第二話 修練の開始
5月24日誤字脱字等修正しました。
『カトル。ねぇ、カトル……起きて!』
ダメだ。今は起きられない。だって、魔力を使い切ったんだ。動きたくても動けないなんて、こんなの生まれて初めてなんだよ。ほんとごめん。
『もう、そんなこと言って、今日だけは私の為に一日なんでもしてくれる約束だったじゃない』
ああ、そう言えば今日はユミスが孤島に来た日――誕生日だっけ。
『今日はカトルと二人だけで桜を見に行くの!』
そうだった。ちょうどユミスの誕生日の時期だけ幻想的な桃色の花を咲かせるあの美しい木の下で、一緒にお弁当を食べる約束をしていたんだ。
なぜか桜は一本だけ近くの小高い丘に生えていた。
じいちゃんが大陸から持ってきたらしいんだけど、詳しいことは白竜のじいちゃんさえ知らないそうだ。
『行こう、カトル』
俺は倒れて動けないのに、ユミスは嬉しそうに走っていく。
ああ、そうか。
これは夢だ。
昔の懐かしい記憶に違いない。
あの後、俺はユミスと一緒に桜の木の下でお弁当を食べて、そして舞い散る桜の花びらに心を乱されたんだ。来年も咲くとわかっていたのに、なぜか散りゆく花びらが悲しくて泣き叫んでしまった。
あの頃の俺がなんで泣いたのかはわからないけれど、俺より幼かったユミスまで一緒になって泣いてしまい、最後はじいちゃんが飛んできてくれた。
何があったのかとおろおろしながら、優しく頭を撫でてくれた記憶がよみがえって来る。
あの時のじいちゃんは人の姿で俺と同じ目線になるようしゃがみ込み、そしてやさしくおぶってくれたんだっけ。泣きじゃくっていたユミスは抱っこされてた気がする。
懐かしい温もりだ。
優しく頼りがいのある背中が俺はとっても大好きで、泣き止んだ後も寝たフリをしてしばらくおぶられたままだったのを覚えている。
大切で、でも当たり前過ぎて忘れかけていた記憶は、安らぎと平穏を心にもたらしてくれたのだった。
―――
「……あっ」
「おお、やっと起きたか。まさか半日眠り続けるとはのう、カトル。昔からねぼすけなところは変わっておらぬな」
目が覚めるとそこは見覚えのある洞窟の中だった。髑髏岩の裏側が見えるので入り口のスペースだ。いつの間にここまでたどり着いていたんだろう?
いや違う。
小刻みに揺れる感覚を薄っすらと覚えている。
俺はじいちゃんにまたおぶられてここまで運んでもらったんだ。
だからあんな昔の夢を見たのか。うーむ。何ともくすぐったいような恥ずかしいような形容し難い気分だ。
「驚いているようじゃな。すでにモンジベロ火山の麓の洞窟じゃ」
「う、ん。ここまで運んでくれてありがとう」
「お礼が言えるようになれば立派じゃの」
「ったく、じいちゃん茶化さないでよ」
「レヴィア様の道しるべで無事たどり着きました。カトル様の尽力があっての事です」
ネーレウスがそう言って俺の前に食事と飲み物を出してくれた。昆布入りのお吸い物に魚の干物、野菜の塩漬け、といった保存食が多いのは探索中である以上致し方ないところだ。それでも美味しいのが凄いんだけどね。
「私の拙い空間魔法では、そのほとんどが食材で埋まってしまいますので種類が少なく申し訳ありません」
ネーレウスによれば空間魔法は魔力によって収納出来る量が決まるとのことだった。レヴィアが次から次へと出せるのは、その途方もない魔力の賜物らしい。
「カトル様ならレヴィア様にも負けない大量の調理器具を運ぶことが出来ましょう」
「いや俺、空間魔法使えないんだけど」
ってかその前に調理器具を運ぶことが前提なんだ。まあ、美味しい料理が食べれるなら異論はないんだけどさ。
「空間魔法は教えたはずじゃが」
「ユミスはすぐ使えるようになったけど、俺は結局空間にアクセスすることさえ出来なかったよ」
「そうか。練習はしておらんのか?」
なんだろう。じいちゃんの声のトーンが少しだけ低くなった気がする。
「今はレヴィアに言われた鑑定魔法の修練をやっているから、そっちに集中しているんだ」
「そうか。――まあ良い。食べ終わったら出発するぞ」
あれ、普通だ。気のせいだったのかな。
気を取り直して、ネーレウスが出してくれた朝食を急いで食べる。
「ここから奥にある空洞へはどのくらいでたどり着くかの?」
「前は普通に歩いて吹き抜けの所まで2、3時間かかったんだ。岩が出っ張っていたり狭いから歩きづらくてさ。吹き抜けまで出ちゃえば、1時間で着くと思う」
「ふむ、それはまずいのう。今日中にある程度の目算を立てたかったのじゃが」
「えっ、もうそんな時間なの?」
「今はもう昼の2時じゃ」
「ええっ?! 昼の2時?」
いくらなんでも寝すぎだろ、俺。
何やってんだ。一週間で帰らなきゃいけないってのに。
「魔力を限界まで使い切ると脳が拒否反応を示すのじゃ。全ての神経が遮断されるからのう。脳が回復するまである程度時間がかかるのは致し方あるまい」
「それでも15時間くらい寝てたってことだし、こんなに寝たの初めてだよ。体もなんだか少し重いし」
「たしかに普段の寝すぎはあまり脳に良くないのじゃが、今回は問題ない。それが証拠にどうじゃ。寝坊した時より頭が冴えているじゃろう?」
言われてみれば、体のだるさに比べて何だかとてもスッキリしている。寝起きはいつもつらいのに今日はすぐに起きれたし。
「脳がゼロから覚醒すると魔力は大幅に上がるのじゃ」
「ほんとに!?」
「危機回避能力が働くのでな。それだけ魔力がゼロになることは危険ということでもあるがのう」
「危険?」
「魔力が尽きれば脳細胞に待っているのは死じゃ。どんな生物であろうと本能的に死から逃れようとするが、それは脳も同じということじゃな。脳は全ての神経を遮断し普段の何倍ものスピードで魔力を確保しようとする。それによりそれまで持っていた魔力を上回る力を留め置こうとするのじゃ」
「魔力が尽きれば死って――俺いつも限界まで魔法を使ってたんだけど。それって死と隣りあわせだったってことなの?」
「自分から魔力を使い切ろうとしても普通は無理じゃから安心せい。精神が持たん。ただ今回カトルが繋がったのは魔力の源とも言える龍脈じゃ。脳神経の反応さえも超える莫大な魔力に飲み込まれれば魔力の少ない者は最悪死すらもありえたかもしれぬな」
ひええええ。
俺、本当に死ぬとこだったのかよ。
確かにレヴィアに状況を伝えて満足できたけど、まだまだやりたいことだらけなんだぞ。心の声も駄々漏れになってたし、本当にありえない状態だった。
そんなに危険だったら先に言ってくれ!
「今回の相手はレヴィアじゃったからのう。あやつの魔力があれば龍脈を通してでもむざむざとカトルの魔力をむしり取らせるようなことはせぬじゃろうと高を括っていたのじゃ」
「それって……」
「魔力を使わせすぎたことをレヴィアが謝っておったわい。まだまだ大丈夫と思っていたそうじゃ。距離が遠かったからお前の魔力が尽きるタイミングを計り間違えたとな」
じいちゃんは、レヴィアにアクセスさえ出来れば、後は彼女の方から龍脈まで魔力を送ってスムーズに遠話が成立すると思っていたらしい。ところがレヴィアは自分のいる位置が龍脈から離れた場所という認識がなく、そこで齟齬が起こった。
龍脈までレヴィアが自身の魔力だけを飛ばすのと、彼女の位置まで俺が龍脈ごと魔力を繋げるのではわけが違う。
そりゃあとんでもない魔力を浪費するわな。
あんな少しの会話で俺の意識がぶっ飛ぶのも当たり前だ。
「さすがに帰ったら少々レヴィアにはお灸を据えておくとしようかのう。ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
「って、じいちゃん! 今ごまかしただろ! じいちゃんが最初から言っておいてくれれば、レヴィアが気付いた時点で伝えられたじゃん」
「まあ良い。おかげでカトルの魔力も増えたわけじゃし。――それに」
そう言って、じいちゃんはニヤリと笑う。
「これで鑑定魔法だけでなく、他にいろいろ教えた魔法の修練も出来るようになるじゃろ」
「……ん」
何か言い返そうとして俺はやめにした。
さすがに何度も言われれば、じいちゃんの言いたかったことはわかる。
空間魔法に四元素、他にも生活や探索に必要な類の魔法など、苦手なことでも練習しなければ絶対に上手くならない。
俺は鑑定魔法の練習を言い訳に、他の魔法の練習をしなかった。もちろん、鑑定魔法のレベルを10に上げるということが絶対的に必要とわかったから何事も順番と考えていたわけだけど。
「カトル様。僭越ながらこれだけはお伝えしたく」
ネーレウスが会話に割って入ってきた。じいちゃんも軽く頷く。
「魔法は一つだけ努力するよりも、様々なものを地道に練習する方が長い目で見れば効率は良いのです。もちろん最初は目に見えた効果を感じませんのでなかなか継続するのが難しいですが」
俺は鑑定魔法の目に見えてわかる成長具合に甘えてそればかり頑張っていた。やろうと思えば孤島に居た時のように身体の全ての部位で魔力を感じる修行をしたり、3つ4つと連続的に複数の魔法を使う練習をしたりと出来たはずだ。
レヴィアに言われたことだけやっていたって、カルミネに行くだけなら出来たとしてもその先はどうだろう。そもそも同じ理由でレヴィアにカルミネ行きを禁じられたばかりじゃないか。
「わかったよ、じいちゃん。俺が間違っていた。苦手な魔法の修練も早速今日からやり始めるよ」
「そうじゃな。頑張るが良い」
じいちゃんが優しい目で微笑む。
だがそれもほんのひと時であった。すぐに悪戯好きのする顔へと早変わりする。
「ただしじゃ。鑑定魔法の修練は徹底的にやった方が良いかもしれん」
「えっ……?」
えっと、あの、どういうこと?
今は他もまとめて頑張るって流れじゃなかったの?
「わしも鉄石を見るまでわからんかったのじゃが、あれはリスドの町にもあるじゃろう? 今まではレヴィアの能力供与で難を乗り切っていたそうじゃが、あやつがカルミネに行ってしまえば、カトルよ。お前は自分で能力を隠さねば町で暮らすこともかなわぬようになる」
「――あああ!」
そう言えばそうだった!
レヴィアが居なくなったら俺めちゃくちゃヤバイじゃん。
体力とか魔力とか実際どうなってるのかわかんないけど、人族が見ても違和感ない数値にしてくれていたんだよな。詐称で能力を隠すとしても、一体いくつまで鑑定魔法のレベルを上げれば体力や魔力を見ることが出来るんだ?
いや、マジでヤバくないか? これ、どうすれば……。
「じいちゃん、俺やっぱり」
「わしはカトルが自分から苦手な魔法も頑張ると言えるまでに成長して嬉しかったのう」
「――っく! わかったよ。本当に魔力が上がっているなら今の倍のペースで魔法を使えるはずだし。この際、全部頑張ってあっという間にカルミネに行けるようになってやる!」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、その意気じゃ。ただ、いくら様子が知りたくとも遠話の練習をレヴィア相手にするのは避けたほうが良いぞ」
「誰もしないって、そんな危険なこと! ってか今更言うな!」
なんだかじいちゃんのいいように言いくるめられた気分だ。
でも悪くない。むしろやる気に満ち溢れている。
そうと決まればさっさと先に進もう。
前回来た時はあの空洞にある鉱石類は危険だからって鑑定魔法を使わなかったんだ。初めて鑑定するようなものがたくさんあれば、それだけすぐにレベルも上がるだろう。
俺は先頭を切って再び洞窟の奥へと足を運ぶべく歩き始め……ようとしたら早速じいちゃんに止められた。
「カトルよ。清浄魔法を忘れておるぞ」
「あっ、そうか。でも俺、苦手で一時間しか持たな――」
「カトル様、何事も修行です」
俺が何か言うより先にネーレウスに諭されてしまう。
ネーレウスは自身とじいちゃんに清浄魔法を掛けると、俺に最上級の笑みを向けてきた。
「危なくなったらサポート致します。出来うる限り頑張って下さいませ」
「……了解。約束したんだし頑張る」
俺は渋々自身に清浄魔法を掛けた。
二人と違って俺の周りだけごうごう風が舞っているわけだが、それを気にしたって始まらない。
俺は何とかその荒れ狂う風を制御すべく、魔力のコントロールに全神経を注ぐのだった。
次回更新予定は3月1日です。