第二十三話 レヴィアの差配
2月9日誤字脱字、レヴィアの料理の腕前に関する記述を若干修正しました。
4月28日誤字脱字等修正しました。
なんだか少しだけ違和感がある。
昨日はとても眠くて、風呂に入った後、ネーレウスの入れてくれたハーブティを飲み、歯を磨いたらすぐに布団に包まったはずだ。
少し騒がしかった気がするけど、それでも眠りは深く快適な睡眠が取れたように思う。
それなのになぜか息苦しい。
胸が圧迫されるような感覚だ。
最近は朝のまどろみの中、大体決まった時間にサーニャが起こしに来てくれた。起きると朝ごはんが出来ているので、その時間分はちょっとだけ融通してくれているんだろう。
睡眠が足りないと調子が出ないから、その心遣いはとてもありがたい。
そうやって朝のリズムが出来てくると、夜どれだけ疲れていても自然と起きられるから不思議だ。探索の時に夜番でおかしくなったことを思えば、本当に朝起きる時間を固定するというのは重要なんだと実感する。
そういやそろそろ意識がはっきりとしてきたので起きる時間かな。
でもまだサーニャは来ないな……。
……ん?
何か布団がもぞもぞ動くな――
……ちょっと待て。
何かおかしい。
息苦しいというより身体が重くなってきた。
それと腕に何か生暖かくて柔らかい感触があるような――
って、何か俺の上にいるのか?!
「うわぁ!?」
俺は思わず腕を振り払ってしまった。
そのまま乗っかっていたものが、ベッドの下に叩き落される。
「ちょっとキミ! この仕打ちはあまりに失礼でしょう」
「レヴィア?! えっ、何でここに? あれ?」
やっと、意識がはっきりとしてきた。
見ればレヴィアがベッドのそばで剣呑な顔をしている。
あまり音は響かなかったら叩きつけていないだろうが思いっきり振り払っちゃったからな。
いや、でも俺の上にレヴィアが乗っていたのか?
ってか、いつ帰ってきたんだ?
混乱する俺の顔を見て、レヴィアの表情が少しだけ緩む。
「キミを起こそうと思ったんだが、あまりにも幸せそうに眠っていたからね。つられて私も眠くなって寝てしまったよ」
「ええっ? つられてって……」
「睡眠は多く取ったけれど、とにかく今日は早かったからね」
「早かったって、船で浜辺についたのが早朝だったってことか?」
「ふふ、何を言っているの」
あ、今レヴィアが何かの魔法を使った。
おそらく静寂魔法か。
「船を使っていたら、こんなに早く来れるわけないでしょう」
「えっ、まさか竜の姿で海を飛んで来たのか?」
「キミねえ。長老様の逆鱗に触れるようなことをなぜ私がすると思うの。我が眷属たちの力で海を渡ってきたのよ」
海を渡る?
どういうことかさっぱりわからなかったが、冗談を言っているのではなさそうだ。船で三日かかる距離をあっという間にたどり着いたんだ。何か手段がないとここに来れるはずがない。
「心配で急いで来たというのに、キミときたら暢気に朝寝坊してるしね。それで起こして上げようとしたらこの仕打ちよ」
「いやいや、俺の上で寝てたろ。大体、起き抜けですぐ側に何か居ればびっくりするって」
「仮にもうら若きレディに向ける言葉ではないよ、キミ。覚えてなさい」
そんなこと言われてもなあ。
やっぱり理不尽だ。
いや、うら若きレディのところは肯定しますよ?
しかし、前の時は全く気付かなかったレヴィアの魔法がなんでわかったんだろう。もしかして前より感覚が研ぎ澄まされたのかな。
やっていることってウェイトレス頑張ってたくらいなんだけど、いつも以上に周りの一挙手一投足に気を配っていた成果かも。
あれ? そういえば……。
「マリーはどうしたんだ? 一緒じゃないの?」
「ああ、マリーならちょっと用事を頼まれてもらっているよ」
「用事?」
「開店までには戻ってくるよ。それよりキミ、いいのかい? のんびりしていて」
その言葉にはたと気付いて時計を見る。
「もう9時半?! うわっ、寝坊した!」
「ほらほら、急いで。キミはこの店の看板娘でしょう?」
しまった。サーニャは父親と大会に行っているんだから起こしてくれるはずなかった。耳をすませば隣の部屋から仕込みをしている音が響いている。もう皆準備に取り掛かっているんだろう。
俺も早くしないと。今日はサーニャが居ないので俺が開店前の掃除をすることになっているんだ。
俺はあわてて布団から飛び出すと拙い水魔法で顔を洗って身だしなみを整える。
その時、不意に部屋のドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
「おはようございます、カトル様。お声が聞こえましたが、掃除のご心配は無用です」
ノックの主は執事服の老紳士であった。彼はけだるそうに伸びをしているレヴィアに方膝を着いて頭を下げる。
「カトルの代わりをご苦労様。私もつい寝てしまったわ」
「お疲れかと思い、しばらくお声をかけませんでした」
「ありがとう。あと一日、宜しくお願いね」
「お任せ下さい、レヴィア様」
「キミ! さあ、行くよ!」
レヴィアの言葉に熱がこもる。
俺は最初、レヴィアは勝負に乗り気じゃないと思っていた。
だがそれは大いなる勘違いだったようだ。
「私は誰にも借りを作りたくないの。絶対に勝つよ」
一番勝負にこだわっていたのは間違いなくレヴィアだ。
俺もネーレウスに礼を述べると、いったん二人を部屋の外に追いやってウェイトレスの服装に着替える。そして店内の方へ移動すると、厨房ではすでにサーニャの母とメイドたちが忙しなく動いて準備に勤しんでいた。ふと見ればテーブルに俺の朝食が置いてある。
「早く食べて食器を洗っておいとくれ」
ジアーナの声にお礼を言うと、俺は冷めてしまった朝食を平らげる。
いつもは味わって食べるのだが今日は時間がない。
そんな俺を横目にレヴィアはネーレウスを伴って店の外に出て行った。
そういえば、ネーレウスこだわりの調理器具をレヴィアに持ってきてもらったんだっけ。
今日は彼も調理を行う予定だ。
「今日は良い天気なので、私は外で調理致しましょう」
「そうね。その方がネーレウスの腕前に誘われて多くの客が店に来るわね」
そんな会話がさっき主従で行われていた。
どんなものが出るのかちょっと気になるので、俺も外に出てみる。
店のドアを開けると太陽の光に照らされ少し目が眩んだ。
ここのところ探索で雨に打たれたのが嘘のように晴天が続いている。これが雨だと屋外に客席スペースを作れないから非常にありがたいんだ。
だが、目の前の光景にいつもと違った感じがして俺はキョロキョロと辺りを見渡した。
「あんまり人がいない――?!」
昼間でさえ人がいっぱいのはずの大通りが閑散としていた。
支部の建物の前で決勝会場の突貫工事が行われていたが、それを除けば普段より人通りが少ない。
昨日の売り上げが良かったからもしかしたら挽回出来るかもと思っていたが、これは結構まずいかもしれない。サーニャが厳しいって言っていたけど予想以上だ。
まあでも仕方ない。
俺だって何もなければ、そりゃあ大会を見に行くよ。
町の店が揃って自慢の味を披露するんだ。
それを食することが出来るわけだから行くなって方が無理だ。
だが、それだけ集まっている中で予選を通過すれば良い宣伝になる。
サーニャと親父さんの奮闘に期待しよう。
人がまばらなのもあって今日は支部からの応援は来ていない。まあ、ギルドとしては会場建設で人が必要なので致し方ないのだろう。
ただ、これでネーレウスは誰に気兼ねすることなく作業を行うことが出来た。客席に使っていた大き目のテーブルを四つ、自分を囲うように置いている。
「レヴィア様お待たせ致しました。宜しくお願いします」
「では、ネーレウスに頼まれていたものを渡すよ」
レヴィアが空間魔法を使い、ネーレウスこだわりの調理器具を出し始めた。
鋭く研ぎ澄まされた何種類かの包丁に、1メートル以上はある大きなまな板、そして陶磁器製のボウルやナイフ、スプーン、ホイッパーと言った細々としたものまで各種様々だ。その一つ一つをネーレウスは丁寧に確かめていく。
一つの台にはその大きなまな板が乗り、その左側のテーブルに魔法のコンロを都合4台設置した。右側に調理器具を並べているということは反対側の空いたスペースに食材を置くのであろう。
ネーレウスが執事服に専用の包丁を手にすると、もうそれだけで絵になった。
何が始まるのかとまばらながらももの凄く人目を引いている。
近くの店もだけど、支部前で工事している連中も遠目で見ているな。人が少ないからとっても見通しが良いんだ。
「それではレヴィア様。食材を宜しくお願い致します」
レヴィアは空間魔法から出した食材を空いたテーブルに並べ始めた。
俺が見ただけではどんな種類の肉、もしくは魚なのかわからなかったが、どうやらある程度包丁を入れてあるようだ。
既にネーレウスがある程度下ごしらえしたものを持ってきたということなのだろう。
そんな感じで俺が興味深そうに見ていたらネーレウスが笑顔で愛想よく説明してくれた。
「肉や魚は種類によって熟成した方が美味しいものがございます。もちろん取れたてが美味しいものもありますが、今日、ここで調理するとなると残念ながらご用意できませんでした」
「熟成?」
孤島では野生の動物を狩ってその肉を焼いて食べてたし、魚の場合も長老が釣って来たのを食べていた。
このように何か処理して時間を置いているのを見たのは初めてだ。
あ、でもさすがに肉は少し置いてたか。死んだ直後は固くて食べられないもんな。
「凍らない程度の低温に調整し保管することでうまみが増すのです。レヴィア様の魔法ならば殺菌も容易ですから食あたりすることなく柔らかく美味しい肉や魚をお出しすることが出来ます」
そう話す間にもネーレウスは手際よく魚を三枚に下ろし、肉は薄切りにして食べやすい大きさにカットしている。
店頭で執事服の老紳士が見事な包丁捌きを披露するものだから、次第に人が集まってきた。
なるほど。レヴィアの狙いはこれか。
俺は初めて見たが、これだけ美味しそうなものを目の前で調理しているんだ。少しでも目に入ったら気になってしょうがないだろう。
今日はネーレウスはここで腕前をずっと振るい続けるってことか。
あ、でも。
「お酒の注文が来た時はどうしよう。あのカクテルは真似出来ないよ」
「調理の途中でお出しするのはさすがに難しいですが、何とかなりましょう」
「大丈夫よ。その時は調理を代わるわ」
「えっ? レヴィアが作るの?」
言ってから失言に気が付いた。
物凄くレヴィアが睨んでいる。これは相当怒っている、というか、もしかしたら傷付いたのかもしれない。
「キミは何か、私が料理を作れないとでも思っているのかい?」
「あ、いやいやいや。だってそんな綺麗な白のワンピースで料理したら汚れちゃうだろ」
「ああ、そういうこと。さすがにエプロンをつけるよ。ほら、見栄えもいいでしょう?」
レヴィアが空間魔法で出してきた黒のエプロンを付けてポーズを取ると、周りの男どもから歓声が上がった。なんというか、その白のワンピースの上に黒いエプロンをつけると妖艶さが増す一方なんですが。
きっとトム爺さん辺りならイチコロだな。
メイドたちが厨房でカットした野菜を持ってくると、ネーレウスは既に浸してあった魚のあらの入った大きなナベに食材を次々に入れてゆく。
これは絶対美味しいスープになるに違いない。
レヴィアも空いた場所を使い、丁寧に肉をスライスし始めた。
なんというか、とても優雅だ。
しかしレヴィアってこういう本格的な料理も作れるんだな。眷属にやらせているだけかと思った。
あとは昼過ぎになって徐々に人が本戦に向けて集まってくるのを待つばかりである。
あ、でもさすがに火をつけるのはちょっと早すぎるんじゃないか?
昼間はほとんど人が来なさそうなのに。
良い匂いが漂ってくるし、もう少しで出来そうな勢いだ。
「開店の11時にお約束頂いておりますので、それに間に合わせるべく調理しているので大丈夫です」
「約束?」
「もうすぐいらっしゃるわよ」
レヴィアの突然の敬語に疑念が過ぎる。
「私が調理しないと機嫌を損なうのよ。かなりの食通だからね」
レヴィアがそう言いながら大通りの向こうに視線を向けた。
俺も合わせてそちらを見る。
今日は人通りが少ないから遠く南門への道がずっと先まで見えるんだ。
町へ行く人は結構多いが、こちらに向かって来る人の数はほとんどいないからな。
あっ! あの姿はマリーだ。
用事って町に行く事だったのか。
でも後ろに誰か伴っているな。
火竜の姿ではなさそうだけど……。
――ってまさか!?
「ほら見えてきたよ」
「じいちゃん!?」
遠くからこちらに向かって足早に歩いてくる元気そうな老人は、誰あろう長老が竜人化した姿であった。
またしても終わりませんでした。
いったん投稿します。
次回は2月6日までには更新予定です。