第二十二話 決戦前夜
4月28日誤字脱字等修正しました
オーケアニデス族のものたちが即戦力と見なされるのにほとんど時間はかからなかった。料理の手際の良さは非常に見事でサーニャの両親もうならされている。
まあ、彼らの役目は日々料理の腕を磨いて長老のおもてなしをすることだったから、考えてみれば当然のことだ。
そう言えばあの島で食べた海の幸とイノシシ肉の料理は今考えても絶品だった。まだこの界隈の店の料理しか食べた事は無いが、人族の料理と比べてもなんら遜色ない。
早速メイドたち2名が厨房に、1名がサーニャの補佐に加わり、どんなメニューなら作れるか分担を話し合っている。
本当は執事のネーレウスも厨房に入れれば良かったんだが、メイド二人で精一杯な広さだったので断念した。また彼の場合は専用の調理器具に拘りがあるそうで、それをレヴィアが届けてくれるらしく、それまでは会計と女性客への給仕、そして酒の提供に注力することになった。
実際、ネーレウスが恭しく執事服で出迎えた方が年配の女性客には受けが良い。これが俺の接客だとやたらキャーキャー言われて心労が嵩む割にはあまり注文されないことが多かった。ようするにおもちゃにされているだけだったってことだろう。
そんな割り振りになったのも、ここ何日かでやたらと女性客が増えてきたからだ。もともと汗水垂らして肉体を酷使している傭兵向けのガッツリしたメニューが多かったから、マリーはともかくそこまで女性客に人気はなかった。
それが、ここ数日は支部の受付嬢の皆さんが仕事終わりに必ず寄ってくれているのもあって、町へ帰る女性たちが合流している印象だ。きっと南門までの夜道が長いのでみんな一緒に帰るからだろう。
そういった女性客にネーレウス曰く『レヴィア様御用達カクテル』を出したところ、これが大絶賛の嵐で2杯目3杯目と次々に注文が飛び交った。
口当たりが爽やかなもの、甘くまろやかなもの、酸味が利いたフルーツのようなものなど、ネーレウスの作るカクテルはどれも飲んだ事がない素晴らしい味わいだそうだ。アルコールが抑え目なのと、彼特有の氷魔法で適温まで冷やしているというところも非常にポイントが高いらしい。
アイラたち女性客が美味しそうに飲んでいるものだから、男性客からも興味を引いて次々と注文が入るので、途中からネーレウスが酒をつくり俺が席まで運ぶ図式が成立してしまった。
さらには屋外の客からも次々とお酒の注文が増え、ついに店のグラスの在庫がなくなり、途中からサーニャがグラス洗いの専任となったほどだ。
「僭越ながら普段からレヴィア様にご満足頂けるものをお出ししております。ご婦人方にもご満足頂けたようで何よりですな」
ネーレウスは恭しく礼をしながら、そのように説明してくれた。
「ほんと、なんでこんなに美味しいお酒が存在してるわけ?! 凄いよ、これ。天にも上る気分……!」
サーニャまでその味に魅惑されている。
ん? ちょっと待て。何でサーニャが酒飲んでるんだ!
「ちょびっとよ、ちょびっと。だってもう、見ていて我慢出来なかったんだもの」
ったく、しょうがない人だ。でもまあ、この後のサーニャの仕事はグラスと皿洗いしかなさそうだったので、酔いで落として割らなければ大丈夫か。
「この冷えている具合が絶妙なのは、あの執事さんの氷魔法のお陰よね。これ絶対真似出来ないわ」
そういや氷魔法って稀少なんだっけ。普通の冷凍技術とかじゃ、そこまで調整できないのだろう。
「氷自体は水魔法でも作れるんだけど、それだってどうしても専用の冷えた地下室とかじゃないとうまく出来ないのよね。だから氷自体貴重なのよ。うちも結構なお金出して地下に専用の氷室を作ったんだから」
氷室という名前に聞き覚えはあったが、実際に見たのはここが初めてだ。まあ、氷魔法の使い手が稀少とは言ってもあくまで人族に限った話で、竜族の中では長老を筆頭に使えるものは少なくないからなんだけどね。ただ長老でも若い時から使いこなせたわけではなく、完全な習得には年月がかかったとのこと。
幼い頃から氷魔法を得意としていたユミスがいかに魔法の才能に優れているか如実にわかる話だ。
ともあれ、そんな高等魔法を駆使してネーレウスがつくり出したカクテルにより、今晩の売り上げは凄いことになっていた。
「凄いわ。夜だけで158銀貨も売り上げてる!!」
これまでの一日の売り上げを越えるほどの額に、サーニャは興奮の色を隠せないでいる。
「ああ、明日の朝早いからもう寝なくちゃいけないのに! ……これ、ちょっと逆転の目が出てきたんじゃない?」
「確かに今日までの分なら、アラゴン商会を抜き返していそうだ」
「ね、ね。そうでしょ!」
サーニャは明日、父親と一緒に予選大会に出場すべく朝早くに店を出る予定である。大会参加者が皆、同じ時間に向かうので傭兵ギルドが護衛を用意している為、絶対に遅刻は許されない。だが、俺が日課の鑑定魔法の修練を終えてもまだサーニャは起きていて、ニマニマしながら会計石を眺めている。
よほど今日の結果が嬉しかったようだ。
「明日はサーニャたちが勝ち抜いてくれば、結構お店の良い宣伝になるんじゃないの?」
「そうね。ほんっとうに気合入れて頑張らないと!」
「だったら早く寝ろって」
「んんー。そうなんだけどさあ」
「これ、明日サーニャが眠くてヘマして負けたら、売り上げ勝負にも影響出るかもな」
「がーん。どうしよう」
「それでしたら、こちらの安眠効果の高いオレンジブロッサムティーはいかがですか?」
「あっ、ネーレウスさん、凄い。頂きます」
いつの間にかネーレウスがオレンジというにはやや朱色がかった色鮮やかなハーブティーを用意してくれた。爽やかですっきりとした香りが漂い、甘い味が口の中に広がると、ようやくサーニャは落ち着いてきたようだ。
俺も今日の疲れで眠気が出てきており、さっさと風呂に入って寝たいところだ。
「明日はサーニャ様たちが戻るまで、微力ながら最善を尽くさせて頂きます」
「ありがとう。もう本当にどれだけ感謝しても感謝しきれないわ」
サーニャはしばらくの間深く頭を下げ続けた。
「全てはレヴィア様の御指示でございます。私ではなく、やがていらっしゃいますレヴィア様にそのお言葉をおかけくださいませ」
ネーレウスは優雅に礼をすると部屋へと下がって行く。
「明日はどうなるかわからないけど、最後まで諦めずに頑張るしかないわね」
「ネーレウスが来るまで挽回不可能とか言ってたのに調子いいのな」
「それを言わないの。……ふう。これ飲んだらだいぶ落ち着けたわ」
サーニャはネーレウスが用意したハーブティを飲み干すと、一つ伸びをする。
「明日はきっと昼まで港や本部前に人が集まるから結構厳しいと思うの。だから、絶対に予選を勝ち抜いて本戦に興味を向けてもらわなきゃね。じゃないと、夕方から始まる港の祭りに人が流れて勝ち目がなくなっちゃう」
興奮がおさまってきたのかサーニャは冷静に分析する。
「まあでも正直、ここまで凄い事になって私は満足しちゃってる部分もあるんだ。だって見たでしょ? 今日の店の盛り上がり! 皆が陽気にお酒を飲んで、笑顔で、普段は会った事もないような人たちが和気藹々と話してるんだもの」
少しだけ目じりを拭いながら、感慨深げにサーニャは話している。
「このお店を続けて良かった。こんなに素敵なことはないわ!」
サーニャはそう言うと余韻に浸るように目を閉じた。
「じゃあ、最後は勝ってサーニャも笑顔でフィナーレを迎えないとね。きっと、その方がみんな何倍も楽しめるから」
その言葉にびっくりしたように彼女は俺を見て、満面の笑みを向けてきた。
「そうなるように最善を尽くすわ。カトレーヌも宜しくね!」
「だからカトレーヌじゃないっての。ったく、今良い事言ったと思ったのになあ」
「はは、何言ってんのよ。じゃあ私も寝るわ。おやすみ!」
「うん。明日頑張ろう!」
この後かなり長くなりそうだったので、短いですが切りのいいところで投稿します。
次回は2月3日までには更新予定です。