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第七十一話 予選の裏で

「いや、それにしても見ごたえのある戦いばかりであった。今回は凄い大会になるのは間違いないな」


 寮に戻ってからもマリーの興奮が収まる気配はなかった。聞けば最初から最後まで休憩を挟みつつ全ての試合を観戦したらしい。どれだけ暇なんだって感じだ。

 ユミスはというと、対戦順を聞いて妖精族(エルフ)の試合を見た後はしばらく観客席を離れ、アルヴヘイム使節団と接触していたそうだ。


「ん、それなりに有意義な話し合いになった」


 なんでもエーヴィとフアンがアルヴヘイムに到着し、先んじてカルミネの変事の詳細を伝えていてくれた為、今後の協力などかなりスムーズに話が通ったとのこと。

 既に何名かの妖精族(エルフ)が状況確認の為カルミネに派遣されたらしく、それを聞いてユミスはホッと胸をなでおろしたそうだ。


「エーヴィさんがかなり積極的に動いてくれているみたい。とっても心強いわね」


 ユミスの護衛で一緒だったナーサが嬉しそうに話す。だが、俺としてはエーヴィと一緒に行った男の存在が心配だ。


「フアンの奴が余計な事をしてなきゃいいけど」

「今はリスド国軍の最高責任者だったか。初めて聞いた時は耳を疑ったものだが、カルミネの危機を伝える為、妖精族(エルフ)の同行者が居るとはいえ、命の危険を顧みずアルヴヘイムへ行くなどなかなか出来ることではない。元々剣の腕前はなかなかのものであったが、精神的にも成長したのだな」


 マリーが遠い目をしながらうんうん頷いている。リスドに居た時の頃を思い出して懐かしんでいるのだろう。

 ……。

 いや、でもフアンだろ? そんな殊勝な気持ちで同行してるわけがない。

 きっとエーヴィの容姿に惹かれたとか、美形の妖精族(エルフ)に会いに行くとか、そんな感じに決まってる。


 しかし、アルヴヘイムへ行くのは命がけなのか。もっと気軽に行けるもんだと思ってたけど。


「ほんの数年前まで、妖精族(エルフ)は誰もが魔法に長けた恐るべき種族という認識だったからな。突然情勢が変化したからと言って、そう簡単にお互いの意識が変わるとは思えん。そもそも妖精族(エルフ)が我ら連邦と手を結んだのはここ数年で深刻な食糧不足になったからで、今でも強硬派は我らの持つ肥沃な土地への侵略を主張しているそうだ。それだけ過去からの因縁は浅からぬものであり、かの地へ向かうにはそれ相応の覚悟が必要となる」


 うーむ。

 マリーにそこまで言われてしまっては頷かざるを得ない。

 そういやじいちゃんもアルヴヘイムと連邦が手を結んだと聞いて驚いてたもんな。

 それにしても過去からの因縁か。

 オブスノールに端を発しているんだろうけど、妖精族(エルフ)側からしてみれば、人族の要請でじいちゃんが大暴れしたなんて悪夢以外の何ものでもないはずだ。はるか昔の出来事とはいえ、人族より長命な妖精族(エルフ)の記憶に未だ深く刻み込まれていたとしても何ら不思議ではない。


「ん、いずれにしてもエーヴィが上手くやってくれてるっぽいから、そんなに心配してないよ。それより皇帝から国境通過の許可が出るかどうかの方が重要」

「え? ユミスはちゃんと講義してたじゃん! 俺だって予選突破したのに、この期に及んでまだ確定じゃないの?」


 メロヴィクスの希望をこれだけ聞いているのにアルヴヘイムに行けないとなったら、何の為にアグリッピナに長期間滞在したのか分からなくなる。


「一応、皇子から皇帝に上奏してくれたみたいだけど、ね」

「致し方あるまい。いまだにお前たちが我が国へ滞在することさえ納得していない連中がいるのだ。奴らはあくまでユミスの講義をその代償としてしか捉えていない。もっとも、講義の成果が目に見える形で出てくれば状況は一変するはずだ」

「それって」

「大会を勝ち進むんだ、カトル! ユミスの講義の恩恵を受けた者たちが活躍すれば、それだけ発言力は増していく。そうなれば、国境通過などというささやかな対価に異論を唱えられるものはいなくなる」


 なるほど。

 ユミス、というかカルミネに敵愾心を持つ連中を納得させるには、連邦に利する成果を突き付けなきゃならないわけだ。

 だから俺に勝て、と。

 ……いくら何でも無茶振りが過ぎるんじゃないか?


「ってか、明日いきなりマリーと当たる可能性だってあるんでしょ?」

「その時は全力で当たらせてもらおう」

「何でだよっ!」

「当たり前だろう? 手加減などしたところで、見る者が見ればすぐ分かるぞ」

「だからって俺、ついこないだまで立つのがやっとだったってのに……」

「ん、今のカトルなら大丈夫。それくらい頑張ってたもん」

「……っ」


 ユミスの上目遣いは反則だ。そんなこと言われたら、やるしかない。アルヴヘイムに行けなくなるのも困るしね。

 でも、よく考えたら俺が勝っても連邦には何の得にもなってないような。セストとか、中央棟に居た面々が勝ち進むのならアピールになるとは思うけど。

 ……って、忘れる所だった。


「そういや武闘大会の控室って、魔力を封じる魔石が置いてあったりするの?」

「うん……? 何の話だ。解除魔法(キャンセルマジック)の魔石なら試合の前に使っただろう」

「いや、そうじゃなくて、控室に居た時に魔力がかき消されたんだ。瞑想も気軽に出来なくなってて、これだと予選でセストがやってた、“事前に瞑想で魔力を高めて試合開始直後に身体強化(ブースト)作戦”が使えないなーって思ったんだけど」

「む? セストはイェーアト族のクラネルトとの試合だったが、両者とも瞑想による身体強化(ブースト)を展開し、白熱した攻防を繰り広げていたぞ。惜しくも敗れたが、予選とは思えない熱戦に父上も拳を振り上げて応援していたくらいだ」


 ……ヴィットーレの興奮ぶりが目に浮かぶようだ。あのおっさん、娘と戦いの事になるとてんで抑えがきかないからな。

 しっかし、そうか。セストの奴、負けちゃったか。まあ領主の目に留まって良かったと思おう。

 ――って、それより。


「うーん、ってことはやっぱ俺の時だけなのか。ディアドって審判のじいちゃんにも、そんな話は聞いていないって一蹴されたしなあ」

「むむ、ディアド老が否定したのなら間違いあるまい。そもそも魔法ではなく魔力を封じる仕掛けなど聞いたことがないぞ」

「えっ、そうなの? なんかそんな魔石があったと思うんだけど」


 俺がそう言うと、途端にユミスがこめかみに手をやって大きなため息を吐き、静寂魔法(サイレント)の魔石を展開する。


「はぁっ……。カトルの言ってる魔石って封印の間でフォルトゥナートが掲げてた竜魔石のことでしょ?」

「あ、それだっ!」

「もう! 竜魔石みたいな稀少品がそんな簡単に出回るはずないでしょ! おじい様でさえなかなか作れないのに」

「う、確かに」


 竜魔石はじいちゃんをはじめ、白竜のじいちゃんや限られた竜族(カナン)しか持っていないレア魔石だ。ユミスの言う通り、こんな所にほいほい転がっているはずがない。

 あ、でも――。


「封印の間で感じた魔力は、幻覚魔法(ハルゥスネィション)とか他の魔法も複合されていたよね? だったら、竜魔石には及ばないまでもそれなりの魔石なら……!」


 魔鋼や精銀(ミスリル)、そのさらに上、精霊鋼(エレメンタル)金剛精鋼(アダマス)のレベルまで行けば、あるいは魔力を封じる魔石の作製が可能かもしれない。


「ん……そもそも魔力を押し込める魔法なんて聞いたことないけど」


 ユミスはそう言いながらもマリーの方を向く。


「カトルの前に試合した人たちが誰か分かる?」

「む? アグリッピナ傭兵ギルドのランヒルド=アッテルバリとミミゲルン魔道師ギルドのアドリアナ=ミクロヴァーだな。カトルと同じ控室だったのはミクロヴァーの方だ」

「よく覚えてるね、マリー」

「覚えていたのは偶然ではないぞ。決勝まで勝ち抜いて来た実力者が、あまりにもあっさり負けたので少し目に付いたんだ」


 そういや、ちょっと考え事をしてたらあっという間に出番になったっけ。実際に試合を見ていたマリーなら、なおさらすぐに感じただろう。


「その人に事情を聞ける?」

「うーむ、スティーアと魔道師ギルドはあまり仲が良くないからな。ユミスの名を出せば対応を拒絶されることはないと思うが、直接会うのは難しいかもしれん」

「ん……今は犯人捜しをしたいわけじゃないから人づてで構わない。控室がカトルの言うような状況になっていたのかどうかさえ分かればいい」

「それなら問題あるまい。明日か、遅くても明後日までには何らかの回答を出してくるはずだ」


 その言葉にユミスは小さく頷くと、静寂魔法(サイレント)の魔石を回収する。

 確かにユミスの言う通り今の所、俺に実害は無いのだから様子見で十分だ。何も武闘大会の最中に事を荒立ててまで解決したいわけじゃない。

 それに瞑想出来るようになった所で俺に使える魔法なんてないしね。




 ―――



 明日から本戦ということで、いつもよりやや豪勢な夕食を楽しんだ後は、腹ごなしに軽く魔法の練習をしてから休むことにする。

 時間も少ないことだし空間魔法の特訓かと思いきや、今日は趣向を変えて収納魔法の練習だ。

 ユミス曰く「魔力で場所を作り出す」のは同じということで、明日に影響を残さないよう、より制御しやすい収納魔法を選んだらしい。ただ、使えれば食うに困らないと言われるだけあって収納魔法はそんな簡単に出来る魔法ではない。


「作り出す場所のイメージを出来るだけ小さくして。カトルの場合、四属性を使うよりそっちの方がよほど良い制御の練習になる」


 どうやらユミスが収納魔法を選んだのは、前回俺が瞑想でやらかしたのも原因のようだ。確かに制御のおぼつかない四属性より、大きさを調整することでほぼ精神力を消耗しない収納魔法の方がうってつけだ。


「でも収納魔法じゃヴァルハルティを管理できないよね?」

「ん、どっちにしても今のカトルの魔力じゃ無理。ほら口を動かしてないで早く魔力を展開する」

「いやこれ何度も繰り返すの、めっちゃ疲れるんだけど」


 いくら精神力を消耗しなくても疲労はたまっていくわけで。ユミスの無茶振りは今に始まったことではないけど、ほんと大変である。


「二人とも、そろそろ就寝時間だから切り上げて」


 ナーサの声が響き、お開きになる。

 練習は短かったのに物凄く疲れた。ベッドに横になったらすぐ眠れそうだ。


 それにしても、最近のユミスの特訓は鬼気迫るものがある。

 全部ヴァルハルティを俺が扱えるようにする為だって言ってるけど、何でそこまで急ぐんだろう。

 空間魔法で管理しているからユミス自身に影響が及ぶわけでもないし、今すぐヴァルハルティを使わなければダメな相手というのもあまり思いつかない。

 それこそカルミネに現れた天魔(モンスター)くらいなものだ。

 てかツィオ爺に“人化の技法”を解いてもらえばある程度解決するのにね。


 ……あ、そうか。

 ツィオ爺がへそを曲げた時のことまで考えてるのか。

 うーむ。それは確かにまずいな。

 アルヴヘイムの妖精族(エルフ)に今の俺が対抗するなら、魔力を奪えるヴァルハルティがないとかなり心細い。彼らの強力な魔法は脅威だ。

 そうなると魔法制御を上げて、魔力も上げて、空間魔法も出来ないとダメか。

 ……いやー、考えたくないな、ツィオ爺がへそを曲げる展開は。どんなに遅くても一か月後にはアルヴヘイムに行ってるだろうし、ぜんぜん時間が無い。

 明日からはもっと気合を入れて頑張ろう……。

 ベッドに潜り込みながら、俺はそう緩く誓うのだった。

次回は10月中に更新予定です。

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