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第七十四話 混迷

 それはほんのわずかの間に起こった出来事であった。

 誰かが入場口――昨日、俺が待機していた控室側の出入り口からのっそりと出て来る。


「げっ……」


 俺の視界に映ったのは、髪はグシャグシャ、髭は伸び放題で、服もボロボロという変わり果てたアンジェロの姿であった。片手に剣を持ったまま、まるで酔っぱらっているかのようにふらつきながらこちらへ歩いてくる。


『え、あ、どういうことだ?』


 そのあまりの不審さに実況が困惑の声を上げると、不意にアンジェロはニヤリと笑い、ヴェルンへ向け走り始めた。誰もが唖然とする中、すでに立ち上がっていたヴェルンと、傍らに控えていたイルデブランドはすぐさま応戦の構えを取る。そして素早く反応したヴェルンの大剣がアンジェロの剣先を押し返したかに見えた。

 だが次の瞬間、まるで岩でも砕いたかのように大剣が粉砕し、ヴェルンの肩から鮮血がほとばしったのである。

 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

 ただの直剣がヴェルンの持つ頑丈そうな大剣を穿つなど普通ならありえない。だが現実はヴェルンの大剣のみならず鎧までも切り裂き、肩に裂傷を負わせたのだ。


「ひぃっ……」

「うわぁあああ!! 化け物だ!!」


 観客席から悲鳴が湧き上がり大混乱に陥る中、俺はすぐにユミスの下へ行こうと正面側の通路へと走り始めた。

 確かアンジェロは後宮で暴れて取り押さえられていたはず。それがなぜこの場に居て、しかもヴェルン相手に圧倒出来ているのか。

 ……何か途方もないことが起きるのではないか、そんな予感がして俺は客席を駆け上がっていった。とにかく一刻も早くユミスの傍に行かなければならない。

 見上げればあと10メートルくらい。良かった、ユミスは無事だ。あと少しでユミスの下へ辿り着ける。


 だが、その一瞬の安堵を嘲笑うかのように、俺の目におよそ信じがたい光景が飛び込んで来たのである。

 ユミスの傍に居た貝紫のマントを着けた壮年の男が何者かに剣で貫かれていた。誰か分からないその壮年の男は自分を刺した者を見て驚愕の表情を浮かべ、そのまま崩れ落ちていく。

 声にならない悲鳴が伝播する中、暗殺者は剣を手にしたまま傍に控えし見覚えのある女より拡声の魔具を受け取ると、声高々に叫び始めた。


『静まれ! 連邦の愛すべき同胞たちよ』


 拡声の魔具を通じた声が会場全体に降り注ぐ。それはこの一か月で何度も聞いた、メロヴィクスの声であった。

 皆の視線が声のする方へ自然と集まり、そして、メロヴィクスが血に染まった剣を手にしていたことで、さらなる悲鳴が巻き起こる。


()皇帝クローディオは倒れた。私――否、余が皇帝だ。これは大地を護る神の意志であり、賛同する者こそ余と共にこの国をさらなる高みへと導く勇士である。集え! 我が下へ。そして、神聖なるラティウムは帝国としての道を歩まん!!』


 血に塗れた剣を高らかに振りかざし、メロヴィクスは宣言する。

 その言葉に観客は皆、声を失い、唖然としたまま推移を見守っていた。メロヴィクスの周りには武装した兵が続々と集まってきており、賛同する者を見極め、裏切る者に鉄槌を下すべく会場の周囲を固めようとしている。


 だが、俺はその状況に見向きもせず、ある一点だけを目指して駆けていった。今ある危機、そして今、最も俺が行かなければならない場所――ユミスの下へ。


 そして、奇跡は舞い降りた。全てを白に染める光が一つの柱となって飛翔する。


賢人の治(ソロモンオブ)癒魔法(ヒーリング)!!」


 溢れんばかりの凄まじい魔力が肌をつたい、神々しいほどの輝きが空気を塗り替えて行く。

 その光が何を意味するものなのか、不思議と誰もが理解できていた。それが、およそ余人では想像もつかない奇跡だったとしても、目の前で起きた神秘的な光景が全てを凌駕する。


「……余は、助かった、のか?」

「ん……。間に合ってよかった」

「……ここは、素直に感謝しておこう。異国の王よ」


 ユミスの傍で、隣の従者の肩を借りながら、それでも男は頑強に立ち上がった。そして眼光鋭くメロヴィクスを睨み付ける。


『定められし法を破り、己が儘に簒奪を企てる者よ。幾星霜積み重ねられし連邦の誓いを破り、狂気を振りかざす事、余は断じて認めぬ。人知を超えるモノより(もたら)されし混迷は、長きに渡る苦難を招き入れる。それを我ら連邦の民が忘れることはない!』


 ユミスの魔法で会場中に声が響き渡った。それにより色を失っていた会場の雰囲気に生気が戻って来る。観客が一斉に行動を開始し、その波に叛乱兵が飲み込まれ糾合出来なくなっていた。


「何がどうなって?」

「ん、ただの叛乱」

「ただの、だなんてとんでもない!! 皇子が反旗を振りかざしたんだぞ!!」

「こういう時はシンプルに。マリーは頭が固い」

「なっ……」


 何とかユミスの傍まで辿り着いた俺は、握っていた木剣を手放し、預けていた直剣を収納魔法から出してもらった。近くにマリーとナーサが居てくれるってのはとても心強い。二人なら何かあっても背中を預けられる。


 ただユミスがクローディオを回復させたことで、メロヴィクスに従う者たちは完全に臨戦態勢となっていた。皇帝に刃を向けたにもかかわらず、ここで取り逃がせば窮地に陥るのは目に見えているので向こうも必死だ。

 対してこちらは回復したとはいえ本調子には程遠いクローディオを護りながら行動する必要がある。それに皇帝と言う割に護衛の数が少なく、数の上で劣勢なのは間違いない。

 矢継ぎ早に襲い掛かってくる兵士に対し、マリーとナーサの二人が前面に出て剣ごと弾き返しているが、後続は怯まずこちらに向かって来ており、完全に多勢に無勢だ。


「誰か味方はいないの?」

「ん、間違いないのは下にいるヴェルンたちだけど」

「むむ……あまり気は進まぬがやむを得まい。だが、奴らも囲まれているぞ。あれは、南部の連中と傭兵ギルドの面々か?」


 チラッと会場を見下ろせば、ヴェルンたちもかなり危機的な状況であった。どうやらアンジェロだけでなく地下で出番を待っていた南部の連中と傭兵も叛乱に加担しているようだ。ゴートニア側も何人か援護にかけつけていたが、いかんせん敵の数が多く取り囲まれてしまっている。このままでは共倒れだ。

 そうこうしているうちに、ヴィットーレたちがここまで駆けつけて来た。アルデュイナやヴェンセラスたちの姿もある。貴重な援軍だ。


「我が愛しき娘たちよ。父から離れるな」

「私はユミスの護衛です! 父上こそ陛下の護衛を」

「フン、馬鹿息子に手玉に取られるなどディオの奴、いい気味だ」

「馬鹿言ってないで、父様!! それよりエディ兄様は?」

「エドゥアルトは、さきほど皇子との調整に……」

「フッ……。馬鹿息子の手綱を握れなかったのはお互い様のようだな、ヴィル」


 ユミスの魔法で動けるようになったクローディオが、メロヴィクスの方を見ながらヴィットーレへ愁いを帯びた表情を向けてくる。

 驚くヴィットーレの視線の先には、メロヴィクスの周囲を固めるエドゥアルトの姿があった。トリスターノやその取り巻きの姿もある。


「エドゥアルト……?! なぜだ……」

「父上! 呆けている暇はありません。早急に退路を確保し、いったん態勢を立て直すべきです」

「……っ、だが」

「父上っ!!」

「分かった。……マッダレーナは強いな」

「私は軍人です。感情で行動してはならないのです」


 マリーの言葉を聞き、ヴィットーレは何とも言えない顔で深いため息を吐くと、気を取り直して前を向いた。すでに何人かの衛兵が差し迫っていたが、ヴィットーレが剣を構えただけで気後れして後ずさっていく。さすがは前回大会優勝者の面目躍如だ。


「怯むな! 我らには大地の神の加護がある。必ずここで前皇帝を討ち取れ!!」

「おおおぉぉぉ!!」


 ヴィットーレの迫力に浮足立った兵たちに対し、すかさず後方から叱咤激励の声が飛んで来た。何かもやもやした気分になるのは、まさか声に魔力がのっているのか。


「ん、何か、変。早くここを離れるべき」

「変?」

「魔力が渦巻いてる。まるで……封印の間の奥みたいに」

「えっ?!」


 封印の間の奥って、龍脈の力がここに溢れてるってこと?

 そんなの嫌な予感しかしてこない。


「とにかく、この感覚は危険なの! だから早く――」

「やってくれたな。まさか計画の最初から予定を狂わされるとは思いもしなかったよ、ユミスネリア陛下」


 ユミスの言葉を遮り、怒声を浴びせて来たのは怒りに満ちた表情のメロヴィクスであった。

長くなったのでいったん投稿します。

次回は11月中に更新予定です。

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