第九十四話 露顕
「え?! ほんとにここ降りて行くの?」
「時間がないならしょうがない」
「でもここだと退路を確保できないんじゃね? 本末転倒な気がするんだけど」
「心配は無用ぞ」
ユミスの言葉にアレゼルが後ろを指し示した。
見れば妖精族たちが魔力を展開している。
「空中浮揚魔法だ。この人数ならば怖くはなかろう?」
「なっ……怖いなんて言ってないだろ!」
「帰りも浮遊魔法で引き上げるぞ。加速魔法のおまけ付きだから時間もかかるまい」
「いや、加速魔法って風属性で押し上げるの!? それ着地大丈夫なわけ?」
俺の脳裏に飛行移動の魔法で墜落した時のトラウマが蘇ってくる。それもこれも全部バ火竜のせいだ。
「ん、大丈夫。ここまで来れば私が空中浮揚魔法使うから」
「それなら追手が来ても大丈夫そうね」
中央棟――
あれほど喧噪に包まれていた武闘会場も今や人影はまばらで、俺たちを中心に妖精族たちが囲う光景が異様に目立っていた。
そんな中、エレンミアの指示の下、妖精族たちが一斉に魔法を展開し、俺たちを武舞台の下にぽっかりと開いた大穴へ誘う。
「さすが妖精族。魔力が安定してる」
「フッ、このくらい出来て当然であろう。出来ない者は修行不足なだけだ」
「ん、確かに」
「いや、なんでそこで俺を見る」
そりゃ俺の魔力制御は散々だけど、それでもこの一か月でだいぶ成長したんだぞ。そりゃあ、やらなきゃ何も出来ないくらい追い込まれてたってだけかもしれないけど。
……でも、やっぱり前より魔力そのものが減ったのは大きかったかもな。そんなんでツィオ爺に感謝するのは癪だけど“人化の技法”にも意味があったって前向きに考えるのは良いかも。
「それで、この後の方針を確認したいのだが――」
おもむろにルフが口を開く。
「この下は私の知る限り最下層になっている。そこでナルルース殿の居場所を探り、見つけ次第戻る――ということで間違いないだろうか? アレゼル殿」
「それでよい。本当はもそっとこの区画を探りたい所であるが」
「ったく、何言ってるのよ! そんな時間ないでしょう?」
「ほぉう、スティーア家の娘は我に全く忖度せんようになったのう」
「あのね! 私にはナータリアーナっていう名前があるの! 名前で呼ぼうともしない人に敬意を払ういわれはないわ」
「フン、威勢のいい小娘め」
最初は上位妖精族という存在に遠慮気味だったナーサも、もはや完全にいつも通りだ。それに対しアレゼルも特に怒った様子はないので、この二人はこれでいいんだろう。
「てかさ。結局ここって何があるの? ナルルースが探っていたってことは何かしらあるんでしょ?」
「いや、武舞台と観客席を地上へ昇降させる以外の用途はないはずだ。強いて上げれば、観客席がなくなった分、何もない空間が広がっていることくらいか」
「フン、まるで竜でも匿っていそうなほどの広さよのう」
「「「なっ!?」」」
「……皆、アレゼルの妄言に驚きすぎ。こんな所に竜がいるわけない」
「ほぅ、妄言と言い切るか、神たる竜に育てられし者よ」
「……」
「広い空間、竜狂いのイェーアト族、皇帝への裏切り、そして主が今、この地に降り立った意味を鑑みて、なお妄言と言い切れると?」
「当然!」
明らかにアレゼルは挑発していたのだろうが、自信満々に言い切ったユミスに若干面食らったようで、口を開けたまま呆然としてしまう。
まあ、でもアグリッピナはツィオ爺の管轄地域だからね。そんな所へのこのこと他の竜族が入り込む愚行を犯すはずがない。
「そんなことより、いい加減ナルルースが学区の地下へ行った理由を話して」
「……フン、ナルルースだな。主に事情を漏らしたのは」
「え? どういうこと?」
ユミスとアレゼルが静かに、けれど厳しい目つきで見つめ合っている。
間に入ろうとして、その異様な雰囲気の前に言葉が出ない。
やがて加速魔法が終わり、俺たちはゆっくりと瓦礫の上に降り立った。小さく旋回する照明魔法が二人の顔を照らすも睨み合いは終わらない。
「どこまで知っておる?」
「それを聞いてどうするの? 時間ないよ」
「チッ……」
ユミスの言葉に分かり易く舌打ちしたアレゼルは、溜息を吐くと苦虫を嚙み潰したような顔で話し始めた。
「この地下の施設がアルヴヘイムの援助で完成したことは知っていよう?」
「え?」
「ふむ、カトルは知らぬか。だが自明の理ぞ。人族にこれほどの巨大な建造物を昇降させる魔力などあるはずなかろう。これは我ら妖精族の助力の賜物だ」
言われて気付く、当たり前の事実。
そりゃあ、人族の生み出す魔石でこれだけの物体を動かすのは至難の業だ。通常の魔石であればいったいどれほどの数が必要となるのか。
「我はどうしても神たる竜の力の源泉を調べたかった。だからこそラティウム連邦の者と約定を交わし、我が知恵と魔力を提供してやったのだ」
「……それが本当のオブスノールの交換条件だったわけね」
「そうだ、スティーア家の娘。国交が成立する前、我とラティウム連邦との間で秘密裏に交わされた約定であったのだ。だが、知っての通りハンマブルクの者によってその約定は破られた。いや正確には、この地へ運び込まれた魔石が我の力の代替となり得るかテストしたと考えれば、利にはなったと言えよう。結果としてそれはカトルの持つ魔剣によって無に帰すわけだが」
ニヤリとほくそ笑みつつアレゼルは俺を見てきた。
なるほど、彼女がどうして執拗に俺に対して興味を示すのか分かった気がする。
その執着は恐ろしいが、ある意味信用できた。俺がこのヴァルハルティで力を示し続ける限り、きっとアレゼルはこちら側に付いていてくれるだろう。
「待って。それなら、ナルルースさんが地下へ向かったのって」
「おそらく我が知恵を尽くした魔具の回収を、とエレンミアが指示したのであろう。そう容易く流用出来ないはずだが、備えるに越したことはないからのう」
「……ん。アレゼルの作った魔具とか、厄介ごとの匂いしかしない」
ため息を吐きながらユミスはアレゼルから視線を外し、扉へ向き直る。
「それで、ナルルースの位置は掴めているの?」
「ああ、当然だ。ここからは我が先導しよう。……扉を開けてもらえればだが」
「……ったく」
ナーサは呆れたように天を仰ぎ、ルフは無言で扉へ向かう。
よく考えたらルフはさっきまでこの場所を守っていたんだ。地理にも詳しいのだろう。慣れた手つきで扉を開けるとさっさと先へ進み始めた。
「大丈夫だ。周囲に人の気配はしない」
地下の通路に出ても迷うことなく進むルフに、俺たちは安心してついて行く。
アレゼルは少し不満げに何か呟いていたが、とりあえず黙ってついて来ているので魔力的にも問題ないのだろう。
「この扉の向こうが広間だ。今の所、人の気配は感じないが、とにかく広い場所だ。物陰に潜まれたら把握は不可能に近い」
「……ん、大丈夫。探知魔法でも感知魔法でも誰も引っ掛からない。アレゼルは?」
「我も同じだ」
その言葉にルフは軽く息を吐くと、扉にそっと手を付き、開け放った。
広がってゆく視界。
その時、不意に向こう側から風を感じ、俺は息を呑む。
「これは……」
目の前に広がっていたのは何もない巨大な空間であった。
普段はここに武舞台を囲う観客席がしまわれているのだから納得の広さだ。
「上から落ちて来ないよね?」
「一度観客席として設置されれば落ちてこぬよう設計されているから安心せい。それより感じるであろう? この圧迫感を」
「圧迫感?」
「感じないのか?! うーむ、少々主の事を買い被り過ぎておったか」
アレゼルが何を言っているのか分からない。
だが、皆の表情を見ればわかる。
暗がりで遠くが見えない状況の先に、何かがあるのだ。
「……?!」
再び嫌な空気を感じ、俺は咄嗟にヴァルハルティを握りしめる。すると不思議な手ごたえと共にヴァルハルティが魔力を帯び、風がかき消されていった。
その瞬間、一気に視界が開け、何もない虚空にナニカが顕現する。
「カトル!!」
悲鳴のようなユミスの叫び声を聞き、俺は咄嗟に彼女を庇うべく前に出る。その瞬間、心がざわつくような嫌な感覚に襲われ、それとともにヴァルハルティが唸りを上げ始めた。
「チッ、あと少しの所を……。あなたはいつもそうやって私を滾らせてくれますね」
「フォルトゥナート!!」
気付けば目の前には灰色のフードを外し金の長髪をかき上げるフォルトゥナートの姿があった。
「この身体が叫ぶのですよ。女王を我が物にせよ、王たる資格なきモノに鉄槌を下せと!」
絶叫の轟く瞬間フォルトゥナートの姿が忽然と消え去る。それと同時に身の毛もよだつ感覚に襲われた俺はすぐにヴァルハルティを振りかざし――、だが奴の素手で剣を受け止められてしまう。
「なぁっ……?!」
「くっくっく、弱い、弱すぎます! それでも憎き裏切りモノたる竜の血をめぐらせた肉体の持ち主ですか?」
「「――っ?!」」
「何があったかは存じませんが、そんな状態でしたら存分にその肉体、私たちが活用して差し上げるとしましょう!」
あけましておめでとうございます
昨年は大変失礼いたしました
今年は投稿頑張っていきたいと思います
次回は1月中の更新予定です