第八十六話 研究の遺物
「なるほど、そういうことだったわけね」
マリーと違い、精神力枯渇になることなくあっさり回復したナーサは意外と魔法耐性が上がってるようだった。
今もユミスの抗魔法だけで魔石の影響を受けないでいる。
「あんたのお蔭で何度も精神力枯渇にさせられたからね」
「……ほんとすいません」
「まあ、カトルが無事だったから別にいいけど……。ほら、魔力も結構上がったし」
そういや、今日も皆にたくさん迷惑を掛けたよな。落ち着いたら、ちゃんとお礼しよう。
「ん、でも一応これ付けて」
「二つしかないんでしょう? だったらユミスが付けておくべきじゃないの?」
「今の私が状態異常になるのは竜魔石くらいだし、もし本当にまだどこかに竜魔石が残っているなら、この指輪でも焼け石に水」
「うー、分かった。ったく、相変わらず魔法に関しては憎たらしいほど冷静よね」
ナーサはブツブツ文句を言ってるわりには指輪を嵌めて嬉しそうに眺めている。シンプルな細身の指輪だけどしっかりと魔力が込められているっぽいので、ちゃんとした素材なのだろう。
マリーとナーサを止めることで、いったん皆の暴走も抑えられた。なぜか知らないがルフはあくまで俺に付いて来るスタンスだし、ヴェルンはどうやら守りを固める時間が欲しかったようで、イルデブランドと話し合いを続けている。
状態異常と言っても、個人個人で影響がかなり違うみたいだ。
「ふぅー、酷い目にあったぞ」
「説明お疲れ~」
「ぬうう、呑気な声を上げおってからに」
そうこうしているうちにアレゼルが戻って来た。皆に詰め寄られ大変だったようだが、鎮静化魔法を駆使してなんとか場を収めたらしい。そもそもマリーしか魔石の影響から解放してなかったことを考えると、さすがに同情を禁じ得ない。
もっとも、一番大変だったのは影響から脱却したはずのマリーの説得だったようだが。
「カトルよ。我は其方らの無茶振りに応えたのだ。ならばそちも我のささやかな望みくらい応じるべきではないか?」
「ん、その前にこの状況を何とかするのが先」
「ちっ」
「舌打ち?!」
「……確かに正論であるな。よかろう。魔石の位置などさっさと割り出してしまおうぞ」
ユミスの言葉に多少ムッとしたようだったが、すぐに機嫌を直すと手早く懐から魔石を取り出しニヤリと笑みを零す。
「ふっふっふ、これはとっておきぞ」
ドヤ顔のアレゼルが魔石を掲げ、魔力を展開し始めた。魔法に自信のありそうな彼女が魔石を媒介にするなんて珍しい。よほど魔石に封じられた魔法が凄いのだろう。
アレゼルの魔力に呼応して魔法が発動し、やや耳障りな音が辺りに響き渡る。
……あれ? これって――
「どうだ。驚いたであろう? これは共鳴魔法と言って音魔法の中でも最上級の――」
「あ、やっぱりラドンの奴が使ってた意識を混濁させる魔法か。魔石の位置まで割り出せるなんて便利だね」
「なっ……」
「でも全方位に無作為で放たれちゃうんでしょ? 大丈夫なの?」
「た、た、た、たわけが! 全方位へ放たれる共鳴魔法などあってたまるか!! どれほどの魔力と精神力を使うと思っている?!」
血相を変えたアレゼルの絶叫が迸った。
ビリビリと鼓膜まで響き渡り、頭がボワンボワンする。
「しかも意識を混濁させるだとぉ?! いったいどんな理屈でそんな解釈が生まれたのだ?! これは魔力の籠った音波を放出し対象の魔力を強制的に炙り出す脅威の索敵魔法なんだぞ! 上位妖精族たる我らでさえ扱うには骨が折れる音魔法の中でも、特に難しい共鳴魔法を、どこの馬とも分からぬ輩が簡単に……、簡単に使いこなせてたまるかぁあああ!!」
「はい、どうどう」
「うがぁあああ!! 我を獣のように扱うな!!」
もはや野獣と化したアレゼルだったが、共鳴魔法の魔石に反応が出るやすぐに真面目な顔つきに戻り、ユミスを促してその場に走っていく。その変わりっぷりに唖然としてしまったが、意外とノリのイイ奴なのかもしれない。
俺とナーサが二人を追いかけて行くと、そこは皇家の応接室周りにあるメロヴィクスの自室だった。
「混乱魔法、傀儡魔法、魅了魔法、鈍化魔法、憤怒魔法……」
「ほうほう、精神魔法のオンパレードではないか。しかも、一つ一つの魔石が禍々しい魔力を放っておる。……これは想像の何倍もおぞましい光景であるのう」
整然とした部屋のいたる所に、かなり大きめの魔石が所狭しと陳列してあった。一瞬、何の部屋に入ったのか困惑してしまうほどのおびただしい数に思わず顔が引きつってしまう。
「こんなにたくさん……! 何で最初に入った奴は気付かなかったの?!」
「ん、これ。消失魔法の魔石」
ユミスが無造作に差し出して来た魔石を見た瞬間、脳裏にある光景が浮かび上がる。
あれは確か傭兵ギルドに行った時だったか……。
バラバラだった枝葉が繋がりを見せ始める――。
「驚くのは後だ。とにかく目に付く魔石を片っ端から叩き割ってゆけ。今ある現状は瞳に映らぬだけで毒の霧に侵されているに等しい」
「いいっ?! そんなにヤバイの?」
「だから急ぐのだ。ただし魔石には不用意に触れてはならん。己が魔力を高めよ。魔石の魔力が己が精神を上回れば、簡単に汚染してしまうぞ」
アレゼルの言葉に俺とナーサは慌てて瞑想し魔力を高めていく。だが俺の場合、高まった魔力がそのままヴァルハルティに吸い取られてしまい、うまく操ることが出来ない。
だったらヴァルハルティには思う存分魔力を吸い取ってもらおう。
そのまま俺はヴァルハルティを魔石へと振り下ろす。
「えいっ!」
ヴァルハルティが触れると魔石は欠けることなく静かに輝きを失っていった。禍々しいまでの魔力の波動は消えてなくなり、中身のなくなった空の石が転がるだけとなる。
「……っ、精銀?!」
「なんとっ!? そちはいったい何をしたのだ?! 魔石本来の魔力を残したまま魔法だけ消し去るなど、里の者が知ったら狂喜乱舞ではすまんぞ!」
なんか二人とも興奮してるけれど、何をそんなに驚いているのか俺にはよく分からない。それよりこの状況を打開する方が重要だ。俺は雑音を気にせず一心不乱に魔石を切っていく。
ヴァルハルティが唸りを上げ、その度に身体が軽くなる――。
魔力がどんどん身体に押し寄せ、勝手に身体強化されていくのだが、すでに全身の感覚がおかしい。麻痺していると言っても過言じゃない。
今、戦ったらはたして満足に動けるだろうか?
もう少し魔力をなんとかしたい。元は魔石の中にあったのだから、もう一回押し戻せればいいんだけど。
ヴァルハルティから流れて来た魔力を、俺というフィルターを通して循環するイメージで、魔石へ送り返していく。
「……ぁ、カトル……」
「なんということを……!」
うん。うまく行きそうだ。
適度に身体強化を保ちつつ、魔石に魔力を送り込めている。本当はヴァルハルティで必要な分だけ魔力を吸い取れればいいんだけど、今の俺じゃそこまでうまく立ち回れない。今は魔力強奪スキルの練習がてら魔石の処理を続けよう。
……
いったいどれだけ魔石を貫いただろう。
気付けば部屋に充満していた禍々しい魔力の波動は消え、魔石本来の放つ清洌な空気感が辺りを覆い出していた。
そんな澄み切った魔石を他の三人がせっせと集めているのだが、どの顔もほくほく顔だ。
「ほうほう、凄まじい戦利品であるな。これだけでも十分、其方らと共にした甲斐があったというものよ」
「市場に出回っているものとは品質が段違い。魔力補充なしにすぐ使えそう」
「こ、これはあくまで魔石を区別するためにやってるだけなんだからね! あんたはそこんとこ間違えないように。……それにしても、これを売ったらいったいどのくらいの値が付くのかしら」
あのー、皆さん。
魔石の処理がまだ全部終わってないんですが……。
まあ危険だから残りは俺が対処するってことで別にいいんだけどね。
それにしても魔力強奪のスキルは偉大だ。何度か繰り返すうちに、だいぶコントロールが出来るようになってきた。
最初のうちは魔石の魔力を全て抜き取って粉々に砕いてしまったり、魔力を戻し過ぎて破裂させてしまったりしたこともあったが、だいぶその回数も減ってきている。魔石の魔力が飽和する感覚を掴めるようになってきたってのも大きい。
てか、これって魔力をうまく扱えるようになってきたってことじゃね?
今なら四属性をそれなりに使いこなせるかもしれない。
「ふう。これでこの場の魔石は全部処理出来た?」
「うむ。もう共鳴魔法の魔石に反応はないぞ」
アレゼルの言葉に俺はホッと息を吐く。
これでユミスの解除魔法も効果を発揮するだろうし、ようやく宮廷を目指せそうだ。
「油断するでないぞ、カトル。皇子の狙いが玉璽ならば、ここはあくまで囮。本命であるところの宮廷内にどれだけたくさんの魔石が散りばめられておるか見当もつかん」
「ええ? さすがに宮廷なんだから運び込まれるものくらいちゃんとチェックしてるだろ」
「あんたねえ。この部屋だって同じくらい厳重にチェックされてるわよ。……皇子自身が運んだ場合はどうしようもないけれど」
……ってことは、この部屋にあったおびただしい数の魔石はメロヴィクスが自分で運んだってことか。
でも、それならずっと前から影響してそうなものだが特に何も感じなかった。まあ、俺だけなら魔力強奪スキルの影響とも言えるけど、昨日までの予選でおかしなことは起きていない。
いや、控室でちょっと変な感じがしたっけ。
「ん……この数の状態異常があったら、もっと前から混乱してる。カトルの試合が終わった後、出て来たアンジェロがいい例」
「あぁ、あれか」
確かにアンジェロは会場に現れた時からおかしかった。なんかいろいろやらかしたって聞いてたから結びつかなかったけれど、状態異常でもなければいきなりゴートニアの公子であるヴェルンを切りつけたりはしないだろう。
ってか、そもそも武闘会場に来る前に誰かが止めているはずだ。
……あれ?
じゃあ、皆がおかしくなったのはあの試合の直後からってこと?
だったら、この部屋に魔石が運び込まれたのは今日の試合中ってことになるけど、メロヴィクスはずっと会場の観客席で観覧してたんだよな……。
どういうことだ?
「ん、昨日までのメロヴィクスにおかしな素振りはなかった。それに状態異常だったら絶対誰か気付いてる。だからここに運び入れられたのは今日で間違いないけど――」
「ほら、考えるのは後。今はこの状況を何とかするのが先って、ユミスが自分で言っていたことでしょう!」
「……ん」
ナーサの言葉にモヤッとした気持ちを抱えながらも俺は頭を切り替える。
確かに今はヴィットーレたちを助けるのが先だ。
「ふむ、ならば早く合流するとしよう。宮廷の魔力の状態がいささか不穏だ」
次回は5月中に更新予定です。




