第九十五話 “封印”の秘術
バラされた――。
動揺が走る中、フォルトゥナートの魔の手から逃れようと俺は必死で後ろへ転がり込む。だが、奴はそんな俺を嘲笑うかのように機敏な動きですぐさま間を詰めて来て、首を狩るべく剣を横なぎに滑らせ――。
(やばっ……!)
やられた、そう思った刹那、下から魔力が急激に膨れ上がり、俺は身体ごと空中へ放り出される。
これはユミスの魔法だ。
「強風魔法!」
「対物理障壁魔法!」
ユミスの魔法で急上昇した俺の動きについていけずフォルトゥナートの剣は空を切り、奴はそのまま勢い余ってもんどりうって倒れ込む。
「な……んだと!?」
それを見ていたアレゼルがなぜか目を見開き、驚愕の声を上げていた。
どうやら彼女の対物理障壁魔法がフォルトゥナートにあっさり無効化されたらしい。
……まあ奴の力は底知れないからな。普通の魔法じゃ太刀打ち出来なくても不思議じゃない。
「あいつに魔法は通じない! アレゼルはもっと考えて」
「……っ、そちは上位妖精族の魔法が通じないとでも言うのか!」
「ん、あいつは魔法も魔力も……存在自体がおかしい」
「くは。くはははは! これはこれは女王陛下よりのお褒めの言葉、恐悦至極。ええ、ええ、仰せの通り私はそこのハイエナの如き賤しき存在の魔法など苦にいたしません」
「なんだと!? 我を愚弄するか!」
「くっくっく、裏切り者の下等種族は本質を見通すことが出来ないようですね」
フォルトゥナートは体勢を立て直すと、アレゼルを見下すように侮蔑の視線を送る。アレゼルも怒りに顔を歪ませ、まさに臨戦態勢だ。
そんな感じで二人が舌戦を繰り広げる隙に、ユミスは強風魔法から空中浮揚魔法に切り替えてくれ、俺はなんとか無事地面に降り立てた。
「……ありがとうユミス、助かった」
「油断禁物だよ、カトル」
「ああ、まさかヴァルハルティを素手で受け止められるなんて思わなかったよ」
「たぶん魔力で腕を覆っていたんだと思う。その剣は魔力を斬るから、それ以上の魔力でしか対抗できない」
「それ以上の魔力、ね……」
以前奴と対峙した時にとんでもない魔力で圧倒されたのを思い出す。ただ、あれはユミスが精神干渉系の魔法だと言っていた。
なら奴にヴァルハルティが通じなかったのは、俺の魔力があの時よりも格段に少なくなったせいか。
「砂嵐魔法! 砂塵砲弾魔法!」
ユミスと話している間にもアレゼルが次々とフォルトゥナートへ向けて魔法を展開していく。
どちらも風属性と土属性のハイレベルな複合魔法だ。魔力を帯びた砂粒が嵐のように吹き上がり、それが一斉に連弩のように降り注ぐ。
「ほう……。くっくっく、ハイエナの光妖精族にしてはやるではないですか。さすがの私も魔法で対抗しないと大怪我をしてしまいそうです」
そう不敵な笑みを浮かべながらフォルトゥナートはアレゼルの魔法を手持ちの剣で難なく捌いてしまう。ヴァルハルティならいざ知らず、どうやって魔法を斬っているのか原理がさっぱり分からない。
それでもアレゼルは怯むことなくさらに膨大な魔力を展開していく。
「ぬかせっ! 竜巻刃魔法!」
「神の雷!」
とっておきだったのだろう。巨大な魔力とともに現れた無数の刃がフォルトゥナートへ向けて解き放たれ――だがその瞬間、眩い光が辺りを包み込み轟音が鳴り響いた。
瞬く間にアレゼルの放った魔法が霧散し、そのまま唸りを上げて五月雨の如く雷がなだれ落ちる。
「なっ?!」
「憤怒の猛吹雪!」
驚きに硬直するアレゼルの横で冷静に状況を見守っていたユミスが、代名詞とも言える氷魔法をすぐさま解き放った。
アレゼルの魔法をもろともせず切り裂いた雷だったがユミスの魔法であっさりと無に帰し、逆にフォルトゥナートの周囲を覆っていく。
「おお、さすがユミス!」
「ん、油断しない! 魔法になら対抗できるってだけ」
そう言いながらユミスは収納魔法から剣を差し出して来る。
刹那、風が靡いたかと思うや俺はその剣を抜き放ち、ギリギリの所で首を狙いに来たフォルトゥナートの剣を弾き返した。
「フン、やりますね」
「ちっ……」
フォルトゥナートの一撃は速さに特化したもので、ヴァルハルティを素手で抑えられた時とは異なり、俺が剣を振り払うとあっさり引いて行った。
……危なかった。
これで打撃に重さがあったら確実にやられていただろう。
じんわりと帯びる魔力が左手に持つヴァルハルティに流れていく。これを繰り返せれば奴の強みである魔力を弱体化出来るかもしれないが、あのスピードを捌き切るのは容易ではない。
ただ攻略の糸口は掴めた。
奴の魔法はユミスとアレゼルがなんとかしてくれるはずなので、俺とナーサ、それにルフの三人がかりで取り囲めば勝機を見い出せそうである。
「ナーサ、ルフ! 行けるか?」
「……っ、はっ!」
「やるしかないんでしょう? あんたこそ、さっきみたいにボケーっとしてないでよね」
「剣の切っ先を素手で掴まれて驚かない方がおかしいって」
ナーサと軽口を叩き合い、そのまま俺たちはフォルトゥナートの下へ走り出す。目の前にはすでにユミスの魔法によって氷壁がそびえ立っていたが、俺たちのスピードに合わせて道が出来て行く。
「さすがユミス」
「露払いは私が」
「え……?」
今まで前に出ようとしなかったルフがなぜか突然特攻し始めた。
その行動変化に、いの一番に突っ込む気満々だった俺は唖然としてしまうも、すぐさま続くナーサを見て慌てて後を追いかける。
そしてユミスの魔法の中心部と思われる場所に辿り着いたのだが――もはやそこに奴の姿はなかった。
「ちょっと、フォルトゥナートはどこ行ったのよ?!」
「まさか空間移動でしょうか?」
「魔法で移動ってこと? いや、それならユミスが必ず気付くはず」
皆でフォルトゥナートの姿を探すも一向に見当たらない。
さきほどまで感じていた圧迫感も消えており、この場にはユミスとアレゼルの魔法の痕跡だけが残っているのみである。
「ユミス、感知魔法や探知魔法は?」
「……ダメ」
「カトルよ、主はあ奴が現れた時の事をもう忘れたか」
「あっ」
そういや奴は感知魔法にも探知魔法にも引っ掛からなかったんだっけ。アレゼルの指摘が耳に痛い。
てかあの嫌な感じはもうしなかった。ということはフォルトゥナートは本当にいずこかへ去ったのだろう。
「でも、どうやって?」
「魔石の類ならば我らの関知するところでは無い。だがそれより今問題なのは別の気配が差し迫っていることだ。それも一つや二つではない。数百単位の大軍勢がこちらへ向かってきておる」
「数百!?」
「狭い通路ならばいざ知らず、このような広い場所で囲まれては成す術はない。早急に判断せねばならんぞ」
「判断て、何の?」
「たわけが、決まっているであろう。ナルルースを救うか見捨てるかだ」
「なっ!?」
アレゼルはいたって平静にそう言ってのける。感情の籠っていない声はかえってその言葉の真実味が増し、差し迫る危機に戦慄が走る。
だが動揺する俺をよそに、ユミスはすぐさま決断を下した。
「そんなの救うに決まってる。フォルトゥナートがここに居たのはただの時間稼ぎ。そう考えれば、目指すものは案外すぐ近くにあるはず」
「あれが、時間稼ぎだと?!」
「ん、そう。それにアレゼルはさっきの戦いで感知魔法や探知魔法を使ってなかったでしょ?」
「当たり前だ! あのような化け物を相手に他にかかずらっている余裕などありはしな……まさか、そういうことか?」
「ん」
驚愕の表情を浮かべるアレゼルにユミスは軽く頷き、そのまま向こう側の通路口へと早足で進み出す。
「てか、全然話が見えないんだけど」
「さっきまで感知魔法も探知魔法も全然反応無かったのに、あいつが居なくなった途端、急にすべてを見通せるようになったの。そして、そのすぐ後から宮廷の地下辺りに居た連中が大挙してこちらに動き始めた」
「ちょっと待って! 宮廷の地下って、まさかさっき戦ったあの灰色の髪の?!」
「ん……そこまでは分からない。ヴィットーレの言ってたレニャーノ軍かもしれないし、メロヴィクスの取り巻きかもしれない」
「そ、んな……」
「狼狽えるでない、竜殺しの血を引く娘よ。むしろ大軍の方が時間を要する以上、都合が良いではないか」
「でも!」
「問題はそこではない。とにかく急ぐぞ。我が敏捷強化を掛けてやるのだ。ありがたく思え」
アレゼルが全員に敏捷強化を掛け、そのまま先頭に立って走り出した。すぐ後ろに続くユミスを見るとなんだか二人だけ分かり合ってるようでモヤっとするが、今は悠長な事を言ってる場合ではない。
それに気になるのが、通路に入ってからまた感じ始めたあの感覚だ。
「これ、どこまで行くの?」
「もう少しだ。この先に魔力の極端に溜まっている場所がある」
「魔力が溜まっている場所? 魔石以外で?」
「この通路は宮廷と異なり新しい。我がアルヴヘイムと連邦の仲介をした後に出来たと考えて差し支えなかろう。であれば、必ず妖精族が関わっている。そのような場で小細工を弄するなど普通は不可能だが――」
そう言って、アレゼルは目前に見えて来た曲がり角の壁を指し示した。そして何事か呟くと、即座に魔力を展開し魔法を解き放つ。
すると突如として壁が割れ、その先に小さな空間が現れたのである。
「これ……金剛精鋼?」
なんか、変な感じだ。
割れた壁に使われた見覚えのある魔石にゾワゾワしたものがこみ上げて来る。
「ほう、知っておったか。そうよ。これぞ我が上位妖精族の長き歴史に伝承される秘術、“封印”よ」
すみません、諸事情により2月中の更新厳しくなりました
申し訳ありません
出来るだけ急ぎます




