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第七十三話 本戦一回戦 後編

すみません。

直したと思っていた部分が直っておらず投稿してしまった為、ラスト近辺を取り急ぎ改稿しています。

「カルミネ王国従士カトル=チェスター。参るぞ」


 昼食を取り、スッキリとした気分で出番を待っていた俺は、自分の名前が呼ばれた瞬間、浮き立つ思いに打ち震える。

 不安と待望が入り混じった感情はなんとも不安定で、心の動揺を抑えられない。

 周囲の貴族からいろいろヤジのようなものも聞こえるが、意に介さずそのまま審判に従って階段を上っていく。


「……従士カトル。貴様はあのような罵詈雑言を浴びて、なぜそこまで心の平穏を保てる?」

「……へっ?」


 突然階段の途中で話し掛けられ、呼びに来た審判がディアドだったことにはじめて気付いた。後ろ姿しか見て無かったので全然分からなかった。いや、意識の範疇に無かったというのが正しいか。貴族たちのヤジもそうだが、そんな事を気に留めてる余裕なんてまるでない。


「……まあ、いい。だが、油断はするな。危険はいつも隣り合わせだ」

「え……」


 何の話か分からず呆然とする俺を尻目に、ディアドはさっさと先へ行ってしまった。慌てて後を追うも、その言葉の意味を追求する間もなくそのまま正面の控室に押し込められる。


「では、試合開始までしばし待て」


 ディアドはそれだけ言うと扉を閉め、立ち去っていった。


「……」


 ディアドは俺に何か伝えようとしていたのだろうか。

 考えられるのは昨日の魔力を封じる魔石の件だが、今日の控室にそんな気配は一切ない。瞑想も問題なく出来る。

 結局、真意は分からないままだったが、これだけハッキリと警告された以上、油断せず何が起こっても慌てないようにしないとね。


『そこまで!! 勝者、スティーア公爵家公女マッダレーナ=スティーア!』


 うぉおおおぉおおおっっ!!!


「う……、すごっ」


 思わずビクッとしてしまい苦笑いが漏れる。結構奥の方の場所なのに、ここまで熱気と地鳴りのような歓声が響いてくるのはびっくりだ。やっぱり本戦にもなると観客の盛り上がり方も桁違いである。

 やがて昨日同様ピンっと何かが弾ける音がして、逆側の扉が開き始めた。会場への長い一本道が現れ、さらなる大歓声が耳をつんざく。

 俺は気を引き締めると、その辺に無造作に置かれた木剣を手に取り会場へ進み出す。


「いやーっ、凄い戦いだったな!」

「さすがマッダレーナ様だったぜ! 一時はどうなるかと思ったけど、最後の捨て身の突撃は見てるこっちが身震いしたくらいだ」

「ああ!! 凛としたお姿が砂埃まみれに……!!」

「スティーアのお貴族様は皆強ぇんだなあ。こりゃあ、今回も優勝はスティーアの誰かになるんかねえ」


 勝利を称える歓声があちらこちらから聞こえてくる。前回大会でも上位に入っただけあってマリーの人気は絶大なようだ。

 でも勝ったのは良かったけど、白熱した試合だったっぽいのは少し気になる。

 マリーの相手は確かセノフォンテだったか。いつもヴェンセラスと切磋琢磨してた実力者だが、マリー相手に善戦できるかと言われればそこまでの力は無かったはず。どんな状態なのかちょっと心配だが、とはいえ“誓願眷愛”で繋がっている俺に特別違和感はないので、言う程ギリギリまで追い詰められたわけではないだろう。


(危険はいつも隣り合わせ、か……)


 老審判の声が呼び起こされ、なんとも嫌な感じが拭えず眉をひそめる。実力差があっても武闘大会本番、何が起こるか分からない。裏を返せば、俺だって死に物狂いでやればヴェルンの奴に一泡吹かせる事が出来るってことだ。


『では続いて36試合目。次もまた実力者の登場だ。ゴートニア公爵家の次期当主にして前回ベスト8の大剣の使い手、“豪剣”ヴェルン=ゴートニア!!』


 昨日とは違った観客を煽るような入場紹介が響き、大歓声が後押しする。どうやらヴェルンが試合スペースに上がり、観客に手を振っているようだ。俺もすぐ呼ばれるだろう。少し急いで会場への道を進んでいく。


『対するは……、スティーア公爵家の従士カトル=チェスター。スティーア公爵家として7人目の予選通過者はゴートニア公爵家が誇る“豪剣”相手にどこまで立ち向かえるのか』


 俺はその微妙に揶揄された紹介を聞き流しつつ、解除魔法(キャンセルマジック)の魔石を使いながらユミスたちが何処にいるのかぐるりと闘技場を眺め見る。

 ……いた。

 正面、やや右手辺りか。俺もヴェルンに倣って手を振っておこう。


「貴様、どこを見ている」

「……え?」


 急に壇上から声をかけられ見上げると、そこには俺を直視するヴェルンの姿があった。

 嘲りとも卑下とも違う、見定めた獲物を狙う猛獣のような視線だ。


「私は貴様を待っていた。予選を通過したのであれば本来の力を取り戻したということであろう。この戦いで散ったとしてもひりつくほどの緊迫感を味わえるのならば悔いはない」

「……」


 心のどこかで、俺をコテンパンにのしたんだから少しくらい油断していてくれないかなあ、などと思っていたのだが、そんな腑抜けた感情が一気に霧散する。

 油断なんてとんでもない。

 獅子搏兎(ししはくと)

 こいつは俺を全力で狩りに来る……っ!


『それでは、試合始め!!』


 観客に向けた審判の開始の合図と共に、ヴェルンの身体に魔力が帯びる。瞑想からの身体強化(ブースト)だ。おそらく能力(ステータス)を上げて一気にあの突撃技を繰り出してくる気だろう。このまま手をこまねいていたら、ただ敗北を待つだけになる。

 俺は木剣を振りかざすと無心でヴェルンへ向かって走り出した。

 奴の突撃にスピードを乗せさせるわけにはいかない。


「フッ」

「くぅっ……!」


 いつの間に握られていたのか、ヴェルンの大剣が俺を薙ぎ払うべく頭上から振り下ろされた。こちらも負けじと木剣を繰り出すが一合と打ち合うことは出来ない。圧倒的なパワーの前に木剣を弾かれ、そのまま身体ごと持っていかれそうになる。


「……っ、なんて(パワー)だ!」

「ほう、今の攻撃を防ぐとはやはりあの時とは違うな」


 瞬時に繰り出される剣戟を、俺は左へ右へと動きながらギリギリの所で躱していく。だが到底身一つで躱しきれるものではない。こちらからも木剣を打ち込み、ほんの少しだけでもヴェルンの勢いを削ぐことでなんとか剣筋を逸らそうとする。

 だがそんな精神をすり減らして頑張った努力も一時凌ぎでしかなかった。剣戟の全てを避ける事は出来ず、だんだんかすり傷を受ける割合が増えてくる。

 力だけじゃない。速さも正確さもあの時とは比べ物にならないほどスケールアップしている。

 うーむ。

 さすがユミス。ちょっと講義しただけなのに凄まじい効果だ。

 そしてヴェルンも彼女の講義を真剣に受け入れ、この一か月の間磨きをかけてきたのだろう。

 ……最後の講義は豪快に寝入っていた気もするが。

 とにかく、それだけ奴の身体強化(ブースト)はとんでもない威力であった。ただでさえ俺より上の能力(ステータス)なのに洗練された瞑想で倍化してる。


『なっ……、なんという戦いだぁっ!! 試合の序盤からとんでもない剣戟の応酬!!』


 今日の審判は昨日と違って、試合を裁定するというより実況している感が強い。ともすれば真剣に打ち合っている時に集中力が削がれてくる。


『うむ。ゴートニア公爵家の御曹司の身体強化(ブースト)にも驚いたが、何よりそれに劣る力で、あの“豪剣”を真っ向から凌ぎ切る従士の剣捌きに見入ってしまうわい』


 うぉおおおぉおおお!!!


 誰だか知らないが、この試合を解説する声が響き、反応した観衆の大歓声が沸き起こった。それに伴い完全に集中力を欠いた俺は、危うくヴェルンの大剣の直撃を喰らいそうになり、慌てて横っ飛びに転がり込む。


「フッ、大舞台の戦いは慣れないか?」

「初めてだよ、こんなの!」

「衆目に晒されるのも悪くなかろう。私は今、愉快で愉快で仕方がない」

「俺は二度とごめんだ」


 まさかヴェルンの方から軽口を叩いてくるとは思わなかった。その発言に偽りはなさそうで、ありえないくらい充実した表情(カオ)をしている。もしかして、こいつもマリーと似たような戦闘狂なのか?

 そう言ってる間にも、ヴェルンは小さな挙動から変則の突きを何度も繰り出してきた。

 何でわざわざ大剣を突きに使って来るのか、戦闘狂の考えることは分からない。


『おおっと、ヴェルン選手の凄まじい猛攻だ!! あのようなビッグサイズの大剣をここまで軽やかに使いこなすなど信じられない!!』

『さすがは御曹司。大剣の重さを推進力に変えた軽打だが、ここに先ほどまでの強烈な一撃が混ざると相手は迂闊に間合いを詰められなくなる』

『なんとか耐えるしかない、と』

『だが、あの従士の寸分たがわぬ剣のあしらい方も見事だ。おそらく目が良いのであろう。圧倒的に劣る能力(ステータス)を補い、最短距離で剣を繰り出している。一つ間違えれば致命傷を負う状況下で、洗練された集中力を駆使して応戦しているな』


 審判、もとい実況の奴はヴェルンびいきな感じだが、解説の方は公平に見てくれているようだ。

 でも、洗練された集中力なんて全くないけどな。もうさっきからリズムを崩されっぱなしですよ。ってかほんと実況黙ってて欲しい。うるさい。


 チッ。


 そんな事を考えていたら、ヴェルンの突きを()けそこない、大剣が帽子の留め具を掠めていった。危うく脳天直撃と肝を冷やす中、俺の髪の毛をまとめていた魔石が留め具と共に弾き飛ばされてしまう。


「うわっ……」


 急に後頭部に重さが加わって、つんのめりそうになった俺は大きな隙をヴェルンにさらけ出す。

 ヤバイ、と思った瞬間ヴェルンの腕が伸び――、なぜか俺の手を掴んで身体を支えてくれたのであった。


「え?」


 俺がぽかんとしていると、ヴェルンは若干頬を上気させ、怪しげな態度でこちらをマジマジと見てくる。


「う、美しい……」

「はぁっ?!」


 俺は背筋にぞわっとするものを感じ咄嗟に腕をひっぺ剥がした。突然の人が変わったような態度に鳥肌が立ってくる。


『なんとぉ! 弾き飛ばされた帽子からあらわれたのは、色鮮やかな赤く長い髪だぁ!! これはまさか、男装の麗人だったのか!?』

「んなわけあるかぁ!! 俺は男だ!」


 よもや実況がそんな事をのたまいやがるとは思わなかった。

 ってか、俺のどこを見て女だと思ったんだ? 髪の毛か?

 まあ、確かにここまで長い髪は女性でもあまり見ないっちゃ見ないけど。


 俺がぷんすか怒っていると、手を掴まれた時にヴェルンから魔力を吸い取ったようで急に身体が軽くなる。どうやら魔力強奪による身体強化(ブースト)スキルが発動したらしい。

 ヴェルンはというと、自身の能力(ステータス)の変化に戸惑っているのか困惑の表情を隠せていない。身体と感覚にずれが生じているのであろう。

 ――チャンスは今だ。


「そこっ!!」

「くっ、身体強化(ブースト)の効果が……?!」

「それ!」

「は、早――、うぐぉっ!!」


 俺の渾身の一撃が、動きの鈍くなったヴェルンの脇腹にヒットする。どうやら俺の未熟な身体強化(ブースト)スキルでも、それなりのダメージを与えたらしい。それだけ身体強化(ブースト)切れの身体と感覚のずれはすぐの対処が難しいようで、冷静さを失ったヴェルンが二歩三歩と後ずさっていく。

 だが、ここで攻撃の手を緩めるわけにはいかない。一気にケリを付けなきゃこっちがやられる。

 完全に攻守入れ替わりとなった打ち合いは、俺の容赦のない連撃を捌き切れなかったヴェルンが最後闘技スペースから転げ落ちる形で決着がついた。


『あ……、ああっ?!』

『油断だな。感情に任せた攻撃は思わぬ落とし穴がある、そういうことよ』

『ま、まさかの大波乱ーーっ!! 優勝候補にも挙がっていたヴェルン選手が、一回戦で姿を消すことになってしまったぁあああ!! 勝ったのはスティーア公爵家の従士カトル=チェスターだ!!』


 うおおおぉおおおぉーーーーっ!!


 観客のどよめきが湧き起こる中、俺は大きく息を吐きその場にへたり込んだ。

 さすがにもうクタクタだ。

 たまたま相手が謎の行動を取ってくれたから勝てたけど、こんなの運が良かっただけに過ぎない。

 というか、本戦出る奴は皆こんなに強いのか? こんな奴ら相手に勝ち進めとか、無茶振りが過ぎるだろ、ほんと。


 もはや溜め息しか出ず立ち上がるのも億劫だった俺は、転がり落ちたヴェルンの所へ精銀(ミスリル)の甲冑に身を包んだ男が走って来るのをぼぉーっと眺めていた。

 ああ、あの黒髪爽やか好青年はイルデブランドか。審判に二言三言何か言づけると、すぐさま魔力を展開し回復魔法を施す。

 ……って、あいつ回復魔法まで出来たのか。剣も槍も弓も凄いのに、魔法まで多彩だったとは。

 しかもヴェルンの奴あっさり立ち上がるし、これはかなり魔法レベルが高そうだ。


『それでは続いて37試合目。ゴートニア公爵家の麒麟児にしてまさに戦いの為に生まれた流麗たる剣士、イルデ――、え?』


 実況が次の試合の出場選手を紹介し始めたので、俺は退出すべく肩で息をしながら立ち上がろうとした。

 その刹那――。

 闘技場の一角で悲鳴とも怒号とも思しき喚声が上がる。


 それが狂乱の始まりとなろうとは、この時の俺はまだ知る由も無かった。

次回の更新は11月中の予定です。


二度目の投稿ミス、ほんとすみません。

熱があるとダメですね。

布団で寝てると浮かんでくるアイデアを覚えきれない為、書き足しては寝て、書き足しては寝てとやっているうちにとんでもないミスを……。

気を付けます。

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