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第七十五話 切り札

 メロヴィクスはいつの間にか金色に鈍く光る鎧を着込んでおり、周囲の魔道士から魔力が注がれていた。あれは強化魔法(エンチャント)の類だろう、鉄壁の布陣である。


「貴女にはかなり融通したつもりだったのだが、まさかこうもあっさり誠意を踏み躙ってくるとはね。しかも敵国の王を助けるなど、あまりに予想外過ぎて笑いがこみ上げてくるほどだ」


 無理やり薄ら笑いを浮かべようとしているのか、メロヴィクスの顔が引きつっている。計画が上手く行っていないと感情が表に出やすくなるけど、今のメロヴィクスがまさにそれだ。

 対してユミスは特に何も反応することなく淡々と言葉を返す。


「ん、目の前に傷付いた人がいたから助けた。それだけ」

「フッ、甘いな。そんな甘い人間が王なのだから、カルミネは滅びるのだ」

「……滅んでなんかいない」


 少しだけムッとするユミスを見て、メロヴィクスは溜飲が下がったのか高らかに笑い出す。


「フハッ、ハハハハハッ! 第二都市の叛乱を引き起こした挙句、王都が壊滅した国のどこに未来がある? それとも本気で我が国に援助を頼めるとでも思ったか。片腹痛いわ」

「……このまま放置すればいずれ大陸全体に災厄が及ぶ。それを知って何もしないと?」

「我が国の精鋭を見たであろう? 偉大なるラティウムは弱卒だらけのカルミネとは違うのだ。そもそも天魔(モンスター)などゴートニアの猪武者にズタズタにされた無能従者と、シード漏れどころか傭兵ギルドにすら除名されかかった落ちこぼれ公女()()()が功績を上げられる程度の相手なのであろう? 災厄など及ぶべくもない」

「……」

「むしろこちらからカルミネごと攻め滅ぼしてくれよう。厄介であった魔道師ギルドはもはや原型を留めず、“氷の魔女”の魔法は我らの血肉となった。余が皇帝となり帝国として生まれ変わる今、我らこそが大陸に覇を唱えるのだ!!」


 メロヴィクスが芝居がかった口調で朗々と言葉を紡いでいく。だが不思議とそんなに怒りの感情は湧いてこなかった。なんというか、そういえばこいつはこういう奴だった、とでも言えばいいのか。耳障りの良い言葉で篭絡するやり口は上に立つ者として得難い資質なのかもしれないが、実が伴っていないので空虚に感じる。

 そもそもユミスが皇帝を救った以上、窮地に追い込まれているのはメロヴィクスの方だ。今はこっちがピンチだけど、この場さえ乗り切れば奴に未来はない。さっさと下に行き、ヴェルンたちに合流してしまおう。


 そんな空気感が伝わったのか、メロヴィクスの顔が急変し鬼の形相に変わる。


「“皇帝の剣”などという妄執に取り付かれ、輝かしきラティウムの栄光を鑑みようともしない西部の愚者どもに用はない。さっさと葬り去ってしまえ!!」

「「「はっ!!」」」

「……っ、させるか!」


 メロヴィクスの号令で数に勝る衛兵たちが弾かれたように一斉に襲い掛かって来た。だが、それを見越して前面に躍り出たヴィットーレとマリーによってあっという間に蹴散らされてしまう。

 敵の兵士もそんな弱そうに見えないのだが、とにかくヴィットーレが圧倒的なのだ。最初から数を捌くことを念頭に手数は最小限にして、無理せず弾き飛ばした敵で他を巻き込みながら間合いを確保している。

 マリーも大概凄いのだが、これはもう完全に経験値の差だろう。


 そうやって二人が時間を稼いでいる間に、俺たちはジリジリと後退していく。もう下までそんなに距離はなく、間近でヴェルンたちの戦う姿が見えて来る。


 下の戦いも拮抗しており、傷を負いながらもヴェルンたちはまだ健在のようだった。一人アンジェロが手の付けられない暴れっぷりを見せているが、諸刃の剣のようで他の連中とうまく連携が取れていない。遠距離からの魔法攻撃が主体ではないというのも追い風のようで、これなら合流すればユミスの魔法で状況が好転しそうである。


「何をしている! 絶対に逃してはならんぞ!」


 業を煮やしたメロヴィクスの怒声が響き渡る。


「スティーアの不始末はスティーアが取れ! エドゥアルト、これが最後のチャンスだ。この期に及んで失敗は許さぬぞ!」

「はっ!」


 メロヴィクスは兵を二手に分け、エドゥアルトたちを下方へ回り込ませた。そして自身は側近連中に囲まれながら後方へ退いて行く。その中にはピエトロやヘルヴォルといった中央棟でよく見た顔ぶれもあったのだが、なぜかその戦力をこちらに差し向けてこない。一応挟み撃ちの体を取っているとはいえ、実力者を温存するなんて宝の持ち腐れなのに、メロヴィクスはいったい何を考えているのだろう。


 ただ、これで自ずと注力すべき敵はエドゥアルトたちに絞られた。

 敵数は三十人弱。前衛は巨大な盾と全身鎧を身に纏ったトリスターノたちスティーアの貴族が務め、後衛にはエドゥアルトを囲うように魔道師ギルドの者たちの姿がある。


 ……あの魔道士たち、どこかで見たような気がしたけど、中央棟に居たメンバーとは違うみたいだ。

 なんとなく気になって様子を伺っていると、その中の一人が怪しげな杖を掲げ魔力を展開し始めた。杖には形状に合わない大きな魔石が付いており、パチパチと火花が散っている。


「……?」


 どうやらあの杖の魔石には雷魔法が込められているようだ。ただ、なぜかパチパチ音を鳴らしているだけで、こちらに魔法を放ってくる様子はない。

 攻撃魔法として使って来るなら相当の脅威と思ったけど、とんだ肩透かし――。

 ……いや、違う!!

 俺はハッとしてマリーの方を振り返った。見れば、彼女の額から滝のような汗が流れており、顔面蒼白になっている。


「……っ?!」

「マリー! 大丈夫か?」


 なんてことはない、ただパチパチと音がするだけの杖。だが、それこそがエドゥアルトの仕組んだ悪辣な罠だった。

 ――そう、マリーの苦手とする雷である。


「……大丈夫だ。こ、このくらいなんでも無い」

「無理するな。さっきの試合も激戦だったんだろ? そろそろ俺の出番だ」

「カトルこそ、激戦だったではないか」


 俺はマリーが意地を張らないよう、あえて軽い調子で話し掛ける。どうやらあの程度の雷でも恐怖心が呼び覚まされてしまうらしい。マリーの肩が小刻みに震えている。


「フン……。やはり、マッダレーナは雷を克服出来ていないようだな。これで脅威となるのは父上だけか」


 やや呆れたように鼻を鳴らすと、エドゥアルトが淡々と声を発する。血肉を分けた妹を相手にしているというのに冷徹な視線を向けたままだ。マリーが雷を苦手と知って驚くナーサとはなんとも対照的である。


「くっ……、卑怯な……」

「戦場に卑怯などない。それはお前もよく知っているだろう? これも立派な戦術だ。無論、クローディオが死んでいれば必要なかったのであろうが」

「何っ?! どういうことだ、エドゥアルト!」

「これは父上。いたって簡単な理屈です。“皇帝の剣”と自負される父上ならば不慮の死を遂げた皇帝位を誰が継ぐのかご存じのはず」

「なっ……、まさか……?!」

「残念ながら、そこの忌まわしき魔女のおかげで計画を修正せねばならなくなりましたがね。お陰で私の失態も再び表面化して大変ですよ。まったく、これだからベリサリウスは信用ならない」

「ベリサリウスだとっ!? ではお前はイェーアト族に従ったというのか!!」

「はっ? そうではありませんよ、父上。相変わらず頭が堅い。ベリサリウスは今回の計画を練っただけのこと。私が従うのは殿下だけです。――ああっと、殿下ではなくメロヴィクス陛下ですね。これでは私が叱られてしまう」


 なんだか、エドゥアルトから異様な空気が漂っていた。もしかしてこれがユミスの言ってた嫌な感覚なのかもしれない。

 てっきり封印の間とか言うから、龍脈の力が溢れだしたのかと思ったけど、そうじゃなかった。

 これは、――が掲げていた魔石の禍々しいオーラだ。

 ……。

 ん?

 今、一瞬記憶が朦朧としたような。


「殿下は常々零されていた。なぜ連邦は強国でありながら大陸を御し得ないのかと。東部は大半が砂漠で、北部は寒さで土地が痩せこけ、西部は山間の土地柄。豊かなのは南部のみで、他は魔石が無ければ生きてゆくことさえ難しい……。それに引き替え南の小国は我が国より全てにおいて劣るにも関わらず肥沃な土地を持ち、文化は栄え、大勢の人々が街道を行き来する」

「だから大陸を駆逐し、覇者となると言うのか?!」

「その通り! そして、その傍らに西部の爪弾き者ではなくなる我らスティーアがあれば、これまで幾度となく起こってきた煩わしい混乱もなくなる。それこそが、初代様より受け継がれてきた我らの使命ではありませんか」

「……お前は、なんという……」


 ヴィットーレはエドゥアルトの言葉に頭を抱え込んでしまった。その間にも取り巻きが間断なく攻撃して来る所がいやらしい。マリーは雷魔法で翻弄し、ヴィットーレには舌戦を挑んで無力化する。硬軟織り交ぜた作戦に二人とも翻弄されっぱなしだ。

 今はナーサとアルデュイナ、ヴェンセラスたちがなんとか踏ん張っているものの、装備にかなりの差があり、苦戦を強いられている。ユミスの護衛も必要だけど、俺も前に出た方がいいかもしれない。


 だが、一歩前に出た俺を止めたのは他でもないユミスだった。


「ん、待ってカトル。まだ行っちゃダメ!」

「ユミス、でもこのままじゃ――」

「まだ、何かが起こる」

「!?」

「その時すぐそばにカトルが居ないと、渡せないよ。――ヴァルハルティ(切り札)を!」

次回は12月上旬までに更新予定です。

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