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エピローグ1

5月15日誤字脱字等修正しました。

「……終わったぁ!」


 最後の客が店から出るのを万感の思いで見送ると、思わず壁に背を付いて天井を見上げた。

 午前0時。

 外の街灯も灯りがぼんやりとした色合いに変わり、賑やかな通りもようやく人がまばらになってきた。


「お疲れ様、カトレーヌ」

「もうその名ともおさらばだ!」

「そんな格好で言っても説得力に欠けるわね」


 サーニャと軽口を叩きながら、俺は店の外に置かれたテーブル席を片す作業にうつる。屋外のテーブル席はもともと支部にあったものを借りてきたので返す必要があったからだ。


「支部は鬱陶しいのがいるから、キミ、悪いけど外は任せるよ」


 レヴィアがそう言うのを俺は苦笑しながら頷いた。支部にはさっきまでここで飲んだくれていたトム爺さんやヴィオラ、アラゴン姉弟がいるので、その気持ちはわかる。

 それに外でずっと立ち詰めでネーレウスと二人、調理を続けていたんだ。レヴィアには少し休んで貰いたい。


 ちなみにマリーとじいちゃんはまだ残飯処理班として最後の料理を食べている。夜も遅くなって客足が一段落してきたときに、マリーはウェイトレスをやるより大事な常連客としてたくさん注文をしてくれた方がプラスになると考えたわけだ。

 この食いしん坊コンビには本当に驚かされるが、二人だけで初日の売り上げ分くらいは注文してもらった計算になる。さすがは白タグ保持者だけあって財貨に困ることはないようだが、一日で銀貨50枚以上使うとなると年間に換算したらどうなるのかちょっと心配になってしまう。


「今日は例外だ。いつもはこんなに食べないぞ」


 マリーは口をすぼめながらそんなことを言っていたが、本当かどうか怪しい。まあ、今日に関しては大会本戦メニューとして非常に高価な刺身料理が加わったから金額が嵩んだ、ということにでもしておくか。

 ただそれを考慮しても本当に凄い食べっぷりだった。最後の追い込みと言わんばかりに大量の注文が殺到するものだから、俺ももうじいちゃんの前だろうとなりふり構わず給仕を務めちゃったっけ。


 ……この一週間で俺は大事なものをたくさん失った気がする。


 まあいいさ。代わりに培った経験もたくさんあったんだ。

 酔った客のあしらい方や尻を触ろうとする変態の適度な加減での撃退方法じゃないぞ。……“加減”という意味では合っているのがやるせない事実なんだけどさ。


 今日なんか忙しいのに変な傭兵に絡まれて、マリーと二人で適当にあしらっていたら、なぜか二人で戦う羽目になっていた。周りが囃しているうちに場の雰囲気でそうなったんだけど、正直今考えてもなぜ戦ったのかさっぱりわからない。

 ただでさえ人が多いのにマリーが本気でトレイを繰り出すものだから避けるので精一杯だった。二人とも当然ウェイトレスの格好だったからちょっとでもおかしな動きをするとスカートが捲くれかかり、周りからはそれを期待する下卑た歓声と、熱烈な黄色い声援が飛び交って、サーニャに怒られて終わるまでの間、大盛り上がりとなった。

 途中でレヴィアが魔法をかけてくれたのに気付きどんな動きをしてもスカートが捲れないとわかったので、結構一瞬一瞬では本気で動いていた。だが好奇の目では見られても奇異の目で見られることはなかったので、たぶんこれで“加減”については大丈夫なんだと思う。

 まあ客も酔っ払っていたしマリーも同じくらい凄かったからごまかせたのかもしれないけど。


 そう、そしてこのレヴィアの魔法だ。俺は今までレヴィアが魔法をかけていても言われるまで全く気付けなかった。だが今朝はなんとなく気付けたし、マリーとの戦いの最中でも気付く事が出来た。まだ何の魔法かまではわからないけど、自分の周りにぼんやりとした感覚が帯びるのをはっきりと認識したんだ。


 ただ、それをレヴィアに伝えたら悪戯っぽい顔で笑われた。


「おめでとう。これでやっとキミはスタートラインに立ったね」


 第一声がこれだもんな。

 まあ、孤島でもじいちゃんとの練習である程度の魔法はわかるって過信してた自分が悪いんだけど。

 時間がなかったから詳しく聞けなかったけど、レヴィアによれば何度も魔法を受けることで耐性が付くらしい。それと合わせて周囲を常に意識することが魔力の感知に繋がるとか。

 

 しかしスタートラインって言い草が酷い。確かにまだまだやるべきことはいっぱいあるけどさ。

 ――ちょっとくらい褒めてくれたっていいじゃん。


 ……まあ、そんなことを考えていてもしょうがないか。

 俺は支部へ運ぶべくテーブルを持ち上げて歩いていった。


 支部の周りでは大会の本戦会場で使った資材がまだ散乱している状況だったが、さすがに深夜までは作業を行わず明日に回したようだ。

 今も目を閉じるとあの時の興奮がよみがえって来る。

 あの時のレヴィアの姿ははっきり言って格好良かった。何か悔しいから本人には面と向かって言いたくないけど、俺もあの場に立って料理が出来たらと思ったくらいだ。

 結局忙しすぎてサーニャには満足に料理を習うことが出来なかったしなあ。

 鑑定魔法で食材の良し悪しがわかるようになったのと、後は調理器具にどんなものがあるかわかった程度だ。せめて包丁の使い方くらい習えれば良かったんだけど、洗うのに触っただけで実際に食材を切るところまでは至っていない。

 まあ、レヴィアがあそこまで本格的に料理出来るってわかったんだ。同行している最中に色々教えて貰えばいいか。

 鑑定魔法が先だって思いっきり言われそうだけど。



「借りていたテーブルを返しに来ました」


 先に何度も行き来して借りていたテーブルや長椅子を資材の場所にまとめてから、俺は支部の中に入っていった。

 支部はこんな時間でもまだ明かりが煌々と照らされており、何人もの職員が忙しく動き回っている。


「おお、カトル!」

「イェルド! こっちに来てたのか」


 忙しく動き回っている中で指示を出していたイェルドが俺に気付いてやってきた。額から汗がしたたり落ち、あまり寝ていないのか目の下の隈も大変なことになっている。


「ギルマスが全く使い物にならないって聞いてな。本部はダンに任せてこっちにすっ飛んで来たんだ。ったく、ヴィオラの奴は一体何してたんだか」

「サーニャに誘われて、カクテルの試飲をしているうちにベロンベロンに酔っ払ってたよ」

「ったあ、ダメだぜカトル。あいつに酒なんか飲ませちゃあ」


 ヴィオラはサーニャの勧められるがままに、ネーレウスから受け取ったカクテルを飲んでいた。ホワイト・レディというカクテルだったが、その名前をいたく気に入り、途中からは浴びるように飲んでいたっけ。


「酒が入るとあいつはてんで使い物にならなくなるんだ。あー、わかった。そりゃ歯止めがなくなりゃあ、誰もギルマスを止められる奴なんざいねぇわな」


 酔いの回ったヴィオラは途中からトム爺さんに猛烈に絡み始めた。そして爺さんは爺さんで最初はぐびぐびと清酒をあおりながらレヴィアの作る刺身を堪能していたが、そのうち案の定レヴィアの所に直接出向いて暴れ始めたので全く収集がつかなくなる。仲の良いはずのロベルタはヴィオラに関わることなく熱心にネーレウスからカクテルの製法を聞いていたので、消去法でフアンが事態の収拾に回るという何とも珍しい光景が繰り広げられることになった。


「こんな悪夢のような状況、二度と味わいたくない」


 フアンが涙目で呟いていたのをレヴィアが(ねぎら)っていたっけ。


「はっはっは、それは傑作だ。フアンの野郎も姉ちゃんがいたら形無しだぜ」

「あいつが一番まともに見えるなんて本当に悪夢だった」

「とりあえずギルマスとヴィオラには後でこの借りを大いに返してもらうとして、フアンには迷惑料代わりに酒でもおごってやるとするか」


 この後、イェルドは資材の片付けを行うとのこと。ありがたいことにそのついでに運んできたテーブルや長椅子も片してくれるという。


「本番は回収した会計石を本部に持って帰ってからだからな。ここぞとばかりヴィオラに押し付けてやるさ」


 さすがに深夜は危険なので少し仮眠して朝になってから本部に戻るそうだが、本当なら支部の仕事は全てトム爺さんとヴィオラが受け持つ予定だったので、その分もまとめて吹っかけると豪語していた。


「明日の結果、楽しみにな。じゃな」


 イェルドはにかっと笑ってまた作業に戻っていく。

 俺はイェルドに礼を言い、支部を後にした。


 店に戻ると、ようやくじいちゃんとマリーの食事も終わっていた。


「さすがに食べ過ぎた。済まぬが先に休ませてもらうとする」


 じいちゃんはでっぷりと膨らんだお腹をさすりながらメイドの付き添いで奥に入ってしまった。会計石の集計の都合上、先に金額を払ってその分の食事が振舞われたものだから予想を超える量になったらしい。ただ本人の意向で全て残さず食べたというから、食に関しては本当に融通が利かないようだ。マリーに師匠とか言われて年甲斐も無く調子に乗っただけなんじゃないかと思ってしまう。


 マリーもあの体型のどこに食べ物が入ったのかわからないくらいの量を完食していた。若干無理したのかしばらくテーブルに突っ伏していたが、少し休むとすぐに店内の掃除を手伝い出したのでその大食漢ぶりには呆れを通り越してもはや尊敬の念さえも覚える。


「今日は皆さんありがとう! そしてお疲れ様でした! さすがに明日は休業日にするつもりなのでゆっくり休んでね」


 サーニャの声が響き、これで今日は解散となった。

 みな一様に疲れていたので特に何かこれから打ち上げという雰囲気でもない。

 俺も鑑定魔法の練習をしてからすぐに寝ようと思ったが、いつもの場所はじいちゃんに占拠されてしまったので久しぶりに近くで宿を取って休むことにした。


 ――レヴィアとは別の部屋だ。

 別にフアンに言われた事を気にしたわけじゃないけどな。

 宿は結構遅くまで営業している所が多いからありがたい。その日の夜、俺は久しぶりに何かに切迫されることなくゆっくりと睡眠を取る事が出来た。

いったん区切ります。

エピローグ2は出来る限り早く投稿する予定です。


最悪12日までには更新予定です。

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