エピローグ3
「私はカトル様に未来永劫の忠誠を誓う所存です」
「いや、なんで?!」
ルフたちは数時間前に目を覚ました後、すぐに身を清め、俺たちが帰るのを首を長くして待っていたらしい。そして今、俺の目の前で膝を付き、頭を下げている。
「我らイェーアト族は竜族に従うことこそ至上。どうか御身に仕えさせて頂く栄誉を賜りたく」
「いや、あの巨大な竜は俺じゃないんだけど」
「それは存じております」
「だったら!」
「かの御人とはこの地で剣を交えたこともあり、私にその資格はございません。何よりこれまでのスティーア家との因縁を鑑みればこれなるオーロフとラグナルなればともかく、竜騎将たる私はこの地に留まることさえ軋轢を生むことになりましょう」
「いやでも……」
「カトル様こそ私が信奉するに相応しいお方。ぜひとも我が竜族への偽らざる忠誠の心をご照覧頂きたく」
ルフからの圧が凄い。けど、そんな面と向かって竜族への忠誠心とか言われても困る。
確かにこれはバレたなと思い当たる節は山ほどある。でもそれを口にするのは、俺がじいちゃんとの誓約を違えたと認めるようなもので断じて出来ない。
どうしようか悩んでいると、隣にいたユミスが溜め息をつきながらずいっと前へ出て来た。
「ん、今のカトルは建前上、私の従者ってことになってる。もしカトルへ忠誠を誓うなら、必然的に私の部下になるけど平気?」
「はい?!」
突然の言葉に俺は呆然となり、頭が付いて行かない。
いや今そういう話じゃなかったよね?
そんな俺の心の叫びをよそにユミスとルフの話し合いはどんどん進んでいく。
「むむ、それは連邦へ敵対せよということか」
「こちらから連邦に敵対する気はないけど、フォルトゥナートに与する人たちとの協調は絶対にありえない」
「それは当然、と言うよりむしろ望む所だな。仮にそれが皇子であったとしても、混乱を招き民を害する者に従ういわれはない」
「なら、私の従者のカトルに従う従士で問題ない?」
「連邦に敵対するのでなければ異存はない……いえ、ございません」
「ん……なら、まずはイェーアト族がどういう立場なのかはっきりさせて」
「うむ、それだ!」
ユミスの言葉に今度は我が意を得たとばかりマリーが話に割り込んでくる。
「私はずっと気になっていたのだ。ベリサリウスにアントニーナ。あやつらはこのままメロヴィクス皇子に迎合したままなのか、それともイェーアト族の真意は何か別にあるのか。」
「ぐ、む……それは」
「ルフよ。まさかとは思うが、其方の竜族への誓いは口だけで、族長の娘を優先するつもりではあるまいな?」
「な……!! 私を愚弄するつもりか! 竜族へ仕える事は私、ひいてはイェーアト族にとっての悲願だ。それは何であろうと替えられるものではない」
「ん、ならルフたちの役目はアグリッピナで竜族へ敵対したフォルトゥナートと手を結んでいるメロヴィクス、そして与するアントニーナとベリサリウスの動向を探ること」
「うむ。アグリッピナに一人、ラヴェンナに一人、その渡りを付けるもの一人……」
「それでは我らはカトル様と共に行動出来ないではないか!」
「伝聞石は持ってないの?」
「……残念ながら持ち合わせておりません。それにアグリッピナを一人で探るというのはあまりに難しく――」
「ならばオーロフとラグナルのどちらかを同行させればいいだろう? むろんイェーアト族自体に問題がないのであれば、さっさと渡りを付け帰参すれば良いだけの話であるしな」
「っ……!!」
そのマリーの言葉にルフの表情がゆがむ。
ルフも自身の言葉とは裏腹にイェーアト族の現状に自信が持てないのだろう。アントニーナもそうだが、特にフォルトゥナートと一緒にいたベリサリウスの姿を見ている以上、不安に思うのは無理もない。滴り落ちる汗に苦悩がにじみ出ている。
『ほうほう、ならば我が救いの手を差し伸べてやろうではないか。竜を信奉する戦士よ』
「――えっ? アレゼル!?」
急な声に驚いてそちらを見ても人影はなく、ただ風が舞い、微かに魔力の渦が吹き抜けていく。
「これってまさか消失魔法?」
「ん、違う。どうやって盗み聞きしてたのか分からないけど、風魔法か音魔法の一種だと思う」
「なるほど」
さっきの微かに魔力を帯びた風の正体ってことね。
『盗み聞きとは酷い言い草ぞ。れっきとした音魔法の一つ、伝送魔法だ』
「ってゆーかアレゼルはもう起き上がって大丈夫なの?」
「魔法を使えてるんだから平気に決まってる。むしろこそこそ隠れて何してるのか怪しい」
『怪しいとなんだ、怪しいとは! 我にものっぴきならぬ事情があるのだ』
「のっぴきならない事情って?」
『む……。未だ目覚めぬ姪の看護やアグリッピナに残してきたリーネとのやり取り、それに評議会の連中からの頭の痛い戯言に付き合わされたり……と、そうであった。連中が言うにはラヴェンナから鼠が紛れ込んだらしく対応に苦慮しておるそうだ。そちたちならばなんぞ知っておるのではないか?』
「……カウンシルって何?」
「評議会とはアルヴヘイムの有力者が集まって年に数回開かれる会議だ。かの国で大事な事柄は全て評議会を通して決めると聞いている」
「イェルドが取り仕切っていた傭兵ギルドの会合を思い出せば良いと思うわ」
「あまり収拾付いてないイメージしかないんだけど」
『うぬら、話を聞かぬか!』
アレゼルが何か憤っているけど、結局レヴィアの事だよな?
俺が口パクで名前を示すとマリーが苦い顔をしながら小さく頷いた。ツィオ爺の手配でアルヴヘイムへ行ったこと、めっちゃバレてるじゃん。
いや、でもあのレヴィアが潜入でバレるなんてそんな迂闊な事するか?
まあ対応に苦慮って事は捕まってはいないんだろうけど、何をやらかしたのか気になる。
ってゆーか、ピラトゥス山脈の次に向かったって事はどう考えても封印絡みなんだろうけど。
「ん、リネイセルの所へルフたちを合流させていいってこと?」
『状況は我が伝聞石で把握する。リーネにも目端の利く連邦の人族を付けられるし、一石二鳥であるな』
「むう、それだとアレゼルと一緒に行動することが前提になる」
『言うたであろう? アルヴヘイムに鼠が紛れ込んだと』
「……」
『関わりが無いのであればそう答えて良いぞ。そなたらだけでアルヴヘイムへ行けるならばな』
アレゼルの言葉にやや高慢さが混じったのを感じ、ユミスは露骨に眉をしかめる。
彼女の発言は脅しだ。
レヴィアの事がどこまで知られているのかは分からないけど、もし何かに巻き込まれているのならアルヴヘイムへ行って手助けをしたい。その気持ちが俺にある限り、ユミスはきっとその意向をくんでくれる。
ただアレゼルに同行するのは諸刃の剣だ。
ルフだって気付いたのだ。より魔法に長けた上位妖精族である彼女に竜族であることを隠し通すのは困難を極めるだろう。
何より妖精族にとって竜族は忌むべき相手だ。たとえそれが数千年前という途方もない昔に起こった災厄が原因であり、今生きている彼女たちには何ら関係のないことだったとしても、その爪痕は記憶として紡がれているだろう。
「アルヴヘイムへは行くよ。エーヴィと話し合うつもり」
『……エーヴィ? それは我が同胞の名か?』
「カルミネの傭兵ギルドに所属し、幹部だった“神速”のエヴィアリエーゼ。聞いたことない?」
『くっ、ははっ! “神速”だと? 大仰な二つ名を抱いた者が居たものだ。そのように名乗らぬとカルミネでは生きにくかったということか』
アレゼルの言い草にユミスはムッとなる。だがそれ以上に彼女の口から発せられた言葉に驚きを隠せなかった。
『我が娘エヴィアリエーゼは鼠の潜入に手を貸した張本人として評議会に捕らえられた。そなたらが娘と懇意というなら、我は首根っこを掴んででもそなたらに付いていくぞ』
更新が遅くなり、大変申し訳ありません
今後は不定期で投稿していきます
完結まで必ず書くつもりですが、時間を頂く点はどうぞご了承下さい
X(x.com/NhmRkqK0t015453)でもう少しマメに報告したいなとは思います




