第七十七話 魔との戦い
「カトルなら絶対助けてくれる、よね?」
「っ……、当たり前だろ! 俺はユミスを守る為にここにいるんだから!!」
心が熱く満たされていく。
溢れんばかりの魔力が俺を媒介にしてヴァルハルティへ注ぎこまれ、それが力となって戻って来る。
ヴァルハルティから感じる竜魔石と身体から溢れて来るユミスの魔力。その二つが相まって昇華し、唯一無二の感覚で俺を支えてくれる。
この圧倒的安心感。
――今なら簡単に負けたりはしない。
「はっはっは。突然倒れおって、あの程度の雷がそんなに怖いか? なんとも情けないことよ。これが我がラヴェンティーナ師団の将であったかと思うと、はらわたが煮えくり返るわ!」
「……」
「言葉もないか。ならば、せめてもの情けだ。苦しまぬよう一刀のもとに討ち取ってくれよう」
マリーはピクリとも動かない。一時的とはいえ、全ての魔力を俺に明け渡したんだ。死ぬ可能性もあった中、生命の鼓動が感じられるだけでも御の字と言える。
ただそれさえも曲剣を拾い直したトリスターノの一撃を喰らえば無に帰してしまう。それだけは絶対に阻止しなくてはならない。
俺はあらん限りの力を振り絞り、全力で飛び出す――。
「っ、うぉおおおおおぉぉぉ!!!!!」
「ぬ、ぬぅううう?!」
半身の態勢で滑り込みながら直剣を付き出し、あわやという所でなんとかトリスターノの一撃を食い止めた。片手でどこまで防げるか不安だったが、身体強化スキルのお蔭で能力が上がった為、押し込まれる感じはしない。
驚くトリスターノを尻目に今度はヴァルハルティを繰り出していく。ぶっつけの二刀流なのでただ横なぎに払う程度だが、ヴァルハルティならそれで充分だ。
俺の緩慢な動きにトリスターノはすぐさま大盾で対抗してくるが、ヴァルハルティ相手にそんなもの効くはずがない。わずかな抵抗を感じたものの、増幅する魔力とともに盾を貫き、そのまま鎧に覆われたトリスターノの左腕を抉っていった。
「ぐぉおおお!! きっさまあああ! いったい何をした?!」
魔力を失った大盾を支え切れず地に落としたトリスターノが絶叫する。左腕は傷一つないにもかかわらず、だらりと垂れ下がったまま全く動かない。それどころか鎧の重さに引きずられ身体が傾いている。
「ヴァルハルティで魔力を斬ったんだ。その鎧はとても重そうだし魔力が無いと厳しいかもね」
「なっ……、魔力を斬る、だと!?」
トリスターノは俺の発言に目を見張り、やや怯えたように一歩二歩と後ずさっていく。
内包されていた魔力をヴァルハルティが奪い取った事で、奴の装備は輝きを失い、ただただ重くて脆い金属の塊へと成り下がっていた。
一般的に魔力を帯びた鉱物は軽く頑丈だが、魔力が失われると途端に非常に重く、かつ脆くなる。実際、トリスターノが地面に落とした大盾は落下の衝撃で亀裂が生じていた。
まさにヴァルハルティによって鉄壁の装備が無用の長物と化したのだ。奴が脅威に感じたとしてもなんら不思議ではない。
一瞬このまま一気に決着をつけようかとも考えたが、さすがに意識の無いマリーをそのままにしておくわけには行かず、俺は後方へ引いて行くトリスターノを牽制しつつ、ユミスを呼び寄せる。
「マリーは大丈夫そう?」
「ん……昏睡までいってないし大丈夫。ここは私に任せてカトルは早く行って」
ユミスがマリーの状況を確認しながらハッキリとした口調で言い放った。トリスターノもエドゥアルトのところまで引いたし、彼女がそう言うのなら、俺は信頼してやるべきことをしよう。
「じゃ、行って来る」
「ん、がんばって」
後の事はユミスに託し、俺は前を向いた。
まずは目の前でピンチに陥っているナーサを救い、ヴェルンたちの所までの道筋を切り開く。それが出来たら中央の舞台の下にある魔石の破壊だ。
「よしっ!」
気合を入れ、観客席の段差を駆け下りて行くと、三人に囲まれながらも奮戦するアルデュイナの援護に回る。
「カトル=チェスターね!!」
「っ!?」
俺を視界にとらえたアルデュイナが、わざと敵の注意を誘うべく大声を上げた。そして相手の陣形が一瞬乱れた隙を突いて、剣の持ち手を弓なりのように引き、大技を繰り出す。
「――っ、烈風衝!!」
風属性を纏った剣が唸りをあげて、敵陣を貫いていった。魔力の籠った鎧をも穿つ威力はとんでもない破壊力である。
それでも大盾を構えていた相手には通用していない。どうやら鎧よりも盾の方が特別製のようだ。
「援護するっ!」
「あの大盾はラヴェンティーナ師団が誇る精霊鋼製の盾よ。並みの武器では歯が立たないどころか、折れて使い物にならなくなるわ!」
「大丈夫。俺の剣も特別製だ。何しろ、カルミネにその人ありと知れた老師ミーメが打った魔剣だからね」
「なっ……、ミーメ、だと?!」
およっ?
結構、適当言ったつもりだったんだけど、明らかに敵味方含め動揺が走っている。ジャンが絶賛してたのは覚えていたけど、老師の名前は意外と広く知れ渡っているのかもしれない。
「けっ、デタラメだ! スティーアの名を汚した痴れ者に正義の鉄槌を下せ!!」
「おうっ! いくぞ、グスターヴォ!」
どこかで聞いた声の連中が、一斉にこちらへ向かって突撃して来た。兜の隙間から見える金髪と青紫の髪は、トリスターノの取り巻きの二人で間違いない。
ただ勇ましい掛け声とは裏腹に、大盾を前面に押し出して身体を隠すように向かって来るあたり、ミーメの名前に気後れしているのかもしれない。
普通ならそれで正解なんだろうけど、俺にとっては絶好のチャンスだ。
「はぁっ!」
突き出された大盾にヴァルハルティを一閃、薙ぎ払うように切りつける。
ぐんっと身体に響く感覚はヴァルハルティの鼓動だ。魔力を奪い取り、脈動する力が魔剣から溢れ、感覚がより一層研ぎ澄まされていく。
俺の身体強化は大したことなかったはずだが、どんどん力が増してきていた。もしかすると剣術みたいに身体強化スキルのレベルが上がったのかもしれない。
「ぐぅっ……」
「なん、だと?!」
片やヴァルハルティの攻撃をまともに受けた大盾は魔力が尽き、重量が増した事で、生半可な筋力で支えきれるものではなくなっていた。
二人の悲鳴にも似た叫び声が響く中、手放された大盾が勢いよく階段を滑り落ちていき、そのまま地面に叩き付けられ粉々に砕け散ってしまう。
その惨状に二人が呆然とする中、俺は油断することなくヴァルハルティで両手両足を斬りつけ身動きを取れなくする。
「あんたは……、やることがえげつ無さ過ぎよ」
「助けに来たのに酷い言い草だ」
真っ青な顔で文句を言っているナーサは、意外と良い根性をしている。そんなに心配しなくても大丈夫かもしれない。敵も打ちのめされた取り巻き二人の惨状を見て怯んでいるし、ここはアルデュイナたちに任せてさっさと先へ進んでしまおう。
「アルデュイナ、ここは任せられるか?」
「愚問ね」
「ちょっと! 私もいるわよ!」
「ナータリアーナ様は御下がりください。むしろ、居ると邪魔です」
「なっ……」
「ナーサはユミスを頼む。まだマリーの状態が不安だからね」
「姉さんは……倒れたままなのね。そういうことなら、分かったわ。ユミスから刀も受け取りたいし。……でもアルデュイナは後で覚えておきなさい!」
「望む所です、姫様。それに、切り札があるならすぐに使って下さい」
「分かってるわよ!」
なんだか微妙に言い争いになっているけど、お互い不敵な笑みを浮かべてるし、結構仲が良さそうだ。
何はともあれ、ナーサが納得してくれたんで、俺はこの場をアルデュイナたちに任せて、舞台を目指し観客席から飛び降りる。
その目と鼻の先には縦横無尽に剣を振り回すアンジェロの姿があった。
さっきまでは気付かなかったけど、奴の身体に不気味な魔力が纏わりついているのが分かる。ヴァルハルティと似ている気もするが、内から溢れだすというより外側から侵食されている感じだ。その根源を探れば、きっと原因となる場所へ辿り着けるはず――。
「……っ?!」
不意に嫌な感じのする魔力が身に迫り、神経をビリビリと刺激して来た。まるで封印の間の時のような気持ちの悪い感覚だ。
俺はすぐにヴァルハルティへ魔力を込めると、虚空を切り裂いた。すると、たったそれだけで周辺に漂っていた嫌な空気が一掃され、追い詰められていたヴェルンたちの表情に生気が戻って来る。
「ぬ?」
その様子に驚いたのはアンジェロであった。周囲の劇的な変化に眉をひそめ、戦況を見渡す。
なんとも緩慢な動きのように思えたが、その刹那、俺はすぐさまヴァルハルティを構えると、真っすぐに突っ切ってアンジェロの剣を受け止めた。
カッ、シュ!!
およそ聞き覚えのないような異質な剣の弾き合う音に目を見張るも、次の瞬間、俺は右に転がり込んでいた。その頭上を目に見えない何かが高速で駆け抜けていく。
どこかで感じたことのある魔力だ。
見上げれば、さっきまでヴィットーレと対峙していたはずのエドゥアルトが、怒りで顔を歪ませ仁王立ちしていた。
いったいいつの間にここまで来たんだ?
「チッ、世俗から切り離された害悪め。我が前から永遠に消え失せろ!!」
奴の魔力を帯びた剣が怒涛の如く繰り出される。二刀の剣で対抗するも、直剣は砕かれ、ヴァルハルティで食い止めるのがやっとだ。
……エドゥアルトの奴、こんなに強かったのか。
俺は折れた直剣を放り投げ、ヴァルハルティを構え直す。
剣から流れ来るのは確かな魔力だ。決してヴァルハルティも負けていない。その事実に勇気づけられた俺は、心を奮い立たせて前へと足を踏み出していく。
カッ、カッ、シュ!!
またさっきと同じ剣音が響き渡り、禍々しい魔力のオーラがヴァルハルティの周囲に立ち込める。だが今回はヴァルハルティが押し込めたようだった。溢れ出た魔力を全てヴァルハルティが吸収し、それを敏感に悟ったのかエドゥアルトが後ろへと足早に引いて行く。ここで逃がす手はな――。
「……っ?!」
「チィッ! 勘のいい奴め!! これも避けるか!」
またしても見えない魔力が身体の横を突き抜けて行った。咄嗟に躱してなければ直撃を喰らっていたに違いない。振り返れば今度は怒りの形相で仁王立ちしているアンジェロの姿がある。
――いったいどうなっているのか。
ヴァルハルティのお陰で魔力を感じられるから何とか躱せているけど、それもいつまで持つのか分からない。
非常に厳しい状況だ。
「カトル=チェスター!! こっちだ!」
俺が活路を見出せず、やや及び腰になっていると不意に前方から声が掛かった。短い金の髪に目立つ赤のスカーフ――ゴートニアの公子ヴェルンである。
次回は12月中に更新予定です。




