表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
264/266

第百話 地竜の誓約

(おのれ、まさか十全の備えをもってしても潜り抜けようとは……。女神の愛し子め、絶対に追い詰めてやるぞ……!!)




 ―――



「はっ……?!」


 フォルトゥナートの声が頭に鳴り響き、俺は意識を揺り戻された。

 周りを見渡せば薄暗い洞窟の中に広がるただっぴろい空間であった。傍らにはユミスとナーサ、それにアレゼルやルフ、ナルルースが居て、向こうの方にはエドゥアルトたちのみならずマリーや妖精族(エルフ)たちの姿まである。

 皆倒れたまま突っ伏しており、ピクリとも動かない。

 どうやら俺が一番最初に目覚めたらしい。

 起き上がって周囲を見渡せば、金色に輝く鉱石に囲まれた祭壇のような場所があり、そこに一人の老人が静かにたたずんでいる。


「ツィオ爺」

「フン、ようやく目覚めおったか」


 その言い方から察するにどうやら俺は結構な時間眠っていたらしい。ツィオ爺を見ればもうダメージを受けた傷は癒えたようで、いつものように泰然としている。


「ツィオ爺は大丈夫なのか?」

「あれしきの事、何の問題もない」

「いやでも」

「フン、小僧の機転で助かったと言っているのだ。あそこで彼奴にクソジジイの残滓を利用されればさすがの儂も皆を助けられなかった」

「え……」

「感謝しよう、カトル=チェスター。我が同胞を救えたのは、ひとえにお前の身を挺した献身によるものだ」


 そう言ってツィオ爺はついぞこれまで見せたことが無かった態度で慇懃に頭を下げた。

 だが俺としては何が何だか分からない。そもそもここがどこかさえ分かっていないんだ。


「フン、まるで何も理解していないといった顔つきだな。これでよく我が楔を断ち切り、(ことわり)を打ち破ったものだ」

「え、いや……楔? それに(ことわり)って」


 俺が返答に窮してそう呟くと、ツィオ爺は目を見開き、皺だらけの顔をさらに歪ませる。


「なんと、本当に何も分かっていない、無意識下で行ったというのか?」

「いや、だって俺はただヴァルハルティを握りしめてただけで、何がなんだか……」

「む……詳細はおって聞く。今は儂の後ろに控えておれ」


 突如俺の発言を遮ったツィオ爺はサッと立ち上がると、そのままゆっくりとエドゥアルトたちが倒れている方へと歩いていく。

 どうやら意識が戻ったらしい。上半身を起こしたエドゥアルトがキョロキョロと辺りを探っている。


「起きたか、エドゥアルトよ」

「御所代様!? ここは……」

「禁足地、といえば分かるであろう」

「そ……んな……」


 ツィオ爺の言葉にエドゥアルトは露骨に動揺を露わにし始める。

 足を踏み入れてはならないツィオ爺の領域、となればおのずとここがどこか察せられる。


(ここはピラトゥス山脈にある封印の間か)


 ただその割には龍脈の力を感じない。先ほどまでの身体の全てを飲み込まれるような感覚も、圧倒的な力の奔流もここにはなかった。ただ静寂と静謐が空間を支配し、その全てが一点に集中するかのような錯覚に囚われる。

 いや、おそらくはこの場所自体がまさにツィオ爺の領域なのだろう。

 気の遠くなるような年月この地を守ってきたツィオ爺ならばむしろそれくらい当然のことなのかもしれない。


「ヴィットーレより状況は伝聞石で聞いていた。お前の浅はかさな行動で同胞の魂を危険に晒した罪は重い」

「お、お待ちください、御所代様! 私はこれまでこの地を穢さぬよう粉骨砕身の思いで尽くして参りました。今回もかの皇子が皇帝の地位を得た暁には、金剛精鋼(アダマス)の権益をスティーア家の財として認めると」

「儂はそんな下らぬ世俗の権益など欠片も望んでおらぬ。金剛精鋼(アダマス)などいくらでもくれてやれ」

「し、しかし御所代様、それでは御身のご負担が――」

「たわけが!! それが幾星霜を縛る約定たり得ると思うたか!」

「……っ?!」

「皇帝が生きているうちは約定も生きよう。無論それすらも危ういのが人の欲であるが、世代が変わり定めに血が通わなくなった時、それは感情の欠けたただの枷となる。されば必ずや矛先は何度でもこの地に向かい、同胞を苦しめよう。人の欲、国家の欲に対抗しうるのは、揺るぎない意志のみなのだ」


 ツィオ爺は重々しく言い放つとエドゥアルトに背を向けた。それが決別を意味するのは誰の目にも明らかだった。

 エドゥアルトは縋るような表情を一瞬見せた後、拳を何度も地面に叩きつける。

 きっと彼にはツィオ爺に否定されることが何よりも耐え難かったのだろう。だがツィオ爺の振り返ったその表情もまた見るのも痛々しいくらい悲痛なものだった。

 ただ俺の視線に気付いたツィオ爺はすぐさま厳しい顔つきに戻ると、一つ息を吐き再び振り返る。


「エドゥアルトよ。お前はそこで倒れている者たちの状態を正しく理解しておるのか? その者たちの魂はもはや虚ろで回復もままならぬどころか、我らに牙を剥くまでに変容しておる。魂を穢す行為は何よりも度し難い暴挙。いくら同胞であろうと、否、同胞であるからこそ、見て見ぬふりをしたお前を儂は許すわけにはいかぬ。この上は自ら責を取りその命を――」

「待って、ツィオお爺さん! まだ間に合う」


 重苦しい雰囲気に成り行きを見守ることしか出来なかった俺の耳に轟いたのは、ユミスの悲鳴にも似た叫びであった。


「ユミス! 起きて大丈夫なのか?」

「ん、“誓願眷愛”で支えたのは私の方。カトルが元気で良かった」

「え、何を言って……」

「でも今は後」


 ユミスは若干ふらつきながらも、真剣な眼差しをツィオ爺に向ける。


「【侵食】はまだ完了していない証拠。鑑定魔法に看破魔法(ペネトレイション)を重ね掛けして、能力判定魔法(ジャッジメント)能力分析魔法(アナリシス)とは違う魂を見つけて」

「む……まさか!!」

「ほんの少しだけど、元の魂はまだ意思を有している。なぜか分からないけど、“核”の【侵食】が収まってる今ならまだ間に合う!」

石造りの輪(ストーンサークル)の魔法は龍脈に己が精神を委ねる。本来、魂が“魔”であれば霧散し散り散りになろうものだが、“核”が押し留めているのだな。……魂をも常態化させるなど、かの御業は竜族(われら)ですら及びもつかぬ」


 ユミスとツィオ爺が何を言ってるのかさっぱりなんだけど、とにかくまだ助けられる方法があるってことか。

 ナーサへの態度を振り返るとトリスターノたちに思う所がないわけではないが、だからといってあのおぞましい“核”の【侵食】を許すわけにはいかない。


「カトル。またお願い」

「了解。でも本当にユミスは大丈夫なんだよね?」

「龍脈に身を委ねる貴重な体験、出来て嬉しかったくらい」


 あまりの言い草に俺は唖然としてしまったが、そんな軽口を叩けるなら大丈夫なのだろう。

 龍脈の奔流に飲み込まれなかった奇跡を今は喜べばいい。


「フン、儂が居て易々と奔流に飲み込ませるものか。そもそもカトルよ、お前の眷族である以上、龍脈の影響など軽微に過ぎぬ」

「軽微、って今の今まで気を失ってたのに?」

「何を言っている。“人化の技法”を破り竜人と化した挙句、彼奴の代行者の魔力を根こそぎ喰らい尽くしたお前が、なぜか龍脈の中でその力を手放し、流れに身を任せたのではないか」

「……え?」

「儂とて他の竜族(カナン)の力の流れまで把握は出来ぬが、マリーやナーサが未だ目覚めぬのは、お前を支えるべく力を注力した為だ。その娘だけは精神力が桁違いでそこまで影響を受けなかったのであろうが」

「……」


 どうやら俺はヴァルハルティを通じて魔力を取り込んでいるうちに、“人化の技法”によって抑え込まれた竜人の力を解き放っていたらしい。

 ヴァルハルティに力を込めるのに必死で、そんなつもり全く無かったんですけど。

 てかヴァルハルティだけに集中してたから、石造りの輪(ストーンサークル)の魔法で龍脈の奔流に触れた瞬間許容量超えて意識を失ったと。

 ……

 それって結構ヤバかったんじゃ……。


「その剣の魔力の元はあのクソジジイか。うぬぅ、どおりで抑え込むのに骨を折ったわけだ。だが、あの桁外れの力を逆手に取り魔力だけを断つ力を付与するとは惚れ惚れする技量ぞ。いずれの名匠が鍛造したものか、その御仁に会ってみたいものよ」


 俺はユミスの指示の元、次々に“核”をヴァルハルティで突き刺していく。トリスターノたちの身体にはナルルースのように“核”が複数あるわけでもなく、何よりツィオ爺の手厚いバックアップがあるので魔力的に尽きることもない。

 そして俺自身、ヴァルハルティの扱いがスムーズに出来ているのも大きかった。力が戻ったわけではないのだが“人化の技法”で抑えられている感じがしない。


「フン、それが(ことわり)を揺るがすということだ」


 絶望的だったスティーアの者たちに光明が差してきて、ツィオ爺の口もだいぶ軽やかになってくる。そんなツィオ爺によれば、俺の調子の良さは一時的にでも竜人に戻ったことで能力(ステータス)が最適化されたことが原因だという。

 ……うん、よく分からないけど、良い方向に行ったのなら良かった。

 てか、なんとなくだけど鑑定魔法を使えそうな気がするんだよね。

 ユミスも問題なく使ってるし、ここはツィオ爺の支配下領域で大丈夫そうだから、“核”の排除が終わったらちょっとだけ使ってみようかな。

 やっぱり自分でもどんな感じなのか、確認したいしね。




「……ふう、これで終わり。でも、本当に回復するかどうかはその人の意志の強さ次第」

「フン、能力供与(ステータスドナー)による補助だけでは精神の汚染は治らぬからな。それで自我を喪失したとなれば止むを得まい。協力に感謝する」


 ヴィットーレやナルルースの時はすぐに意識が回復してたけど、トリスターノたちはいっこうに目を覚ます気配がなかった。それだけ根深く【侵食】が進んでいたのだろう。


「それだけではない。人の身でありながら龍脈の奔流に触れたのだ。儂の護りだけでは如何ともしがたい」

「さっきは大丈夫だって言ってたじゃん!」

「あくまでその娘の話だ。龍脈の力を甘くみるでないわ。それに一日二日意識が戻らぬくらい、たいした問題でもあるまい」

「そんな適当な」


 まあ、俺もモンジベロ火山の奥で龍脈の奔流にとらわれた時、丸一日意識を失ってから強くは言えないけど、ピクリとも動かない姿を見ると心配になってくる。


「しかし、“核”か。百聞は一見に如かずだな。見ると聞くとでは大違いだ」

「ん……私も最初はただの魔法石だと思ってた。でもカルミネで虹色に光った魔石が――」


 トリスターノたちの救出も終わり、ユミスとツィオ爺は盛んに意見交換を重ねていた。どうやら救出に際して、ユミスの魔法に対する考え方をツィオ爺が気に入ったらしい。

 もしかしなくても、ツィオ爺もユミスと同じ、魔法にこだわりがあるようだ。

 もう一人、意識のあったエドゥアルトは壁際で力なく座り込みうなだれたままであった。ツィオ爺の目もあるし、とりあえず今は放っておいても大丈夫だろう。

 ならばとばかり、俺は瞑想で魔力を練り上げる。

 うん、思った通り鑑定魔法を使えそうだ。

 だいぶ動けるようになってるし、どのくらい能力(ステータス)が上がったのか、正直な所かなり気になり始めていた。

 そんな軽い気持ちで魔法を展開したのだが――。



 名前:【カトル=チェスター】

 年齢:【19】

 種族:【人族】

 性別:【男】

 出身:【大陸外孤島】

 レベル:【6】

 体力:【68】

 魔力:【248】

 魔法:【19】

 スキル:【79】

 カルマ:【??】



 おお! 特に気分が悪くなることもなく、鑑定魔法が使えたぞ。

 これって今まで頑張って来た魔力制御の特訓の成果もあるんじゃないか?

 まあ、魔力制御についてはユミスに調べてもらわないと分からないんだけどね。

 それで能力(ステータス)はまずまずか。前調べた時より、結構【体力】も【魔力】も上がって……おお!! 【スキル】が2も上がってる!!

 これ凄くね?!

 ヴァルハルティを使い続けてきたとはいえ、使いこなせなかった気がするんだけど。

 ……って、え?

 なんだこの【カルマ】の??は。

 とりあえず鑑定魔法を使っても身体に問題がないことを確認した俺は自身に看破を掛け、もう一度鑑定魔法を施してみる。



 名前:【カトル=チェスター】

 年齢:【19】

 種族:【人族】

 性別:【男】

 出身:【大陸外孤島】

 レベル:【6】

 体力:【68】

 魔力:【248】

 魔法:【19】

 スキル:【79】

 カルマ:【地竜の誓約】



 そこに刻まれていたのは地竜――エッツィオ=スティーアによる加護の存在だったのである。

難航してます

次回はなんとか年内に更新出来ればと思います

予定が遅れすみません

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ