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第七十九話 運命の岐路3

「いてててて……」


 俺は打ち付けた臀部をさすりながら上を見上げ、そのあまりの高さにいまさらのように肝を冷やす。

 ……危なかった。

 舞台に突き刺していたヴァルハルティが魔力を仲介していたことで、なんとか落下による衝撃を緩和出来たが、下手したら地面に叩きつけられそのまま死んでいたかもしれない。

 薄明りが差し込む部屋を見渡せば、崩壊した舞台の周りを螺旋階段らしき残骸が転がっていた。天井の高さも含め、かなり広い部屋である。


「うん……?」


 何の気なしに部屋を眺めていると、崩壊した舞台の下に倒れている人影を見つけ、俺は慌てて残骸の上に伏せる。

 倒れていたのは三人。

 そのうちの一人はよく見知った白金髪(プラチナブロンド)の男――ルフだった。全然見かけないと思っていたがこんな所に居たとは。残りはうつ伏せだったのでよく分からなかったが、おそらくいつも一緒にいた取り巻きの二人だろう。

 どうやら三人とも何とか致命傷を避けたようだが、残骸に足を取られ身動き出来ないらしい。

 どうする、助けるか?

 ……いや、結局あいつがユミスの護衛についた理由も突然姿を消した理由も分からず仕舞いだった。多少なりとも心は動くが、油断は出来ない。


「――?!」


 上から少し身を乗り出そうとして、扉の向こうから足音が聞こえた為、慌てて姿を隠した。多勢に無勢である以上、先に竜魔石を無力化するか迷ったが、足音の数が少なかったので、もう少し様子を見ることにする。


「これは――?! ルフは何をやっていたのですか?! とんでもない失態ですよ!」


 開け放たれた扉より飛び込んで来たのはいつもメロヴィクスの後に居た紫掛かった髪の男であった。その傍らにもう一人いるようだが、瓦礫の山に隠れて顔が見えない。


「ベ、リ、サリウス……か……」

「メロヴィクス様が苦心してご用意された神の力を、こうもあっけなく打ち砕いてしまうとは……。貴公の信奉心はその程度のことだったということですね」

「ち、ちが……!」


 ルフはやや焦った声で否定するが、うまく呂律が回ってない。崩壊の衝撃でどこか怪我をしたのかもしれない。


「何が違うと言うのです? 神の力は二つに割れ、か細く消える寸前ではないですか。まあ確かに、神の力を宿した石と言っても所詮オブスノールの残り火。もともとたいした力は無かっただけかもしれませんが」

「……き、さま!!」

「おっと、つい本音が出てしまいました。ですが、いくら神の力とはいえ、年月を重ねて散りゆくは世の必定です。……神が大陸から去って数千年。ついにオブスノールの脅威も収まり、その力も過去の産物と成り果てました。イェーアトの民が縋る伝承はまだもう一つありますが、こうなってきますとピラトゥス山脈にあるとされる神託の祭壇も既に朽ち果てていても何ら不思議ではありませんね」

「くっ……!」


 ベリサリウスの言葉に、ルフは怒りに震えうめき声を上げる。それだけ奴にとって、ピラトゥス山脈は大事な場所なのだろう。

 ってか、同じイェーアト族でも全然見解が違う奴がいるんだな。ベリサリウスはメロヴィクスにスカウトされたって聞いてたけど、実際はもっと根深い問題なのかもしれない。


「――」

「……ほう、ほう、そうですか」


 今まで黙っていた傍らの男が割り込んで何事かベリサリウスに話し出した。それに頷くベリサリウスの笑みが嫌味を含んでそうでなんとも癇に障るが、隣の男の顔はやはり陰になって見えない。後ろ姿はどこかで見たような気がするのだが、気のせいだろうか。


「いずれにせよ、神の石はその力を失いました。イェーアトの民はもはや唯一残った伝承に縋るほかなく、長老連中も遅かれ早かれ覚悟を決めるでしょう。それにオブスノールを鎮めたことで、ハンマブルク公爵もメロヴィクス様に従うと決断なさいました。……いつまでもスティーアとの決着にこだわる貴方のような存在は邪魔でしかないのですよ」

「――っ?!」

「神の消えた大地で、いつまでも希望に縋って生きるなど無為な事です。ああ、でもご安心を。メロヴィクス様からは神託の祭壇についてご配慮頂けました。もし本当にそのような場所が存在するのであれば、その(ひと)区画だけはイェーアトの民に管理を任せるとのことです。フフ、それで良いではありませんか。過去に囚われ、希望に縋るしかない愚か者は、未来を見据えることなど出来ないのですから」


 そう言ってベリサリウスはルフに背を向け真っすぐこちらへ歩みを進める。

 ……まずい。

 奴の狙いはまず間違いなく俺の真下にある竜魔石だ。さっきの俺の攻撃で舞台を支える浮力を失ったとはいえ、まだ十分魔力は残っているし、自由にされるのは危険すぎる。


「な……何を、する気だ?!」

「いえ、頭の固い連中は縋れるものが少なければ少ないほど説得しやすいでしょう? ちょうどここにはそんな連中の縋る神の力、そしてスティーアへ対抗できる武力、その両方がある」

「ぐっ……き、さまという奴は!!」

「フフ、いずれも無にするには少し惜しい力ですが――」


 そう言ってベリサリウスが振り返ると、視線の先にいた金髪の男がゆっくり頷いた。それを見た(ベリサリウス)の顔が醜く歪んでいく。


「こうして主にもご理解頂けました。貴方も縋り続けた希望の片割れと運命を共に出来て本望でしょう? 神の力に包まれ、どうぞ安らかにお眠りなさい!」


 ベリサリウスは懐から魔石を取り出すと、おもむろに頭上へ掲げ始めた。

 それを契機に魔力が部屋中に迸り、俺の真下にある竜魔石へと注がれて――、その全てがヴァルハルティによって遮断されてしまう。


「な、んと……!?」


 驚くベリサリウスの視線が舞台の上(こちら)へと向けられる。

 事ここに至っては、もはや躊躇(ためら)っている場合ではない。俺は崩壊した舞台の上から飛び降りると、すぐさま竜魔石の傍まで駆け寄っていく。


「なっ……、カルミネの従士!?」

「なぜあなたがここにいる?!」


 驚くベリサリウスよりよほど大きな声が後方から響いてきた。

 ――確実に聞き覚えのある声だ。

 なのに、なぜかその顔がぼやけて見えない。まるで視界に靄が掛かっているかのようである。


『落ち着いて、カトル。たぶん、精神干渉系の魔法だと思う――』


 強烈な既視感が脳裏に広がり、ユミスの声がこだまする。

 その瞬間、俺はヴァルハルティを高く掲げ、魔力の渦を断ち切るように振り下ろしていた。すると、視界が一気にはじけ、ぼやけて見えなかった男の顔があらわになる。


「フォルトゥナート!?」


 ――そこに()()()のは、あの忌まわしい魔力を身に纏ったフォルトゥナートの姿であった。

 絶対に忘れてはならない相手のはずなのに、俺は今の今までその存在を忘れて去っていた。

 いったい、いつからだ?

 少なくとも昨日までは覚えていたはずだから……いや、昨日だってユミスに言われるまであいつの名前を思い出せなかった。

 そうだとすると……俺はいつから奴の存在を忘れていたんだ――?


「……チッ」


 フォルトゥナートは俺の叫び声に目を見張り、舌打ちしながら後退していく。

 このままでは逃げられる――。

 一瞬、奴を追うべきか逡巡するも、さすがにこの状態の竜魔石を放って行くわけにはいかない。ただ竜魔石に何かしようとしていた当の本人は、困惑気味に俺とフォルトゥナートを交互に見やるだけで呆然と立ち尽くしていた。先ほどまでのふてぶてしいほど自信に満ち溢れた態度はなりをひそめ、明らかに挙動不審である。


「フォル……、なんです? 何を言っているのですか? あちらにいるのは主の……いえ、我が主はメロヴィクス様に決まっています! 何故、私はそんな愚にもつかない事を考えて居たのか……」


 この困惑っぷりは、やはり精神干渉系の魔法が施されていたのだろう。それが無くなり、今の記憶と本来の記憶がごっちゃになって混乱しているんだと思う。

 ってか、空気を切り裂いただけなのにヴァルハルティには確かな手ごたえがあった。奴の魔法が周りに居る者全てを幻惑するほどのものだったとしたら、その力は本当に脅威だ。

 ……やっぱり今からでも遅くない。フォルトゥナートを追うべきか?

 そう思った時、不意にゾクリとした感覚が背筋に襲い掛かる。


「いや、それより今は貴方です、カルミネの従士。なぜ貴方は、神の力を前に平然としていられるのです? その石は何人たりとも寄せ付けず、近付く者全ての意識を奪い去ってきました。……貴方は危険だ。今ここで亡き者にしておかなければ、必ず帝国の禍根となる……!」


 空気が一変する。

 ベリサリウスの手にある魔石から尋常ではない魔力が漏れ出し、魔石が変色し始めた。

 赤橙黄緑青藍紫――って、まさか虹の魔石か?!

 ちょっ、待ってくれ。

 あんなもんと竜魔石が共鳴すれば、間違いなくとんでもない事になる。


「させるかっ――!」


 頭で考えるより先に身体が動いていた。

 虹の魔石に触発され禍々しい力を吐き出しつつあった竜魔石へと俺はヴァルハルティを突き刺した。その瞬間、竜魔石が唸りを上げ、ヴァルハルティを通じて凄まじい魔力の渦が俺の中へどっと押し寄せて来る。

 前もってこういうもんだと予測してなければ意識が吹っ飛びそうになるほどの圧迫感だが、それでも思ったほどじゃない。さっきヴァルハルティを手にした時に受けた圧の方がよほど厳しかった。

 同じじいちゃんの魔力から作られた竜魔石とはいえ、天然ものとじいちゃんが丹精込めて作ったものとじゃ比較にならないってことだろう。魔力の質に明確な差がある。


「ぬおおぉおおお~~~!!」


 とはいえ、このままじゃまたさっきみたいにマリーやナーサに負担を掛けかねない。ならどうするか。

 答えはシンプルだ。さっさとこの魔力を使ってしまえば良い。

 今は身体強化(ブースト)能力(ステータス)をかなり補えているし、何より、俺には圧倒的な魔力で少ない精神力をカバーして魔法を使って来た実績ってものがある。

 たぶん今の感覚なら大丈夫なはずだ。


「うううぅう……、いっけえーーー!!」

「ぬ!? な、ん――?!」


 半身が抜け落ちるくらいの虚脱感に襲われると同時に、大量の魔力がベリサリウスの方へとはじけ飛んでいった。あれだけラドンについて練習したのに、こんな不格好な魔法を見られたら大笑いされるだろう。相手に気付かれる気付かれないのレベルではない。これじゃまるで何かの攻撃魔法だ。

 でも、今の俺はこれで十分だ。

 なにしろ、ぶっつけ本番で、鑑定魔法を制御しきったのだから。



 名前:【ベリサリウス=ブレビスタ】

 年齢:【33】

 種族:【人族】

 性別:【男】

 出身:【タルヴィシウム】

 レベル:【31】

 体力:【297】

 魔力:【182】

 魔法:【火属17】【土属10】【風属16】【特殊15】

 スキル:【剣術29】【特殊11】

 カルマ:【なし】



 ベリサリウスを覆った魔力が再び俺の所に戻って来る。

 ずっと毎日練習してたのにしばらく使ってないだけで物凄く久しぶりな感覚だ。なかなか前と同じってわけには行かないけど、でもこれで一歩前進である。魔法制御もちょっとは向上しただろうし、また明日から鑑定魔法の練習に励もう。

 俺が満足気に一人頷いていると、驚愕の表情を浮かべたベリサリウスが後ずさって行く。

 あまりに大量の魔力を浴びたから何かされたと勘違いしたのかもしれない。


「貴方はいったい神の石に何をしたのです!? 力を失いつつあったとはいえ、ここまで魔力が感じられなくなるなど……」


 あ、鑑定魔法の事じゃ無かった。神の石――竜魔石の事か。

 そりゃあ、ね。じいちゃんの魔力が詰まった魔石だしな。大陸への干渉を止めてるじいちゃんの為にも勝手に使わせるわけには行かない。


「俺が奪い取ったよ。この魔剣ヴァルハルティでね」

遅くなりました。

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

次回は1月末までに更新予定です。

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