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第七十二話 本戦一回戦 前編

 寮を出発し中央棟へ向かうと、いつもとまるで違う光景に俺は唖然となる。

 学区全てが開放されたことで、普段学生たちが整然と歩いている道が一般市民でごった返していた。両脇には即席の屋台が隙間なく立ち並び、そこに溢れる人々の笑顔が武闘大会への期待の高まりを感じさせてくれる。会場に近づくにつれ、まだ試合が始まってもいないのにどこからか歓声が響き渡り、とにかく凄い盛り上がりであった。


「どうだ? カトル。私はこの貴族も平民も関係なく皆が心から興じる武闘大会の雰囲気がたまらなく好きなんだ。否が応にも気持ちが昂ってくる」


 隣を歩くマリーがいつにも増してハイテンションに武闘大会の素晴らしさを語り出した。見ればナーサもユミスも心なしか足取りが軽い。

 そういや、なんとなくリスドのギルド支部に雰囲気が似ているような気がする。きっとマリーと水が合うのだろう。俺だって試合が無ければ存分に楽しめたと思う。


「でも、この後の事を考えるとなあ……」


 勝ち進むことでアルヴヘイムへの道が開けるってのは、能力(ステータス)の落ちてる俺にはあまりに荷が重い。そして、今日の相手は前回大会も勝ち抜いたシード枠の猛者だと確定している。

 ……。

 本戦になれば皇帝が賢覧するわけで、無様を晒すのは絶対にダメだ。シード枠とはいえ無難な対戦相手、たとえば東部の貴族辺りになって欲しいとこだけど。


「何を言っている、カトル。相手はスティーアかゴートニアの誰かだぞ」

「……は?」

「スティーアから予選を通過したのはカトルを含め7人。ゴートニアは5人。となればシード枠が両家とも6である以上、西部以外の相手との戦いにはならん」


 マリーによると、本戦一回戦は基本的に同じ家の者同士で争われるらしい。これにより各選帝侯家でシード枠がなくなる“不平等”を是正しているんだとか。

 ……。

 互いの強さを競う武闘大会に不平等もへったくれも無いと思うのだが。強い者がシードされるのが当然じゃないのか?


「傭兵の立場からすればそうかもしれないが、為政者の視点で見ると各領地の者が切磋琢磨して武を競うことは極めて重要だぞ。それに本戦で勝った者は無条件で軍の幹部候補に抜擢される。地位が人を育てるとも言うしな」


 おお、なるほど。

 それでマリーは初めて会った時にはもう一軍の将だったのか。


「でも、その取り決めだと相手によってわざと負けるとか起きそうだけど?」

「負けた者は軍の幹部候補でなくなるから、よほどの事情が無い限りわざと負けるなどありえん。それにもし次の大会で自領の予選通過者が減った場合、他領の実力者を相手にシード枠を死守せねばならん。実力無き者が勝てるほど甘くはないぞ」

「そのポストを失わない為にどの領地も研鑽を積んで連邦の礎となっているから、それなりに有用な依怙贔屓というわけね。まあそのお陰で前回私は姉さんと戦う羽目になったんだけど」


 それでか!

 何で初戦から姉妹で戦っているんだと思っていたら、そういうカラクリだったわけね。

 ってか、本戦でマリーと戦ったってことはナーサも予選勝ち抜いてんじゃん。十分凄くね? なんでトリスターノたちに疎まれているのか、さっぱり分からない。

 ……まあ、この話題を俺から掘り返すのは憚られるので触れないけどさ。


 それよりも俺の対戦相手が誰になるかだ。

 スティーアならマリーを筆頭にヴィットーレ、アルデュイナにヴェンセラス、エドゥアルトと能力(ステータス)的にはおそらく格上だろう。唯一トリスターノだけは敏捷性で勝てそうだけど、油断は出来ない。

 そしてゴートニアなら学区初日の悪夢がよみがえってくる。俺はヴェルンに対して平常心で立ち向かえるのだろうか。あの時よりマシな能力(ステータス)になってるとはいえ、奴の突撃をいなしきるイメージが全くわいてこない。

 他の三人にしてもイルデブランドは間違いなく格上だし、残り二人はマリー曰く軍所属の実力者だ。


「予選の時スティーアの貴族扱いされなかったし、本戦でもそうならないかなあ」

「世迷言を。父上を筆頭に皆カトルと戦いたがっているのだぞ」

「それは謹んで遠慮させて頂きます」



 そんなマリーの戯言を聞き流しているうちに闘技場の外周へ辿り着いた。観客席に向かうユミスとナーサの二人とはここでお別れだ。俺とマリーは貝紫色のマントに身を包んだ係りの者に導かれ、地下へ続く階段を足早に下りて行く。


「どうやらすでに対戦表が掲示されているようだな」


 昨日より早く寮を出たつもりだったが、講堂前にはすでに人だかりが出来ていた。俺は緊張の面持ちで対戦相手を確認し、そして絶句する――。


「むう、カトルの相手はヴェルンか」


 マリーの声が脳内をこだまする。

 ゴートニア公爵家長子ヴェルン=ゴートニア。

 一回戦は学区初日にコテンパンに叩きのめされた因縁の相手になった。




 ―――



「アルテヴェルデ辺境伯領レジェス侯爵家バウティスタ=レジェス。参るぞ」


 審判団の呼びかけに応じ、アルテヴェルデの貴族が大股で歩いて行く。アルテヴェルデのシード枠は1だから、これで17番目だ。妖精族(エルフ)たちの試合に始まり、ケルッケリンク、ハンマブルクといった東部貴族たちの戦いの最終試合にあたる。

 シード枠には妖精族(エルフ)のナルルースや会合で見たハンマブルク公爵長子のヴィリ、そしてイェーアト族の面々の名前が並んでいた。ルフの名もあったので、今日の試合までに首都(アグリッピナ)へ戻って来たのだろう。

 東部貴族の次は北部貴族が続き、それからスティーア家の出番となる。俺の名前はスティーアのシード枠6人の戦いの後、ゴートニアの最初だ。順番としては36番目になる。


「はぁ……」


 もう何度目になるかわからないため息が零れる。

 自分とヴェルンの名前を見返し、どうしてもモヤモヤが拭えない。


『何を心配しているのか知らんが、今のカトルはあの時と全然違うではないか』

『でも相手は一撃で吹っ飛ばされた、あのヴェルンだよ?』

『それがどうした! 良いか。修行は決して己を裏切らない。私はこの約一か月に及ぶお前の特訓を間近で見て来た。何を臆することがある』


 マリーの言葉が頭の中を反芻する。

 シード枠の者は入場の仕方が違う為、係りの者に案内さ(つれら)れていったが、マリーの言葉はいつも同様、いやいつも以上に力のこもったものだった。

 ……。

 確かに自分でもかなり頑張ったとは思う。あんな起き上がるのさえ厳しかった状態から、今では片手で剣を握り、打ち合いも出来るまでに回復した。そりゃあ前と比べて力は入らないし、魔力もてんで集まらないけど、吹っ飛ばされるだけだったあの時とは違う。


「ふぅ……」


 俺はまた対戦表を見返し溜息を吐く。


『いいか、()()()()()()()()()だぞ。カトルはいつも力を抑え気味にするからな。切れ味を失くする魔法(ルーズシャープネス)の掛かった武器を扱い、不殺陣(ノンアタック)の魔石が仕込まれた舞台で戦う以上、相手への気遣いは不要だ。何の遠慮もいらない』


 マリーの俺への過大評価はリスドにいる時からずっとだ。あのリスド最終夜の模擬戦だって極限まで追い詰められたし、武器が壊れてギリギリ引き分けだったって言ってるのに、俺が最後やっと本気を出したとか、武器が壊れて運が良かったとか、こっちが勘違いして有頂天になってしまうようなことばかり返してくる。

 まるでそれじゃ俺が全身全霊100%フルパワーで戦えば絶対に負けないみたいじゃないか。

 ……いかん、いかん。引きずられてる場合じゃない。

 ってか、今の俺に遠慮とかしてる余裕なんてあるわけないのに、何でマリーは思いっきりなんて言ったんだろう。“人化の技法”を喰らってからは死に物狂いで特訓を――。

 ……。

 あれ?

 今、何か微妙に引っ掛かるものを感じたな。

 俺は“人化の技法”を受けて必死に特訓を続けて来たけど、前だって必至じゃなかったわけじゃない。

 ただ人族の世界で竜族(カナン)だとバレずに生きて行く為、抑えていたものがあった。

 それを抑える必要はもう、無い。


 そう思い返した時、俺の中で初めてヴェルンに対抗できるイメージが生まれた。

すみません、短いですがキリの良い所で投稿します。

またしても風邪で家族全員倒れていて、出来るだけ早く次は更新したいです。

どんなに遅くとも11月中には更新予定です。


喉の痛みで毎日夜中起こされるの、ほんとキツイ……

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