心を読んでレヴィアが答えた。
……もう何も言うまい。きっとそういうものなんだ。
「それで、俺はどうなって――」
そう言い掛けて、俺はすぐに口を噤む。レヴィアが優雅な動作で静寂魔法を展開するのが分かったからだ。
なぜ今まで気付かなかったのだろう。
こんなにも美しい所作でレヴィアは魔法を紡いでいたんだ。薄い透明なガラスのようなものが俺たちのいる場所をみるみるうちに覆っていく。
これが音魔法というなら、風属性に水属性をほんの少しだけ混ぜた繊細なバランスの上に成り立ったものなのかもしれない。
「カトル。龍脈の中心で鑑定魔法を自分に向けて使った事は覚えておるか?」
じいちゃんが静寂魔法の展開を待ってから話しかけてきた。
「ああ、そこまでは何とか。何かとんでもない力が俺に襲い掛かってきて、鑑定魔法の結果が少しだけ認識出来たんだけど、そこからはもう真っ白って感じ」
「ほう……。鑑定魔法の一片が認識出来たか。今はどうじゃ?」
「えっ? うん」
俺はじいちゃんに促されるまま鑑定魔法を自身に掛けてみる。
名前:【カトル=チェスター】
年齢:【19】
種族:【竜人】
性別:【男】
出身:【大陸外孤島】
レベル:【7】
カルマ:【なし】
「あっ! また鑑定魔法のレベルが上がってる!」
出身がわかるようになったってことはレベルが上がったってことだ。洞窟でたいして数をこなしていなかったのに、これは嬉しい。
えーと、これで洞窟へ行く前が7だったはずだから、二つ上がって9ってことか。あと一つで最低ラインの10だ。
レヴィアの言う通りに地道に頑張ってきた甲斐があったよ。
そんな感じで呑気に喜んでいたら、じいちゃんとレヴィアが怪訝そうな顔つきで覗き込んで来た。
あれ……、何かおかしかった?
「……キミ、何でそういう状況になったかを考えてみなさい」
「えっ? ……ほんと何で上がったの?」
「ったく。もう少しで死にかけたというのに暢気なものね。まあ、その一端の原因は私にもあるけれど」
ああ、そうか。
俺は龍脈の力に飲み込まれていたんだ。ということは鑑定魔法のレベルが上がったのも龍脈の力ってことか。
「良かったのう、カトル。お前の鑑定魔法のレベルが低かったことで、力の奔流に押し流されずに済んだのであろう。もっとも、魔力を制御する力があればたやすく流されなかったはずじゃが」
じいちゃんはそんなに怒っていないのか目を細くして笑う。
対照的にレヴィアはおかんむりだ。
「一度目は私のミスだけど、二度目はキミのミスよ。二度も短期間に龍脈の力に翻弄されて魔力を拡散してしまうなんて、普通だったらたとえ竜族でも死んでいるわ。あの場所で魔法――特に鑑定魔法は絶対に使わないように言ったでしょう?」
言い方の差はされ、二人とも俺の迂闊さを注意してきた。ただ俺にはどうしてもその言葉に認識のずれを感じてしまう。
あれが龍脈の力だとすれば二人の言うような危険なものじゃない。むしろ俺たちを守ってくれる言わば母のような存在ではないか。
だが何か言おうとして、ふともう一度見返した鑑定魔法の結果に俺は今更驚きの声を上げた。
「あれ?! 俺19歳になったの?」
その瞬間、怒っていたレヴィアは口を開けたまま固まり、そして怒りながら笑い出すという器用なことをし始めた。
「……っぷ。フフフ……。キミ、それを今やっと気付いて、このタイミングで言うかい?」
「えっ、いやその」
「まあ、良いじゃろ。お説教はそのくらいで勘弁してやるがよい。何しろ今日はカトルの19歳の誕生日じゃ。間に合って良かったの」
じいちゃんがにこやかに言うと、半分呆れ顔だったレヴィアも頷いてくれる。
「わざわざあなたの誕生日の為にみんな集まってくれたのよ。ちゃんとお礼は伝えなさい」
「わかった、けど、何だかレヴィア、俺の母親みたいなことを言――」
「私はまだ22歳よ!」
やっばー。せっかくお説教を逃れることが出来たと思ったのにとんだやぶへびだった。
そこからはじいちゃんもそそくさと隣の部屋へ逃げる始末で、俺はロベルタが言った30分フルにレヴィアのお説教を聞き続けることになった。
―――
「準備が整いましたよ――って何をやっているのです?」
「た、助かった」
「……キミ。続きは後でみっちりだからね」
「大丈夫ですか? さきほどよりやつれている気がしますが。とにかく料理が出来ましたのでカトルさん、早くいらしてください」
怪訝な顔をされるのも無理も無い。レヴィアからのお説教で疲れ果てて相当酷い顔をしている自覚がある。
――レヴィアの小言がこんなに長くつらいものだとは思わなかった。そりゃあじいちゃんも逃げ出すよ。隣で優雅にたたずむネーレウスが尋常ではないスキルの持ち主だと再確認した瞬間だった。
そんな鬱々とした気持ちで隣の部屋に連れて行かれたのだが、扉を開けて部屋いっぱいに広がる光景を目にした瞬間、全てが霧散した。
「「「ハッピーバースデー!」」」
そこに集まる全員が声を揃えて叫んでくれた。それと同時に、パンパン、パン、パンという派手な音とともに紙吹雪が部屋中に舞い降りる。
「おうお!?」
俺は不覚にも素っ頓狂な声を上げてしまい、全員から失笑を浴びる羽目になった。
集まってくれた、とは聞いていたけど誕生日をこんなに歓迎されるのは生まれて初めてだ。掛け声の後はみんな思い思いに飲み物を注ぎ、四つのテーブルいっぱいに並べられた料理を堪能しているのだが、それを見ているだけで何だかとても心が温かくなる。
「おいおい、カトル。おうお、って、そこの筋肉が逃げ出す時の叫び声みたいじゃん」
「てんめぇ、御託はそれぐらいにしとけよ! フアン」
「およ、何でイェルドが怒ってるんだ? 俺は筋肉って言っただけだぜ」
睨みあう二人に、マリーは冷ややかな視線を送る。
「あの馬鹿二人は放っておけ。それよりカトル、身体は大丈夫か? 洞窟で倒れたと聞いたが」
「えっ? ああ、俺的には何とも無いんだけど」
「あまり無茶をするな。地道な日々の鍛錬。これに勝るものはないぞ」
マリーが心配そうに声をかけてきたかと思えば、いつものように鍛錬の素晴らしさを語り出す。それに苦笑しながら、一つ心配ごとがあったのを思い出した。
「それより、マリーこそ大丈夫なのか?」
「うん? ああ。今の所は問題ない。ようやく賭けの混乱も収まって来たしな」
いや、賭けの話じゃない、と言う前にダンが割り込んできた。
「賭けの混乱は収まってなんかいないぞ。むしろ一部では酷くなったとも言える。まあそれでも俺らには関係のない話だ。何しろ、ギルマスが観念して矢面に立ち始めたからな。後は、ギルマスに任せていればいい。それより、カトルくん。前回会った時はあまり話さなかったが、今回はありがとうと言わせてくれ。何しろ皆怖がってモンジベロ火山に近寄らなかったんだ。あの執事の老人より君の調査報告書を受け取ったよ。大した成果だ。富に繋がる鉱物が無かった事でヴィオラは未練たらたらだろうが、お陰で西部地域の目処がたった」
「えっと、それはどうも」
やたら饒舌に話すものだから俺は面食らってそう返すのが精一杯になる。一回、ギルドの本館で話しただけだったか。イェルドが実行部隊とすれば、ダンは後方で黙々と実務処理というイメージだっただけに、ここまで雄弁とは思ってなかった。
「これだけの手土産があれば、イェルドの奴もこの町にそこまで未練はないだろ」
「えっ?」
一人頷くダンに問いかけようとして、また誰かに捕まった。
「カトルくん。いえ、私はあえてカトレーヌさんと呼びましょう!」
「え、いや、俺はカトルだって」
フアンの姉が俺の右腕に絡んでくる。
「うわあ、誰だよ! 姉ちゃんに酒振舞った奴!」
フアンが姉の様子を見て本気で怒りの声を上げていた。
「酔った姉ちゃんのしわ寄せは毎回必ず俺に来るんだ。マジで俺は逃げるぞ! ――カトル! 誕生日はおめでたいかもしれないが、俺はもう自分の命の為に行かなくてはならない。依頼の件で話したいことがあったけど、とりあえず今は……また支部でな!」
イェルドと争っていたはずのフアンが一目散に逃げてゆく。
てか、ここあいつの家だよな?
本気で走って逃げてったけど……。ということはこの絡んでくる物体が相当な曲者ということか。
「いいですか? 私はここにいるサーニャさんに負けたわけではありません。カトレーヌさん! あなたに負けたんです。いえ、あなたになら負けてもいい。どうぞ、心ばかりですが私も腕を振るいましたこの料理! ぜひ堪能なさって下さい」
「あ、ありがとう……」
何だかよくわからんけど、俺は彼女に相当気に入られたようだ。むふふ、と謎の笑みを浮かべながらロベルタは俺の右腕を付かみギュッと抱きしめて離さないでいる。柔らかな両胸が当たって気持ち良いけど、これだと食べれないからそろそろ離して貰いたい。
「ごめんなさいね、カトル。もう私の店は売り払ってしまったから料理を振舞えなかったの。それで仕方なく大会二位のこの店で誕生会をしようってことになっちゃって」
「あら、サーニャさん。まだカルミネに旅立っていらっしゃらなかったのね」
笑顔で話しかけてきたサーニャの言葉にカチンと来たのか、ようやくロベルタが俺の腕を解放してくれた。そのままお互い貼り付けた笑顔で話を続けているが、正直めっちゃ怖い。少しは仲良くなったのかと思えば全然だ。熾烈な言い争いとまではいかなかったが、褒め殺しの不毛な論争を繰り広げている。
それにしてもサーニャはもう王都に帰るんだからロベルタとうまく提携すればいいのに、お互いの店のダメ出しとか言い合ってるし、もはや意地のぶつかり合いである。
「あれで結構仲良くなってるんだってよ。俺にはとんとわからねぇがな」
フアンが逃げて争う相手がいなくなったイェルドがウイスキー片手にやって来た。
「大変だったって聞いたよ、ダンから」
「んん? ああ、賭けの件か。あんなの最初からギルマスの一声があればここまで騒ぎが大きくならなかったんだ。いい気味だぜ」
そう言ってにかっと笑う。一週間前と違って、表情が晴れやかだ。苦しめられていた騒動を爺さんに押し付けて清々しているらしい。
「俺のここでの最後の仕事がしまらねぇことになっちまったが、まあ俺だし、こんなもんだろ」
「最後?」
そういやさっきダンもそんなことを言ってたような。ギルド職員を辞めて普通に傭兵として過ごすってことかな。
そう尋ねたら、イェルドの笑顔がさらに崩れて破顔した。……イェルドのその顔はさすがにちょっと怖い。
「いや、聞いてくれカトル。俺のツケにツケていた褒美がどかっと来たわけなんだが、なんとな!」
「こいつが王都のギルマスだとよ。そんな玉には見えないだろ?」
「あ、てんめぇ、ダン! 俺が言いたかったセリフを」
「……はぁああ? ギルマスって、イェルドがギルドマスターってこと?」
「おうよ! すげえ出世だろ」
驚いてポカーンとする俺にイェルドは得意満面な表情で盛り上がった右腕の力こぶを反対の手で叩く。彼なりのガッツポーズなんだろうが、筋肉自慢にしか見えないのでいよいよ暑苦しい。
「何を粋がっているの、イェルド。マスターが断りきれなかった話を仕方なくあなたに振ってあげただけでしょ」
突然、店の外から声が聞こえたかと思えば、遅れてくると言っていたトム爺さんとヴィオラの姿が見えた。
「まあ、そう言うでない。出世には変わらないんじゃ。こんな栄誉あることはないぞ。しかもまだイェルドは若いしの。先方も大いに期待してくださっとる」
「それは……しかしそもそもお話はマスターが頂いたもので、こんな野蛮な男にその栄誉を譲り渡さなくとも」
「おい、ヴィオラ。俺は譲り請けたわけじゃねぇ。自分の仕事の対価を受け取っただけだ」
「にしても王都って、カルミネってことだろ? 凄いじゃん、イェルド!」
「おうよ! 今日はおめぇの誕生日ってことだったが、俺のギルマス就任祝いもちょこっと兼ねてるからな。その辺は悪く思わず、お互い祝おうぜ!」
無理やり乾杯をさせられ、イェルドは勝手にウイスキーをぐびぐび飲んでいる。よっぽどギルドマスターに昇進したのが嬉しいんだろう。
「今のカルミネは情勢が厳しいからのう。イェルドのように若い才能が必要なんじゃ。あれでいて割り切りも良いからな。うだうだと引きずるような奴にはギルドマスターは勤まらん……。あ、忘れとった。カトル=チェスター、誕生日おめでとう。これはギルドマスターとしてのほんのささやかなプレゼントじゃ」
「あ、どうも…って、これ依頼の報酬じゃん」
俺はトム爺さんから幾ばくかの報奨金を渡され、灰タグに何かの魔法を掛けられた。タグがぼんやりと光ったのでこれで依頼完了の報告が済んだことになる。
「フォッフォッフォ、これでよし。それよりレヴィアちゃんはどこじゃ?」
もう用事は済んだとばかりにトム爺さんは本命を探し始め、レヴィアの姿を見つけると一目散に走っていった。その姿に溜息を付きながらヴィオラが付き従っていく。
……レヴィアとヴィオラが険悪なのって、間違いなくトム爺さんに責任の一端があるよな。とりあえずはあの二人の傍には極力近づかないようにしよう。
「報酬か。よくまあ好き好んであんな洞窟にもう一回行く気になったな」
「俺は付き添いだっただけだよ」
「でも執事のじいさんから報告は聞いてるぜ。まさかあの襲い掛かってきたサーベルタイガーの群れがマリーさんを狙った猛獣使いの仕業だったってのはな」
「あくまで推測だけどね」
「あんな森の奥深くで狙ってくる奴だ。逆に街中や街道沿いでは襲ってこないとも言えるがな」
イェルドとダンによればマリーを襲う奴がいるとすれば、十中八九、連邦関連の政争絡みとのことだった。そういった連中の場合、体面を気にするので大勢の目がある場所では暗殺を目論むことは少ないらしい。
「それにマリーさんがラヴェンナに帰国するときは、この俺も王都カルミネのギルドマスターとして途中まで一緒に行くからな。そこを襲ってこようものなら外交問題になるぜ」
「それが狙い、というには情勢が不穏だし、今は藪を突きたくないはずだな」
俺にはさっぱりわからない話だったが、どうやらそういうものらしい。
ふとマリーの方を見れば、じいちゃんと一緒にひたすら食べ比べにいそしんでいた。二人揃って子供のような笑顔だ。本当に食べるのが好きなんだなあ。まさに食いしん坊二人組である。
「それで、いつ出発なんだっけ?」
「ああ、明日だ」
「えっ?!」
「――なんだ、まだマリーの姉さんから聞いてなかったのか。明日、俺はカルミネに行く。カトルももう少し傭兵として経験を積んだら来るんだろ? それまでにはギルドを掌握して歓迎してやるからな。楽しみに待ってるぜ」
「……っ、ああっ! 俺も楽しみだ」
そうか、明日なのか。
俺はこの華やかな誕生会の中で、少しだけ寂しさを感じてしまう。
――だけど、それはいつか来ると分かっていた事だ。
今日祝ってもらった分は明日、精一杯見送ることで返そう。
とりあえず今はこの並んだ豪勢な料理を堪能すべく、皿を片手に片っ端からつまみ始めた。
次回は3月17日深夜までに更新予定です。