第二十四話 とっておきのサプライズ
4月29日誤字脱字等修正しました
「美味しそうな匂いじゃのう」
「じいちゃん!」
「久しぶりじゃな、カトル」
マリーと一緒にやってきたのは竜人化した長老であった。
「今日はまた可愛らしい服装じゃが、えらい変わりようじゃな」
「これは、あの、不本意極まりないんだけど……」
まさか長老が来るなんて夢にも思っていなかった。しかもこんなウェイトレスの格好で出迎えることになるなんて屈辱以外のなにものでもない。
「カトレーヌは相変わらず可愛いなぁ」
隣でマリーがうっとり溜息を付きながらこちらを見てきた。
何だか、少しやつれているようだが、いつも以上にこちらを見る目に力が入っている。
「マリー、大丈夫か? ちょっと疲れているんじゃないの?」
「そうなんだ! もう、聞いてくれ、カトレーヌ!! レヴィは本当に酷いんだ。付き合っていると命がいくつあっても全然足りないぞ。それがよーくわかった5日間だった」
マリーの言葉は真に迫るものだった。
――本当に何があったんだ? 聞きたいような、聞きたくないような。
だが、マリーが話を続けようとした瞬間、レヴィアから無情の一言が投げかけられる。
「マリー、静寂魔法はかけてないよ」
「うぐっ……。酷いぞ、レヴィ。都合が悪くなると逃げるのは」
「もうそろそろ開店時間でしょう? 愚痴なら今日が終わった後聞いてあげるよ」
「約束だぞ。きっと約束だからな!」
そう言って、マリーは長老に一礼して店内の更衣室に向かっていく。どうやらウェイトレスとして手伝ってくれるみたいだ。嫌がってたように見えたけど、実は結構気に入っているのかな。
どちらにせよ、とてもありがたい。
マリーのウェイトレス姿は傭兵連中に受けが良いんだ。
客同士の会話を聞くと、マリーは支部でもトップクラスの実力の持ち主で、しかも容姿端麗、誠実そのものな性格、ちょっと抜けているところなんかも含めてかなり人気があるらしい。
その中でも特に女性陣からの人気は絶大だ。
支部の受付嬢を筆頭に同じ女性の傭兵から必ずと言っていいほどよく声をかけられている。
大抵はパーティを組んだことがあるみたいだが、嫌な噂もなく信頼されているのを見ると、本当に英姿颯爽を体現したような人である。
「さて、わしはどこに座れば良いかのう」
「えっと、どうするんだ? レヴィア」
「どうぞ、こちらへ。私がヤム様のお相手をいたします。カトレーヌはいつも通りにしていなさい」
「レヴィアも認める味とやらが楽しみじゃわい」
レヴィアが長老を店内に招き入れる。本当は俺がしなくちゃダメなんだろうけど、さすがにこの格好で長老の給仕をするのはめちゃくちゃ恥ずかしいんで、正直レヴィアがやってくれるのはありがたい。
本当はいろいろ聞きたい事があるんだけど、長老はいつまでいるのかな。
……って、よく考えたら長老、町の方から来たよな?!
長老の事だから絶対、大会の予選会場に行って試食しまくってきたはずだ。くっそー。ちょっと羨ましいぞ。
あれ? でもそれだけ回ったのに、まだ食べるのか。
島でも思ったけど、じいちゃん、俺より全然食べるよなあ。境界島に着いた時も俺が突っ伏した量と同じだけ平らげた後、酒飲んでツマミも食べてたもんな。
どうせこの後、昼過ぎに行われる大会の決勝も見るんだろうし、孤島での食事が微妙な分、ここで食い溜めって感じなのかな。
そうこうしているうちにマリーがウェイトレスの服に着替えて店内に戻ってきた。その姿に長老が目を細めている。あれはご満悦の表情だ。
町の案内をさせていただけあって、マリーのことを気に入ったのだろう。
「うう、やっぱりこの服を着ると少し恥ずかしいな」
視線を感じてか、マリーが短いスカートの裾を抑える。
「その恥じらいが大事なのよ」
「その発言はどうかと思うぞ、レヴィ」
レヴィアのおばさん臭い突っ込みはさておき、そろそろ11時、開店時刻だ。
ジアーナの開店を伝える声が店内に響き渡ると、俺もマリーも各テーブル問題ないか最後の確認に移る。
ちなみに長老は一番奥の席だ。ここだけはレヴィアとその眷属だけが給仕するそうで俺たちには指一本触れさせないらしい。
「ヤム殿の料理はレヴィが用意するそうだ。それがレヴィの矜持らしい」
何だか徹底しているな。それが役目みたいなことを言っていたけどさ。
あ、ちなみにここに居る間、長老の事をヤム=ナハルと呼ぶように言われた。長老という呼称だと聞く人によってはややこしいことになるからだけど、今更ヤムさんとか呼べないって。
そんなわけで俺はじいちゃんと呼ばせてもらうことにした。
孤島に居た頃はなかなかじいちゃんって呼べなかったのを思い出す。だけど、孤島から離れてじいちゃんと呼ぶことに迷いがなくなってきた。大切な家族との繋がりを感じることの方が重要な気がしたんだ。
長老もじいちゃんって呼ばれた方が心なしか嬉しそうにしている気がするし。
「いらっしゃいませ!」
マリーの元気な声が響き渡る。ちらほらとではあるがお客も来店し始めた。俺も頑張らないと。
しばらくすると昼間なのに結構客が立て続けに入ってくる。やっぱり、外でネーレウスが調理の実演をしている効果は大きいようだ。
ただ合間に外を見てみると、やっぱり大通りは閑散としている。
「うーん。皆、町に行っちゃっているからなあ」
その中でもこの店を選んで来てくれる客はありがたい。まあ、他の店の料理人も町に行ってるんでここくらいしか選択肢がないのかもしれないけど。
たださすがにこれだけまばらな客数を見ると不安になってくる。
こんなんで本当に大丈夫なんだろうか?
これで、サーニャたちがあっさり予選敗退したら目も当てられない惨状になりそうで怖い。
だが、その懸念を話すとマリーは自信満々の表情で答えた。
「サーニャの店は私が贔屓にしているくらいなんだぞ。予選で負けるなんてありえない」
うーむ。マリーのその自信はどこから出てくるんだろう。
「話しただろう? サーニャは以前カルミネの王都で店を開いていたんだ。魚料理ではさすがに後塵を拝するかもしれないが、その他のメニューで他の店に負けはしない」
「ちなみに、マリーは町の食事処って大体回っているの?」
「ああ。とりあえずどの店も一度は食したぞ。どれもなかなか美味しい店揃いだった。故郷の店の中には、まずいのに幅を利かせている店もあったのだが」
なるほど。それなら納得だ。
全部回ってサーニャの店が上って言うなら間違いない。
「だからじいちゃんの案内役だったんだ」
「うむ。レヴィに私ほど案内役に相応しい者はいないと断言されてな。私がヤム殿に大会の出場店舗を案内していた」
食いしん坊同士、話が合うと思ったんだろうな。
「正直これほど緊張したのは初めて連邦の将に任ぜられて諸侯の前で演説した時以来かもしれない」
なぜかマリーの身体が打ち震えている。
「ヤム殿は本当に素晴らしい。あれほど食に通じている方もなかなかおらぬぞ。しかもその強さは言わずもがなだ。私に今仕えるべき主が居なければ、かの御仁の下へ真っ先に馳せ参じていたであろう」
その言葉に俺は苦笑せざるを得ない。
「俺もじいちゃんには全く敵わないままだったもんな」
「カトレーヌ、いやカトル! 私は心底お前を羨ましいと思ったぞ。あの御仁に師事して共に過ごしてきたなど……」
いや、頼めばマリーだったらいくらでも相手してくれるんじゃないかな。じいちゃん、俺に関わっていない時は基本暇そうにしてたし。
まあ、問題は孤島の食生活だな。食いしん坊なマリーだと一週間も持たずに音を上げそうだ。
「それはともかく、港の方を見に行っていたんだよね? どんな感じだった?」
「とにかく予選会場の熱気は尋常ではなかったぞ。本部前も凄い人ごみだった。私がリスドに来て一番の盛り上がりなのは間違いない」
こちらの閑散が全部向こうに行っているだけでも凄いのに、町中の人がこぞって集まっているんだ。文字通りアリの這い出る隙間もないような状況らしい。
「この日の為に遠方から旅行者もやって来ていた。全く、いつの間に宣伝したんだろうな。ヴィオラの手腕と言ったところだが、まあ、お陰でヤム殿の身分証の発行もスムーズに出来て助かった」
どうやら港の方からこっそり入り込んだらしい。方法は教えてくれなかったが、マリーが大きな溜息をするほどだったのでとんでもないやり方だったのだろう。全部レヴィアの入れ知恵だったみたいだから心労は察するところだけど。
それにしても、そうか。そんなに凄いことになっているんだ。それだったら、本戦も期待できるんじゃないか。
「あれだけ美味しいものの中からさらに優勝を決めるのだ。ヤム殿もそうだったが、食にこだわりのある者で本戦が気にならない者などいないだろう。きっとたくさんの人がこちらに押し寄せてくるぞ」
マリーは力強く断言する。
「本戦開始は3時だっけ?」
「そうだ。ちょうど店が一度休憩になるし私たちも行って応援しよう。私もヤム殿もまだ予選で投票していないからな」
そう言えば、身分証のある全住民が一回だけ投票出来るんだっけ。店の関係者だろうと関係なしに投票出来るとあって、俺も俄然盛り上がってきた。
まあ、よほどの事がなければサーニャの店に投票するけど、何かこういうのってわくわくする。思わぬ所でめちゃくちゃ美味しい店とかあったら最高だ。
「私も行くわ。ネーレウスを連れてね」
そこにじいちゃんへの給仕を終えたレヴィも話に加わってきた。
「えっ、ネーレウスは身分証持ってないんじゃ」
身分証がないと近くで宿を取れないので、ネーレウスたちは昨日、店内のテーブルの長椅子で仮眠を取っていた。部屋がなくてサーニャは恐縮していたが一日だけなので問題ないと言って譲らなかったんだ。
「言ったでしょう。サプライズを楽しみにしてなさいって」
「いやもう、ネーレウスが来てくれて十分助かった……って、えっ?」
レヴィアが言っていたサプライズってまさか他に何かあるのか?
「フフ、お楽しみはこれからよ」
レヴィアは悪戯っぽく笑っただけで、それ以上何も教えてくれなかった。
「ただいまー! あー疲れた」
その時、ちょうど店の扉が開いてサーニャと父親が帰ってきた。
どうだったと聞くまでもない。言葉とは裏腹に二人とも充実した笑顔を見せている。
レヴィアが何も言わず右手を掲げると、サーニャが思いっきりハイタッチをした。
「後は頼んだわよ! レヴィアさん!」
「女狐の思うようにはさせないよ」
レヴィアはそう言ってウインクすると、そのまま店の外へ出て行ってしまった。
唖然とするのは俺ばかり。
「私と父さんの役目はここで終了! お店の方に注力するのが当然でしょ」
サーニャの言葉に親父さんもニヤリと笑って厨房の方へ向かっていく。
「じゃあ、本戦は?」
「レヴィアさんたっての頼みでね。父さんもうちの秘伝のタレの味を使うことを条件にネーレウスさんに任せたわ」
「レヴィは闘志満々だ。はじめはなんでこんな無謀な勝負をしたんだってめちゃくちゃ怒られたけどな。ヴィオラには絶対負けないって息巻いていた。それはもう本当に凄かったんだ。私も死ぬかと思った……」
マリーはここ何日かを思い返して身震いしている。
「とにかくレヴィの負けず嫌いは尋常ではないからな」
「マリーが言うほどなの?!」
そうか。レヴィアはずっと怒っていたのか。
何か、ずっと違和感はあったんだ。でもじいちゃんのせいかなって思ってたんだけど。
時刻は2時半。
いつの間にか、気付けば店の外にも人が溢れ始めていた。俺の懸念など吹き飛ばすくらい、とんでもない熱気が支部周辺を包み込もうとしている。
「ちょっと早いけど、一旦店じまいして応援に行きましょう」
サーニャの言葉に皆が頷く。
いよいよ、大会本戦。
今回の売り上げ勝負に直結する、その戦いが始まろうとしていた。
第1章がここまで長くなるとは思ってませんでした。
次回でなんとかけりをつけたいです。
・・・次々回になったらすいません。
次回は2月7日更新予定です。